作品タイトル不明
179.供述と尋問とカウントダウン
――「せーの」
意外と会えるお姫様。
そんなキャッチフレーズが有名だったが、今では「料理のお姫様」の方が有名になり、彼女の作った料理を食べたことがあるかどうかが一種のステータスと言われるようになった。
慰問やボランティアにも熱心な彼女――第三王女ヒルデトーラ。
その姿はもう子供の様相ではなく、大人へと変わりつつある。
もうすぐ十二歳である。子供から大人へ成長していく過程を観ている者は、思い入れも多い。
そんなヒルデトーラが、左右に二人の子供に合図し、声を揃えた。
――「「重大発表があります!」」
左の赤毛の子供は、第五階級貴人ヴィクソン・シルヴァーの末娘、レリアレッド。
意志も気も強そうな灰色の瞳は、いつだって元気と生命力に満ちている。
――「今日より五日後、とても重大な発表があります」
右の白い髪が特徴的な子供が、静かに言う。
第四階級貴人オルニット・リストンの娘、ニア・リストン。
幼少時の病気から髪が白くなったという逸話を持つ、透き通った青い瞳が子供ならざる落ち着きを感じさせる、大人しそうな少女である。
――「まだ多くは言えませんが、誰もが観たいと思う番組を放送します」
三人で映っているだけに知っているはずのレリアレッドが、ややわざとらしく「それってどんな番組?」とニアに問う、と。
――「王様を」
――「それ以上はまだダメですよ」
ヒルデトーラにたしなめられ、口を噤む。
――「というわけで、五日後の発表を、せーの」
――「「お楽しみに!!」」
……うーん……なんともすごいタイミングで放送されたものだ。
「へえ。重大発表か」
ちょうど流れてきた 魔法映像(マジックビジョン) のカウントダウンを一緒に観た、観てしまった、騎士団長ウォルカスは冷めに冷めて冷めきった瞳で私を見る。
おいおい、子供に向けていい顔じゃないぞ。……子供に向けた顔じゃないから、まあ仕方ないか。
言わば私は、国王暗殺を計った疑惑のある者だからな。
まあ、彼の後ろの女騎士は笑っているけど。笑いを堪えるのに必死みたいだけど。
そういえば、学院の一学期が始まる日は今日だったかな?
何事もなければ、私は小学部四年生に進級し、恒例のぐっちゃぐちゃの学院案内を撮ったりしていたのだろう。
――今年は王城の客間に軟禁されて過ごす、か。まあ長い人生こんなこともあるだろう。
「それで? あの大それた事件の発案は誰だね?」
「発案はヒルデです。
以前、『料理のお姫様』の企画の許可を得るために、第三階級貴人にして要職にあるジョレス・ライム氏を騙し討ちしたことが発端で、ああいうのは受けそうだという意見を出しました。そして『それは面白そうだ』と全員の意見が一致し、そっちの方向で考えてみようと――」
「もういい、もういい! ――おまえも笑うな!」
つらつらとよどみなく自供する私を、ウォルカスは「そういうことじゃない!」と言わんばかりに声を荒げた。
ついでに騎士団長の後ろに控えて、私の見張りを兼ねている若い女騎士も怒鳴られた。彼女は笑いっぱなしである。
「やってはいかんことくらいわからんのかと言っているのだ! 貴人の子だろう! 王家への敬意と忠誠心はどうした!? あと友達を簡単に売るのはよくないぞ! ヒルデトーラ様は君の友達じゃないのか!?」
「でも騎士団長様はしつこく聞いてしっかり聞き出すでしょう?」
「それが尋問だからな! わかっているのか!? 君は今、騎士団長に尋問されているんだぞ!? それが尋問されている者の態度か!?」
「素直に話しているのに態度が問題なの? 素直に話した方がお互い手間も省けるでしょ?」
「だからそういうことじゃないんだよ! ――笑うな!」
忙しい人だな。前向いたり後ろ向いたり。
――「残り四日! 本当に重大な発表なので、楽しみに待っていてくださいね!」
レリアレッドが楽しそうに宣言する。そうか、あと四日か。
「これ、本当に放送するつもりなの?」
「このカウントダウンが流れているってことは、王様の許可は出ているということよ。ならやらない理由はないわ」
ここ六日ほど王城の客間に軟禁されている私の話し相手は、見張りと身の回りの世話を兼ねた若い女騎士である。
国王暗殺未遂の疑惑は解けていない。
