作品タイトル不明
403.ハーバルヘイムと交渉する 終了
「――お嬢様!」
あら。
「騒がしいと思ったらリノキスだったのね」
猛スピードで突っ込んできた侍女をひらりと避けつつ、やはり来たかと私は思った。
「あの! ほ、本当にお知り合いで!?」
そして、そんなリノキスを追うようにして、十数名の兵士たちまでやってきた。
「ええそう。騒がせて悪かったわね」
あとはこっちで引き取るから、と兵士たちを帰す。リノキスの二回目の突撃を避けながら。
ちょうどこれから謁見の間に向かう途中だった。
長い廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある侍女が走ってきたと思えば――それがリノキスだった。
だいたい二週間ぶりの再会だった。
恐らくリノキスは、強行突破でハーバルヘイム城に侵入してきたのだろう。
兵士たちは門番で、抵抗空しく普通に出し抜かれたと。
まあ、だいたい私と同じパターンだろう。普通王城なんて入れるものじゃないし。しかも他国の城だし。
「なぜ避けるんですか!?」
「え?」
都合四回ほど回避すると、リノキスが怒り出した。なんだこいつは。
「だって歓迎してないもの。私は来るなと言ったはずだけど」
ウーハイトンで「これから別行動を取る」と言った時、リノキスはどうしても私について行くと言い張った。
だから私は「国際指名手配犯になるかもしれない、家族がどうなってもいいのか」と、踏み止まらせたのだ。
結果こそすでに割れているが、あの時は本当に危険だったのだ。
本気で国際的な犯罪者になる覚悟をしていたし、もしそうなるなら躊躇うことなくその道を進んでいた。
まさかそんな裏街道を行くような人生を、リノキスまで付き合わせるわけにはいかない。
彼女の家族のことを引き合いには出したが、根本的な私の意見は変わってない。
仮に家族のことが解決したとしても、私の意見は変わらない。
「この人、あんたの侍女だよね?」
「ええ」
「――その侍女誰です? なんか親しげですね?」
浮気とでも言いたいのだろうか。対抗意識を燃やすなよ。
「私が無理言って付き合わせてるのよ。――キトン、ちょっと落ち着かせるから、時間をちょうだい」
「あまり時間はないけど」
「わかってる」
これから最後の確認をして、ようやく長かった交渉が終了する予定だ。
――結局あれから三日ほど延長しているので、リノキスが追いついてくる可能性は考えていた。
それまでに済ませたかったというのが本音だが……まあ、来てしまったものは仕方あるまい。帰れと言って聞くならここにいないだろうしな。
「リノキス」
「ぎゅう」
懲りずに抱擁しようとするリノキスの顔をぐいっと押してやりつつ、とりあえず聞いた。
「ここに来たということは、あなたは自分の家族を捨ててきたの?」
もし肯定したら許さないところだ。
前(・) の私ではあるまいし、そんな愚かな真似をするような弟子はいらん。
「あ、いえ。この件が片付くまでリストン家で匿っていただけるそうです。今頃はリストンのお屋敷にいるはずです」
……そうか。ならば一安心だな。
「私はリストン家から解雇されました。なので誰の命令でもなく、今は立場も肩書きもなく、ただの個人としてここにいます」
「あら。もう私の侍女じゃないってこと?」
「はい。強いて言うならお嬢様の一番弟子です。それだけの存在です」
そうか……リノキスも覚悟をして来たのか。じゃあますます帰らないな。
「ついでというわけではありませんが、奥様から、お嬢様が指名手配されないよう手伝うよう頼まれました」
奥様というと、母親か。
離縁状を届ける際に会ったのだろう。
「指名手配の心配はないわ。今日これから決着が着くところだから」
「そう、なんですか? ちょっと遅かったみたいですね……指名手配にはならないんですか?」
「ええ。詳しくは後で話しましょう。今日中にハーバルヘイムから発つ予定だし、話をするなら飛行船の中でもできるわ。たぶん到着した足で来たんだと思うけど、一緒に帰りましょう」
「……わかりました」
さて。
「じゃあ行きましょうか」
