作品タイトル不明
154.間幕 ついに陰謀が動き出す
なんだか胃が疼く。
「……いやはや、参りましたな。それほど大それたことを考えているとは」
衝撃的な話を聞かされまだ頭の整理が追いつかないセドーニ商会会頭マルジュ・セドーニの顔色は若干悪い。
そして、そんな彼の話を聞くにつれ、いつも落ち着いた物腰で冷静な部下ダロンでさえ額に冷や汗をにじませる。
約一年を掛けて、ようやく「あの日の後悔」が過去の教訓にできそうになっていた今日この頃、再びあの子がセドーニ商会本店にやってきた。
そう、少し前まで、この執務室に、あの子がいたのだ。
ニア・リストン。
前に会ったのは、学院で言うところの夏休みの終わり頃だ
ほぼ一年ぶりに会った彼女は、前に見た時より少し大きくなっていたように思う。まあちょくちょく 魔法映像(マジックビジョン) で見かけてはいるので、あまり久しぶりに会ったという気はしないが。
二年で十億クラム稼ぐから手伝え、と。
現実を知らない子供の戯言のようなことを言われてから約一年。
あの時マルジュは「冗談はやめなさい」的な返答をして門前払い同然に断ろうとした。
してしまった。
後悔しかない選択をしそうになってしまった。
あの選択ミスを思い出すと後悔で震えるのは、なんだかんだで彼女の貯金が二億クラムを越えているからだ。
本当によかった。
セドーニ商会は王都で一、二を争う大店である。ニア・リストンを他の店に取られていたら、損害は計り知れない。一見関係ないようであらゆる余波が広範囲に広がっていたことだろう。
そんな一年前の後悔にも落ち着いてきた今日、ついさっき、後悔の元凶とも言えるニア・リストンがやってきたのだ。
――だが、今度は抜かりはなかった。
一年前の後悔を思えばこそ、今度の訪問には一切の油断も散財も考えずに、全力で歓待した。
特に「今度挨拶に来る」と前触れもされていたので、事前にしっかり準備できたことも大きい。
冒険家リーノほか、ニア・リストンのために働いている連中から少しずつ情報を集めたところ、彼女は紅茶が好きなことを聞き出した。
当然、最高級の茶葉を用意した。
お菓子だって今王都で大人気の、第三王女ヒルデトーラが発案・デザインしたという、淡いピンク色のクリームで小さな薔薇の花をデコレーションした美しいケーキも仕入れた。どちらも結構な値がした。
まるで嫁と初デートした時のようにそわそわしながら待ち、ついにニア・リストンを迎え入れたのだった。
「なあ、うちでも出場者を立てた方がいいか?」
「それよりは出資した方が利は大きいでしょうな」
「……そうだな。確実にリーノが出てくるだろうし、正攻法で勝つことを考えるのは現実的じゃないな」
そう、抜かりはなかった。
歓迎に関しては一切の問題もなかったはずだ。
好きだというだけあって、ニア・リストンは高い紅茶だとすぐに察して嬉しそうにしていた。茶葉を土産に持たせると言ったらとても嬉しそうだった。ヒルデトーラ監修のケーキも「すごく流行っているみたいね」と嬉しそうに食べていた。なぜか侍女は睨んできたが。
そう、敢えて言うなら、「歓待が効きすぎた」といったところだろうか。
――「日頃のお礼に、少しだけ口が滑ってしまうかも」
そんなわざとらしい前置きをして、あの子は……いや、もはやただの子供には見えなくなってしまった 彼女(・・) は言った。
――「来年の末辺りに大きな武闘大会が開かれるかもしれないわ。もし開かれるなら、その準備の資金に十億クラムくらい出してしまうかも」と。
あくまでも仮定の話として、彼女は真実を話した。
なぜ十億クラムが必要なのかはずっと気になっていた。それをここでようやく明かしたのだ。
期限付きで十億貯める。
その目的は、来年の末に武闘大会を開くから。
子供の世迷言としか思えないが、現に彼女はもう二億クラムを稼いでいる。
そしてこの夏、冬に行った飛行皇国ヴァンドルージュでの出稼ぎのように、大きく稼ぐと言っていた。
つまり、本気だと言うことだ。
そしてこのままいけば、武闘大会開催も、決して夢ではない。もう子供の思い付きだなんて思えるわけがない。
ならば、商人がやることは?
「まず王族は知っているだろ?」
「そうですな。そもそもあの子がセドーニ商会に来たのは、王族の紹介ですからな」
「ならば、ニア・リストンが浮かれて口を滑らせた件はどう思う?」
「そこまで浮かれていないし滑らせてもいませんな。なぜなら、このくらいのタイミングでバレるのは想定の内だから。むしろ故意に話した可能性さえありますな」
「……よし、ここまで同じ考えなら間違いなさそうだな」
マルジュと右腕ダロンは推測を照らし合わせ、もっとも可能性が高いであろう結論に辿り着く。
「直に王族が動いて、大々的に武闘大会の告知を行うだろうな。あるいはこちらに絡んでくるか」
「ええ、そうですな。あの王なら、これほどの儲け話をみすみす見逃しはしないでしょう。必ず関わりに来る。なんなら権力を駆使して計画を乗っ取りに来るでしょうな」
「だがヒルデトーラが紹介した事実からして、ニア・リストンは王族を味方に付けている。むしろ王の入れ知恵があってこその大それた計画だ、という考え方もできるだろう」
「その辺の真相はどうあれ、間違いなく王は動くかと。そしてその事実を、恐らくはほんの少しだけ早くセドーニ商会が掴むことができた、というのが現状ですな」
「……ふっ」
商人となって四十年。
ここ十年ほどは安定し、多少の浮き沈みを繰り返しつつセドーニ商会は生き残ってきた。
商売で感情が揺れることも少なくなり、うっすらと引退や後継者という言葉も脳裏を過るようになってきたが。
――マルジュが久しく忘れていた商魂が、胃の疼きとともに燃え上がってきた。
「どこから手を付けようか、ダロン」
「十億も投資する武闘大会となると、国際規模でしょうからな。ならばまずは国外からの客を迎える宿舎を――」
「食材も必要になるだろうな。今の内に新たな仕入れルートを――」
――アルトワール王国第十四代目国王ヒュレンツ・アルトワールがマルジュ・セドーニに呼び出しを掛けたのは、この日より一週間後のことである。
一年後の武闘大会に向けて、事が動き出した。
商人が動き。王が動き。
密かに、だが確実に動いている双方の動向を、不審に思った目端の利く者が動き。
夏が終わる頃には、すでに武闘大会開催の噂が、アルトワール中に広がることになる。
そして、そんな動きが起こっていることを知らないニア・リストンは、リストン領の過密スケジュールをこなし、出稼ぎ旅行を楽しみに日々の仕事を粛々とこなすのだった。