作品タイトル不明
395.ハーバルヘイムと交渉する 二日目
「――えっ!? あれが神獣だったの!?」
思わぬ事実を告げられ、私はひどく驚いた。
嘘だろ。
あんな小物が神獣? 神の獣?
おいおい……あんなんじゃ国なんて守れないだろう。何が御国獣だ。
期待はずれに震え上がるほど動揺する私に、表情が失せたキトンは「うん」と平然と頷いた。
「大昔の戦争で、敵兵十万人をたった一匹で焼き尽くしたっていう、王族に伝わる神獣アルヴィエア。色々な制限があって長時間は使用できないんだけど、もし使えたらきっとハーバルヘイムは侵略戦争で数々の国を下していたと思う」
「いや無理でしょ」
あの程度の炎獣が一匹いたところで何がどうなる。
マーベリアの聖剣ルージュオーダーの方がもっと強かった。もしアレとぶつかれば逆に焼き殺されるぞ。
たかが人間十万人を焼いたくらいで神獣呼ばわりとは……いつの時代の逸話だ。
私が生きた あの時代(・・・・) なら、あの程度のモノでは絶対に生き残れんぞ。
「楽しみが目減りしたわね……」
まさか挨拶代わりだと思ったあの炎が、楽しみにしていた本命だったとは。
……まあ、それが事実だと言うなら、仕方ないか。元々本題とは違う楽しみだったんだから、なくなっても構わないだろう。
…………
期待させるだけさせておいて。
肩透かしもいいところだ。忌々しい。
などと話していると、隣の浴室からこの城務めの侍女が出てきた。
「――お風呂の準備ができました」
お、早いな。
来賓用の客室を借りた私は、まず風呂を所望した。
これから軽く修行をして、汗を掻いてから風呂に入るつもりだ。で、昨日「 薔薇の聖棺(アークローズ) 」で買った紅茶を淹れてもらおう。
城の中を見て回るのは、明日からにしよう。
まだこのハーバルヘイム城には、私の存在を知らない者が多そうだからな。
「ありがとう。もう下がっていいわ」
「はい、失礼しま――死ね!」
お?
一礼しようとした侍女が吠え、手に持ったナイフで切り掛かってきた。
と――背後に気配が現れる。
うん。
暗殺か。
「もういい?」
正面は囮、本命は後ろ。
潜む技術もいいし、仕掛けるタイミングも……まあ囮の使い方としては悪くない。
でも、決定的にどちらも 遅い(・・) 。
前から来た侍女の手を、ナイフごと握る。
後ろから短剣を突き立てようとしていた影の手も、同じように拘束する。
そして――そのタイミングに合わせたキトンの投げナイフ四本は、私の胴体……心臓辺りに刺さっていた。
さすがキトンだ。
これだけ一緒にいても、ちゃんと自分の立場を理解している。そうだ、私はハーバルヘイムの敵だ。隙あらば来い。
「……あんたの身体どうなってるの?」
そんなキトンが、呆れた……というか若干引きつった顔をした瞬間、モロに受けたナイフがカランカランと音を立てて床に転がった。
なんてことはない。
投げたナイフが刺さったのは服にだけで、薄皮一枚傷つけることはできていないのだ。
「いいわ、この調子でどんどん来なさい。どこかで殺せるといいわね?」
暗殺だってなんだってしろと言ってある。
その分だけ国王に慰謝料を 上乗せ(・・・) するので、私に損はないしな。
神獣の件では早くもがっかりさせられたが、ならば違うことで楽しませてもらわないとな! せいぜい私が驚く暗殺方法でも見せてみろ!
翌日。
朝食を済ませると、二日目の交渉に臨むべく、謁見の間に向かうと。
「……ふうん」
騎士たちがいた。
それ自体は昨日と同じだが――まとう雰囲気が違う。
今日は殺る気だ。
最初からそのつもりで、全員が闘争心を研いでいることがわかる。
うむ、この殺伐とした一触即発の雰囲気。
悪くない。
惜しむらくは、そんな覚悟をした上でも、それでも私の足元にも及ばないことだ。
向こうは大概無念だろうが、私もそれなりに無念である。
命のやりとりなど長く長くしていない。
腕はともかく、死闘における感覚は、鈍りに鈍っている気がする。
「――ふんっ。来たな、小童め」
昨日に続いて赤い絨毯を歩み玉座の前まで来ると、目が血走った国王が嘲るように鼻で笑った。
「王妃は今日もいないのね。どうしたの? 訳あり?」
と、私は今日も主のいない、国王の隣の椅子を見る。
「貴様には関係ない。それより――今日は輪がハーバルヘイム最強の騎士と戦ってもらおう」
お? ああ。
「そこの人?」
見た目はその辺の騎士たちと同じで、違う点はマントを羽織っていることだ。
全員が同じ作りの 全身鎧(フルアーマー) を着込んでいるので、一目で隊長格だとわかるようにするためのものだろう。
それと――
「ハーバルヘイム騎士団長、グレオロスだ」
と、最強の騎士と言われた男は兜を取って素顔を見せた。――おお、なかなか男前だな。歳は三十半ばくらいか、つややかな黒髪と赤い瞳が涼しげだ。
「投降しろ。しなければ始末するしかない」
