軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97話 前期選抜試験 ハンティングゲーム

目が覚めたら、またあの天井の高い病室内だった。

あれ? なんでここにいるんだっけ?

というぼんやりした思考。

それも無理はない。

担当して下さった治療師さん曰く、俺は2週間も眠っていたらしい。

界境から戻り、ピンピンしていたはずだったのに、嘘みたいにバタリと倒れ込んで以来、ずっと眠ったままらしい。

その間……俺はなんと、あの美味しいメインダイニングでの食事を摂り損ねたらしい!

なんという膨大な損失!

取り戻さねば!

治療師さんの制止なんて耳に届かない。俺の腹が飯を求めている!

「待ってハチ君! 天壊旅団のジンさんからメッセージがあるの」

「えっ!?」

流石にその言葉には立ち止まざるを得なかった。

白衣の女性から、手紙を受け取る。

封筒を開けると、中に2通の折りたたまれた便箋がある。

片方を開くと、そこには『寝ぼけた俺』が描かれていた。

ペン一本で、ただしとても正確で、遊び心も加えられた絵。ベッドの上で大口を開けて涎を垂らすその恥ずかしい姿! 臍の紋章もチラリと見えている! もっと格好いい姿を描いてくれませんかね!

絵心あったんだ、ジンって……。

その下に、ジンからのメッセージも添えられていた。

『また救われちまったな。もう少し話したかったのによぉ、団長が仕事仕事ってうるさくて戻らにゃならん。またいつか会おう。必ず会えると思っている』

「……俺もなんとなくだが、これが別れだとは思っていないよ」

また会えるさ。きっと。

残されたもう一枚の便箋を取り出す。

開けた瞬間、紙が淡く光る。すると──

次の瞬間、便箋がふわりと浮かび上がった。空白の内容。

表面に、銀色の光で何かが描かれはじめる。

それは、地図だった。

座標を細かく指定する文字も浮かぶ。一瞬見ただけなのに、やけに脳内に残った。

『来るなら、独りで来い』

メッセージも浮かび、そして便箋がボウッ、と燃えた。煙もなく、塵すら残さずに消えた。

おそらく誰かのスキルで作られたもの。

地図の行く先はどこへ辿り着くのか……。

まあ急いで行くこともないだろう。ジンも必要なら来いと言わんばかりのメッセージの残し方だ。

……おそらく天壊旅団に関する座標。

まっ、今はいいや。小物には関係のない組織だし。

俺の腹がぐぅうおおおぉぉお、と唸り声を上げている。

腹の中に、化け物を飼っている。

腹の底で何かが目覚めて、獣みたいに咆えているのだ。

ぐぅうおおおぉぉお……って。

「……ダメだ。もう、限界だ……!」

空腹と、2週間食べ損ねた勿体ない精神が、限界まで達している!

2週間も寝ていたからだろう。足元がおぼつかない。

尖塔内の治療室を出て、目指すはメインダイニング。

一階がやけに騒がしい……。まあいいや。

尖塔を出て、中庭を奇行種みたいなフォームで走り抜け、目的地へと至る。

入り口の両開きのドアが開いた瞬間、空気が変わった。

ざわっ……。

食器の音が止まり、談笑が途切れ、目の前に広がる光景が静寂に包まれる。

生徒たちが、俺を見た。

一人残らず、目を見開いて、動きを止めて。

「っ……」

誰かが、喉を鳴らした。

なんだ、俺そんな怖い顔してんのか?

……違う。

全員が、俺の腹の音にびびってるんだ。

ぐぅぅぅおおおおおおおおおお…………。

いやこれ俺でもちょっと怖い。

小物が……腹に大物を飼っている!

「オデ……食べる……全部……」

俺が一歩足を踏み出すたびに、

生徒たちが、左右にパカッと道を開けていく。

避けてる? 俺を?

それとも、腹の音に反応して本能的に退いてるのか?

