軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

384.道案内

撤収は速やかに完了した。

小さい影――名をキトンという女が放り込んだ魔法「 光球(ライト) 」が強い光を生み、闇夜に慣れたニア・リストンと侍女の目を眩ませる。

と同時に、投げナイフで牽制。

これで仕留められるとは思えないが、ほんの少しの時間稼ぎになれば充分だ。

その間に、大柄な男――名をサエドという男がその体躯を活かしつつ、更に魔道具で身体強化した状態で転がる三人を回収、即座に踵を返す。

――あっという間の救出劇だった。

ハーバルヘイムの影二人は大急ぎで標的の屋敷を離れ、「龍の背中」までやってきた。

普段、星明かりしかない闇夜は彼らのフィールドである。

しかし今この時ばかりは、何事もない静けさが不気味に感じる。

――あの白髪の少女を出し抜けたのか?

いろんな意味で普通じゃないあのニア・リストンを、あれで本当に……いや。

迷いが生じるのはうまく行きすぎたからと、勘だ。

プロであるがゆえの経験則上、疑いたくなるほどうまく行ったからだ。

だがこの期に及んで取れる選択は限られる。

もうやってしまったからだ。

もはやどう転んでも、「見捨てて撤退する」という安全策は取れない。

ならば迷うだけ無駄だ。

このまま逃走するほかない。

キトンは、「龍の背中」のすぐ脇に停めていた単船に飛び乗る。右肩に二人、左肩に一人抱えたサエドもリアシートに跨った。

「――行け」

サエドが確と乗り、仲間も確保しているという合図を出すと、単船はすっと浮き上がった。

見た目は一人乗り用である。

大の男四人に小柄な女性一人では、見た目からしても明らかに積載量をオーバーしているが――単船は問題なく動き、滑るように長い階段を降っていく。

間もなく下台に到着し、そのまま少しばかり単船を走らせ、とある民家に入る。

――彼らが借りているウーハイトンでの拠点である。何の変哲もない、少しばかり裕福な層に向けた小さな庭付き民家だ。低くはあるが塀もあるので結構過ごしやすい。

「こっちは任せろ」

と、サエドは担いでいる仲間たちを連れて民家の中へ行き、キトンは単船から降りると懐から工具を取り出す。

この単船は、バラして持ち込んだ彼らの私物である。

見た目は完全な一人か二人乗りの単船だが、黒塗りで駆動音も小さく軽くてコンパクトで、しかし馬力は従来のものの十倍以上はあるという特注品だ。

外装の分解から始まり、すぐに全体をバラバラにし、専用の麻袋に分けて詰めていく。

――これで単船はなくなった。

もし単船に満載で乗っていた先の光景を誰かに見られていたとしても、それを探されたとしても、パッと見では見つからない。

単船を部品として詰めた麻袋三つを担ぎ家に戻ると、冷たい外気を遮断され屋内の熱に包まれる。

ようやく安全圏に戻ったことと足元から這い上がってくる寒気がなくなり、心身ともに安心してほっと息を吐く。

入ってすぐの居間では、空中に六つの魔法の炎が浮かんでおり、急激に室温が上がっていっている。

回収した仲間たちは毛布に包まれて転がされ、炎に炙られるようにして温められていた。

「どう?」

やるべきことを終えて、壁に寄り掛かり腕を組むサエドに仲間の様子を問う、と。

「大丈夫だとは思うが、これで助からんようなら捨てるしかない」

冷たいようだが、足手まといは切り捨てる。

それが暗部のやり方だ。

キトンの方にも異論はない――心境的には複雑だが。

「……冷たいことを言うじゃないか、サエド」

と、弱々しい声と共に、転がされていた一人が起き上がった。

腕もいいしタフな彼らの上役の男――名をダリルという男が、まだまだ冷えている身体に震えながら、憔悴した顔をしつつも、力なく笑う。

「繋いでいたよな? ニア・リストンの言っていたことは読み取れたか?」

早速仕事の話をするダリルに、キトンは「ええ」と頷く。

「ニア・リストンの最後の言葉から察するに、アルコット王子はあの屋敷にいるみたいね」

そう、もっとも大事な情報はそれだ。

それこそが彼らがウーハイトンにやってきた理由である。

「明日応援を呼ぶ。……もはや警戒しかされていないだろうから、しばらく距離を置くぞ。見張りはするがそれ以上の接触はなしだ。どんなに隙だらけに見えてもな」

その計画に否はない。

だが。

「何があった?」

サエドは気になっていた。

「一体何があってあんな目に遭っていた? ……ニア・リストンか? こっちでは武客とか呼ばれているらしいが」

それにしたって子供レベルだろうと思っていたし、今も思っている。

仮に子供レベルではないにしても、いくら強い強いと噂されていたとしても、このダリルという男が一方的にやられるような者は早々いない。

「……わからん」

しかし、そんな信頼のおけるダリルの答えは、不明瞭だった。

「何が起こったのかわからない。裏口のドアが開いていたから、そこから侵入した……までは覚えているが、それ以降の記憶がない。気が付いたら縛られていた」

そう語りつつ、ダリルは思った。

裏口が開いていたのは罠だったのかもしれない、と。

そこに即座に気絶させるようなガスなりなんなり、仕掛けてあったのかもしれない、と。

だが、はっきり何があったかは言い切れない。

本当に何も心当たりがないし、記憶にもないから。

「ただ……あれには近づくな。あれはガキの皮を被った別物だ。あれは危険すぎる。俺たちとは違う方面で……いや、もっと 深いところ(・・・・・) にいる気がする」

目の前で凍える者たちがいるのに、何一つ思うこともないとばかりに笑みを浮かべていた。どんなに言葉を尽くしても顔色一つ変えなかった。

ニア・リストンは得体が知れない。

ほんの短い対話……いや一方的な事情聴取で思ったのは、子供の身形では考えらないほど肝が据わっているか、殺しに慣れているか、だ。

恐らく、笑いながら人も殺せると思う。

そんな異常性を感じずにはいられなかった。

――脅しじゃなかったと思う。ニア・リストンの言葉のすべてが。

「……」

「……」

違う意味で震えが来ているダリルに、絶対の信を置いていたサエドとキトンは言葉を失った。

――その時だった。

「―― まだ(・・) 人は殺したことないわよ?」

ここにいない、いないはずの者の声が聞こえ、三人が瞬時に身構えた。

まさか。

まさかまさか。

まさか、付けられたのか?

あの速度の移動に、ついてきたのか?

再びダリルの顔色が悪くなり、サエドとキトンにも嫌な緊張が走る。

「――道案内ご苦労様。ここがあなたたちの拠点? 意外ね」

と、閂で固定しているドアを、なんの抵抗もなさそうにバキッとへし折って開き、白い影がぬるっと入ってきた。

「――五人しかいないのね? もっとたくさんいると思ってたのに」

ついさっき、凍えるような地獄の中で見た笑みと変わらない表情で現れたニア・リストンを見て、ダリルは一際大きく震えた。