軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

282.空賊列島潜入作戦 8

「……嘘だろ……」

檻の中に投げ込まれた手配書を見て、かつてこの娼館の持ち主だったバイラスと、それを覗き込む男たちが顔色を変えている。

手配書には、人を切り刻むのが趣味という恐ろしい悪趣味極まりない空賊、 千刺剣(サウザンド) の船長シューラットの似顔絵が載っているいる。

――「昨夜潰してきた」と言って見せられたものである。

バイラス同様「嘘だ」と呟く者もいれば、言葉もなく驚いている者。「いいから出せ」と騒ぐ者。まあ、反応はまちまちである。

あまり大きくない檻の中には、十人以上の裸の男たちがひしめき合っている。

リリーがいろんな娼館を襲った際に殴り倒した、責任者や従業員などもさらってきているからだ。

彼らは情報源でもあるし、一応リリー暗躍の情報が漏れないための処置でもある。

――まあ、リリーの本音としては、いつバレても構わないくらいの気持ちではあるが。

どうせもうすぐ表舞台に出ていくつもりだから。

「これで、暴走王フラジャイルの下にいる空賊団は七つ潰したことになるわ」

檻の中にいる男たちに、檻の外にいる黒髪の少女リリーが言う。まるでこの娼館のオーナーのように傍にオリビエを侍らせて。

「なあ、嘘だろ?」

手配書を放り投げて、十日を越える監禁生活のせいで小汚くなったバイアスが鉄格子にすがりつくようにして寄ってくる。

「毎晩こんなもん見せられたって信じねぇよ。それよりいいかげんここから出せよ。目的はなんだ。いったいどうなってやがる」

その質問に答える気はないが、答え合わせはしておきたい。

「ここまでやっても動かないってことは、フラジャイルは今、赤島にいないのね?」

四空王は有名な空賊だけに、誰に命を狙われてもおかしくない。

現にここに狙う者がいるので、当然の軽快と配慮と言っていいのだろう。

なので、あまり大っぴらに居場所を喧伝するようなことはないのだとか――少なくともフラジャイルは。

バイラスや他の者からも聞いたが、フラジャイルの居場所を知る者はいなかった。

この赤島内にも拠点がいくつかあるそうだが、一つ二つは把握していても、全部はわからないとか。

――まあ、それはそれでいい。

まだまだ狩るべき空賊はいるので、やることがある間は退屈しない。

精々しっかりいじめてやろう、とリリーは思っている。

これまで奴隷たちを苦しめてきた分くらいは、空賊どもには辛酸と苦痛と絶望を味わってもらいたい。

そのために、できるだけ生かしているのだ。

リリーが潰した空賊たちに、一部の奴隷たちが追い打ちを掛けるような事件も起きている。奴隷と空賊の立場は、少しずつ入れ替わってきているのだ。

フラジャイルが来るか、もしくは空賊がいなくなるまで、こういうことが続く予定である。

まあ、責任者が責任を取るまでは、傘下の連中の連帯責任というわけだ。

「……もし本当にてめぇが空賊どもを潰してるなら、な。フラジャイルは恐ろしい男だ。敵と見なしたら容赦しねえし、ここまでやられて黙っている理由もねえ」

バイラスは、全てが半信半疑である。

が、 この遊び(・・・・) に付き合っている間は、少なくとも殺されることはないだろう。そう結論を出しているので、無駄な抵抗はしないと決めている。

「私を買った四十万分は世話をするから」と、毎日三食と多少の嗜好品はくれるのだ。変に刺激してそれらを打ち切られては非常に困る。

「 戦蚊軍船(モスキート) の連中を潰してから何日か経ってるよな? だったらそろそろ帰ってくるんじゃねえか?