まるで、血に飢えた空腹の獣が歩くみたいになっているのかもしれない。

騒ぎは、厨房内にも轟いた。

「やべー! みんな、腱鞘炎に備えろ!」

「料理長マルグリットを呼べ!」

「死人が出るぞ!」

「……マルグリットさん……!来ました……!」

厨房の奥から、震える声が聞こえた。料理長の名を呼んだその声は、もはや泣きそうだった。

そして現れる、マルグリット料理長。

デカい。でかい女性だ。肝も据わってる。

でも今日は、額にうっすら汗をかいている。何かに怯えた様子で。

「……あんた……二週間、寝てたんだってね」

「ええ。目ぇ覚めたら腹が爆発しそうで」

「……準備するから、座んな」

「オデ、マテナイ」

「仕方ないねー。じゃあ出来ているものから食いな! あんたら気合入れな! ここは今から戦場だよ!」

席に着いた瞬間、俺の前に並ぶ、山のような料理たち。

パンが焼けてる匂いだけで、もう泣きそうになるのに、手の込んだ料理が勢ぞろい。脂の旨味の良い匂いが!

「全てに感謝!! いただきますっ!!」

いくら腹が減ってても、食べ物への感謝の心はメインダイニングのルールであり、俺の信条でもある。手を合わせ、深く頭を下げた。

最初のスープをすする。

染みる。胃に、骨に、魂に染み渡る。

これだ。これが、生きてるってことだ……!

肉。パン。煮込み。揚げ物。サラダ。デザート。デザートのデザート。

食った。食った。まだ食った。

食ってる間、誰も話しかけてこない。

見られてるのはわかる。空気が張り詰めてるのも。

でも俺には関係ない。

俺の戦いの舞台は、皿の上だ。祭りは俺を中心に起きている!

次々に来るおかわりも全部食べた。

ただ2週間寝ていただけのレベルじゃない。

この自然に使えている腕と目は、あの激情の神カナタ様から授かったものだ。もしかして、これも関係しているの? ってくらい食べる量が異常だった。

しかし、やがて終わりは来る。

満腹が先じゃなかった。食材が尽きた……。

史上初めてらしい。メインダイニングの食材が尽きたのは。

「ごちそうさまでした……!」

その声に、厨房内から歓喜の声が湧き、食堂内の生徒たちからは拍手がわき起こった。なんか感動で泣いている人までいる。

ただ食べただけなのに、人を感動させ、拍手まで貰ってしまった!

なんてすばらしい学園なんだ!

しかも、凄いものを見れたと先輩方が売店からデザートと購入してきてくれて、差し入れまであった。当然全部食べる。俺の腹の中の怪物は一体どうなってる。食費が持ちませんよ!

「今年の一年は本当にすげーやつが揃ってるのに、大変だよな。あれはあんまりだ」

最後に差し入れしてくれた先輩が同情するように言い残した。

何のことかさっぱりで、素直にお礼を伝える。

その内容が判明したのは、食後のお茶を5杯ほど飲んでいる最中だった。

食堂に駆け込んでくるのは、『平民会』の王であるニックン。

試験以来ずっと仲が良い彼が、顔を青ざめさせて駆け込んで来ていた。

「ハチ! 目覚めたんだね! 良かったよ。どうなるかと思ってた」

「ご飯美味しかった」

「ハチが地下から戻ってから、いろいろ起きてて。もうどうしたらいいか」

「取り敢えず売店行きながら話そう。食べ物を探したい」

「それどころじゃないんだよ。みんなバタバタしてて!」

「ニックン、落ち着け。サブダイニングの食材が残っているかどうかって知っているか?」

「飯のことばかりだな!!」

ごめん。その通りだよ、ほんと。

それでもニックンの慌て様は異常だ。

そんなに慌てても事態は良くならないから落ち着くように諭すと、深呼吸をしながらニックンが情報を整理して伝えてくれた。

「ハチが地下から戻ってから、尖塔地下は硬く封鎖されている。あの地下に何か大きな秘密があることがみんなに知られてから大騒がしさ。でも、それ自体は問題ないというか。学長から解散命令が出て、ハチが作った団体も解散したよ」

俺が作ったっていうか、ニックンが作ってるけどね。

気づいたらとんでもない規模の組織が出来上がり、クラウスを祭り上げることで責任逃れをする事態にまでなってしまった。

「実は、寝込んでいるのはハチだけじゃない。学長もずっと寝込んだままで、しかも怪我の具合が酷い。復帰がいつになるかわかんないんだよ」

界境での精霊シグレリアとの戦い。結界スキルを駆使して戦っていた学長だが、流石に老体に応えたらしい。

あの最強が今も寝込んでいるのは流石に心配だった。人望も厚いお方だ、多くの心配を集めていることだろう。

「そこを狙われた。今、学園の実権を握っているのは外務大臣ディゴールだよ。空きだったバルド先生の席に『特任教育官』として着任し、もうやりたい放題さ。その最たるものが……」

何か言い淀む。

あまりにも酷い仕打ちに怒りを抱えながら、どこか俺への配慮も感じられる一瞬の間。

なんだろう?

