作品タイトル不明
211.大転倒
ごっそり虫を駆除した翌日から、私の日常が帰ってきた。
そう、ただの留学生としての日常である。
「――マーベリア万歳! 機兵万歳!」
「――マーベリア万歳! 魔犬機士団万歳!」
機兵学校へ向かう途中、横目に見るメインストリートの中央は、まるで祭りのようにたくさんのマーベリア人が狂喜乱舞していた。
王都の外から、大型単船が次々に入ってきているのだ。
そこの荷台には、機兵ではなく、たくさんの虫の残骸が乗っている。
――昨日の夕方から夜に掛けて、マーベリア王国は国民に対し、虫の存在を公表した。
マーベリア王国は、大陸の東に巣食っていた虫たちと長年戦ってきたこと。
人を亡ぼしかねない脅威の害虫と戦うために、機兵が生まれたこと。
そして、これまで果敢に戦ってきた国の守護者である機兵が、ついに虫たちを退治したこと。
一部の関係者や、街の外で活動するために知ってしまう機会があったりした冒険家なども、突如解かれた緘口令に便乗して虫の話を広め出して、半日。
翌朝には王都中に話が伝わり、民衆の知らないところでずっと戦ってきた機兵乗りたちは、国の英雄として凱旋している最中である。
――うむ、印象操作は上手く行っているようだ。
国の英雄だのなんだの、面倒臭いからな。
そういうどうでもいいものは、それが必要な者に押し付ければいいのだ。
機兵学校でも、虫を退治した機士たちの話で持ち切りだった。
やれ人より巨大な虫の死骸を見ただの、やはり機兵は強いだの、これ以上ないほど壊れた機兵を見てどんな激戦が繰り広げられたのかだの、なんだの。
かなり隅っこに追いやられている感のある普通科でも話題になるくらいだから、マーベリアの民にとっては誰にとっても喜ばしい、誉れと言うべき功績なのだろう。
「なんの話?」
「……いえ、別に……」
「……うるさかったですか? すみません……」
…………
ただ、クラスメイトが私に冷たいのは相変わらずである。あ、話してていいよ。邪魔したね。ごめんね。盛り上がってていいよ。
……ふう。やりづらいなぁ。
王都中が浮かれるような騒ぎだ、学校中が浮かれない理由はない。
特に機兵科の浮かれっぷりはすごかったようだが、まあ、どうでもいい。
……まあ、正直誰かこれ見よがしに自慢しに来ないかと密かに期待したが、来なかったしな。
誰も来ないせいで、教室で完全に孤立していた。こんな時こそ絡んで来ればいいのに。とても寂しかった。
そんなこんなで、放課後である。
「――あ、ニア様」
「――お嬢様」
「――お嬢ー」
おお、よしよし。カルアはかわいいな。
教師まで浮かれていた機兵学校の帰り、浮かれている連中ばかりの街中で、リノキスと子供たちと合流した。
「お待たせ。行きましょうか」
これから、この前の夜襲で失った日用品や服を買いに行くのだ。
「――どこから行こうか?」
「――まず服でしょー?」
私と一緒にやってきたシィルレーンとアカシとも相談し、私たちは浮かれた王都を行くのだった。
買い物を済ませて屋敷に帰ったのは、夕方から夜になろうという時刻だった。
ふう、やれやれ。
こんなに長丁場になった買い物なんて初めてだ。自分の物だけならさっと済むところだが、さすがに人数が人数だったからな。
最低限の補填をしただけだが、男の子はともかく女性陣は長かったな。子供とはいえ熟考して選ぶものである。
やはり女の子だけに、オシャレをしたいのだろう。
「疲れたねぇ」
「そうだな」
年上二人も疲れたようだ。な? 子供のパワーってすごいよな。
ここはアカシの家族が所有する屋敷である。
私が逮捕された後、リノキスと子供たちを保護していた場所であり、元々外国の要人を迎えるための来客用の場所でもあるのだとか。
次に住む場所が決まるまで、世話になることになっている。
この屋敷にいる侍女付きなので非常に快適ではあるが、アカシの関係者だけに全員密偵なんだよな。
子供たちには却って安心だとは思うが、リノキスはちょっと気にしているので、早めに出ていくつもりだ。いつまでも甘えられないしな。
――まあ、その辺はさておき。
私が寝泊りしているこの部屋には、今、アカシとシィルレーンがいる。
今後のことを話したいというので来てもらった。
「ニアちゃん、虫の件はこれでよかったの?」
