軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51話 王たちの内心

神の亡骸に、意識を失う紋章の覚醒者。なぜかそんな大物の2人より存在感を放つ異質の存在、ハチ・ワレンジャール。

槍をその喉元に突きつけても動揺1つしない。

むしろこちらがその存在に圧倒されているのか、感情が高ぶる。

私はこのハチという男になぜこんな怒りにも似た感情を……。魔獣の手柄を取られて怒っている訳じゃない。むしろ軍の被害が出なくてありがたい気持ちでいる。魔獣もこの世から消えて無くなるに越したことはない。それなのに。

私はおそらく……この男を恐れている。

人生で初めて感じる恐怖の感情に戸惑いを隠せない。大粒の雨が槍を叩きつけ、小さな揺れを揺れを生じさせなければ、私の手先の震えが見抜かれたやもしれぬ。

リュミエールという我が人生を一言で説明するならば『退屈』そのものであった。

生まれた時より全てのものを持ってこの世に誕生した。

地位や財産だけの話ではない。もちろんそういったものにも苦労したことは無いのだが、何よりも才能において他者に影を踏ませたことすらない。

勉強1つとっても、1を聞いて10を知る。剣を習えば、その道50年の強者を3か月のうちに叩きのめした。

口説いた美女は数知れないが、一度として嫌がられたことはない。そして天から授かりしこの雷のスキル。雷光のごとき素早さと、雷神のごとき力強さ。まさに王たるスキル。

しかし、それらを全て手にして私が感じたのは「つまらん」という感情だった。こいうのは欲しくて欲しくて堪らないうちにようやく手に入れてこそ楽しい、嬉しいという感情が生まれる。

何の努力もなしに、天賦の才を生まれ持った私ではその喜びに浸ることができない。

そんな中でも、人生で3度だけ脳の奥底から楽しいと思える出来事はあった。

1つはもう9年も前の話だ。大事な式典に出るため用意された私の礼服を、ロワが破り捨てるのを見た時。しかもまだ5歳という年齢にして、破いたのが私であるという捏造証拠を残す手の込みよう。

なぜそんなことをするのか、と思考がパニックになったのと同時に、私はその日、かつて感じたことのない歓喜の感情に襲われた。

礼服を破ったのが私ということにされ、国王である父上から叱責を受けた。私を担ぐ大臣たちからの失望の視線。今まで絶対的な権力を発揮していた我が母の権威の失墜。

それらを全て楽しいと思ってしまった。人生で初めて立ちふさがった壁。平坦で退屈な私の人生を阻む存在。……なんと喜ばしい事か!

2つ目は王立魔法学園でのこと。学園の先輩であり、グラン先生の兄弟子でもあるゼル様との喧嘩。一度どちらの方が強いのかを確かめたくて、彼の琴線に触れる言葉を投げかけた。スキルタイプと過去、彼がもっとも触れて欲しくない部分を知っていながらも、敢えて強く触れた。

実に1日にも及ぶ死闘の末、ゼル様に殺されかけた。グラン先生が止めに入っていなければ、本当に死ぬところであった。

……ああ、負けたというのにあれは今思い出しても楽しい思い出だ。我が愛すべき兄弟子よ、また機会があれば全力でやってみたいものだ。

そして、3つ目の壁。盾持ちたちに演習で完敗したこと。軍に入り、実力名声共に付いた頃、伯爵が持つ最強の盾持ちたちとの軍事演習を行った。

開戦時こそ我が軍が圧倒していたが、あの食わせ眼鏡のアトスにしてやられた。人生で初めて味わう完敗。あれ程に自分の力でどうにもならない舞台は初めてだった。

人生で3度立ちはだかった壁。私はそれらを全て楽しいものと捉えた。ありがとう。私の人生に彩りを加えてくれて。

強敵、それは我が人生においては料理にかける香辛料がごとく良いアクセントを齎す。そういった才能はいつでも歓迎するし、いつだって我が道を阻んで欲しい。

しかし、目の前にてぼんやりと力の抜けた小物……ハチ・ワレンジャールに、このリュミエールが恐れに似た感情を抱いている。

伯爵との密約を結び、子爵領へとやってきた際、アトスと話す機会があった。その時、彼から初めてハチのことを気いた。

男爵家の生まれにして、王の座を狙っている男がいると。そのために一人で魔獣を倒そうとしている計画まで聞かされた。

私がそういう者を好んでスカウトしていると知って、情報共有してくれたのだ。

それを聞いたとき、少しの興味とともに失笑が同時に漏れた。

ハチがどれほど本気かは知らないが、流石に世間を知らない子供の夢物語だろうと。

魔獣討伐は貴族の責任にして、貴族の栄誉でもある。

私も子供の頃に「いつかは魔獣を討伐する!」と配下の者たちに豪語していたものだ。

魔獣を討伐する。英雄になる。そして、覇道を進む。

そう考えていたのだが、ずいぶんとぼんやりとした不明瞭な野望だったと、この地に降りてようやく気付く。自分の考えていた未来像こそ子供の描いた絵空事ではなかったのかと。