「何があったんだ?」

先を促すように尋ねる。

「僕たち一年に特別試験が課された。国王の許可もある特別な権限を持つ試験だ。その内容があまりにも理不尽で、皆が感情的になってしまっている」

なんと学長が倒れ、外務大臣が出て来て試験を課すという。

そして、国王の許可まであるという。

なんだかかなり大事になっているらしく、その情報源がある尖塔1階掲示板エリアへと足を運ぶ成り行きに。

病室からメインダイニングへと走って行く途中、近くを通ったが腹が減りすぎていて全く気づけなかった。たしかに騒ぎにはなっていたが……。

《王立魔法学園 前期選抜試験 通達》

貼り紙には大きくそう書かれていた。

前期試験とはまた違うものだ。

特別に用意された臨時の試験。それもかなり理不尽な内容らしい。

【王立魔法学園 前期選抜試験《 狩猟試験(ハンティングゲーム) 》実施に関する通達】

― 一年生 各位 ―

『王立魔法学園における人材育成は、国家戦略の根幹を担う責務であり、有限な資源と時間の中で、真に価値ある者へ適切な支援を行うことが求められています。

入学試験が甘かった事により、1年次生徒は300名、史上最多の規模に達しています。このことは多様な可能性を意味すると同時に、教育・魔導資源の過剰分散という問題も孕んでいます。

ゆえに本試験は、将来的に国家・学術・軍事・外交の中枢を担うにふさわしい資質を持つ者を早期に見極め、相応の評価と機会を与えるための選抜試験として実施されるものです。

本試験において優秀な成果を収めた者は、特別単位の付与、進級・ゼミ選抜・推薦枠への優遇機会が設けられます。

これは“淘汰”ではありません。

不確実な時代において、確実に未来を託せる者を見極めるための、正当かつ必要な試みです。

自らの力と意志を証明せよ。その覚悟こそが、未来への鍵となる』

生徒と王国そのものを思いやった通達内容に……見える。

けれど、ニックンがこれだけ慌てて、他にも駆け付けた1年生たちの動揺や怒りを見るに、そんなありがたい配慮ではないのだろう。

そもそも俺たち生徒っていう生き物は、『試験』というワードそのものが嫌いだ!

試験反対! ディゴールとかいう外務大臣出てけ! ただし、美女なら歓迎!

その下に記載されている試験内容にも目を通していく。

『前期選抜試験・ハンティングゲーム

基本ルール

・一年生300名全員強制参加。参加しなかった場合退学(試験は中止にならない)

・広域フィールドで、3日間の生徒同士による対人ハンティング形式の実地演習

・全員がポイントを所持してスタート

・ポイントを奪われてまま最終日17時を迎えた時点で退学

・最大で10名からなるチームの作成が可能

・ポイントは奪い返すことが可能。チームであれば、チームの失ったポイントを補填しないと全員が退学

・試験終了時に1人も退学該当者が出なかった場合、参加者からランダムで50人が退学

・ポイントの移動があっても、奪還されて実質的にポイントの移動がなく、退学者が出なかった場合も50名が退学

・試験期間中の戦闘による実力行使は罪に問われない

・武器、スキルの使用は原則自由

・罠や仕掛けの設置は可能

・フィールドに入った時点で参加者として記録される

・参加者はポイントとなる狩猟証を見える場所に付けていなければならない

・試験期間中、フィールドから出た者は退学とする

・狩猟証の位置や状態の変化は、試験本部にリアルタイムで通知される

・違反者は試験終了後、記録魔道具により確認され、該当者はただちに「退学」処分を受ける』

「……すまん、どういうこと?」

ニックンに詳しく聞いておいた。

こういうのはもっとわかりやすく要点だけをお願いします!

