作品タイトル不明
164.リーノ参戦表明、その裏の話
「問題はいつ出すか、よね」
秋の初めに王国武闘大会開催の正式発表があり、それから一ヵ月。
そろそろ冬の気配を感じ始めた十二月の頭。
宿題が終わり、今日も来ていたレリアレッドが部屋に帰った直後の、そろそろ眠くなってきた夜のこと。
先日八歳になった私は、冒険家リーノの参戦表明をいつするのかを悩んでいた。
「私にはよくわかりませんが、遅い方がいいんですか?」
紅茶のお代わりにミルクを落とすリノキスが、そんなことを聞いてくる。――私は寝る前はミルクティー派である。
「難しいのよね。リーノが参加することを想定してエントリーしている者と、そうじゃない者がいるわ。参加表明のタイミングによっては参加者が大幅に減ることもありうると思うの」
冒険家リーノは、来年の今頃に開催される予定の王国武闘大会のために飾り、育て、名を売ってきた客寄せ用の武闘家だ。
人気が出るように、噂になるように、有名になるようにやってきたのだ。
ただ、私の予想以上に、少しばかりうまくいきすぎてしまったようだ。
――いや、これもまた必然だったのかもしれない。むしろ私の考えが足りなかったとも言えるだろうか。
「早い方がアンゼルたちは助かるんでしょうね」
冒険家リーノの名前が売れ過ぎた。
要するに人気が出過ぎたのだ。
そのせいで、表向きは「薄明りの影鼠亭」を拠点にしているリーノを訪ねてくる者が、ここのところ激増しているという。
これまでにもリーノの噂を聞いて訪ねてくる者は多かったらしいが、結果的に店に金を落として会えずじまいで済んでいたそうだ。
時折運よく、出稼ぎの行き帰りで酒場を利用するリーノと会えたりすることもあったらしいが、誰が相手でもリーノはとにかく無視して逃げ回っていたそうだ。
「用事なんて聞くまでもないですよ。うちの冒険家グループに入れ、腕試しさせろ、会いたいと言っている人がいるから来い。だいたいこの三つです」
まあ、だろうな。
「それよりは、あそこの客の方がまだ接しやすい。
店を利用する時はその場の全員に一杯おごってるんですが、それだけで私に関する情報をなかなか洩らさないようになります。おかげで私の正体はまだバレていないというわけです」
へえ?
「上手いお金の使い方をするのね?」
ちょっと感心した。
そう、そういう金の使い方は、人の心理にほんの少しだけ好感を与える。それが巡り巡って使った額以上の価値を叩き出したりするのだ。
「……アンゼルの受け売りです」
ああ、なるほど。そう言われると納得できるな。――物は違えど金を握らせるというのは、いわゆる賄賂の使い方だからな。裏社会の奴らしい発想だ。
――と、最初の頃は、そんな感じだったらしいが。
しかし、最近は……王国武闘大会開催の発表があってからは、その辺の事情が大きく変わってきたそうだ。
リーノに用事がある武闘家らしき者たち、冒険家らしき者たちは元から通っていたそうだが、それらの層にも見たことがないような連中が混ざり出した。
恐らくは他国の腕自慢たちだろう、とはアンゼルの推測だ。
――ちなみに「言うことを聞かなかったバカどもは俺とフレッサで潰しておいた」と、リノキスから伝言を受け取った。
まあその程度の腕だから気にするな、ということだろう。
「優勝賞金五億クラムですからね。他国の人も来ているとは思いますが、このアルトワールでくすぶっていた者たちが奮起し始めたのもあるかもしれません」
「ええ、その可能性は高いわね」
金に興味のない武闘家は多いが、金がないとしたいことができないことを知るのは、だいたい腕が上がってからなのである。
仕事をすれば鍛える時間が減り、鍛えることを優先すれば当然稼ぎも知れたものとなる。
私くらい強ければ金の方から「使ってくれ」と集まってくるものだが、私くらい強い者などついぞ会ったことがないからな……もう期待しない。
――次に、貴人の使いと思しき連中も見えるようになったとか。
元からそれっぽい、みすぼらしい格好だが凝った造りの小物などを持った、いかにもバレバレな変装をしている者もいたそうだが。
最近は大っぴらに「誰それの使いだ」と名乗ったりして、身分を笠に着て強引に店の奥に踏み込もうとする者も出てきたとか。
――ちなみに、できるだけ優しく追い返しているそうだ。「今の時代に身分が何の役に立つんだよ」と言ってやるそうだ。そうだな。そういう時代だもんな。とある漁村に歴としたお姫様が料理しに行ったりする時代だからな。
しかしまあ、それくらいなら予想はできたのだ。