空を覆う闇が遺跡方面に収束していったとき、言い知れぬ不気味感を味わった。遠く離れた子爵領からでも感じた、底知れぬ根源的な恐怖。

心配して駆けつけてきた近衛騎士たちの避難誘導に、私は自然と従っていた。武装し、情報を集め、状況を整理する。自然と思考が守りに入った。

今になって恐怖を覚えるかと自分を叱咤し、動き出せたのは実に異変が起きて2時間も経った頃である。

事前に聞いていた魔獣の情報とは違う事態の進み方。そして異常が起き続ける遺跡付近。

軍に先んじてグリフィンに乗ってこの地にやって来たときには、全てが終わった後だった。

……子供の頃、魔獣を倒すと豪語していた。その時、私の想像の中には多くの部下を従えて魔獣と戦う姿を描いていた。

しかし、ハチという少年はそもそも一人で戦うことを考えていた。あの魔獣に一対一!?しかも、限りなくそれに近いことをやってのけた。

この男、発想がとてつもなくでかい。

かつて、グラン先生が言っていたことを思い出す。

大きなことを成すためには、まずは大きく思考する必要があると。

1000名もの屈強な部下を集め、魔獣の登場に守りに入り、2時間の時を経てようやくこの地に駆け付けてきた私。

たった一人で魔獣を討ちとる計画を立て、それを実行し、名の知らない神の犠牲1つでこの奇跡を達成したハチ。

……この事実に、私は手の震えを隠しようが無い。

この世にまさか、こんな大馬鹿で超大物がいようとは。

大きすぎる。あまりにも大きすぎるぞ、ハチ・ワレンジャール。

「黙っていないで、答えよ!!お前が魔獣を倒したのかと聞いている!!」

どう見ても辺りの状況的にそうだと述べているにもかかわらず、ハチをきつく問い詰める。願わくば、否定して欲しいと言わんばかりに。

ようやくそこで私の声が届いたのだろう。

はっとしてこちらの顔を見上げる

無理もない。大事そうに抱える名もなき神の亡骸。骨が露出したままの左肩に開いた風穴と、顔の青黒い打撲。戦いの凄まじさが分かる。

先ほどまで意識が明瞭でなかったのも頷ける状態だ。ようやく言葉を聞いたであろうハチが、慌てる。

「作法など良い。誰が魔獣を倒したのかだけ言えば良い」

口を開かず、というより開けないのだろう。顔が腫れて、骨にも異常がありそうだ。

ハチがなぜか悩んだそぶりを見せて、意識を失った紋章の覚醒者を指さした。

「……あいつが!?」

まさかの回答に、また語気が強くなってしまった。

ハチが慌てて首を振り、今度は神の亡骸を指さす。

「神が!?しかし、神は魔獣に無力なはず!」

また予想しない回答に語気が強くなる。

また慌てた表情をするハチ。今度はアーケンを。

「どちらだ!!」

すっかり表情が青ざめて、やっぱり神の方だと指の方向を変える。

「神がやったというのか!!さっきから情緒不安定な人間みたいだぞ」

自分で言って、いやそれもそうだろうと、思ってしまった。

意識も不明瞭、体には深い傷。こんな状況で詳しい説明を求める自分の方がおかしい。

自分の配慮の足らなさに気づくと同時にハチの真意にも気づく。

こいつまさか――。

こんな状況でも……。なるほど、くくっ。

「お前の言いたいことは分かった。あっぱれである!手柄は要らぬと申すか!一緒に戦ってくれた仲間に報いたいと!」

自分のことは一回も指さすことなく、紋章の覚醒者と無名の神を指してばかり。

己が恥ずかしい。

こんなに仲間を思いやっている人物の真意に気づくことなく、先ほどまで真実が知りたいと怒鳴り散らしていた自分はなんと浅はかか。

驚愕の表情を見せて驚くハチ。真意を読まれて驚いているか。別に恥じることなどない。お前のその気持ちは誇りに思うべきものだ。

「全て分かった。ハチの意志は汲む。後は私に任せよ。悪いようにはせん。……すまなかったな、無様な姿を見せた」

……良い出会いをした。

おそらく本能が槍を向けさせたのだろうな。我が王の道を阻むかもしれないこの男へと。

最後はしっかりと自分の意志で槍を引いた。

まさか私以上の器がいたとは。世界はまだまだ広いらしい。

――。

血を失い過ぎて一瞬意識が飛んでいた。

また意識が戻ると、目の前でリュウ様めちゃくちゃ怒っていた。かなり語気が荒れていて、鬼気迫るものがある。

