軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

312.次の旅路

四国の軍部が到着し、ついに空賊列島が解放される時が来た。

ただの住人のような扱いだった他の島はともかくとして――フラジャイルの支配していた赤島の奴隷たちは、それはもう感涙にむせいで望外の自由を全身に浴びていた。

具体的には、島中で夜を徹した宴のような様相となり、浴びるように酒を飲んだり食料を食い散らかしたりと、これまでできなかったことを精一杯楽しみ。

そして、多くの者が潰れた。

――そんな歓喜の日の明け方である。

酒瓶を抱いて眠る奴隷がいたり、粗末な深皿に顔を突っ込んだまま眠る奴隷がいたり、高いびきを掻いて固まって眠る奴隷がいたり。

ただの酔っぱらいの醜態だが……安心しきって眠る彼らは、きっと平和の証なのだろう。

そんな平和に眠りこける赤島の港の一角には、十名ほどの集団がいた。

「なんというか……来た時も急だったけど、帰りも急なんだね」

慌ただしいこった、と寂しそうに笑うエイダに、私は頷く。

「自分で言うのもなんだけど、大っぴらに行くとなると大騒ぎになりそうだからね」

そうじゃなくても、フラジャイル排除後は毎日大騒ぎだった。

今日もずっと抱き着いている豹獣人ルシエドのように、大人も子供も殺到しそうだ。大人は遠慮しろと何度か言った記憶がある。

……今はリノキスが一緒だから、きっと許されないぞ。近づく端から殴られるぞ。ルシエドでさえいい顔をしていないんだからな。

――そう、私と少々二日酔い気味のリノキスは、これから空賊列島を去るのだ。

見送りは、あの娼館で会った六人と、軍と話をつけるために同行してきたガウィンとリントン・オーロンだけである。

ガンドルフ、アンゼル、フレッサはまだ寝ているはずだ。かなり深酒していたから。

まあ私たちとは帰る場所が違うので、彼らは彼らでゆっくり帰ればいいだろう。

聖女やほかの連中には昨夜挨拶したので、見送りまでしてもらう必要はない。

まあ、半分くらいは酒に飲まれて前後不覚って感じではあったが。

――飲めない私を差し置いてなっ。

勝利の美酒はうまかったか? ああ返事はいらない。返答如何では手が出てしまいそうだから。平手が。頬肉をえぐり歯や骨に情け容赦のない打撃を与えてしまいそうだ。思わずなっ。

遠ざけて意識しないままならまだ耐えられるが、昨日は本当にひどかった……常に私と一緒にいるリノキスが飲んだからなっ。しかも遠慮なくっ。

もうこの際、十一歳でもいいじゃないか。

私の精神年齢いくつだと思っているんだ。

……そう思って何度か手は伸びたが、連れはおろか、まさか知らない奴隷や子供にまで止められたからな……子供は飲むな、飲んじゃダメと。

今生(・・) 、昨夜ほど未成熟なこの身を恨んだことはない。

――まあ、昨夜の恨み言はもういいとして。

「これからの身の振りは考えた?」

エイダに問うと、彼女は寂しそうな顔のまま首を横に振る。

「まだだ。というか、私はリリーくらいの頃にこの島に来て、それからもう二十年だよ。歳は三十越えてるし、ここ以外の生活なんてもう覚えてないし……身の振りって言われてもね」