ここはフラジャイルの島だ。代々四空王の称号の証となってきた浮島だ。手を出されれば黙ってるわけがねぇからな」

なるほど、とリリーは頷く。

「――その辺の決着が着いたら、あなたたちの処遇も決めるわね。それまではここで大人しく待ってて」

「ま、待てよ! もういいだろっ、出せよ! おい! ……あ、今日も葉巻と酒頼むぜ! 安物でいいから量をくれよ!」

バイラスを始めに男たちが騒ぎ出すが、リリーとオリビエは振り返ることなく、地下室を出るのだった。

「差し入れ、出しといてね」

地下室から出たところで、バイラスから注文を受けた嗜好品をオリビエに頼んでおく。

「それって必要なの?」

バイラス相手に配慮することが不服そうなオリビエに、リリーは笑う。

「私はきっと、どこから初めてもたぶん大丈夫だったけど。でも今はここから始めて良かったと思ってるの。だから購入代金くらいはね」

この娼館から侵略作戦が始まった。

ここからじゃなくてもよかったかもしれないが、ここから始めてここまで来たのだ。

こんな場所で言うのも何だが、

「あなたたちとの出会い、良縁だったと思うわ」

リリーは裏切られる心配も一応していたが、娼婦は誰も裏切らなかった。

だからこそ、こんなにもスムーズに、かつ 時間を掛けて(・・・・・・) 予定通り進めることができた。

もし潜伏に失敗したら、かなり予定が早まっていたことだろう。

面倒だから昼夜問わず空賊や奴隷商人、娼館を探してはぶちのめすようなことをしていたはずだ。

空賊の排除だって、とっくに終わっていたに違いない。

「……まあ、リリーがそう言うならいいけど」

明らかに不承不承という顔のオリビエと別れ、リリーは執務室の方に顔を出した。

「あ、リリー! やっと来た!」

男女の綺麗どころを取り巻きにしたエスターが、明らかにほっとした顔で歩み寄ってきて耳元で囁く。

「傍にいてよ! 私には荷が重いんだってば!」

「ん? 調書を取るだけでしょ?」

「相手が相手でしょ!」

「誰か気に入らない対応した奴がいるの?」

「いやそれはないけど! ただ……なんか、こう、恐れ多くて……!」

人には歴史がある。

エスターはかつては商人の娘だったらしく、それなりの教育を受けていた。

つまり読み書きができる。

その能力を活かして、昨夜連れてきた綺麗どころの身元調査を頼んでいる。

見た目に麗しい者が多いだけに、高級娼館に買われたような彼らは、とある国の貴族関係の者や、大っぴらに言えない家系の者もいるのだ。

早めの送還を願っているだけに、もう誰に聞かれてもいいからさっさと手続きを終えて帰りたい、というのが彼らの願いだった。まあ、色々とひどい目に遭ってしまったのだろう。

――ちなみに初日で偉ぶって「無礼者! 我はどこそこの伯爵の子息で――」と謳い出した男は、平手を一発食らわせて「表に放り出すぞ」と脅したら静かになった。周りも。

身元がどうかは知らない。

ここにいる間は全員まだ奴隷で、もっと言うとリリーの略奪品だ。首輪も外さない。……まあこれは外した方が危険だからだが。

ちなみに、詳しく聞いていないがオリビエも貴族の娘らしい。

バイラスが気に入っていたのは、見た目も美しいが、とにかく読み書きができて頭がいいからだった。

「わかったわかった。しばらく近くにいるから――そこのあなたから始めましょうか」

「えっ」

リリーは、無駄に大きいベッドに腰かけている、胸元に焼き印を押されている女性を呼ぶ。

奴隷の証である焼き印。

もう怪我とは言えない、忌々しくも彼女の一部となってしまった、かなり古いものである。

「その胸のやつ、治すわ。おいで」

「……な、治るの? 消えるの?」

「ええ」

皮膚を抉って再生するのだ――最初に連れてきた貴族の娘にそう説明したら、顔を青ざめてひどく怖がり泣き出したので、もう説明はしない。

どうせ黙っていたって、皮一枚くらいならあっという間だ。

ここら一帯はもう、リリーが力ずくで奪ったりオリビエが借りたりして、制圧済みである。

一応奴隷たちには表には出ないように言ってあるが、時折子供の笑い声や楽しげな声が表まで聞こえる。

リリーが集めた奴隷はすでに三百人を越え、窮屈ながら皆ここで生活している。

――夜な夜な空賊や娼館が襲われる中、この一帯だけ平和……どころか、人の気配が非常に多い。

これに関して疑問を持つ者、とりわけ商人もいなくはないが。

彼らはあえて触れないことにしている。

毎晩のように空賊団を潰している「空賊狩りの盗賊」に関わるのも嫌だし、その盗賊のおかげでずっとピリピリしている空賊に関わるのも嫌だから。

だから身の安全のために、見て見ぬふりをしていた。

まあ何にしろ、きちんと金を払って食料なりなんなり購入して貰えるなら、相手が誰であってもなんの問題もない。

むしろ踏み倒すこともある空賊なんかより、よっぽど客としては嬉しい。

たとえ支払いされているのが略奪した金であってもだ。

そして、夜。

もう見回りや警戒を、あるいは酔っぱらって表を歩く空賊は、いなくなった。

「こうなるとちょっと寂しいな」

リリーが片っ端から襲っていたせいである。

バカな空賊も多いが、バカしかいないわけじゃない。

盗賊が夜しか活動しないなら、夜は動かない。

バカな空賊だって、それくらいの安全確保はできる。

暴走王フラジャイルの幹部級とかいう五つの空賊団も、残りは 蛇頭の女神(ドレッドゴッデス) という一味しか残っていない。

ほかの四つは、とっくに潰して船も墜とした。

――まあいい。今日も港に行って適当に船を墜とそう。

しんとした深夜の島を、リリーは堂々と歩いて行く。

難儀なことである。

バイラスの話では、フラジャイル傘下の空賊は、フラジャイルの指示なく船を動かしてはいけないらしい。特に赤島から出ることは許されていないのだとか。

つまり、夜な夜な空賊船が襲われるような状況なのに、空賊たちは逃げ出すことができないのだ。

――フラジャイル、早く帰ってくればいいのに。

奇しくもリリーと空賊たちは、その点においては同じ気持ちを抱えていた。