作品タイトル不明
156.楽しい時間はあっという間に過ぎて行き
楽しい時間とは、どうしてこうもすぐに終わってしまうのだろう。
一週間もあった旅程なのに、早くもあと一日しかなくなってしまった。
上級魔獣狩りと、弟子の鍛錬と、自身の修行と。
今回は余計でしかない雑味を入れないために、忌まわしき宿題も前倒しで片づけておいた。そう、過密極まりない撮影スケジュールの移動中などに、しっかりと済ませてきた。
おかげで、こんなにも楽しいだけの一週間を過ごすことができた。
「明日帰るんだっけ? なんだか慌ただしかったな」
「そうだな。ずっと移動していた気がする」
汗に濡れる上半身を晒して、裸で休憩しているアンゼルとガンドルフ。実はこの二人、一歳違いでアンゼルの方が年上らしい。見た目に寄らずガンドルフが若かったのだ。
だが私は知っているぞ。
私が寝た後、大人だけで飲みに行っただろ。リノキスも行っただろ。私が知らないとでも思っているのか? ……羨ましいし悔しいだけだから言わないけど。
「イヒッ、ヒヒヒッフハッ……、ざっと計算しただけで五億以上とか、フフフッ、笑いが止まらない……!」
同じく休憩中のフレッサは、この一週間は主に金に眼が眩んでいたようで、不意に笑い声を上げるおかしな輩となっている。
そうか、今回の稼ぎはざっと五億行ったのか。
まあ、それくらいは行くだろう。
高額魔獣を計画的に狩りながら行く旅行計画を立てていたので、元からそれくらいは稼げるだろうと予想していた。
面倒なことは全部セドーニ商会に丸投げしているので、見積もりはまだ出ていないが。
しかしどんなに安く買いたたかれても、貯金と合わせて四億は越えているだろう。
つまり、これで武闘大会開催は決定である。
あとは王様に任せよう。きっとすごい大会にしてくれるはずだ。
「お嬢様、そろそろ続きを」
ん? ああ。
リノキスを始め、弟子たちの体力も回復してきたようだ。――リノキスのやる気も充分である。鍛えがいがある。
「では再開しましょうか」
この一週間、高速船の倉庫一室を借りて、そこを私たちの修行場として利用させてもらった。
方々の浮島の宿で一泊、翌日には補給と荷下ろしを済ませた高速船で移動し、その間は修行。
狩り修行狩り修行と、ほぼその繰り返しだった。奴らはこっそり飲みに行ったりしたようだがな!
とても充実した時間を過ごせた。弟子どもは夜も充実していただろうけどな!
武闘大会にも前向きで、裏社会に深く関わっているフレッサは派手な表舞台には立てないそうだが、彼女以外は参加する方向で考えているようだ。
いろんな意味で意欲的なのはガンドルフで、それなりにやる気なアンゼルは賞金が欲しいようだ。
路地裏の安酒場とは違う、もう少し高級志向の店も欲しいとかなんとか。扱う酒を増やしたいんだとか。賛成である。増やしてほしい。私はまだ飲めないが。あと飲みに行った件は忘れない。
そしてリノキスは――思ったよりガンドルフたちの成長が早いので、少しばかり尻に火が点いている状態だ。
リノキスは何くれと見ることができていたが、やや放置気味にしか面倒を見られなかったガンドルフらの腕の伸びは、目を見張るものがあった。それぞれかなり真剣に修行してきたのだろう。
リノキス曰く「一番弟子として絶対に負けられない」と言っていた。やる気が高いのはその辺の負けられない理由があるからだろう。あと「お嬢様への愛を証明したい」とも言っていた。ちょっと何を言っているかよくわからなかったが、「あっそう」とだけ言っておいた。
修行は、だいたい私との手合わせである。
基本的な「氣」の修行は私がいなくてもできるので、ほぼ付きっきりの今しかできないことをやっている。
今度はアンゼルからだ。
「――うん、いいわね」
アンゼルの鉄パイプ術……まあ棒術と言った方がいいそれは、飾り気がなくて非常に良い。
とかく相手を殴ることに焦点を置いた、コンパクトにしてシャープな振りが基本だ。変な大振りもしないし、奇をてらうようなこともしない。本当にシンプルに殴ることだけを考えている。
結局こういうのが一番強かったりするのも、武の面白いところだ。
「氣」があれば、だいたい一撃入れば対人なら終わりである。一撃で終わらずとも、一撃入れたことから次に繋がることもある。
アンゼルの場合は特に、仕留めると決めたら仕留めるまで攻撃をやめないケンカ慣れしたところがある。