ベッドに座る私に、テーブルに着いているアカシが聞いてくる。
昨日、この二人は、私が戦場に乗り込んで機兵と一緒に虫を駆除した姿を見ている。
その上で、今日のマーベリアの状況を見て言っている。
民のあの浮かれに浮かれた姿を。
自分たちの誇りである機兵がとんでもない偉業を成し遂げたんだ、と。
真実を知らないままに。
「混乱させても仕方ないからね。これが一番いい形だと思うわ」
突如やってきた外国人がやったというよりは、機兵がやったという方が自然だろうから。
民衆にはそれでいいのだ。
どうせ真実を知ったところで、認めないし混乱するだけだから。
私のやったことは、国の中枢が知っていればいいのだ。
だからこれでいい。
――ということで、虫退治のあとにリビセィルに情報操作を頼み、成功した結果が今日なのである。
「色々と話したいことはあるんだが……それよりまず、私は聞かないといけないことがある」
シィルレーンは神妙な面持ちで言った。
「私はあなたの物になったわけだが、私はどうすればいいのだ? 侍女やメイドや付き人のように付き添えばいいか? それとも、その、恋人のような関係を、望むのだろうか? 貧相ではあるが身体を所望するならそれも構わないが……」
いやいや待て待て。
「私はこの前十歳になったばかりよ? あまり生々しいことを言わないでくれる?」
「あれだけ生々しいことをしたのに?」
「ねー? あれだけ虫の中身とかびっちゃびちゃにしておいて。ねー?」
……まあ、そう言われると返す言葉も……いや待て。
「それはそれ、これはこれ」
「無理がないか?」
「無理だよねー?」
そうか。無理か。
でもそれでもいいから、とにかく話を進めよう。
「とりあえず私の目的を話しておくけど。私はアルトワール王国で普及しつつある 魔法映像(マジックビジョン) という文化を、この国に広めに来たの」
「ああ、アカシから聞いている」
シィルレーンは、かつてヴァンドルージュで行ったコーキュリス家とハスキタン家の結婚式を、このマーベリアにて魔晶板で観たことがあるという。
つまり、彼女はコーキュリス家と繋がりがあるということになるが……まあ今は置いておこう。
「シィルは私の人質であり、私と王家を繋ぐ橋渡しなの。双方が笑っていられる結末になるよう、あなたには尽力してもらいたい。
だってほら――私が強引にやると、国が潰れそうでしょ?」
今なら通じるだろう。
これが冗談でもなんでもなく、ただの事実だということに。
「できる限り穏便に済ませたいとは思っているわ。でもこのままでは絶対に穏便に事は運ばない。
そこでシィルという緩衝材を入れた、というのが今ね。
あなたが国を守りたいというなら、全力で私の手伝いをしなさい。私はすでにマーベリアに遠慮する気はなくなっているから。
望んで壊す気はないけど、壊れても仕方ないってつもりでやるわよ」
これも、冗談じゃないことくらいはわかっているだろう。
シィルレーンはおろか、へらへらしていたアカシさえ真顔になっているので、ちゃんと伝わっているようだ。
「わかった。粉骨砕身の覚悟で努めよう」
うん、ならばいい。
「じゃあ早速だけど」
私は命令を出した。
「――明日から、機兵科を辞めて普通科に来て」
「えっ?」
「そりゃそうでしょ。虫の脅威はなくなったんだし。この先、機兵に乗っていてどうするの?」
――シィルレーン・シルク・マーベリア。十六歳。
機兵学校では知らない者はいない、マーベリア王家の血を引く正真正銘の第四王女であり、また機兵学校で一番の機兵乗りだった。
容姿端麗は元より、質実剛健と文武両道を旨とし、過度の贅沢を好まない清貧で努力家な面を持っていた。
他人に厳しく、自分にも厳しい。
そんな孤高の存在だった。
すでに機兵での実戦経験も積んでおり、二年後の機兵学校卒業とともに「姫機士」という新たな称号と、姫機士部隊という女性だけの機士組織を編成しそこの隊長を務めることが決定していた。
今学校にいる機兵科の女子たちは、この新設部隊に入ることを目標に腕を磨いており、学校内でも市井でも、すでにかなりの人気を博していたのだが。
こうして唐突に、機兵乗りとして引退することとなった。
――もう将来を決めていた彼女からしてみれば、予想外の大きな躓き。大きな転倒だった。