軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

93話 ダンと伯爵令嬢 その2

用意された馬車は豪華な装飾が施されたものではなく、必要最低限の機能を取り揃えただけの質素な箱馬車と呼ばれる馬車だった。

装飾も殆どされていない馬車で、下級貴族から豪商などが良く使う馬車に近い。

馬車に乗り込んだミシェル令嬢が向かった先は街の中心部にある商店街だった。

ダンは馬車を操る御者の隣に座り、周囲を警戒している。

商店街と言っても面積は大きく、地区によって様々な客層に分かれていた。

ミシェル令嬢が向かったのはもちろん裕福な者達が買い物をする地区である。

その地区には高級品を取り扱っている店舗が多く、平民には手が出し辛い高級店が立ち並んでいた。

「貴族様はすげーよな。こんな綺麗な場所、俺には縁がない場所だよな」

この地区は道も綺麗に清掃がされており、空気が透き通っている気がした。

庶民が集まる場所はお世辞にも綺麗とは言えない場所が多いのだが、この場所は何処を見ても綺麗だった。

通路は広く作られており、もし馬車を店の前に止めても別の馬車がその横を余裕で通れる幅員がある。

今馬車が走っている通路も店の前では多くの馬車が止まっていた。

そんな馬車を横目にミシェル令嬢の馬車は更に進んで行く。

「なぁおっちゃん、ミシェル様はどの店に行くんだ?」

「お嬢様が最近お気に入りにしている菓子店です。その店は人気店なので、いつも行列が出来ているんですよ」

「お菓子かぁ~。俺は食べた事がないけど、美味いのかな?」

「お嬢様が使用人の為にもお菓子を買って下さる事があります。私にも回って来ますが、ほっぺたが落ちる位に美味しいですよ」

「へぇ~俺も一回位は食べてみたいな。たぶん俺には縁がないと思うけど」

少し話をして仲良くなった御者の男から行先を確認したダンは再び美しい街並みに視線を向けた。

◇ ◇ ◇

その後、馬車が止まった場所は既に道沿いに馬車が何台も並んでいた。

普通、貴族の馬車が止まれば気を使った他の馬車が場所を譲ったりするのだが、身分を隠す為に質素な馬車を選んだミシェルがこの地を治める伯爵家の令嬢だと分かる者はいない。

「さぁ、並びに行くわよ。ついて来なさい」

ミシェル令嬢は馬車から飛び降りると、慣れた様子で列の最後尾に並んだ。

ダンもその時初めて気づいたのだが、馬車に乗る時の服装と違っていた。

馬車の中で着替えたのだろうか?