嘘、なんで!?となったのも一瞬のこと。

考えてみれば、怒るのも無理はない。

伯爵と密談を結び、わざわざ遠方からこの子爵領にやって来た第一王子率いる王国軍。

英雄たちを送り出すための夜会まで開き、彼らは既に死ぬ覚悟も出来ていた。

魔獣戦で死ねば、遺族には生涯に渡って魔獣年金の手当てがある。しかも活躍度に応じて、残された家族が家の格をあげるなんてこともあるくらいのビッグビッグイベント。

見ようによっては、俺は彼らからそのとんでもないチャンスを奪ってしまったのだ。

あわわわわっ。

気づいたときには時すでに遅し。

怒りの籠った視線を向けるは、水の滴るいい雷王。

とんでもない責任を負わされるに決まっている。

すまないという気持ちはあったが、俺は瞬時に考えた。この責任を誰に押し付けようかと。

小物過ぎる我がワレンジャール家が背負いきれるレベルの問題じゃない。あのケチで俺並みに小物の父上のことだ。リュウ様が我が家に怒りを向けていますと報告を受けた瞬間寝込むくらいには神経が細い。

一家取りつぶしなんて甘い。姉上たちこそなんとかなるだろうが、我が家は財産も領地も取り上げられかねない。

ごめん!と心の中で呟きながら、リュウ様の問いに答える。

誰が魔獣を倒したか?それは――アーケンです。

紋章の覚醒者にして、実の父は盾持ち部隊の将軍様。実は血筋良し、才能良し、顔も良し。きっと世間の風当たりもいいだろうし、最悪伯爵様までもが庇ってくれそうな血筋だ。

悪いが、責任を擦り付けさせて貰う。

しかし、直後に襲ってくる罪悪感。

あんなに必死に戦った友人に責任を押し付ける気か!?と姑息な俺でも思うところはあった。

すぐに指の向きをかけて、静かな眠りにつくウルスへと指を向けた。

また驚きの声をあげるリュウ様。

それと同時に、また襲ってくる強烈な罪悪感。命を賭して魔獣討伐に協力してくれた偉大な神だぞ。生きようと思えば、まだまだ生きれた。それなのに、彼は覚悟を決めて、長い神の生を締めくくる舞台に魔獣討伐を選んだ。

そんな英雄に責任を擦り付けるだと!?

馬鹿か俺は。

今度はアーケンに指を向ける。友人に!?

ウルスへ向ける。死者を冒とくする気か!?

あまりにも情けない自分の行動。

俺は項垂れた。

バカやってないで、そろそろ白状しよう。幸いまだ口は開いていない。指の動きは、意志が朦朧としていて記憶にございません、という政治家から習った技を使わせて貰う。

リュウ様、正直に言います。そして責任は俺が負います。魔獣に止めを刺したのは――。

「お前の言いたいことは分かった。あっぱれである!手柄は要らぬと申すか!一緒に戦ってくれた仲間に報いたいと!」

はい?

ちょまって。

さっきの怒った雰囲気はどこへやら。

なんだか妙に納得し、スッキリした表情のリュウ様。

え?責任を負うのではなくて、褒賞の話だったの!?

時すでに遅し。

リュウ様は後は任せよと述べて、あの槍を引いた。

おそらく、動かない俺に魔獣の影響があるかと警戒しての行動だったのだろう。ああ、惨め。責任から逃れるために友2人を売った俺への罰として甘んじて受け入れよう。

魔獣戦、小物の醜い保身により、褒賞も無へと消えたのだった。

――。

その光景を見た瞬間、私は膝から崩れた。

空から降る大粒の雨なんて気にもならない。外の音が、次第に聞こえなくなるほど、私の心が目の前の光景に支配される。

「ああっ……なんてことだ……」

魔獣が出現した遺跡中心地。大粒の雨の中、事後処理に当たるリュミエールの部下たち。

その中心地にて、ボロボロになって横たわり、雨粒に打たれるたび未だ内部ショートを繰り返すゴーレムを見た。

「ああああああああああああああ!!どうしてだああああああああ!!」

「ろ、ロワ・クリマージュ様!?如何なさいました!?」

「うるさい!構うな!」

あああああああああああああ!!あああああああああああああ!!

ああああああああああああああああああああああああああ!!

くそっ、くそっ、くそっ!!

片手から血が流れるくらい、強く強く、何度も地面を殴りつけた。

なんで、どうして、何があった!?創造の神ノアの最高傑作がガラクタみたくあそこで、どうして横割っている!?!?