武闘家とは、誰が強いと聞けば、腕試しをしたいと思う者は出てくるものだ。
短期間であれだけ荒稼ぎできる腕があると知れれば、その金の生る木を手に入れたいと思う権力者が現れるのも自明の理。
歴史上、どちらも何度も繰り返されてきたことである。
だが、ここに私が考えられなかったもう一つの要素が入ってくる。
それは、冒険家リーノを神聖視する熱狂的なファンだ。
アンゼルの話では、これが今一番厄介なんだそうだ。
「もてるって大変ね」
兄もあの齢でもう大変そうだが。きっと生涯を通して大変なんだろうな。
「私はお嬢様一人にもてたいんですけどね」
ああそう。
「私、嫌いな人は傍には置かない主義なんだけど」
「ほう。それはもはや愛の告白ですね?」
「ちょっと離れなさい。ちょっとでいいから」
「嫌です」
嫌か。なら仕方ないな。傍にいろ。
――リーノの悪口を聞けば絡む、リーノを探していると聞けば何の用だと凄む、冒険家の話をすればリーノの話をしたがる。
そんなこんなで、店の中でしょっちゅう諍いが起き、ケンカに発展するのだそうだ。
しかも、路地裏で生活しているようなチンピラならまだいいが、明らかに堅気と思しき者もいるそうで、なかなか暴力的に解決はしづらいそうだ。
そうだな、アンゼルたちは裏社会で生きてきた人間だ。そういう連中は意外と堅気には手を出さないんだよな。出す時は相応の理由がある時だけだ。
「個人的には、アンゼルとフレッサが苦労する分にはなんとも思いませんけどね」
「とか言って、裏では結構仲良くやってるんでしょ?」
夏の出稼ぎで、私だけ置いて酒を飲みに行ったこと、忘れてないからな!
「ははは、まさか。正直あいつらのことは見下してますよ。正式な一番弟子の私をないがしろにしてお嬢様の弟子のような顔をしていて正直腹が立ちますね。正直ほんとに腹が立ちますよ。大会ではぼっこぼこにしてやりますよ。正直ほんと徹底的にぼっこぼこにね」
ふうん。
まあ、素直に仲良くしないライバル関係も、楽しくていいものだからな。そういうことにしておこう。
「――よし、決めた。早めに発表しましょう」
時期としては、早い方である。
あと一年あると考えれば、もう少し様子を見てからでもいいのではないか、エントリーする参加者たちの人数などを確かめてからでも、という気もしないでもないが。
どうせ吉と出るか凶と出るかはわからないのだ。
ならば、今はアンゼルとフレッサに掛かる負担を軽減する方がよかろう。こちらははっきり結果が出るからな。
そして、こう言えばいいのだ。
一年後の大会に向けて仕上げてくるから、アルトワールからは一時離れる、と。
公に――そう、 魔法映像(マジックビジョン) で一方的にそう宣言してしまえば、少なくとも姿を消す理由にはなる。探す者は激減するだろう。
熱狂的なファンとやらも、……まあどうなるかはわからないが、酒場に入り浸ってリーノを待つ、なんてことはあまりしなくなるはずだ。
そうと決まれば今日はもう寝るか――と思ったところで、もう一つ思いついたことがある。
「自分でやる?」
「え?」
「冒険家リーノとして、 魔法映像(マジックビジョン) に出てみない? 自分の口から参加表明した方が話題になりそうだし」
それにリノキスは 魔法映像(マジックビジョン) が好きだしな。こういう時でもないと出る機会もないだろうし。
「それとレリアの企画にも出てあげてよ。知ってるでしょ? 『一日キャンプ』にすごく呼びたがってるの」
「……私が、出るんですか?」
戸惑っているようだ。そりゃそうか、思い付きだけにいきなりの提案である。メインで映るのは初めてだけに、それは躊躇いもするだろう。
「とりあえず、あと三週間くらいあるから冬休みまでに決めて。冒険家リーノの参加表明はするけど、あなたがやるかどうかよ。あとついでにレリアの企画も出るかどうか」
「リストンの番組には?」
「冒険家が出るような企画がないから、うちからは出なくていいんじゃない? ――いや待てよ」
例の犬企画代わりに、冒険家リーノとやってみるか?
私の不敗記録も、リーノになら破られてもいいのではないか?
一年で数億稼いだ凄腕新人冒険家リーノ登場、不敗のニア・リストンと駆けっこ勝負――いいじゃないか。
話題作りにはちょうどいいじゃないか。
リーノの名前を売るための一助にもなるし、いいかげん私も犬相手は飽きたし。視聴者にも飽きられてきているし。
それにリストン領は、王都とシルヴァー領の番組に押され気味だし、こういうのがあってもいいだろう。冬休み特別企画とでも銘打って。
――うむ、これはいけそうだ!