作品タイトル不明
193.付け入る隙と、台無しな一大事
「――シィル様、朗報ですよぉ」
機兵学校の門を出て、待たせていた馬車に乗り込み動き出したその時、シィルレーンの隣にアカシが忍び寄ってきた。
「どうした?」
いつもいつも神出鬼没が過ぎるが、それももう十年以上の付き合いとなれば、シィルレーンも慣れたものである。
これくらいで驚いていては、アカシとは付き合っていけない。
「ニアちゃんに付け入る隙が見つかりましたぁ」
「ほう?」
それは確かに朗報だ。
今や機兵科も学校も、ニア・リストンに夢中である。
このままだとそう遠くない未来、自分とニア・リストンは衝突させられるだろうと、シィルレーンは考えていた。
シィルレーン自身が動く余地はない。
下手に動けば自らの手で首を絞めることになるだろう。周囲が自分の動向を見ているのだ、変に動けば邪推されて追い詰められる。
ニア・リストンの動きを制限するようななんらかの手段を考えなければ、じわじわと迫るタイムリミットが来るのを、待つしかなかった。
その手段が、ようやくもたらされた。……かもしれない。
「言っておくが、手荒な真似はできないぞ」
「そりゃそうですよぉ。手を出したら終わりですからねぇ」
わかっているならいい。
たとえば、彼女自身を襲うだとか、彼女の周囲にいる人たちを人質に取るだとか、そういう手荒な真似は断固として避けるべきである。
手を出す。
それはつまり、機兵を指一本で倒せるニア・リストンと同じ舞台に立つということだ。
荒事で勝負となれば、まず勝ち目はない。
何しろ彼女の強さか、あるいは機兵を倒したトリックの全容が、未だにわからない。
ただ単純に強いだけだとすれば、いつかアカシが言った通り、彼女一人にマーベリアが滅ぼされる可能性が発生する。それも低くない数値で。
だからこそ、彼女を止める方法があるとすれば、絶対に搦め手……あるいは彼女の要求を聞き入れることだ。
ニア・リストンは敵対してはいけない。絶対にそれはまずい。勝ち目がなさすぎる。
できるだけ干渉しないか、それが無理なら友好的に懐柔するのが正しい。
それが、今アカシがやっていることである。
「ほら、前にコーキュリス家で観たじゃないですかぁ。ヴァンドルージュで行われたっていうフィレディア様の結婚式をぉ」
「コーキュ……ああ、あの水晶の板のことか? 確か 魔法映像(マジックビジョン) と言ったか」
王族として、それなりに宝石や輝石も、マーベリア王国に伝わる聖剣や魔剣も、がらくたにしか見えない珍品というものも見てきた。
そんなシィルレーンでさえ、あの景色が映る水晶板は初めて見た。
「アルトワールで生まれた文化だったな。噂には聞いていたが、見たのはあの時が初めてだ。
詳しく聞きたかったが、それを持ってきたザックファード殿とフィレディア殿も原理はよくわからないと言っていたからな。それっきりだったが……ああ、そうか」
ニア・リストンはアルトワール出身だ。留学以前はアルトワールに住んでいて、こちらで言う機兵学校のような学舎で教育を受けていた、はずだ。
「 魔法映像(マジックビジョン) とやらとニア・リストンは、関係があるのだな?」
「ええ」
アカシは頷き、ニヤニヤしながら腕を組んだ。
「これはあたしの予想も多分に含みますが、彼女は 魔法映像(マジックビジョン) を広めるためにマーベリアに来たっぽいです」
「そうか」と、シィルレーンも腕を組む。
「 マーベリア(うち) にも何度か、アルトワールから売り込みが来たことがあったはずだ。が、法外すぎる対価を要求されて断ったのだ」
「法外ですか……」
「政の話は私の耳には届かないから、確証はないがな。だが、最近ヴァンドルージュではあの技術の購入を検討しているという話も聞いたことがある」
「でしょうねぇ」
アカシは深くうなずく、
「あれはきっと考えている以上に価値がありますよぉ。『法外な対価』を払っても、いずれプラスになるでしょうねぇ。現に購入を検討しているヴァンドルージュでは、そう考える向きもあるってことっすからねぇ」
――で、だ。
「関係ない話になってないか? 本題はニア・リストンに付け入る隙のことだが、具体的に言うとどこだ? もったいぶらずに話せ」
「いやいや、必要な話でしたよぉ。ニアちゃんが留学してきた理由が、その辺にあったんですよぉ」
留学してきた理由。
「マーベリアの文化を学ぶためでは? 特に機兵を」
そういう他国は多いのだ。
何せ機兵があれば、戦う力がない民間人でも、乗る素質さえあれば一端の騎士以上の力を振るうことができるのだから。
そして、是が非でも機兵の情報を漏らさないために、少々外国人には当たりがきつくなってしまっている、というのがマーベリアの現状だ。
そんな国の意向が変に伝達されてしまって、事情を知らない市民は、妙な選民意識を持つことに繋がってしまった。
マーベリアは飛行船技術が低い。
機兵の秘密が漏れ、弱点を見付けられた場合、飛行船による他国の侵略が怖いのだ。
ただでさえ国内には強大な敵がいるのだ。
これ以上敵が増えるとマーベリアは滅んでしまう。
「違いますねぇ。どうもニアちゃんは、 魔法映像(マジックビジョン) に深く関わっていたみたいで……まあ全部話すと長くなっちゃうんで、せっかちなシィル様のためにちょっと端折りますけどぉ」
「うむ」
「留学の理由は、現アルトワール王を落とし穴に落としたから国外追放された、っていうのが真相なんですってぇ」
「……は?」
「ほらぁ~。だから一から話さないと理解できないでしょぉ~。話を急いだらわからないんですってぇ~」
アカシのしたり顔が腹立たしいが、確かに一から聞かないと理解できそうもない。
どこから王様と落とし穴が出てきて、落とし穴に王様を落として国外追放される流れになるのか。
どんな話の繋がりがあるのか、まったくわからない。
「仕方ない。長くなりそうだが、詳しく話せ」
シィルレーンとアカシは、ニア・リストンに付け入る隙について、長々と相談した。
ああでもないこうでもないと頭をひねりまくり、ようやく作戦の目途が多少立った
あとは本人と接触して、少しずつ話を詰めていけば、ニア・リストンはマーベリア王国とのケンカをやめてくれるかもしれない。
アカシの話では、ニア・リストンは思ったより温厚らしい。
筋が通らないことには怒るが、理不尽に怒ることはない、法律よりも己のルールを重視しているそれなりに人格者であるという。
ただし、理性や理屈のすぐ隣に暴力があるほど、その間は近いらしい。
やると決めたら即座にやる。逡巡しない。迷わない。必要とあればすぐに暴力への境界線を越える。
そんな危うい面もあるようだが――とにかく、話はできる。
ならば交渉もできる。
ニア・リストンの台頭から結構な心労となっていた悩み事に、ようやく解決の兆しが見えていた。
その夜。
数機の機兵がニア・リストンの屋敷を強襲、半壊させた。