軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

344.入学の課題

「あの、ニア様、ちょっといいですか?」

下台からの風呂の水汲みを終えたミトが、ジンキョウとの手合わせに区切りをつけた私に声を掛けてきた。

「うおぉぉぉ……『気』が持たねぇ……」

ばったり倒れた汗だくで裸のジンキョウは放置し、どうしたかと視線で問う。ちなみにミトも汗をだらだら流している。「龍の背中」はいい負荷になっているようだ。

「あの……最近私と一緒になって走る人が随分増えたんですけど、あのままでいいのかなって……」

ん?

「一緒に走るって、あの『龍の背中』を?」

「はい。ついて来れる人もいないし、気にしないようにしてきたんですけど――」

でも、最近どんどん増えてきて、さすがに気にしないわけにもいかないほどの数になっているとか。

その数、およそ五十人を越えるとか。

五十人。

うむ……確かに気にせずにはいられない人数だな。

いくらその辺の武闘家よりはすでに強いミトだが、まだまだ子供である。

走る子供を五十人の大人やら子供やらが追い駆ける様を想像すると、もはや犯罪としか思えない絵ではないか。

実際ミトは気にしているようだし。不安もありそうだし。

……そういえば私にも付いてくる武闘家が時々いるな。すぐに見えなくなってどこぞへと消えてしまうが。

「一体何なの?」

なんだって子供を追い立てるような人が、五十人も出てくる。何が目的だ。

「――それって師匠が弟子入りを断った連中だろ」

と、倒れたままのジンキョウに言われて、納得した。

そうか。

いわゆる押しかけ弟子のような真似をしているのか。

挑戦者の中には、私に師事を乞う者は少なくない。

というか半分以上はそんな感じだ。

そしてそれはずっと断っている。

そもそも、最初からそんな声が多かったので、挑戦を受ける条件に「弟子入りは認められない」と事前に告げることにしている。

だから、そこまで揉めることなく彼らを追い返すことはできているのだが。

ただ、追い返した後までは……という話である。

私は弟子は取らない。

ならば――すでに弟子であるミトと同じ修行をして、少しでも高みに登りたいという、武人らしいやり方である。

要は、勝手にミトの修行に混ざっているのだ。

武客ニア・リストンの噂が一瞬でウーハイトン中に届くと同時に、ついでのようにリノキスやミトの噂も広まった。

リノキスは、無粋な挑戦者を追い返す滅法強い侍女として。

そしてミトは、外国から連れてきた武客の弟子として。

ちなみにジンキョウのことも噂で広まっているらしいが、身分に関しては「やんごとない身分の子息」という言葉のベールに包まれているとか。

まあジンキョウ本人も、皇帝陛下の息子にして皇子であることを隠しているのかいないのかいまいちよくわからないので、私は気にしないことにしている。

「放っておきなさい」

ミトと一緒になって走っている。

それくらいなら可愛いものだ。

私に色々と余裕があれば、もう少し弟子を取ってもいいんじゃないかとも思うのだが。まあそれは無理なので、これくらいは許してもいいだろう。

「もし揉め事を起こしたら教えて。その時は私がなんとかするから」

「わかりました」

元々「龍の背中」は、ウーハイトンの武闘家の修行に使われていたらしいからな。

いくら数が多かろうと、私に止める権利はない。

それこそ揉め事が起こってからじゃないと如何ともしがたい。

ただ、人数が増えれば必然的に面倒も増えるし、一般人の邪魔にもなる。

もしその辺の分別がないようなら、私が出るのが早かろう。

「それで、どう? そろそろできそう?」

「そう、ですね……そうだといいんですけど……」

――数日前、ミトは学校に行くという意思表示をした。

その際、私は一つの課題を出したのだ。

午前中に風呂の準備ができるくらいに「氣」を鍛錬しろ、と。

毎日何度も「龍の背中」を往復して、風呂に水を張っているミトの修行は順調だ。

だいぶこなれてきている。

ウーハイトンに来てからまだ一ヵ月と少し。やはりミトの才は確かで、この速度でここまで「氣」の扱いに慣れるとは思わなかった。

「なんか普通に追いつかれそうだな」

ジンキョウが笑いながら言い、飛び起きた。

「そう簡単に俺を抜けると思うなよ、ミト」

そう、ジンキョウが今やっている「氣」を使っての実戦形式の修行は、ミトが今やっている修行の次の課題である。

走りながら「氣」を維持するのに慣らし、次は実戦形式で「氣」を維持させる。

慣れてしまえば何も考えずに「氣」を維持して走れるし、単純動作を繰り返すだけなら「氣」の維持は楽なものだ。私なんて寝ている時でさえ常にこの状態にあると言えるしな。

だが、実戦形式ではかなり勝手が違ってくるのだ。

走るだけで維持する「氣」など、実戦では十分の一の時間も持たない。

これを、修行を重ねてどんどん戦える時間を伸ばしていくのである。

なお「氣」の扱いも、実力でも、ジンキョウの方が少しばかりミトより上のようだ。

まあ訓練用の根じゃなくて、本職の槍を使えば、結果は違うかもしれないが。

「あ、はい。がんばります」

少しそっけない返事をすると、ミトは一礼して行ってしまった。

「――あいつ学校行く気になったんだよな」

「――ええ」

「――師匠の見立てでは、入学はいつ頃になりそうだ?」

「――かなりやる気に満ちてるせいか、調子よさそうなのよね……早くて来週。遅くても二週間後かしら」

「――本当に追いつかれそうだな」

そうぼやく割には、ジンキョウはやはり嬉しそうだ。単純にライバルが増えることが喜ばしいのだろう。

出会った当初から、ただの武術好きは変わらないか。

やはり、なかなかに危うい性質だな。

――この手の使い道がないくせに力を求める奴は、いつか必ず身に着けた武を、力を、どこかで試したくなるからな。

周りに己より強い者がいる内は、まだいい。

いつか敵が少なくなった頃、力を振るうための相手を欲し出す。それが行きすぎて善悪の区別さえしなくなっていくのだ。

人間は、力を持てば振るわずにはいられない業の深い生き物だからな。

だから武人は、精神も一緒に鍛えるのである。

――力に溺れ、力を欲し、そのために大切な物をたくさん捨てた私が言うんだ。信憑性は高いはずだ。

そんななんでもない日から数えて六日後。

ミトは無事課題をクリアした。

そして、どこで漏れたか知らないが。

武客の弟子が下台の月下寮へ通うという噂は、すでに鳳凰学舎にも月下寮にも、広まっていた。