――掘り出し物の逸材である。腕や技術は後からでも積めるが、思想や思考はそうもいかない。そういうのは実戦を重ねて培われていく。
要するに、アンゼルは非常に武に向いた性質を持っているというわけだ。
武闘家たるもの、時に非情になれないようでは、非情になれる相手と対峙した時に命を落とす可能性が高いから。
「……一発も当たらねぇ……」
「基礎能力が違うもの。――次!」
数百以上の打ち込みをすべて回避した結果、今回もアンゼルの体力が尽きた。――「氣」の練りが甘いのだ。もっと早く動かねば当たらんぞ。
「お願いします!」
次はガンドルフだ。
彼に関しては、教えることがあまりない。武闘家として経験を積んでいるだけに、必要なものはすでに身に付けている。
強いて言うなら――
「打つと決めたなら躊躇わない」
彼は、棒立ちの私に拳を入れる時に、躊躇することがある。私の見た目が子供だから余計に遠慮する面もあるのだろうが、そんなことは私より強くなってからにしてほしい。
アンゼルの攻撃はとことん避けているが、反対にガンドルフには何度も打たせている――「氣」の乗った技で誰かを殴る感覚を教えるために。こういうのは修行だけでは身につかないのだ。
誰かを殴って、その時の感覚に迷ったり躊躇ったりしないように、確と憶えておいてほしい。
「氣」で殴るとこうなのだ、と。
――人を殺す威力で殴れば、こういう感触が残るのだと。
「ありがとうございました!」
「うん。――次」
次は……フレッサか。
「よろしくね、リリー」
笑顔で言う、と同時に針が飛んできた。
――相手をするなら、フレッサが一番面白かった。
仕込んでいる暗器を使った、いわゆる暗殺術の使い手。
いくら人が無防備でも、視覚が前を向いている以上、最も警戒している正面からでも素早く仕掛けてくるその腕前は、かなりレベルが高い。
刃に毒でも仕込んである本職使用なら、私もひやりとする場面が何度かあった。まあ私は毒も「氣」で自浄できるが。
「もう暗器はないの? ネタ切れならもう勝ち目はないわ」
「あとは毒ガス系とか、そういう無差別になっちゃうからね」
そうか。この一週間ですっかり出し切ったか。
あとは自力が伸びれば、その分暗器の扱いも行かせそうだが――おっと危ない。
「腰紐代わりに仕込んだムチか。惜しかったわね」
終わったと思わせてからの奇襲。まあ読みやすい不意打ちである。
「……ほんっと自信なくすわぁ」
何、私じゃなければ大抵の者なら殺れるさ。
「――次。リノキス」
「――はい」
彼女との手合わせは、もう何度もやっている。
身体能力をほぼ同等に落とし、殴り合う。彼女とやる時はいつもこれだ。
実戦形式の中で鍛え、追い込み、追い込んで追い込んで、そこから突出するものを見出すのだ。
それは発想かもしれないし、先読みかもしれない。あるいは相手の攻撃に対する返し技やカウンターかもしれない。
人が追い込まれたその時に見せる「自分の中にない、しかし自分から生まれた新たな選択肢」は、時に自分の予想を大きく越えるものが出ることがある。
元から基礎ができていたリノキスは、実戦経験だけが乏しかった。
だからこそ、追い込まれた時に粘り強く生き抜くための修行を中心にやっている。
それぞれ、どれほどの効果があるかはわからないが、このまま順調に伸びてほしいものである。
……一人でいいから、私を越えたりしないかなぁ。
今度の出稼ぎは、拠点となる場所がなかった。
強いて言えば高速船だったので、特に出会いがあったり、予定にないことがあったりもしなかった。弟子たちの抜け出し酒盛り事件くらいである。
――ちなみに今回の旅行も、アルトワール王国第二王子ヒエロ・アルトワールの呼び出しという理由で旅行に出た。
まだ七歳である。
護衛兼任の侍女が付いているにしても、さすがにただの旅行に単独で行かせられる年齢ではない。
なので、冬と同じくヒエロに協力してもらった。王族の呼び出しで、という形で。
一度だけ会って食事をして、それだけで別れたが。
そんなこんなで、何事もなく一週間の出稼ぎ旅行が終わった。
首尾は上々、最低限の目的は達成し、なんの憂いもなくアルトワールに帰ることができた。
いや。
何事もなく終わり、帰ろうとしていたのだが。
「――空賊だ! 空賊が出たぞ!!」
六日目の夕方、突発的なイベントがやってきた。
ほう? 空賊?
なんとも楽しい夏の思い出になりそうである。