五日と区切ったハーバルヘイムとの交渉だが、色々な決め事に時間が掛かるとのことで、三日ほど延長した。
この延長した三日は、ハーバルヘイム側が真摯に向き合おうとした結果である。
その前の四日はいったいなんだったのか、と言いたくなるくらい、しっかりと話し合った。
揉めたりもしたし、対立もした。
王妃のみならず、国王や宰相、高官たちに王子や王女も口を出して来た。
それでいいと思った。
賠償責任に一丸となった彼らの姿は、紛れもなく為政者だったと思う。
もうあの手この手で支払いを渋ったりケチったり削ったりと、それはそれは見苦しいほどに足掻いてくれた。
それでいいと思った。
ここまで面倒臭いことになれば、もう二度と私の周りに手を出そうなんて考えないだろうから。
人間は忘れる生き物だ。
脅しによる恐怖だけでは、いずれ制しきれない時が来るものだ。遺恨だけが強く残ってしまうと、向こうだって私を信用などできるわけがない。
敵同士ではある。
だが、敵同士と言っても、その形にも色々あるものだ。
好敵手のような互いを高め合う対立もあるし、敵国の窮地にちょっとした助け舟を出すような粋な為政者もいる。
敵同士や敵対関係というものも、案外複雑なのである。
まあ、多くは情が発生するからだが。
この三日、散々話し合ってきた。
さすがにお互い、「嫌い」以外の情も湧いてきていると思う。
リノキスを伴い、最後になるであろう謁見の間へとやってきた。
「お疲れ様」
すでに満杯となっている観覧者たちが割れ、私を通す道ができる。
来た時は騎士たちが佇んでいた赤い絨毯の脇には、今はこの城に勤めるあらゆる人たちが並んでいる。
交渉はすべて、見たい者は見ていいことにしていた。
さすがに飽きる者が増えるだろうと思えば、日を追うごとにどんどん増えていった。
――交渉している間のこぼれ話から、私がここにいる理由や、自国の王族が何をしたのかも、彼らは大まかに把握できているはずだ。
だからこそ、先行きが気になっているのかもしれない。
五日目に置いたテーブルは、そこに置きっぱなしになっている。
そして、私だけが利用するその席に着くと、何も言わずともキトンが紅茶を淹れてくれる。――リノキスには何もせず見ていると言ってある。まあ彼女自身、この状況がよくわからず戸惑っているようだが。
正面には、ハーバルヘイムの国王夫妻と中枢たる高官、そして王族がずらりと並び。
後方には、身分を問わず城勤めの者たちが見守っている。
そして私は、不遜にも玉座の前になぜかあるテーブルに着いているのだ。
まあ、なかなか理解に苦しむ光景だろう。
正面のハーバルヘイム中枢には、睨まれている――というよりは、挑戦者のような熱のこもった目が向けられている。
私を早く追い出すべく、必死で知恵を凝らし駄々をこねケチ臭いと囁かれても堂々と難癖をつけ、なんとかなんとか支払いを減額させていたお偉いさんたち。
国を守るために必死だった。
――今ならわかってくれるだろう。私も必死の思いで守るべき者のためにここに来たのだ、と。
紅茶に口を付けてカップを置く――と、王妃が持っていた書類を読み上げる。
「あなたに対する謝罪と賠償は、以下の支払いにより解決とします。
一、ハーバルヘイム所有の浮島、伯爵以下の領地から五つ献上。
二、国王と王妃の引退。
三、アルコットに対する教育費として金三億クラム。
四、アルコットの母親である側室ミレアウラの国外追放。
五、今後アルコット及びミレアウラへの干渉を禁ずる。
六、即金にて二百万クラムの支払い。
――以上でよろしいかしら?」
うん。
これまで長々話し合ってきた通りのものだ。書類もできており、後は私がサインするだけだ。
「最後に一つだけいい?」
私が言うと、彼らの目に緊張が走る。
まだ何かあるのか、と。
これで納得したはずじゃないのか、と。
「ああ、大丈夫よ。そこまで苦労が伴うものじゃないから」
キトンに「書類を取ってきて」と頼み、座ったまま彼らに告げる。
「話の折に何度か言ったけど、この交渉の席は、アルコットの意思を汲んだ結果なの。
あの子はなんの証言もしなかった。ハーバルヘイムに迷惑を掛けるようなことは一切言わず、自分だけの責任として、終わらせようとした。
