作品タイトル不明
388.あの時アルトワールで
「――ガーズ・フログッス殿、面を上げよ」
「――はっ」
アルトワール王城に召喚された第六階級貴人ガーズ・フログッスは、謁見の間ではなく略式の執務室に呼ばれていた。
そして、目の前には軽装のアルトワール国王ヒュレンツがいる。
パーティー等で会ったことはあるが、私的な会話を交わしたことはない。あとはフログッス領に関わる書類のやり取りのみで、公では忠誠を誓ってはいるものの、私ではほぼ他人に等しい存在である。
内心ドキドキしていた。
甘いマスクとは程遠い厳めしい強面に、大抵の者は見下ろしてしまう大柄な身体である見た目だけに誤解されがちだが、割と小心者なのである。
「呼んだ理由はわかるな?」
「……はっ」
わかっている。
呼び出しを告げた書状には、なぜ呼び出すのかという用向きは書いていなかったが……
このタイミングで呼ばれるのだから、アレ以外の理由などないだろう。
アレに関しては、大それたことをした、とは、思っている。
――だがその決断に後悔はなかった。
「まあ座りなよ。そんなに長い時間は取らないが、立ち話で済むほど軽くもないからな」
「……失礼します」
ここに来る前からじっとりと汗ばんでいた額の汗は、いざ国王ヒュレンツを前にして、珠のような雫へと進化していた。
そんな汗を、愛妻が刺繍を入れてくれたハンカチで拭いつつ、勧められるままソファに腰を下ろす。
もちろん背もたれには寄り掛かれない。
背中も汗がすごい、というのもあるが、国王を前にふんぞり返る度胸など、ガーズには端からない。
「顔色悪いし汗もすごいけど大丈夫か?」
「はっ、お気遣いいただき恐縮です。ただの緊張ですのでお気になさらず」
「そうか。じゃあまあ、できるだけ早く済ませるからな。もう少しだけ緊張しててくれ」
苦笑するヒュレンツはそう言い置き、壁際に控える侍女に頷いて見せた。
侍女は近くまで歩み寄ってくると、持っていた魔晶板を二人に向けて、スイッチを入れた。
と――そこに流れたのは、フログッス放送局が流した、今話題騒然の 問題の映像(・・・・・) である。
「確かに、アンテナ島を国民に周知させるために、あのセレモニーの様子は流してもいいと許可を出した。
各国の要人たちも、放送で流すことについては許可の署名を貰っている。
そして、 あの戦闘(・・・・) についても、個々の裁量で問題ないと思えば放送していいと余が許可を出した。
――なあガーズ・フログッス殿。その顔を見るに、もうわかってるよな? 個々の裁量で問題ないと判断した、というわけではないってことでいいんだよな?」
薄く笑いながら、しかし虚偽や虚言は許さぬとばかりに赤い点のある緑の瞳に見据えられ、ガーズは見えない何かで首を絞められ始めた気がした。
ヒュレンツ・アルトワール。
まだ国王としては若い四十過ぎで、貫禄を感じさせない細身の優男。
しかし、こうして対峙すると、やはり王の器を持つ者である。
常人どころかそこらの王侯貴族には決して真似できない威圧感を発している。
「…………申し開きも、ございません」
ひどく息苦しい言葉で、ガーズはそう答えた。
「しっかしよく撮れたな、こんなもの」
問題の映像(・・・・・) 。
侍女の持っている魔晶板には、同じ映像が何度も何度も繰り返して映っている。
――星降る夜、白い髪をたなびかせる少女が、水晶でできた竜を粉々に粉砕する映像だ。
何度観ても色々と納得が行かない、疑問や疑惑がたくさん湧いてくる、真実味のない映像だが……
いや、むしろ、現実感がないがゆえに、今アルトワールではかなり注目を集める映像となっているのかもしれない。
「なあ、これどう見ても 問題がある映像(・・・・・・・) だよな? 問題があったら王都放送局に一度確認しろって伝わってるよな? ぜひとも分別のある判断をしてほしかったよ」
だが、もう放送してしまっているので、どうしようもないのである。
「はっ……申し訳ありません……」
汗が止まらない。
国王の執務室であるのに、不敬にも、もう下着やスラックスを越えてソファまで汗が染みている気がする。
「理由は? なんで流した? 確認してからでも遅くなかっただろ」
「……わ、我がフログッス放送局は新興ゆえ、功を焦りました……」
そう、だから後悔はしていない。
――昨今のアルトワールにおける 魔法映像(マジックビジョン) 業界の話題性と発展性を見込んで、借金までしてフログッス放送局を立ち上げた。
だが、いざそれを舵取りすると、思いのほかうまく行かなかったのだ。
撮りたい映像や、フログッス放送局の独自性のある新番組なども漠然と考えていたが、いざ撮影してみると思ったものにならないのだ。
そんなこんなで悪戦苦闘し、ひとまず他の放送局を見習って模倣のような映像を撮り始めたが……
手元にはちゃんと借金が残っているので、あまり悠長に構えていられない。
このままでは二年経たずに、フログッス放送局は他の者の手に渡ってしまう。
いやそれどころか、領地ごと失ってしまうだろう。
