作品タイトル不明
257.今度の迎冬祭で
一瞬誰かと思った。
それくらい、なんというか、記憶にある顔と人相が違うというか……
――張っていた気が抜けた、と言うのが正確だろうか。
「その節は申し訳なかった」
あの時は、常に命のやりとりをしている軍人らしく厳しい顔をしていたエンデヴァー総武局長は、比較的穏やかな顔で頭を下げた。
……うん。
「開発を返してくれた時点で、そこまで怒ってはいません。どうぞ頭を上げてください」
――本当は、多少気にはなっていたが。
フライヒ工房の連中が怪我をさせられた分くらいは、なんとか意趣返しをしたいと思っていた。
しかし、こうも素直に謝られるとな……これでは許さない方が狭量ではないか。
狭量な武闘家はつまらないからな。
ようやく夏が過ぎ、時折肌寒さを感じるようになってきたある日。
「――ニアちゃん、ちょっといい?」
屋敷にやってきたアカシが、微妙な表情で声を掛けてきた。
「何かあった?」
へらへらしていたらいい報告、そうじゃなければ悪い報告。
それくらいはわかるようになったが、本人もどっちか判断ができかねているかのようなこの表情は、初めて見る。
「あたしには良し悪しが判断できないから、事実だけ言うね。フライヒ工房で揉めたエンデヴァー総武局長、憶えている?」
「ええ」
この前の夏季休暇で、私から 機馬(キバ) を取り上げようとしたマーベリアの要人だな。
私にケンカを売ってきた者で、そして決着が付いていない相手だ。
そう簡単に忘れるわけがないし、忘れられるわけもない。
「その人がね、ニアちゃんに謝りたいって」
「……は?」
謝る?
あの強情で傲慢そうな老人が?
何があっても、たとえ自分が悪くても謝罪なんてしそうになかった、あれがか?
「ね? なにか信じられないし、裏がありそうでしょ?」
なるほど。
だから良し悪しがわからない、か。
「で、あたしにニアちゃんの予定を聞いてきてくれって頼んできたんだよ。ニアちゃんの予定に合わせて向こうから来るつもりみたい」
わざわざ謝りに? 来るの?
……ふむ、まあいいだろう。
「夜なら必ずいるから、仕事上がりにいつでも来れば、って言っておいて」
「あ、受け入れるんだ?」
「受け入れるかどうかは話次第。本当に謝りに来るのかどうかもわからないし。とにかく、どんなつもりでいるかは確かめたいわね」
ここで会うと言うなら、なおさらだ。
ここは言わば私の縄張りで、変な仕込みはできない。むしろ相手からすれば敵陣に来るようなもの。
何か企んでいるのかもしれないが、もしそれが一種の誠意の示し方だと言うなら、一度くらいは信じて会ってもいいだろう。
次なんかやったら、もう暗殺するしな。もう許さんぞ。
――という簡単な打ち合わせから、数日の後。
改めて「いついつはどうですか?」とお伺いを立てられて、私が了承した今晩、エンデヴァー総武局長は馬車に乗ってやってきた。
王城での仕事帰りなのか正装の軍服姿で、御者兼護衛らしき男を馬車に残して、単独で屋敷に上がる。
ぜひ同席したいと言うシィルレーンとアカシ、クランオールがいる応接間に通され――普通に謝罪された。
内心何をするのかと身構えていた私をあざ笑うかのように、実に素直に謝罪された。
私が「頭を上げろ」と、内心少しばかり戸惑いながら言うと、彼は頭を上げ……恐らくこの話を持ってきたアカシのように微妙な顔をしているのだろう私たちを見て、苦笑した。
「あれから王と、ほかの年寄りたちと、じっくり話をした。何日も掛けてゆっくりと。この国のこと、この国の行き先のこと。現状。明日のこと。
それに、過去のこと。
私たちが機兵学校にいた頃や、留学した先でのこと。マーベリアをどんな国にしたかったか、思い描いていた理想はなんだったか。
なけなしの知識の外国のことも話したし、息子や娘の結婚や、婚約者のことも話した。最近妻が冷たいだの、家族が冷たいだの、使用人が冷たいだのという愚痴もこぼした。大昔の武勇伝や、昔の女のことも話したな。
色々と思い出したのだ。長い長い日常生活で忘れていた、我々がまだ理想のマーベリアを造ろうとしていた頃の気持ちを」
…………
「いつから外国を敵視してきたのか、わからない。ただこの国を守ることだけしか考えられなくなっていた。
今語るには青臭いが、しかし、私の芯となる理想をすっかり忘れていた。
その結果、私はあなたに不快な想いをさせてしまった。
本当に申し訳ない。
かつて私が嫌っていた『頭の固い老人』に、いつの間にか私もなっていたようだ」
……そうか。
正直なんて言っていいのかわからないが、まあ、私に迷惑を掛けないなら、好きにしていいと思う。
「――まだ公式発表はしていないが、私や王、そして主立った老人たちは、引退を決意した。我々が動くのは今年までだ」
あ。
だからこの表情なのか。
もう色々と背負っている重荷を下ろすつもりだから、気を張る理由がなくなったのか。
「我々は引退する。我々が築けなかった、新しいマーベリアのために。
そして私は、まだ総武局長という肩書を持つ間に、あなたに謝罪だけはしておきたかった」
エンデヴァー総武局長はそれだけを告げると、今一度頭を下げて、帰っていった。
見送りに出た時に感じた風は冷たく、秋の気配を強く感じた。
季節が遷ろうように、マーベリアの時代も遷ろおうとしていた。
それから数日後。
夏の遠征に出ていたリビセィルが、久しぶりに屋敷にやってきた。
「今度の迎冬祭で、私の機兵と戦ってくれないか? 民の前で、祭りの一環として」
と、そんな話を持ち掛けられた。
「――王からの頼みでもあるんだ」
なんの要望かと思ったが、その一言で話が繋がった気がした。
王を含む老人たちの引退。
新しいマーベリア。
次期国王リビセィルからの要望。
そうか。
新しいマーベリアを迎えるために、古いマーベリアを壊してほしいと。
それを望むわけだな?
「やってもいいけど条件があるわよ?」
「 魔法映像(マジックビジョン) だな? 今の私の権限では確約はできないが、前向きに善処しよう。約束する」
うむ。
これでようやく、ちゃんとした足掛かりを作ることができそうだ。
これでようやく、私がマーベリアにやってきた用事を、済ませることができそうだ。