「 まだ三十(・・・・) でしょ? そんなの人生を少し知ったくらいの小娘じゃない」

「え? そう? 結構いってる方だろ?」

「全然。何も知らない小娘もいいところよ」

人間、がんばれば百五十歳くらいは余裕で生きられるしな。三十? ようやく全力疾走を覚えた小娘程度だろ。

「そんな寂しいこと言わないで。なにか好きなこととかないの?」

「好きなことか……そういや、最近あたしは料理が好きなんだってのに気づいたよ」

自分が作ったものをうまそうに掻っ込む子供たちを見て何やら心が満たされる想いがした、そうだ。

なら決まりだな。

「じゃあ料理人になればいいわ。ちゃんと習って、手に職を付けるといいわ。腕さえ良ければ食いっぱぐれもないって言うし」

「料理人……か」

「まあどうするにしろ、応援してるわ。ここで二十年生きてこれたなら、良い運勢を引き寄せる力はきっとあると思うから」

「……そうだね。なんだかんだ五体満足で生き残れたし、結果的に運は良かったんだろうね。最後にすごいのと会えたしね」

と、エイダは抱き着いたままのルシエドごと、私を抱き締めた。

「もう聞き飽きてるだろ? でもその飽きた言葉の山の片隅にでも積んどいて。――ありがとう、リリー」

確かに 前世(・・) でも 今生(・・) でも飽きるほど言われてきたが。

しかし、心の込められた強く柔らかい言葉が、飽きることなどあるものか。

――少し涙目になっているエイダが離れると、隣に視線を移す。

「あ、私はその、そういうちょっと感動みたいなのないからね」

エスターである。

出会った時は顔に包帯を巻いていたが、今では小綺麗になり、田舎の貴族の娘と言っても通りそうなくらい持ち直している。

「あなたは確か、商家の娘って言っていたわね?」

「うん。昨日何気なく軍人さんに聞いたんだけど、実家の商売は上手く行ってるみたい。私が攫われた当時は小さい商会だったけど、今では結構大きくなってるんだって」

エスターには帰る家があったようだ。

軽い気持ちで、島に来た軍人に外の情報……かつての親の事業を聞いてみたら、知っていたそうだ。

「家族はもう私のことは死んだと思ってるだろうし、そうじゃなくても受け入れてもらえるかわからないけど、一度は帰ろうと思ってる」

ただ本人の言う通り、何年も前に死んだと思っていた娘が今更帰ってきたところで、受け入れてくれるかどうかはわからない、と。

まあ、家族の現状に寄るのだろう。

後妻を迎えていたりすると、色々微妙なことになりそうだし。

「もし行く場所がないなら、アルトワールのセドーニ商会を訪ねてみて。リリーとリーノの紹介って言えば門前払いはしないと思うから」

「……うん。その……――やっぱり私もやっとく」

「ん? うん」

小柄なエスターに、ルシエドごと抱き締められた。

「やり直せるかも、なんて機会が本当に来るなんて思わなかった」

「これまで嫌なことが続いたなら、これからはきっといいことしかないわ。ここであったことなんて忘れて幸せになりなさい」

「うん……!」

離れたエスターは素早く後ろを向く。今は顔を見られたくないようだ。

肩を震わせる彼女の後姿をしばらく眺め、隣の二人を見る。

「ルイザとアシールは聖女と行くのよね?」

二人は頷く。

聖女が到着してすぐに足の治療したルイザは、もう松葉杖を持っていない。

下半身の筋力が落ちているので、早く歩くことも長時間立つこともまだできないが、すぐに元通りになるだろう。

聖王国の学校へ行く予定だったアシールは、無表情こそあまり変わらないが、まとう雰囲気は随分明るくなった気がする。

この二人は、聖女のスカウトを受けて聖王国へ行くことを決めた。

どんどん増える子供たちの面倒を見ている内に子供好きなことに気づいたルイザは、子供の面倒を見ながら生活するのもいいかと思い、孤児院に勤めるシスターを志望し。

アシールは持ち前の神聖魔法を鍛えるために、やはり聖王国へ行くという。私と聖女の治療を見ていて、やはりこの道に進みたいと強く思ったそうだ。

本来の予定に沿って学校に入れるかはわからないが、入れない場合はあの聖女が引き取って面倒を見ると約束したそうだ。

付き合いは短いが、あの聖女は信用できる。

この二人の行き先に心配はない。

「機会があったら会いに行くわ」

エイダとエスターはどこへ行くのかわからないが、この二人はわかる。

――今回、聖女と力を合わせて治療をしたことで、治癒師としてのニア・リストンの力が知られるところとなった。

今後もしかしたら……いや、きっと聖王国から治癒師として呼ばれる時が来ると思われるので、この二人とは本当に再び出会う機会がありそうなのである。

「また会いそうだけど」

「でも、一応やっておきましょう」

この二人もその辺がわかっているようで、なのでさらりと二人掛かりでルシエドごと抱き締められた。知らない間に感極まって号泣しているエスターとの対比がすごい。

「……リリー」

再会がありそうなだけにドライなルイザとアシールから視線を移し、最後の一人に向ける。

「すごくお世話になったわね、オリビエ」

本当に、事務から雑務、集めた奴隷の人員整理、生活環境の確保と、オリビエには面倒なこと全てを任せてしまった。

「リリー……!」

意外だった。

大人の女性であるオリビエだけに、割り切って別れるかと思ったが。

エスターより早く感情が昂ったオリビエは、ルシエドごと強く私を抱き締めた。

「色々なことが、あっという間に終わって、なんて言っていいのかわからないけど……! でもあなたには感謝しかない……!」

痛いほどに込められた力と、心の底から限界にまで込められた想い。

ただ暴れるくらいしか能のない私には、過ぎた報酬だ。

こういうものは、金では買えない。どんな化け物を狩る力があり、いくら稼ぐことができようとも、こういうものはなかなか貰えないのだ。

それを知っているからこそ、もう何も言わない。無粋な言葉などいらないだろう。

――オリビエは貴族の娘なので、帰る場所が恐らくある。

だが、私が付き合わせて面倒事の処理を任せていたせいで、今や赤島のまとめ役のようになっている。

その辺の役割を買われて、今回の諸々が終わるまではここに残って、ガウィンなどの補佐として働く予定なのだそうだ。

そんなオリビエには何も言うことはない――と思っていたが、一つだけ。

離れて、つーっと頬を濡らすオリビエに、私は言った。

「こいつ寝てるんだけど」

ずっと離れないと思えば、ルシエドは私に抱き着いたまま、寝ていた。

豹獣人ルシエド。

私は最後まで彼女と会話することはなかったし、彼女の声を聞くことさえなかった。……懐かれていたとは思うんだけど。果たしてこいつは何だったのか。

――そんなルシエドを任せて、私たちはガウィンが用意してくれたヴァンドルージュの軍船に乗り込んだ。

ヴァンドルージュまでは軍が送ってくれて、そこで普通の客船に乗り換えてマーベリアに帰るルートとなる。

少し長くなった別れの挨拶を済ませ、待たせていたガウィンに一言二言挨拶し、リノキスとリントン・オーロンを連れて空賊列島を離れるのだった。

まだ暗い早朝、一隻の船が赤島から遠ざかる。

それを見守るのは、縁があった六人の女たち。……一人寝ているが。

空賊列島は、これからすぐに変貌を遂げていくだろう。

そしてそこに住んでいた奴隷たちも、きっと生活が一変するだろう。

彼方の空が明るくなってきた。

誰にとっても次の旅路となる新しい一日が、もうじきやってくる。