なぜ動こうとせず、崩壊を始めている!?

なぜだ。なぜだ。なぜだ。

創造の神ノアの最高傑作である、ゴーレム《ラズマ=グラディオス》。

学者どもを集め、大金と数年の時間を費やしてようやくこの遺跡に残されていることを特定したのが先月のこと。

どのように裏工作して《ラズマ=グラディオス》を発掘するか。もしくは子爵に圧をかけて、掘り出して貰うか。

いろいろと手を考えて、その下準備も開始していた。実際に私がこの地に来たのも、魔獣目当てなんかじゃない。

魔獣討伐のためと王立魔法学園に虚偽の休学願を出し、魔獣討伐の成功を祈ってリュミエールに頭を下げたのも、全ては神の最高傑作を隠すためのカモフラージュ。

それなのに、なぜ魔獣が既に倒されて、目の前にはガラクタと化した神の最高傑作が!?

あり得ない……。

いや、あり得ないんだ。バレるはずがない。世界中で《ラズマ=グラディオス》の存在を知っている者が何名いる?

私が知ったのが1か月前だぞ。情報が洩れたにしても、掘り出せる者がいるはずもない。

「それに、なぜ壊れている!!」

そこが一番おかしいのだ。

子爵の手に抑えられていれば、まだやりようはある。

どこぞの商人であれば、ことはもっと簡単である。

しかし、壊れているのだ。あの神の最高傑作が、目の前で既に動かなくなり、遺跡の廃棄物として扱われて始めている。

信じられないが、どう見たって現実だ。

驚きに支配されて狭まった視界も、次第に目の前の現実を受け入れることで広がっていった。

けれど、この現実は胸の奥を突き刺す鋭い棘となって痛みを与え続ける。

なぜ生命の神エルフィアと浪人を失った直後に、こんな大損失を!?ありえないだろ。

私の人生に一体何が起きている!?どこから歯車が狂い始めた!?

「あれは……」

そこで目にした人物に目を見開かざるを得ない。

ゴーレムの傍で、傷つき、雨を防ぐシートを被った少年。

ハチ……!!

ハチ・ワレンジャール!!

またああああああああああ、貴様なのかああああああああああああ!!

ブチブチブチ。頭部付近の血管が何本か千切れたのがわかる。

目が充血し、視界が少し赤くなった。

鼻から垂れるのは雨粒が作り出した水滴なんかじゃない。興奮で出てきた大量の鼻血であった。

乱暴に裾で血を脱ぎって、爪が抉り込む程強く拳を握った。

この物語の主人公は私のはずだ。私のためにある物語だ!なぜ立場をわきまえずに、小物が出しゃばる!貴様に役など無いはずだ!

夜会の夜、こいつを見た時に嫌な予感がしていたのだ。いつか足元をすくわれかねない予感。なんでこんな小物が。

……やはり知っていたのだ。こいつはどういう訳か、神の最高傑作の存在を知っていた。

そして敢えてそれを私の前で壊して見せたのだ。

なんの因縁があったのだ?

なぜクルスカの地でも、このローズマルの地でも私の邪魔をする!!

ハチ・ワレンジャール。お前は私に一体なんの恨みがあるというのだ!

エルフィアが人と繋がりがあるはずもない。となると、浪人か?しかし、あいつの家族は既にこの世にいない。二人の繋がりが見えてこない。

……くそ。理由が見えてこない。

お前は一体何者だというのだ、ハチ。名もなき存在ではなかったのか?私が見誤ったのか?

お前がわからない、ハチ・ワレンジャール!

「くそっ……」

思わず項垂れた。そこで脳裏に浮かぶあの憎き姉妹の顔。

そうか。あの姉妹か。ワレンジャール姉妹が弟に命じて私の邪魔をしたのだな。学園で言うことを聞かないだけに留まらず、弟を利用してまで私の邪魔を!

……王への道筋。次の手もあるにはあるのだが、既に手元の資金は尽きかけている。こうも早く計画がとん挫すると、損害だけが日に日に増していく。

母上の実家にも、贔屓してくれている大臣たちにもこれ以上は金の無心も難しいだろう。

ますますリュミエールの力が強まっていく。それに比例してこちらの状況はまずくなるばかり。

数年。数年、遠のいたぞ。このロワが王になる道が、数年も!

ハチ・ワレンジャール、カトレア・ワレンジャール、ラン・ワレンジャール。この代償は大きいと知れ。

リュミエールを手にかけるのが数年伸びた分、貴様らに手を回してやろう。

それがいい。

まずはあの小物からだ。

王へと昇る階段に転がるあの石ころ。まずはあれを蹴落としてから我が覇道は始まるのだ。