軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

381.つかの間の日常

「――お帰りなさいませ、お嬢様」

学校から、天破流道場を経て帰宅すると、窓ガラスを拭いていたアルコットが使用人として挨拶してきた。

「ただいま。……この扱いで大丈夫?」

私が登校している間に、アルコットの身の回りの物を整えるようリノキスに頼んでいた。

その結果、使用人の服を着たハーバルヘイム第七王子が、使用人としてここにいた。

「はい。元々国でもあまりいい扱いはされていなかったので」

それは…………まあ、ね。

王子であろうと使い捨ての駒扱いされるくらいだから、少なくとも親に愛されていたとは思えないし、大切にされていたとも考えられないが。

「アル――あ、ニア様。お帰りなさい」

小走りでやってきたミトが、私に気づいて頭を下げる。

「ただいま。アルコットに何か用事?」

「はい。アル、手を出して」

「…?」

言われた通り、アルコットは布巾を持っていない左手を出す。

白い肌に似合う白い手だが、冬場の水仕事のせいで指先が赤くなっていた。

その手を、ミトは両手で掴んだ。

そして擦り合わせる。

「な、なに?」

急であり、かつ積極的なミトの接触に、アルコットが赤面して戸惑う。

「手荒れクリーム。リノキスさんから貰って来たから。こうやって水仕事の前と後に塗るといいよ」

「あ、手荒れクリーム……うん、ありがとう」

――すでに愛称で呼んでいたり、こうしてフォローしたり、ミトはアルコットと仲良くやっていく気があるようだ。

ミトは意外と頑固だし、付き合う相手を選ぶし、結構根に持つタイプだからな。

マーベリアの現国王リビセィルのことも未だ許してはいないし、ジンキョウとは少しよそよそしい。まあ立場の違いもあるんだろうけど。

そんな彼女が仲良くやっていく気があるなら、まあ、大丈夫だろう。

「――お嬢様、お嬢様」

仕事中の二人を置いて部屋に戻る途中、なぜか物陰に隠れるリノキスに手招きされた。

「どうしたの?」

「あの二人、ロマンスの匂いがします」

「…………」

「青春ですよ、青春」

「…………」

一番弟子は子供の恋愛事情なんぞに興味津々で。

片や二番弟子は、日々精進を重ねて成長し、今度昇進試験を受ける、か。

…………

まあいいけど。

厄介なことに、こんな弟子でも少しだけ可愛いんだよな……馬鹿な子ほど可愛いというか。問題児ほど情が深まるというか。

……なんて思う私は、性格的に、あまり師には向いてないのかもしれないな。

まさか今更、 今生(・・) でそんな可能性を感じるとは思わなかった。 前世(・・) でも弟子なんて取りまくっていたのに。

「リノキスは結婚しないの? 私と十歳違いだっけ?」

だとしたら、今二十二歳か? 適齢期を少し超えたかな、という感じだろうか。

「私にはお嬢様がいますので。お嬢様がいれば結婚なんてしなくていいです。恋人もいりません。お嬢様がいるなら私は大丈夫です」

ああそう。

でもその論調だと、きっと私が大丈夫じゃないと思うんだがな。いろんな意味で。

「……」

ふと、振り返ってみる。

ちょっとたどたどしい……いや、初々しいアルコットとにこやかなミトが、使用人の仕事について話している。

……こうして見ると、確かに結構お似合いだな。

アルコットがどんな子かはまだわからないが、私のミトに相応しい男であれば言うことはないのだが。

……いや、アルコットの場合は身分と今後の問題が大きすぎて、恋愛どころじゃないか。

こうしてアンテナ島の公務からウーハイトンの日常に戻ってきた。

寒いせいか、それとも粗方片付けてしまったのか、最近は挑戦者が少し減って一日一人か二人程度になった。

温かい春になったら、生命の芽吹きと共に武人も活動を再開するかもしれない。

ジンキョウの修行は相変わらずだ。

そろそろ技を教えてもいいかもしれない。

リノキスが修行より拉麺に囚われているのも相変わらずだ。

正直、趣味らしい趣味もないようだし、いくら仕事とはいえ私の侍女として振り回されっぱなしである彼女が、私が関わらない打ち込めるものを見つけたのは悪いことではないと思う。だからできる限り自由にやらせてやりたい。

でも修行も身を入れてやれ。

ミトは学校に修行に仕事にと、かなり忙しそうだがいつ見ても楽しそうだ。

まあ仕事に関してはアルコットが入ったので、少しは楽になったはずだ。一緒に仕事をしていたり仲睦まじげに話している姿をよく見かける。

留守を頼んだウェイバァ老は、あれ以来会っていない。

きっと今頃はまた山籠もりでもしていることだろう。

あとは、ガンドルフがよく夕食を食べに来るようになった。

同じ武に狂った者同士、ジンキョウとは結構気が合うようで、手合わせをしたり語り合ったりと交流を深めている。

それと、奴も拉麺にハマッた。

そんな感じで、つつがなく日々が過ぎていったのだが――

冬休みを目前に控えたその日、異変は起こった。

「……ん?」

学校の帰り、 機馬(キバ) を飛ばして帰宅中に、人力の荷車と擦れ違った。

ここウーハイトンの上段なら、注文を受けた商会から荷物が届くことなんてザラにある。私もこれまで何度かこうして擦れ違ったことがある。

だからこそ、引っかかったわけだが。

――そのまま素通りし、いつも通り屋敷に戻った。

「…………」

機馬(キバ) を止め、指を折って数えてみる。

ギリギリ間に合う……か?

それにしても速いな。速すぎやしないか?

誰かが口を割った?

いや、あのことを知っているメンツは皆、信頼の置ける者ばかりだ。特にアルトワールの損になるようなことだけはすまい。

「お帰りなさいませ、お嬢さ……どうしました?」

動きを止めている私に、丁度庭先にいたリノキスが声を掛けてくる。

「――ハーバルヘイムから刺客が来た、かも」

アルコットの事情は、リノキスにだけは話してある。

私が不在の時にアルコットを守るのは、きっとリノキスだから。だから報せないわけにはいかなかった。

あの荷車を引いていた男、私を見なかった。

まだまだ見慣れた者が少ないはずの奇妙な乗り物に乗っている私を、見向きもしなかった。

商人ならありえない。

売り物になりそうな珍品、見逃すはずがない。

現にこれまでは、声は掛けないまでも、全員が驚いた顔で 機馬(キバ) に注目したのだ。

だから、あれはきっと商人ではない。

そして、私に視線を送らなかったということは、私をターゲットにしている可能性があるということだ。

少しでも怪しまれる行動を慎み、自分の正体を知られる要素を削るはずだ。

ゆえに、怪しい。

というか十中八九刺客だろう。きっと今日だけで何度か屋敷の前を通り、中の様子を伺っていたはずだ。

アルコットのことがバレたかどうかはわからないが、探りを入れて来たり……いっそ侵入してくることも考えられる。

狙いはアルコットの命だろうから。向こうに穏便にやる理由はない。

「リノキス。今日から夜の警戒をしなさい」

「わかりました」

さて、いつ来るかな。

早めに仕掛けてくれると時間の無駄が省けるんだが。