軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139.思わぬ協力

「――ちょっと待て! それはなんだ……あ、待て! 待てと言っている!」

いよいよスタッフが無視し始めた。

それはそうだろう、いい加減私もイライラしてきている。

ようやく空が白んできたが、まだ朝である。

速度重視で移動と撮影をこなしてきただけに、もう四件目のお宅にやってきている。

ここまでは順調と言えるのではなかろうか。

始まる前から時間に追われる撮影になることが確定していただけに、いつもより撮影班の緊張感が強い。雰囲気はかなりピリピリしていて、失敗なんて絶対に許されないという空気だ。

もちろん私もだ。

つまらないことで揉めるようなことは、結果もっと雰囲気も悪くなるし時間の無駄にもなるので、したくない。

なので、全力で気を回して緩衝材の役目を果たしている。スタッフのミスをフォローしたり、撮影を頼む相手に説明するのも私がやっている。

あのリノキスでさえ、「荷物は持ちます」と重い機材などを率先して運んで貢献しているくらいだ。

手伝いは頼んだものの、それにしたって協力的である。

スケジュールに無理があるのに、無理を承知でやり遂げようとしているだけに、いつになく皆真剣である。ちょっと余裕がなくて心配になるくらいに。

――ただでさえそんなことになっているのに。

気が立っている私や撮影班に、空軍総大将カカナは、何くれと「それはなんだ」「それはどういうものだ」と、いちいち質問してくる。

わからなくはない。

見る物もやることも、すべてが見慣れない異文化なのだろう。監視員として事態を把握し、事細かに何をしているかを理解したいのだろう。

それは彼女の生真面目さ、そして優秀さから来ていることだとは思う。

だが、単純に間が悪い。

全員がこんなにも慌ただしく動いているのに、いちいち手を止めさせるような質問はしないでほしい。

「話は飛行船の移動中に」と何度か頼んでいるが、あまり守ってくれない。

これも、わからなくはない。

やってしまった後では遅いからだ。何かが起こる瀬戸際で止めて被害を抑えたいという、彼女の自衛と国防から来る警戒心だろう。

だが、やはり、あまりにも間が悪い。悪すぎる。

「カカナ様、スタッフを止めないで」

スタッフの手を掴んででも止めさせようとするカカナを、逆に私が止める。

このセリフを言うのは、今日でもう六回目だ。

まだ空が明るくなってきたくらいの朝だというのに、もう六回も言っている。

「いやしかし、あんなの見たことがないぞ」

「あれは反射板といって、撮影対象に光を当ててカメラ映りを良くする板です」

一件目、二件目、三件目と。

強い照明が向こうの屋敷で確保できていたので、出す必要がなかったのだ。

しかし四件目であるここは、庶民の家。

しかも朝ということで照明は消してしまっている。

今回の撮影は「撮影は屋内のみ」という規制があるので、部屋の中で撮らなければならない。

つまり室内という、ある程度の光源がないと、暗い場所での撮影となる。

だから光を当てる。

そのまま撮影しては、顔に影が落ちて見映えが悪いのだ。

「――お、お待たせしました。あの、ほんとにこんな格好でいいんでしょうか……?」

ちょっと古いデザインのドレスを着てきた女性は、「あーいいですいいです! こちらへどうぞ!」とメイクの女性に椅子に座らされて、手早く化粧をほどこされる。

いまいち事情がよくわかっていない上に、まだ寝ているのに家を強襲された感じで、朝支度さえできていなかった彼女の戸惑いは強い。

だが関係ない。

というか、私たちの用事が済んだら二度寝して構わないから、今だけは付き合ってほしい。

「お、おい! それはなんだ!? マシュマロか!?」

「ただのパフです。……え? なんで知らないの?」

この人メイクはしてるよな? なのになぜ知らない? ヴァンドルージュとは化粧品や化粧のしかたが違うのか? ……あ、メイド任せだと。そうですか。