そんな彼の意向に従い、私は動いた。
正直な話、二度と家族に手を出されないようにするためには、この国を潰した方が話は早い。後顧の憂いも気にせず済むしね。
でも、それはアルコットが望んでいない。
もしそれを望むなら、あることないこと証言しているでしょうからね。でもあの子は口を噤んだのよ。
アルコットの意思は、ハーバルヘイムに害が及ばないようにすること。
私の望みは、二度とあんなことがないようにすること。
その折衷案として、こういう結果になった」
キトンが持ってきた書類の束とペンを受け取る。――よし、読むのが面倒だから書類はわかりやすく簡単な文章にしろと言った要望も通ってるな。甲だの乙だの呪いの呪文のような文章はわからんからな。
「私の要望はここにある。あとはアルコットの要望を聞いてほしいの」
「……その要望とは?」
「――この件で死人を出さないこと」
かすかに、王妃の目が見開かれた。
「あなたたち、責任を取って死ぬつもりだった? でもやめてね。アルコットはこの国の被害は望んでいないから。
どうしても死にたいなら二、三年経ってから、この件とは絶対に関係ないことで死んで。もう充分でしょう?」
廃嫡と国外追放の書類は、正規のものだった。
元々アルコットも、あんな扱いをされた後ではハーバルヘイムに帰りたいとは思っていなかっただろうから、もうこの国に帰れないのはいい。側室であるアルコットの母親も、アルコットの傍にいたいと言っていたし。だから連れて行くつもりだし。
「お願いよ。これ以上あの子を傷つけないで」
この件で誰かが死んだとなれば、アルコットが気にするからな。
「……くっ……我は、なんと愚かなことを……}
国王が顔に手を当て泣き出した。――やっぱりあいつだったか、アルコットに命じたのは。
アルコットにあんなことをさせた輩は、一発くらい殴り倒してやろうかと思っていたが……もういいか。
きっと殴るより痛い想いをしているだろうから。
書類の全てにサインをし、キトンに渡す。
「じゃあ私は帰るわね」
そう言いながら、立ち上がって伸びをする。
ようやく長い長い交渉が終わった。
本当に長かったな……それに油断もできなかった。
やっぱり私には、話し合いより暴力の方が向いているな。疲れた疲れた。
「ニア」
王妃が立ち上がり、こちらへやってくる。
「こういうことを言っていいのかわからないけれど……」
王妃の仮面を外した王妃は、跪き、私の手を取る。
「もう懲りたかもしれないけれど。今度は遊びに来て。待っているわ」
「……そうね。約束がちゃんと果たされているか確認もしたいし、時々見に来るわ」
長い長い話し合いが、ようやく終わった。
用事は済んだので、さっさとお暇することにする。
これからハーバルヘイムがどうなるかはわからないが、まあ、この程度でどうにかなるほど脆い国ではないだろう。
王族も高官も優秀だった。
何せ国の半分を欲した私から、あの手この手で島五つにまで譲歩させたのだから。たかが浮島五つ失ったところでどうということもあるまい。
「一応礼儀だと思って言うわね」
城門まで見送りに来たキトンは、不機嫌そうに「何よ」と返す。
「キトン。暗部やめて私の侍女にならない?」
リノキスの視線が痛いほど後頭部に刺さるが、気にしない。
そしてキトンは、苦笑して首を横に振った。
「……やめとくわ。私は絶対にあんたについて行けないから」
だそうだ。
よかったな、リノキス。
……働き手が増えればリノキスが楽になるだけだと思うんだがな。侍女心は複雑のようだ。
「そう。じゃあこれ、今渡すわね」
と、受け取った即金で受け取った二百万クラムを差し出す。
「百五十万はダリルの借金の返済ね。借金に利息を付けて百五十。残りの五十万はあなたへの報酬。世話になったわね」
「ねえ。この子に金銭感覚ちゃんと覚えさせた方がいいわよ?」
「――お構いなく。金銭感覚も私が面倒を見ますので」
「あっそう。城に乗り込むような無茶する者同士、お似合いだわ」
そんな皮肉を言われつつ、私たちは別れた。
――さあ、ウーハイトンに帰ろう。