今の姿は周囲を歩く女性たちとさほど変わっていない。

ミシェルの隣にメアリーが立てば普通の姉妹の様にも見えた。

ダンもミシェルの後に続き長蛇の列へと並ぶ。

ダン達が並んだ後もお客は増え、列は少し伸びていた。

「なぁ、普通貴族様って並んで商品を買ったりしないよな? 家に店の者を呼んだり、優先的に店に入れて貰って買うんじゃなかったっけ? 後は使用人が買いに行くとか?」

この知識はラベルやアリスから教えて貰った事だ。

店に出向く時もあるのだが、その時も列に並ぶ事などは無い。

それにその相手がこの地を治める伯爵家の者であるなら、列に並ばせた店は取り潰しになってもおかしくない筈だ。

「私が望んでやっている事よ。だから口出ししないで。貴方は私に危険が及ばない様に守ってくれるだけでいいの。わかった?」

ミシェルは素っ気なくそう答える。

「確かにミシェル様が言う通りなんだけどよ。普通はこんな事しないだろ? 俺も気になっちゃってさ」

ダンは気軽にミシェルに声をかけていた。

気を使って敬語を使っていたのはほんの最初だけだった。

普通なら言葉遣いが悪いと叱咤を受ける所なのだが、ミシェルからは特に何も言ってこない。

ミシェル達が雑談をしている間にも列はゆっくりとながら進んではいるが、店内に入るのもまだ時間は掛かりそうだ。

ミシェルはため息を吐いてダンに答えを返した。

「私はお父様の一人娘なのよ。私が大人になったら旦那様を貰って二人でこの領地を治めるの、だから今の内から領地の事は隅々まで知っておこうと思っているだけよ。それに私は貴族だからと言って、領民を蔑ろにしていては領地を治めていけないとお父様から教えて貰っているの、だからルールも守るし、不正は絶対に許さないわ」