「それは!? クシではないか!?」

「その通りクシですよ。髪を梳かすやつです。ちょっと落ち着いてください、わかるものまで聞かれては困ります」

真面目なのは結構だが、真面目過ぎるのも問題だな。こいつは間違いなくダメなタイプの真面目だ。

正直ちょっとだけカカナ個人にも興味が出てきた気もするが、しかし今は構っていられない。

「――ニアちゃんお願い!」

現場監督に呼ばれた。「はい」と返事を返す。――撮影の見本を私がやって見せるのだ。映像を記録する魔石を無駄にはできないので、撮影の前に軽く練習してもらうわけだ。

「――いいですかカカナ様、今は黙って見ていてください。特に、撮影中は絶対に発言しないでください。音が入りますから」

この念押しも四回目だ。幸い失敗はないが。でもやりそうで怖い。

「いや、だが、わからないことだらけだ。あなた方は何をしているのだ。そして何がしたいのだ。私には一つもわからない」

……困惑する理由もわからなくはないが。

でも、今は彼女の疑問より、撮影が優先である。

「いや、じゃない。言う通りにしてくれ。いくら 皇王(おやじ) からの命令だからって、監視員にしては出過ぎだ」

と、クリストがやってきた。

私が知っているクリストは、いつもどこか余裕がある飄々とした遊び人だが、今は彼もピリピリしている。

ちなみに彼も荷物持ちとして同行している。撮影自体も興味深いようで、少し離れたところからしっかり見ているのだが――この事態にはさすがに口を挟んできた。

「そうは言っても、何かあってからでは遅いですから」

「何があるってんだよ。何もなかっただろ」

「これまではそうでも、これからは違うかもしれない。私には彼らが何をしているかまるでわからないのだから」

「何度も説明しただろ。ちょっと来い」

「いえ、クリスト様、私は監視が……!」

カカナの手を掴んで外へ出ていくクリストは、肩越しに振り返って頷いて見せた。――邪魔者は押さえておくから今の内に撮影しろ、という意味だろう。

スタッフたちも何人かカカナ退場を見ていたようで、作業の手が早くなる。今の内だ、と。

「お待たせしました。まず、この撮影の主旨ですが――」

そして私も、さっさと前置きをして、見本を見せるのだった。

――ちなみにこの女性は、数年前までヴァンドルージュの修学館に在籍していて、フィレディアと同学年だったという下級貴族の友人である。

こちらの国でも小中高と学部が分かれていて、彼女は中学部を卒業して、それから疎遠になっているらしい。

今は実家から出て一人暮らしをし、ただの庶民のような生活をしているそうだ。一応貴族の娘だがドレスもほとんど着る機会がないだけに、新調もしていなかった。

「あの、ほんとに、フィル様に声が届けられるんですか?」

今でこそ疎遠となっているが、在校中はかなり仲が良かったらしい。

ザックファードとフィレディアが明日結婚する、という話をすると、飛び上がって喜んでいた。

「声どころか姿も見せられる」と返すと、やはりいまいちよくわかっていないままでも、少し嬉しそうだった。

「お嬢様、提案があります」

四件目の祝福の声を貰い、すぐに撤退をする。

待たせていた小型船に乗り港へ向かう最中、リノキスが言った。

「カカナ様を黙らせるには、私たちが何をしているかを実際に観せるのが早いと思われます」

この小型船には、私とリノキス、クリスト、そして機材一式が乗っている。

昨日の白熱した会議からちょっとぞんざいな扱いになってしまった感もあるが、一応皇子が乗るだけに、庶民とは隔絶した扱いとなっている。今更誰も気にしないと思うが。一応。

「観せる、というと……今日、ついさっき撮影したものを?」

「そうです。何をしていたかの証拠を示すんです。あの手のタイプは証拠に弱いです。それも物証に」

なるほど。弱いかどうかはしらないが、有効かもしれない。そういうのはできるのかな?

