軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

254.地下室の逢引き(疑惑)

「――うちに何か?」

機兵学校の帰り、私の借りている屋敷の前で立ち尽くしている老婆がいた。

途中で一緒になったシィルレーンと普通に声を掛けると、彼女は驚いたような顔で頭を下げた。

「御家を覗くような真似をして大変失礼しました。ニア・リストン様で間違いないでしょうか?」

「ええ」

「私はメリガリティ・クオールの使用人でございます」

メリガリ?

「――ニアも会っただろう? 向かいの屋敷のご婦人だ」

シィルレーンが耳打ちして、ああと頷く。

「この前は結構な物をいただきました。ご馳走様。婦人はお元気?」

――夏季休暇の時に判明したのだが、実はうちの使用人と向かいの屋敷の使用人に、付き合いがあったらしい。

なんでも向かいのクオール家のあの説教がすごい婦人は、長く付き合って来た使用人たちを連れて隠居したそうだ。

つまり、住んでいる住人の年齢層が高い。

ある時、そんな彼女たちの誰かが、遠くへ行かねばならない用事があったそうだ。しかし足腰が痛くて立ち往生していた。そこを三輪試作機に乗ったうちの使用人が通り掛かり、ついでだからと乗せたことがあるとか。

それが付き合いの始まりで、彼女たちのために三輪試作機を出したり、一緒に買い物に行ったり、ちょっとした物を送り合ったりするような仲になっていたそうだ。

使用人同時の些細な付き合いだから、ということで私も知らなかったが――

夏季休暇の時に、例の世界樹の果実を使ったタルトをお裾分けしたところ、婦人から正式なお礼状とマーベリアで最高級の鶏肉が贈られてきた。それで私も付き合いがあることを知ったのだ。

本当に使用人同時でのやり取りだったらしいので、あえて私に言うほどのことでもないと思っていたようだが――向こうの家長であるクアール婦人が口を出して来たことで、ちょっとした屋敷同士での付き合いになってしまった。私もお礼状を書いたし。

まあ、こっちは二度ほど塀を壊したり長ーい説教を食らったりしたので、少々肩身が狭くはあるが。

「はい、ここのところ調子がいいようで、身体の節々が痛むこともなく、とても元気です」

それは重畳。

若かろうが老いろうが健康は尊いものだからな。

「それで……不躾ながらお願いがあってまいりました。どなたか御家の方が出てこないかと待っていたのです」

ん? お願い?

「気持ちはよくわかる。あれは美味だった」

鉄格子の門を開けて、シィルレーンと屋敷へ向かう短い道で、彼女はそんなことを言う。

使用人の老婆から話を聞き、とりあえずその場は解散にした。

「明日のこのくらいの時間に、門の前に迎えに行くよううちの使用人に言っておくから」、と明日また会う約束をして。

「まあ、私もわかるけど。でもあれはなぁ……」

――お願いというのは、もうすぐ訪れる婦人の誕生日に、使用人連盟で夏季休暇でおすそ分けしてもらったあのタルトを贈りたいそうだ。

世界樹の果実を使ったタルト。

大半はジャムにしたが、試作気味にタルトなどの菓子にもなったのだ。

実はあれは、水で煮て強すぎる味を薄めるという普段ならやらない細工をした上でも、しっかりと味と風味と食感が残るという摩訶不思議な代物だった。

だがそれでも、あれはうまかった。

元々は使用人用に、というつもりでお裾分けしたのが、何があったか婦人の口に入った――それがお礼状に化けたのである。

そして婦人はあれを大層気に入ったらしい。

ただ、贈ろうにも物がないからなぁ。

武猿・武熊と遊びに行くついでに採りに行ってもいいけど、ちょっと遠いしな……

「入手するにはまた未開の地に行かねばならないな」

「そうなのよね。私は別に採りに行ってもいいけど、でもあの人はそこまでの労力を求めてない気がするのよね」

あくまでも使用人同士のやりとりが発端だ。

「不躾ながら」と気軽に頼みに来る辺りからして、彼女はその辺で買った果実ですぐ作れるもの、くらいの認識しかしていない気がする。

もちろん、果物の出所は話せないので、聞かれたら少々困ってしまうが。シィルレーンにだって「未開の地で採ってきた」以上の説明はしていないし。

「では代案はどうだ?」

「代案?」

「果物の他に持ち帰った物があるじゃないか」

……?

なんかあったかな? ここのところ修行に真剣なリノキスのやる気とか?

…………

「……とてつもなく濃い蜂蜜を持って帰ってきたではないか」

あ、そうだ! 蜂蜜だ! 忘れていた!

「あれどうなったの?」

「サクマとリノキスがどう使うか試行錯誤しているそうだ。私も薄めたものを紅茶に落として毎晩飲んでいるが、薄めないと使えないだけにまだまだ量は残っているはずだ」

そうかそうか。

すっかり私よりも屋敷の内部事情に詳しいシィルレーンの助言に従い、果物ではなく蜂蜜でなんとかならないか考えてみようか。

で、だ。

出会うなり、とっさにシィルレーンに目隠しされたわけだが。

「――あ、お、おじょうさま……!?」

「――……こんな格好で失礼します」

うん。

……うん。

「シィル。もうバッチリ見ちゃったからいいわよ?」

「そういうわけにいくか。子供には目の毒だ」

体格はそう変わらない幼く見えるシィルレーンだが、こういう時はやはり年相応の余裕がある。

「――子供もうろついているこの屋敷で、こんな時間から何をしているのだ」

「え?」

「――特にサクマ。シノバズの者が職務中に色に狂うとは何事だ」

「色……あ、いやっ! 違いますよ! 違うんです!」

「――シィル様。ニアお嬢様。本当に誤解です」

いやあ……

「無理でしょ」

目隠しされたままの私は、すでにバッチリ見ているわけで。

侍女服のはだけたリノキスと、隙のないスーツ姿しか見たことがないサクマの乱れた衣服とか。

――子供たちに居場所を聞いて、かつてはたくさんの刺客を監禁していた地下倉庫まで探しに来て、扉を開けたら……というのが今である。

「知らなかったわ。二人ってそういう関係だったのね」

別に悪いとは言わない。

リノキスだって適齢期だし、結婚を考えたり恋人を欲しがったりしてもいいだろう。サクマだってまだ若いだろうし。一緒に住んでいれば好きになることもあるだろうし。

ただ、シィルレーンの言う通り、こんな時間から 色々する(・・・・) のは厳重注意だぞ。夜ひっそりやれ。

「違うんですよ! これには事情があるんです!」

リノキスの必死っぷりが必死である。別にいいのに。むしろちょっとくらい私から離れてもいいくらいなのに。