ミシェルは澄ました顔でそう言いのけた。

ダンはまさか伯爵令嬢がそんな事を言うとは思っても居なかったので、目を見開き驚いていた。

「ミシェル様は凄いよ。俺よりも年下なのに、俺よりもずっと大人だな」

「何馬鹿な事を言っているのよ。私を戦う事しか出来ない冒険者と同じに見ていたなんて本当に失礼だわ」

ミシェルは腕を組んで頬を膨らませた。

「あはは、本当だ。俺が悪いな」

「ふんっ、わかればいいのよ。以後気を付けなさい」

ダンは今になってやっと気付いたと言った感じで驚いてみせた。

だがその様子に嘘は無く、ミシェルもその事が分かっているのだろう、本気で怒っている様には見えなかった。

「もう少しで店内に入れるわね。今回はダンにも食べさせてあげるわ」

それだけ言うと恥ずかしそうに前を向いた。

その時、後ろから子供の声が聴こえて来た。

子供達の声は高く、少し興奮している様子である。

「ねぇ、ユーグ兄ちゃん。あと少しだよね。このお金でお菓子買えるんだよね?」

「レーナ、もう少しだから頑張れ! 値段は既に調べているから安心しろ。一つだけならこのお金で買える筈だから」

「本当!? お母さん、お菓子をみたらどう思うだろ? 喜ぶかな?」

「喜ぶに決まっているだろ? 俺とレーナが一年間、必死で貯めたお金で買うんだ。お母様も喜んでくれるよ」

「うふふ。楽しみだな」

聴こえてくる話によると、どうやら母親のプレゼントにお菓子を選んだみたいだ。

そのままダンが兄妹に視線を向けると、平民の服を着ている二人の子供が列に並んでいた。

兄がダンと同じ位の年齢で妹はミシェル令嬢よりも年下に見える。

兄が妹の手をしっかりと握り、離れない様に並んでいた。

ミシェルもダンと同じように視線を一瞬だけ兄妹に向けたが、特に反応する様子は無かった。

列に並んでいる他の者達も兄妹に視線を向けたが、平民の服をきた子供に興味を示す者達はこの場には居ないようだった。

その後も列は進み、もう直ぐ店内に入れる時になった時、ダン達の後ろに並んでいた大人が大きな声を上げ始める。

その男はこの列に並んでいる者で一番高級な服を着ていた。

服のデザインから察して、何処かの貴族の関係者だろう。

「やっと来たのかよ、こっちだ。ここに入れ!!」

男はそう言うと遠くから誰かを呼び寄せている風な感じだ。

すると三人の男たちが遠くから近づいてくる。

その三人も並んでいた男とデザインが同じだ。

後からやってきた男達はそのままダンの後ろにいた男に合流し、列に割り込みはじめる。

並んでいた者達は不快な表情を浮かべていたが、声に出して咎める者はいない。

貴族相手に喧嘩を売っても損をするだけなのは彼等も良く理解しているからだ。

「本当にもう、何処の使用人なのよ!」

ミシェルは頬を膨らませて怒りだしていた。

「余り見ない服なので、たぶん別の領地の者かもしれません。この菓子店は人気店ですので、誰が買いに来ても不思議じゃないです」

メアリーは的確に分析して指摘している。

リンドバーグさん的な人だとダンは感じた。

「割り込みは悪い事なんだよ。しちゃ駄目なんだよ」

その時、兄妹の妹が割り込みをしてきた者達にそう言った。

それは子どもならではの言葉で本人に悪気はない。

兄もヤバいと思ったのだろう、瞬時に妹の口を自分の手で塞いだ。

その行為に対して、周囲の者達はクスクスと笑い出す。

笑い声が聴こえる状況で、自分達が笑われていると勘違いをした一人の男が突然怒りだす。

「何笑ってやがる!! おいガキ! 誰に向かって言ってやがるんだ?」

子供に対して大人げなく怒鳴り散らしてきた。

「すみません。妹はまだ小さいから。もう言わせないので」

兄は妹をかばう様に背中に隠したが、本人の足はガタガタと震え、視線は下を向いている。

「すみませんで、済む訳がねぇぇだろうが!! 俺は最初から並んでこいつらの分も取っていたんだよ。文句があるならはっきりと言え!!」

子供に対して大声で恫喝を始める姿は見ているだけでも気分が悪くなる。

「おっ……」

ダンは一瞬、男に声を掛けようとしたのだが、グッと言葉を飲み込んだ。

その理由は自分の行動のせいミシェル令嬢に危害が加わる可能性があるからだ。

今のダンはミシェル令嬢の護衛である。

自分本位の行動はしてはいけない。

その事が分かっている為、意思を曲げて言葉を飲み込んだ。

しかし悔しい気持ちは抑えきれずに、表情は歪んでいた。

「あら、ユーグとリーナそんな所にいたの? 貴方達の順番を取っていたのに、まさか後ろに居たとは思わなかったわ。早く私の前に入りなさい」

「えっ……!?」

「いいから早く来なさい」

ミシェルはそう言うと二人にウィンクをした。

「ミシェル様……?」

ダンも状況が理解できずに茫然と様子を見つめていた。

ミシェルはそのまま二人の前に移動すると、ユーグの手を握り自分が並んでいた場所に引っ張って行く。

「やっと合流できたわ。もう私から離れたら駄目よ」

ミシェルはそう言うとダンに視線を向けた。

ようやくダンもミシェルの意図をくみ取り、笑みを浮かべた。

「おい、ふざけてるんじゃねーぞ。なにが順番を取っていただ? ずっと並んでいたのは知っているだろ? 助けたいが為に下らない嘘をつくんじゃねーぞ」

「何を言っているのか分からないわ。私は二人の友人で、事前に二人の場所を取っていたのよ。貴方達も同じなんでしょ? 自分達がやったんだから私に文句を言う事は出来ないわ」

「ぐっ!! ふざけやがって! 俺達が誰だがわかっているのか?」

「貴方達みたいな品の無い者を私が知っている訳がないでしょ?」

周囲の者達は男達に対して失笑を始めた。

「糞がぁぁぁぁ。痛い目を見たいらしいな。女だからと言って手を上げられないとでも思っているのかよ?」

怒りに溢れ狂ったように近づくと、腕を振り上げてミシェルに殴りかかる。

ミシェルはその様子を瞬きすらせずに見つめている。

「痛えぇぇぇ!!」

その後、悲痛な声を上げたのはミシェルではなく、殴りかかった男の方だった。

男が殴りかかった腕をダンは途中で掴むと、自分の身体を回転させて男の腕を巻き取り、一瞬で地面に抑え込んでいた。

地面に落ちた衝撃で男の肩の骨は外れ、強烈な痛みを男に与えていた。

「へぇー、見かけによらずに強いじゃない。少しだけ見直してあげるわ」

ミシェルはダンに向かってそう告げる。

「ガリバーさんには弓以外にも剣や体術も教わっているんだ。この程度の相手なら余裕だっての」

ダンは立ち上がると、ミシェルの前に陣取り残りの男達に対して左手を突き出した。