「要は、絶対に退学者が出るルールの元僕たちは試験をやらされるんだ。こんなの納得いかないよ! 僕たち1年はこれまで上手にやってこれたのに、なんで自らが争うように仕向けられないといけないんだ!」

絶対に退学者が出る試験か。そりゃ理不尽すぎる。ニックンが怒るのも無理はない。

「こんなやり方、学長なら認めない。カイネル先生だって、酷く怒っていた。けれど……学長が目覚めない限り、対抗できる人がいなくて」

相手は外務大臣だもんな。しかも国王の許可を持っている。圧倒的な権力が動いている。

一体、なんのために?

誰かが裏で何かを意図して動いている。ターゲットは誰だ?

……ギヨム王子?

レ家内の争いかもしれない。

公爵令嬢の方かも。

くっそー、そんな大物同士の権力争いに、小物たちを巻き込むな!

こっちはただでさえ、界境で死にかけて大変な目に遭って来たというに、学園でのんびりもさせてくれないのか。

試験内容の理不尽さに怒りを感じていると、ニックンがもう一枚の紙を指し示す。

どうやら、こちらが俺への申し訳なさの理由らしい。

そこには、更にあり得ないものが記載されていた。

ハンティングゲーム。

生徒たちが持つポイントを奪い合って、自分のものにする試験。

奪われた生徒は退学。奪った生徒はポイント数だけ、特別単位として使用することが出来る。こちらはルールに記載されていなかったが、細かい規定に書かれていたらしい。

この学校では、進級に必要な20単位が無いと退学措置なので、こういう機会で得られる特別単位は貴重なものになる。

でも、それが仲間である一年生から奪うものになろうとは……。

『ポイント表

ハチ・ワレンジャール 10ポイント

クラウス・ヘンダー 10ポイント

ギヨム・クリマージュ 3ポイント

テオドール・レナトゥス 3ポイント

アーケン 3ポイント

クラリス・クリマージュ=ラヴァンドール 3ポイント

イェラ・ナクサ 3ポイント』

……はい?

いや、はい?

そこには生徒ごとに割り振られたポイント数が記載されていた。

自分のポイントが高いことにメリットはない。

ポイントが高ければ、それだけ奪う者にとっては魅力的なターゲットになる。

しかも、試験はポイントの取り返しが可能。

しかし、失ったポイントが多ければ、それだけ奪い返すポイントも多く必要となる。

ポイントが高いことはただの枷。実際、枷をつけられているのは実力者ばかり。それなのに、俺とクラウスが10ポイント!?

何故!?

注釈にちゃんとしっかりと理由が書かれていた。

『上記2名、ハチとクラウスについては、学生運動を指導し、学内を混乱に陥れた罰として高ポイントとする』

ばっ、罰が下っとる!

あの騒動は! わざとじゃなくて!

なんか気づいたらめっちゃ組織が大きくなってただけでして!

本当に悪意はなかったんだよ。

ニックンが申し訳なさそうにしていたのはこれだったのか。

俺とクラウスは10ポイント。重たすぎる枷をつけられてしまった。

このポイントを奪うことに成功するだけで、特別単位が10も貰える。進級に必要なポイントの半分だ。将来を見据えている者、自身の能力に不安がある者からしたら、この10単位になる俺のポイントはかなり魅力的なはず。

うおおおおおお、ディゴール許せねー!!

なんちゅう理不尽な試験を! そして小物になんて分不相応なポイントを!

「カイネル先生を中心に抗議活動をしてくているんだけど……今回はどうにも試験を回避できないらしい。せめて、学長が目覚めてくれたらなんとかなるかもしれないけど」

「よし、劇薬ないか? 学長を死ぬ気で目覚めさせるぞ!」

「本当に死んじゃうよ! 学長、弱ってるのに劇薬飲んだら死んじゃうよ!」

それもそうか。

避けて通れない理不尽な試験……。

うーん、俺たち一年に課せられたあまりにも重たい課題。

たぶん、大物貴族たちの争いに巻き込まれたものだ。

対策を考えねば。

けれど、まずは一人メンタルケアしておく必要がある。

俺が巻き込んだみたいなものだしなぁ。数発くらい殴られる覚悟は持っておこう。