軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

春の大舞踏会 ⑵

私は、お兄様をちらりと見てから彼女に言った。

「お兄様では物足りないかもしれないけど、彼の代わりに。もう少し、私は彼と踊りたいの、ね?リュカ」

呼びかけると、リュカはすこし驚いたのか何度か瞬きを繰り返してから苦笑した。

おそらく彼は、彼女の誘いを断ってくれたことだろう。

だけど、リュカはかなりの口下手だ。

それは彼に近しいひとなら誰でも知っている事だった。

恐らく、リュカは女性のあしらいが苦手だ。

かなりぶっきらぼうに断る可能性が高い。

社交界に慣れていない少女なら、泣き出してしまう可能性だってある。

それを鑑みて、ここを穏当に収めるには私が間に入るべきだと考えたのだ。

突然呼び出されて令嬢のエスコートを任されたお兄様は目を白黒させていたが、続けて私は彼に笑いかけた。

「私とリュカは、あと二曲踊る予定なの。だから、次の曲のお相手はお兄様が紹介してさしあげて。お相手は、しっかり吟味してくださいませね。彼女はハスラー家のご令嬢で、社交界に出てきたばかりなの。とても可愛らしく、可憐な方ですもの。妙な男性はだめよ?」

「あー……分かった」

お兄様は状況を察したのだろう。

苦笑を浮かべた。

その彼に、私はちらりと目配せをする。

「あちらに王太子殿下がいらっしゃるわ。第二王子殿下も。ね?お兄様。任せたわよ」

兄は、クリストファー殿下の級友で、親しい間柄である。

最悪、殿下のところに行けば何とかなるだろう。

お兄様は、容姿は私によく似ていて端正なのだけど、男女の機微に疎いところがある。

リュカを誘ったのに、断られることになった彼女の顔を潰さないために私がそう言うと、お兄様は何度か頷いた。

どうやら、私の言いたいことを理解してくれたようだ。

「分かった。……それじゃあ、ハスラー家のご令嬢。お名前は?」

お兄様が彼女に手を伸ばす。

少女はそれまで目を白黒させていたが、お兄様に声をかけられると、困惑しつつも手のひらを乗せた。

「アンナです……」

「アンナ嬢。私では不足があるかもしれませんが──一曲、お相手いただけますか?」

「あの、でも、えっと」

「ほら、曲が始まる。こちらに」

……と、お兄様は実に自然に、アンナを連れて行ってくれた。

二曲目が始まり、私とリュカもステップを踏み始めた。

ふぅ、とため息を吐くとリュカが困ったような笑みを浮かべていた。

「……なぁに?」

「いや、流石シャーロットだな、と思った。ほんとうに……きみは逞しいな。時々、負けたと思うよ」

くるり、とターンをしながらリュカがそんなことを言うので、思わず笑ってしまった。

人目があるので、控えめに、だけど。

「何を言っているの?私の性格は前から知っているでしょう。私の短所であり、長所でもあるのよ」

猪突猛進──こうと決めたら突き進む。

大人しさとは正反対の位置にいるのが私。

こうと決めたらなかなか意見を変えないので、痛い目を見ることもある。ジュリアンとの婚約がそうだったように。

私が言うと、リュカが真っ直ぐに私を見つめて言った。

「シャーロットはかっこいいよ」

「……褒め言葉として受け取っていいのよね?」

何となく、素直に喜べなくて聞き返すとリュカが笑った。今日は、彼がよく笑う。

「もちろん。きみは誰よりかっこよくて、可愛らしい。誰よりも可憐で可愛らしくて、俺にとって、ずっと守りたい、ただひとりの女の子だった。……好きだよ、シャーロット」

──その時。

ちょうど、曲の最後のフレーズが奏でられ、リュカの声は思った以上に周囲によく響いた。

曲が終わったと言うのに、シン、と水を打ったようにダンスホールは静まり返った。

妙な静けさに気がついた楽団が戸惑った様子でこちらを窺っているのが、視線の端に見えた。

リュカは、私の腰をホールドしたまま、言った。

落ち着いた、だけどしっかりとした、周りに良く響く声で。

「俺と婚約してください。──シャーロット・シェーンシュティット嬢」

す、とリュカが私の前に跪いた。

そして、私の手の甲を手に取って口付けを落とす。

きゃあ、とどこかで悲鳴が上がるのが聞こえる。

私は、ただただ、息を呑んでいた。

どくどくと心臓の音が、耳のすぐ近くで聞こえるような気がする。

驚きすぎて、現実味がない。

呆然とする私に、リュカが微笑んで言った。

「……受けてくださるなら、どうか、この手を取って」

丁寧な言葉使いで、リュカが私に乞う。

「──」

ごくり、と息を呑み──私は、震える手を彼の手に重ねた。

ワッ!!と周囲から歓声が聞こえた。

みな、突然始まった愛の告白劇に興味津々なのだろう。

恥ずかしさと嬉しさが同時にやってきて、涙腺が緩む。ぶわりと視界が滲んで、それを隠すように私はリュカに抱きついた。

きゃあ、という黄色い悲鳴と、うおお、という雄叫びのようなものが聞こえる。

すっかり場の主役を奪ってしまった形になるが、先日王家からお褒めの言葉を貰ったばかりだし、まあ、今夜くらいはいいでしょう。

そう思って、私はリュカの耳元で囁いた。

「……ありがとう。リュカ、大事にする」

「それは、俺の台詞じゃないかな」

リュカが笑って、立ち上がる。

すると、音楽が流れ始めた。

恐らく、タイミングを見計らっていたのだろう。

私とリュカは互いに手を取り──三曲目を踊り始めた。