作品タイトル不明
300.空賊列島潜入作戦 本体 12
「――長い」
雪毒鈴蘭(スノー・リリー) の船員全員が島に降りてくるまで続いていたリーノの情熱的かつ庇護的、あるいは独占的な抱擁を、リリーはべりっと引きはがした。
こんなに離れていた期間が長かったのは初めてなので、リリーもある程度はリーノの好きにさせていたが。
さすがに長い。長すぎる。
このままでは話が進まないので、力ずくで距離を置く――どうせ後からまた迫ってくるだろうから、今はもういいだろう。愛が重い女であることはよくわかっている。
名残惜しそうなリーノは放置して、リリーが作戦参謀ガウィンに視線を向けると「待たせたね」と言葉を発した。
「うん。首尾は?」
「こっちは問題なかった。そっちは?」
「御覧の通りよ」
いつの間にか、港には奴隷たちが集まっていた。
今も後から後から増えている。
期待と、多少の不安と。
様子を窺う態度で距離を保ち、今到着した 雪毒鈴蘭(スノー・リリー) の船員たちを見守っている。
虐げられていた者が多いこの島の奴隷は、空賊に対して悪感情しかない。
「狂乱のリリー」は、そんな彼らを目に見える形でわかりやすく救ってくれた、疑いようのない解放者だ。だから信用するし、絶大な信頼も寄せている。
だが、それ以外の空賊は、やはり警戒してしまう。
果たしてリリーの仲間として歓迎していいのか。
リリーの周りにいた子供たちも、リーノの飛び降りと突撃の勢いに怯えて引いてしまっているくらいだ。
彼らは、リリーの仲間なら手離しで歓迎したい、という気持ちで集まったが……
集まりはしたものの、それを言動に出すには、さすがに心の傷が深すぎた。
非情な支配を敷かれていた奴隷が、また同じように手ひどく支配されるのではないか、と。
またあの地獄の生活に戻るのではないか、と。
不安で仕方ないのだ。
「――リリー」
そんな奴隷たちを代表するように、様子を見に来たオリビエが輪の中に入ってきた。
「オリビエ、この人たちが私の仲間だから。みんなに通達しといてくれる?」
「ええ、わかったわ。……とりあえず宿に案内しましょうか?」
「――だって。どうする?」
「頼むよ。ずっと船上生活だったから、少し休ませてくれ」
今夜にでも集まって話そう、ということで、この場は一旦解散となった。
派手な出迎え、というわけにはいかなかったが、まあお互いじきに慣れるだろう。
何せ本物の空賊なんて一人もいないのだから。
むしろ当人たちの肩書や身分を考えれば、人に無体を働く自国の恥になるような者もいないだろう。
オリビエの紹介とともに宿への移動を促すと、ガウィンを先頭にぞろぞろ動き出した。
十数名ほどの少数精鋭で、リリーの知らない顔も何人かいる。
「ようリリー」
「師匠」
アンゼルとガンドルフも、軽く声を掛けるだけで行ってしまう。
「ん?」
その中の一人が、リリーの前に立った。
「初めまして。聖女です」
美しい銀髪をなびかせているその女性は、首輪と目隠しをしていた。さすがに手を縛るのと鎖は外しているが、見た感じは奴隷そのものだ。
「ああ、聖王国から預かった方ね」
別行動で先行したリリーも、聖女を連れてくるとか連れてこないとかいう話は聞いていた。
実際それが叶うのかという気持ちはあったが、ちゃんと仕事をしてきたようだ。
「へえー。やっぱり本物の銀髪は、白髪とは輝きと美しさが違うわね」
今は染めているが、ニアの白髪とは一目瞭然の違いである。やはり白髪は白髪、銀髪は銀髪なのだ。
まあ、リリーは白髪であることを気にしていないので、特に思うこともないが。
「――私はお嬢様の髪の方が美しいと思いますよ」
ここぞとばかりに、 いつも通りに(・・・・・・) 傍に控えるリーノが囁いたが、いちいち気にしていたら面倒なので無視だ。空賊感のある格好でそんなことをされても違和感しかないし。
「もしかして心眼?」
「ええ。あまり顔を晒さない方がいいだろうと言われたので、今はこれで失礼しますね」
それに名乗りも控えるつもりだ。
「……それにしても 強い魂(・・・) をお持ちですね。二百年ほどひたすら磨かれた白夜石のような……美しくも逞しく、強靭にして柔軟さをも感じます。見えないのに眩しいほどに強く輝いています」
見えない分だけ、感覚が研ぎ澄まされている状態だ。
見えないからこそ、はっきり見えるものもある。
「そういうあなたも、かなりのものね。研鑽を重ねた者は強く美しいと私も思う」
武道ではないが、心身の無駄なぜい肉を削る修行に関しては、聖女も負けていない。
ただし、リリーとは 年季(・・) が違うが。
微笑んでいた聖女から笑みが消え、彼女はリリーの前に跪いた。胸に両の手を当て重ねる。
「――その節はお力になれず、面目次第もありません」
「……ん? 何が?」
言葉と行動の意味がわからなかったリリーに、隙あらば抱き着こうと機を伺い傍に控えていたリーノが囁いた。
――お嬢様は聖女の治療を受けたことがありますよ、と。
「ああ、そうか」
もう七年も前のことになるが、かつて死病に蝕まれていたニア・リストンは、聖女の診察と治療を受けたことがあったようだ。リストン家の財力で呼んだのだろう。
前のニア(・・・・) の記憶にはあるはずだが、 今のニア(・・・・) には覚えがないので、なんのことかわからなかったが。
「でも、来たのはあなたではないわよね?」
「はい。当時序列二十位くらいの聖女が呼ばれたはずです。しかし恐らく、あの頃の私が対応していても、治療は難しかったでしょう。あの方も優秀な方ですから」
「そう。……まあ、仕方ないわ。遅かれ早かれ人は必ず死ぬものだし、力が及ばないこともあるし、避けられないこともあるから」
と、リリーは聖女の肩に手を置いた。
「 この子(・・・) に恥じない生き方をするつもりよ。私はそれでいいと思っている」
「……はい。あなたなら大丈夫でしょう」
魂が見える。
ならばこの聖女は、リリーに英霊の魂が宿っていることも察している。
ついでに言うと、すでに「リリーはニア・リストン」ということも、知らされているようだ。
まあ聖女という聖王国アスターニャの顔とも言える存在を作戦に参加させるなら、下手な隠し事はできないだろう。誠実さを欠けば信頼も得られないから。
「ところで、聖女なら神聖魔法は得意よね? 私と一緒に奴隷の治療を手伝ってくれない?」
とにかく数が多くてね、とぼやくと、聖女の表情が緩んだ。
「もちろんです。今の私は ただの奴隷(・・・・・) ですから、如何様にも命じてください」