というか、未遂がどうとか以外の事情で、しばらくこの状態が解けることはないと思う。女騎士が気楽なのも、暗殺未遂なわけがないことを重々承知しているからだ。
ただ、王様の立場上、そして体裁面からしても、無罪放免はさすがにできないのだと思う。
いくら階級社会の意味合いが薄くなっているこの時代でも、さすがに王様に仕掛けるのはまずいと思う者が多かったのだろう。
何せ王様なんてただのおっさんだと思っている私だって、王様に仕掛けるのはまずいと常識の範囲内で思ったから。
しかし、だからこそ、やるべきだと思ったのも事実だが。
多くの者が「王様に仕掛けるのはまずい」と思う分だけ、あの映像には言葉にも金にも換算できない、大きな価値がある。
「――私だ。開けろ」
おっと、今日も騎士団長様の御成りか。
女騎士がドアを開けると、鎧こそ着ていないが帯剣を許可された大柄な中年男性が入ってきた。
「連日の尋問お疲れ様です。今日もよろしくお願いします」
「……うむ」
覇気がない。
そりゃそうだろう。そろそろ騎士団長も、この茶番劇に呆れているのだ。
尋問と言っても、毎日同じことを聞かれ、同じ返事をしているだけである。
決まりなので今日もやるが、特に目新しい情報が出るわけもない。話すべきことは初日に全部話してあって、毎日その話を繰り返すだけ。そりゃやる気もなくなるだろう。
国王暗殺未遂の疑惑は、最初の内こそ多少はあったのかもしれない。殺さないまでも害意があったのかどうか、など。
その辺ははっきりさせたかったのだろう。
が、今では彼も、そんな可能性はないと思っているはずだ。だから茶番なのだ。
――「あと三日! 皆さん、心の準備はできてますか!? ほんとにすごい発表ですよ!」
今日はキキニアか。彼女もすっかり慣れた撮影に慣れたな。
「うわあ、これおいしいなぁ。ヒルデトーラ様って本当に料理できるんだね」
「すごく特訓したそうよ」
うん、確かに美味しい。
しかもちょっと懐かしいのは、行きつけのレストラン「黒百合の香り」のケーキを再現したからか。洋酒が利いてて紅茶ともよく合うんだよな。
「――私だ。開けろ」
お、時間に正確だな。今日も騎士団長が来たようだ。
「開いてますよー。どうぞー」
私の向かいでテーブルに着いている女騎士は、もう見張りの職務を忘れたようだ。
「お……おいおまえ! 何をしている!?」
その証拠に、さすがに気が抜けているどころか見張り対象と一緒になってケーキを食べている姿に、騎士団長は眉を吊り上げた。
「ヒルデトーラ様からの差し入れです。団長の分もありますよ」
「そこじゃない! なぜ一緒に食べている!? 見張りは!? ニア・リストンが逃げたらどうする!? 何をなごやかに過ごしているんだ!」
「見張りはしてますよ。目の前にいるし」
「そうじゃないだろうが! 仕事をしろ! おまえの仕事は被疑者とケーキを食うことじゃないだろう!」
「……チッうるせーなジジイ……」
「おい聞こえたぞ! 今聞こえたぞ! 舌打ちとジジイ呼ばわり!」
「子供相手に毎日毎日仰々しいって話なんですよ! こんなことするために騎士団長になったわけじゃないでしょう!? 私だって子供を軟禁するために騎士になったわけじゃないんですよ! 何この仕事!? バカみたい!」
「馬鹿みたいって言うな! 上からの命令だ!! 私だってしたくてしているわけじゃない!!」
おい騎士たち。被疑者の前でケンカするなよ。
――「あと二日です。必ず皆さんに『観たい』と言わせてみせます。期待していてください」
今日はジョセコットだ。なかなか煽ってくれる。
「これに対する世間の反応ってどう?」
またヒルデトーラからお菓子の差し入れがあったので、一緒にお茶している女騎士に意見を求めてみる。
「うーん……世間はわからないけど、騎士仲間も兵士も、かなり気にはしてるみたい。だってほら、一部の人は何があったか知ってるから、噂だけはどうしても流れちゃってるのよ。
で、主犯がここに監禁されてるわけだし。
よく聞かれるよ。ニアちゃんはどうした、あのカウントダウンはなんなんだって」
ああ、なるほど。
要するに、それなりに話題にはなっていると。ならいい。
「……これは個人的な質問なんだけど、聞いていい?」
ん? 個人的な?