うん。
「一度抜いたら抑えが利かない感じ?」
そう、紹介される前から気になっていたのだ。
騎士団長グレオロスの佩いている剣……あれは魔剣だ。抜く前からすでに強力な魔力を放っている。
「わかっているなら話は早い。投降しろ」
「なぜ? そんなガラクタ引っ張り出したくらいでどうして私に勝てると思うの?」
「――では仕方ないな」
グレオロスは無表情でそう言葉を結ぶと、兜をかぶった。
そして国王に「やっていいのか?」と目で確認を取ると――私の前に歩み出てきた。
うん、歩き方一つとってもかなりの手練れだな。
ただでさえ凄腕なのに、その上魔剣を持たせたと。だから勝算があると。そう考えたわけか。
――彼我の実力さがわからないのは仕方ない。
が、それでもなお、しつこいまでのダメ押しをしないでどうする。
まだ確実に殺すというのがどういうことなのか意識できないのか、愚図王めが。
「――ハァ!!」
抜く手も見せない早業で剣を抜いたグレオロスは、全身鎧であるという重さを感じさせない速度で距離を詰めると、流れに逆らうことなく気合いを込めて振り上げた剣で斬りかかってきた。
速度も威力も申し分ない。
流れるような動作には、一切の無駄もない。
並の騎士でさえ、この領域について行ける者はそういないだろう。
――私じゃなければ、充分通用するんだろうな。
「もういい?」
徐に左手を上げた私は、人差し指と親指で鋭く迫る刃を掴んでいた。
「――掛かったな」
「ん?」
グレオロスが 剣を放して(・・・・・) 一歩下がった。
と――私の掴んでいた刃が瞬時に黒く染まると、そこから触手のようなものが舞い上がる。
手に絡みついてくる。
身体に絡みついてくる。
あっという間に顔にまで巻き付き、視界まで黒く染まった。
ほう。
なんの魔剣かと思えば、精神汚染・洗脳系か。
思考と感情に、なんとも言えない不快な 何か(・・) が割り込んでくるが――うん、まあ、魔剣には珍しくない能力である。
「もういい?」
問いかけると、私に巻き付く黒い触手が、びくりと大きく震えた。
するすると解けていく。
まるで「もうしないから勘弁してくれ」と、謝罪して許しを乞うように。
「ごめんね」
左手から、パキ、と音がした。
「私、魔剣って嫌いなの。――特に使用者や相手を洗脳するタイプはね」
掴んだ手に力を込め続ける。
バキバキと剣にヒビが入っていく。
そしてそのヒビから、これまでこの魔剣が斬って吸収してきた魂や力、命が零れ出でてくる。
密閉されていた容器が壊れたせいで、閉じ込められていたそれらがようやく解放される。
それに伴い、膨大な魔力も漏れていく。
魔剣の声にならない最後の悲鳴も。
そしてそこには何もなくなった。
剣の刃も、欠片も、柄も。
元々の剣には、過分すぎる力を持っていたせいだ。
これまで無理をして閉じ込めていた力がすべてが解放されたせいで、魔剣はその身を維持する力さえ失ってしまったのだ。
「な、なんだと…… 大白蛇(オロジメラ) を屠った建国の魔剣ジタンテが、壊れ……消えたのか……?」
謁見の間の皆が驚いているが、国王の驚きが一番大きい。
「なるほど、建国の魔剣ね。もしかして国宝の魔剣だった?」
だとしたら申し訳ない……こともないな。
「残念だったわね。せめて聖剣だったら折らずにおくって選択もあったんだけど」
「……」
国王は驚愕の表情で固まったまま、動かない。……聞こえてないのかな?
「今日はもういい? また明日にする?」
そう問うと、ようやくハッと息を飲んだ。
「や、やれぇ! 騎士たち! その小童を殺せ! 踏み潰せ! 蹴散らせ! 原型を留めぬほどに蹂躙しろぉ!! 殺せ! 殺せぇ!」
狂ったように国王が叫ぶと、すでにその準備ができていた騎士たちが一斉に動き出した。
騎士の数は、二百人はいたと思う。
「殺せ」「殺せ」と国王が叫び続ける中、環足に向かってくる先から踏み潰し、蹴散らし、蹂躙してやった。
「こ、殺せ、殺せ……こ、ころ、せ……」
叫び続けたせいで酸欠でも起こしたらしく、ぜーぜー言っている国王の前に立つ。
青い顔をした高官たちは、誰も動かない。
この国の頭に近づく私を止めることも諫めることもなく、ただただ恐怖に満ちた瞳で私を見ていた。
「――百六回」
「こ、ころ、こ…あ? あ、あ、あぁ……!?」
近くで聞こえた私の声に反応した。
我を忘れて命令を下していた国王は、すぐ目の前にいる私を認識すると――玉座の上で後ずさった。
「百六回」
「……な、なにが、だ……?」
「昨日私が殺されかけた数」
「……」
「慰謝料に上乗せするから。覚えておいてね」
それじゃまた明日、と。
言うべきことを言った私は、一人残らず……最強と言っていたグレオロスを含めた騎士全員が倒れているのを避けながら、謁見の間を後にした。
これで今日の交渉が終わったから、あと三日か。
お互い納得できる決着が着くといいけど。