「それができるなら、した方がいいかもしれないな」

クリストは深刻な顔をして腕を組む。

「撮影班の、カカナ殿への対応がどんどん雑になってるだろ? それにつれて、彼女の連れてきた部下たちも反感を持ち始めている。この分だと揉めるかもしれない」

……チッ、面倒臭い……ただでさえ時間がないのに……

「現場監督に聞いてみましょう」

今撮っている映像は、明日の結婚式に使うのだ。つまり映像の編集はここヴァンドルージュで行うはず。

その辺のことは教えてもらっていないので詳しくはわからないが、もし今すぐ映像化できるのであれば、映像の一部だけでいいからカカナに観せてみるべきかもしれない。

今のままだと揉めそうなら、かなり危うい状態だ。

撮影中止なんて言われたら目も当てられない。

それに何より、私の手が出そうだ。

私だってイライラしているんだぞ。こんな過密スケジュールやらせて。……まあ最近のリストン領の撮影に比べれば、私が出演しなくていい分だけ軽い方ではあるが。

飛行船に乗り、次の浮島へ移動する間に、現場監督を始めとしたスタッフたちに提案してみた。

――これまでに撮影したものをカカナに観せてみないか、と。

カカナの過干渉にピリピリしていた彼らはすぐに同意した。

彼ら自身もこのままだとまずいとは思っていたようだ。そりゃそうか。他国の軍人と揉めるなんて、下手をすれば命に拘わる。

そして、カカナを呼び出すと、ついさっき撮ったばかりの映像を観せてみた。

明日のためにこういう映像を撮って回っているのだ、と。

こういう風に映像は永遠に残り、いつでもあの「特別な日」の感動を思い出せるようになるのだ、と。

「…………」

――ご結婚おめでとうございます――

魔晶板に映し出される「一件目に見たついさっきの光景」を、カカナは食い入るように観る。

もう一度いいか、と、何度も繰り返しを要求して見詰める。

「……そうか。こういうことか。そうか。……うむ、わかった。あなた方がやっていることも、行動も、急ぐ理由も、理解できた」

そうか、そうか、と何度も頷きながら……ようやく魔晶板から顔を上げたカカナの瞳は、少し潤んでいた。

「どうしても式には呼べない友人や、縁のある者もいる。そんな者にも祝ってもらえるのか。

ザックファード・ハスキタン殿も、フィレディア・コーキュリス殿も、喜ぶだろうな。私が新婦なら泣いてしまうかもしれん」

カカナはハンカチを出し、そっと目元を拭う。「もう泣いてるじゃん」とか言うのは野暮なんだろうな。

「あと何件だ?」

「夜までに二十二件です」

そして夜を徹して編集作業まである。

スタッフがピリピリしているのも、ほぼ休憩が見込めないからである。

このまままっすぐに、終わらない仕事という名の地獄へ向かうことを理解しているのだ。時間も余裕もないし、心の余裕もないままに。そりゃイライラもするだろう。

「このペースで間に合うのか? ……いや、航路を考えると怪しいな。よし、部下を先行させよう」

ん? 先行?

「私の部下を先に行かせて、祝福の言葉を貰う相手に準備をさせておくのはどうだ?

有名所の貴族には前もって知らせてあるようだが、それ以外は家にいるよう伝えてあるだけだろう?

正装して待つよう伝えるだけでも、現地での行動は早いのではないか?」

――すばらしい。

「いいんですか?」

そういう手も考えてはいたが、人が足りなかったのだ。

それに時間もなかった。

昨日の今日で決まった企画である。飛行船の数も用意もできなかったし、とにかく足りないものだらけだった。

だが、軍人なら。

それもここにいるのは、空軍の総大将殿である。飛行船だって人だってすぐに用意できるだろう。

「いいのかい、カカナ殿? 職権乱用だよ?」

クリストが笑いながら言うと、カカナは再び魔晶板を観ながら言った。

「これから部下たちには休暇を出し、個人的に頼みごとをするだけです。――私はフィレディア・コーキュリス殿と面識はありませんが、同じ女として、一生に一度の結婚式を失敗してほしくはないと思います。そしてやるからには成功してほしい」

同じ女として、か。

確か彼女は陸軍総大将ガウィンと付き合っていて、でも結婚はしてないんだっけ。

…………

まあ、人には事情があるから、私から言うことはないが。

敵としか思えなかったカカナが、思わぬ協力体制に入った。

これにより、撮影の速度は少しだけ増すことになる。