「何か?」
「――一人で罪を背負うっていうのは、最初から考えていたの? ヒルデトーラ様もレリアちゃんも、あの撮影に参加した子たちも、普通に学院で生活しているのに。ニアちゃんだけこんなところに閉じ込められている。ニアちゃんは納得しているの?」
あ、そのことか。
「最初から考えていたことよ。これが一番被害が小さい形だから。それに何度も供述した通り、私が王様に頼まれたことだしね。だからこれが一番いい形だったのよ」
「最初から……そこまで覚悟してやったんだ?」
「ええ。――いくら王様が許すと言っても、限度があるし。王様は許しても周囲の貴人たちが黙っていないこともわかっていたし。
だからこの軟禁生活も予想の範囲内だったわ。最悪牢屋だと思っていたくらい。だからこの扱いは悪くないと思っている。話し相手もいるし」
「そっか……だからそんなに落ち着いていられるんだね。
味方はいない、家族や知り合いとは一切会えないこんな生活、ただの子供には耐えられないと思ったんだけど。
こうなる覚悟を決めてやったんだね。やったことの合否はともかく、大した子だと思うよ」
そう?
それなりに自由な時間もあるし、何より宿題がない分だけ非常に快適だが。人目がない時は修行もやりたい放題しているし。
そういう意味ではかなり充実している。
……それにしても、だ。
「今日は騎士団長様、遅いわね」
――「あと一日。明日、重大発表です」
私だ。
決行の前にカウントダウンの撮影は済ませていたので、放送されても不自然なことはない。どの日数もいろんなパターンを撮ったが、今日のは私が採用されたようだ。
「ニア・リストン」
おっと。
つい脇見をしてしまった視線を、正面の騎士団長に戻す。
「今日まで済まなかった。君の疑いは晴れたので、これより放免である」
「ありがとうございます」
昨日この軟禁部屋に来なかった騎士団長は、私の釈放を求めて、城の要人に掛け合ってくれたそうだ。女騎士がこっそり教えてくれた。
王様の強い意向と働きかけもあり、そろそろ放免しようという動きもあったそうなので、少なからず後押しくらいにはなったのかもしれない。
「――ニア!」
十日ほど世話になった部屋を出ると、ドアの前で待っていたヒルデトーラに迎えられた。まあ、ここは彼女の家でもあるからな。
「ごめんなさい! こんなに長くなるなんて思わなかったの!」
飛びついてきた彼女を受け止め、私は言った。
「もう少し長くてもよかったくらい快適だったわ。差し入れありがとう、ヒルデの料理を食べたのは初めてね。美味しかったわ」
感極まっているヒルデトーラを落ち着かせると、その場で別れた。出迎えに来ただけで充分だ。彼女は今日も忙しいはずだから。
――さて、寮に帰るか。
――「「重大発表です!」」
五日目の時と同じく、最後は私たち三人である。
なんとかギリギリ間に合った、という感じか。
私だけ軟禁部屋で観ることになるか、という危惧もあったのだが。
世間的には「家の事情で休んでいた」ことになっていた私は、そんなに騒がれることもなく、すんなり学院生活に復帰した。貴人の娘なのでそういうこともあるだろう、みたいな感じである。
実際は、色々と疑惑の身となり軟禁されていたわけだが。
私不在のまま学院の寮で待っていたリノキスには、会えなかった分をまとめて、なかなか熱烈に迎えられた。
しかしまあ、一夜明けたのでもう落ち着いたものだ。
「いよいよね! いよいよね!」
進級して部屋が隣じゃなくなったレリアレッドは、今夜は早めにやってきた。
この重大発表だけは一緒に観たいと、そう言って。
――頼むぞ。
少し動悸が早くなっている。
もし想像していた発表じゃなかったらどうしよう、と、変な不安が込み上げてくる。
これを宣言すれば、たとえ王様や貴人だって、もう放送を中止することはできない。
多くの民が「観たい」と思った時点で、その期待を裏切ることはできなくなるだろう。
カウントダウンが放送されていた時点で、あの番組も放送することは決まっていたはずだが。
しかしどんな横槍が入って中止になってもおかしくなかった。
番組は、内容を発表するまでは、いくらでも変更できてしまう。無理やりにでも変えることができるから。
それでもあえてカウントダウン方式を採用したのは、「本気で王様自身がまずいと思った時」に備えてだ。
やってしまった後、どんな不利益が出るか想像もつかないことだったから。
だから、もし王様が「これはダメだ。国のためにならない」と思ったら中止できるよう、いわゆる放送していいかどうかを考える時間を用意したのだ。
内容の発表さえしなければ、内容の変更は可能だから。
――「私たち、王様に、いたずらしました!」
――「どんないたずら?」
――「落とし穴に落としちゃいました!」
――「王様を? 落とし穴に? 本当に?」
――「はい! 落としました! そしてその模様はしっかり撮影しています!」
――「「というわけで、近日緊急特番を放送します! 王様が落とし穴に落ちる瞬間、ぜひご覧ください!」」
翌日、どころか。
この放送があった直後から、寮でも、街でも、城でも、大変な騒ぎとなった。