だから。
だから、どうしても欲しかった。
フログッス放送局を知らしめ、人気を上げるような映像が。どうしても必要だった。
――そんな状況で、偶然にも撮れてしまったのが、この 問題の映像(・・・・・) だった。
あのアンテナ島を襲った 水晶竜(ブルードラゴン) との戦闘シーンは、王都放送局しか撮影を許されなかった。
他の放送局は、遠くから撮る以外なかった。
もちろん戦闘シーンを撮るには戦闘の、命のやりとりをするすぐ傍にいなければならない。
だから、あそこで指示した王太子アーレスの命令は、正しかったと思う。そこに不満はあっても判断が間違っていたなどと言うつもりはない。
しかしフログッス放送局には、目の前の光景はあまりにも魅力的で、どうしても何もしないまま見逃すことができなかった。
それが、戦場にカメラだけ置いておくという悪あがきだった。
少しでも他の放送局とは違うものが撮れたらいい。
それくらいの気持ちで定点カメラを仕掛けただのが――
予想以上のおかしなものが撮れてしまった。
確実に問題のある映像だった。
王都に確認する。
ガーズだって真っ先に考えたのはそれである。
だがもし。
もし王都放送局が許可しなければ、 問題の映像(・・・・・) を放送する機会はなくなってしまう。
せっかく撮れた、話題になりそうな、フログッス放送局の知名度を一気に上げてくれそうな映像である。
何せあのニア・リストンらしき少女が、冒険家リーノでさえ苦戦する 水晶竜(ブルードラゴン) を一ひねりするような映像である。
アルトワール国民全員が知る、あのニア・リストンのお宝映像である。
話題にならないわけがない。
――強行するしかない。
ガーズは事業のために、国王命令を無視したのだ。
その結果が、この呼び出しである。
「気持ちはわかる。フログッスにはまだ目玉になる映像がないし、人気のある演者も育っていない。功を焦るのも無理はないと思う。余とて逆の立場ならガーズ殿と同じことをしたかもしれん」
「へ、陛下……」
辛辣、辣腕、冷徹など。
ヒュレンツを評する言葉は数あれど、こうして優しい言葉を掛けることなど滅多にない。
実利主義で、飾り言が嫌いで、時間の無駄を極力省き。
そして、切れ者だ。
「でも王命に逆らったくせにペナルティなしで許すんじゃ示しが付かないから、罰金二十億クラムな」
「に、にじゅっ……!?」
「分割の無利子無担保でいい。どうせ払う金なんてないだろ?」
「それでも、その額は……!」
「それくらい出さないとリストン家が怒るぞ。娘の映像を勝手に使ったとかなんとか、すでに抗議が来ている。半分以上は向こうに渡す慰謝料だよ」
「……わ、わかりました。謹んで払わせていただきます」
「ああ。余が仲裁はしてやるが、リストン家への謝罪の手紙は忘れるなよ。
今のアルトワールは発展の時だ。競うのはいいが、できるだけ国へ協力もしてくれ。今後のフログッス放送局の活躍に期待している。――以上」
こうして、 問題の映像(・・・・・) についての話は終了した。
「……今度はハーバルヘイムか」
すでにガーズ・フログッスは退室している。
そんな中、ヒュレンツはまだ侍女が持っている魔晶板の映像を観ながら、不敵な笑みを浮かべる。
「ククッ。今度のプレゼントも大きそうだな」
映像に関しては完全に誤算。
今現在、例のアンテナ島の事件で、ハーバルヘイムとの交渉がすでに始まっている。王城に使者も来ており、連日交渉が重ねられている。
そして当然、暗部……諜報員も紛れ込んでいる。
目的はアルコット王子の捜索で、王都を駆け回って情報を探っている――との報告が上がってきている。
――よほどの間抜けじゃなければ、 問題の映像(・・・・・) とアルコット王子を結びつけるだろう。
暗部が動く。
ニア・リストンが保護しているアルコット王子を狙う。
そして、ニア・リストンが動く。
子供に甘いニア・リストンが、動かないわけがない。
「ハーバルヘイムに追加の影を送り、情報を集めろ。くれぐれもニア・リストンの邪魔だけはしないよう念を押しておけ」
「畏まりました」
侍女が一礼して去ろうとするのを、ヒュレンツは「待て」と呼び止める。
「ニアは何が好きか知ってるか?」
いきなりの話題だが、護衛と影と使用人を兼ねた優秀なる侍女は、即座に答えた。
「最新情報ではカニだそうです」
「カニ? ああ、ヴァンドルージュの新しい特産か。……宝石を散りばめたカニの置物とかプレゼントしたら喜ぶか?」
「私がカニ好きであってもそれはいりませんね」
「そうか。……女って何貰ったら喜ぶんだ? 現金か?」
「センスのない人のセンスの欠片もないプレゼントよりは現金の方が確実ですよ。私は現金の方が嬉しいですね。どうせ他人の気持ちがわからない陛下からのプレゼントなんて最終的には換金しますし」
「そうかよ。現金かよ。……でもたぶんそういうことじゃねぇよなぁ」
何はともあれ、アルトワールの国王は、近々に起こるであろうハーバルヘイムの変動に注視する――