軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2話 貰えるものは貰っておけ

前世の人格が戻ってから、スポンジが水を吸収するようにこの世界の情報をギュインギィンと音がしそうなほど吸収している。

それで判明する。

なんと俺は貴族の家に生まれていたのだ。剣と魔法のある世界の貴族家に!

ただしその数1000をも超えるといわれる有象無象の男爵家。しかもかなり規模の小さい小物貴族の家だった。……一番あかんやつ!

大抵ざまぁされるポジションか、大物の金魚の糞として一生を過ごすか、はたまた鉄砲玉として散っていく存在。碌なもんじゃねえ!

前世、祖父が口癖のように唱えていた『鶏口牛後の教え』とは真逆!鶏口どころか、牛の糞くらいの臭いポジションだ。

数多の貴族と平和が齎した莫大な人口爆発に支えられる庶民が作る国家。成熟したこの社会で俺は、よりにもよって実に微妙な小物貴族のポジションを獲得したのだった。

まあこの事実を知って落ち込んだのはほんの数日。貴族は腐っても貴族だろうと明るく考えることにした。

落ち込んだその後は、この世界に魔法があることを知って、喜びの興奮状態が残念な生まれを上回った。

といいつつ、ここにも罠があったんだけどね。魔力の秘密がそれだ。

大昔、一人の天才医師が人間の体に必要のない臓器を見つけたところから話は始まる。

明らかに人の体に影響を及ぼしていないと思われていたその臓器は、今では魔力を生み出す最も大事な臓器『魔臓』として知られている。元の世界では盲腸に当たる部分にある臓器だ。

天才医師はその臓器が不要なものとは思えず、生涯を研究に捧げ、魔蔵が魔力を生み出すことを突き止めた。

いわゆる『魔力革命』によって、この世界は著しく発展を遂げ、文明が発達し、今では成熟期にあり、人口の爆発的増加にも繋がった。

何が言いたいかというと、この魔臓というのが厄介なのだ。魔臓の強さによって、魔力がどれくらい生み出せるかが決まるというのに、努力によって魔臓の強さが変わらないという残酷さ。しかも遺伝による影響が大きく、我が両親の魔臓は中の下程度の強さである。ああ、無常。

バンバン魔法を駆使して、異世界で好き放題やってやるぜ!という野望はまんまと潰えた。まあ、もともとそんな気概はないんだけどね。魔法を好き放題使うには、他にも大事な縛りがいくつかあるんだけど、それはまだまだ先の話なので今はあまり気にしていない。

とにかく、10歳まで育つといわれている魔臓がどんどんと大きく強くなるよう祈って、先の楽しみとしておこうと思う。

「ハチ様-!前に約束したマグカップができましたよ」

これこれ!

異世界だ、魔法だ、そんなのは後回し!

今は俺専用に作られたマグカップの方が大事。『ただ』で作ってもらえたところが、非常にポイントが高い。

丁寧に包装までしてくれたクロンは、こちらの反応を待つようにニヤニヤと様子を伺いながら傍に控えていた。

箱に詰められたプレゼント。開けやすいようにリボンまでつけてくれたので、端をそーと引っ張って開封した。

わしゃわしゃと詰められた割れ対策用の紙をどかすと、どこには水色のマグカップがあった。空を思わせる気持ちの良い色合いで、取っ手の横には可愛らしい猫が描かれていた。

「えっ!?」

「……どうしました?」

どうしましたって……これ。

「こんな素敵なもの、貰ってもいいの!?」

想像していた100倍良いよ!

一瞬不安そうな表情を見せたクロンの顔色がぱーと晴れ渡った。

「ふふっ。気に入って頂けてクロンもうれしい限りです」

「気に入らない訳ないよ!絶対に大事にする。丁寧に使って壊れるまで毎日使う!いや、壊さない。もう一生これでいい。僕は今後このマグカップ以外では飲み物を飲まないから!」

「そんな大げさな。でもありがとうございます」

クロンはくすくすと笑いながらも、頬を赤くして嬉しそうにしていた。素敵だ。なんて素敵な人なんだ。プレゼントを貰ったのはこちらなのに、なぜかお礼を言われた。ただで貰ったんですよ!?

「クロン、ありがとう!クロンと知り合えて本当によかったよ!」

今後も何か下さいという念を込めて、精一杯感謝を口にした。

「はい、クロンはハチ様の傍にずっといますよ」

「うん!」

頼んだよ、ほんと。

「そういえば、今日は旦那様がお戻りになられていますよ。こんばんは家族での食事会となるようです。今日はハチ様と一緒に食事をとるのは難しそうです」

最近はずっとクロンが一緒に食事を摂ってくれていたが、今日は家族の集いがあるみたい。

「せっかくマグカップを貰ったのに。……でも、みんなに自慢する機会だし、いいかも」

「ふふっ、目の肥えた旦那様や奥様にはあまり関心されるようなものではないかもしれません」

そうかなぁ。そうかもな。

うちの両親ものを大事にしないタイプだし、これがただで貰えたと知ったところで感動しないかもしれない。てか、しないだろうな。

クロンとマグカップの喜びを分かちあいたかったが、それはまたの機会に取っておこう。両親と会う機会は実際少ないので、たまには顔を見せないと。まだ5歳とはいえ、この縁の薄さ。俺に前世の記憶があって大人な心を持ち合わせていなきゃ、将来関係性が悪化して息子に刺されてお家騒動なんてこともあり得そうだ。

夕食は家族全員が集まるということで長机のある一番広い食堂が使われた。

久々に見る両親と、二つ年上の双子の姉たち。

双子の姉は二卵性双生児なので、顔は似ていないが、二人ともかなりの美人さんだ。ちなみに、どちらも俺とも似ていない。どゆこと!?

姉達にはそこそこ可愛がって貰っているが、二人はこの家期待の星なので関わる時間は少ない。

我が家は伯爵様の広大な領地にある小さな街の統治を任されている小物貴族だ。そんな伯爵様の領内には将来を渇望される若き才能が集まる私塾がある。

すでに魔法を使うための下地が出来上がっている双子の姉は、伯爵様公認の元その塾に行っているため、実家にはほとんどいない。

両親もかわいい盛りの娘を二人も持っていかれて寂しいだろうが、伯爵様に取り入るためにも子供の出世は必須となる。幸い優秀な子に恵まれて、我が家は結構安泰といえる状況にある。父母よ、寂しいだろうが頑張れ。

「家族がこうして久々に集まれたこと、嬉しく思うぞ。カトレア、ラン。伯爵様より、二人の活躍を耳にしている。変わらず精進するようにな」

「「はい、お父様」」

顔こそ似ていない二人だが、息はぴったり。

カトレア姉さんは、高貴で洗練された印象で、この小物貴族家に生まれたとは思えない内から出るオーラが凄まじい人だ。

一方で、ラン姉さんは神秘的で静かな美をうちに携えるお淑やかな美人。二人違って二人とも良い。実際かなりモテるらしく、伯爵様の嫡男との縁談も上がっているとかいないとか。事実だった場合、どっちが本命なんだろう。気になる……。

「それとハチ。お前の年頃だとまだよくわからない話だろうし、将来的に反発することになるかもしれんが、大事な縁談が決まった。今日はそのための食事の席ともいえる」

縁談!?ま!?5歳ですよ。

そりゃ貴族だし、政略結婚の類は覚悟していたが、こんなにも早いとは。

「今はわからずとも、大人になればわかる。相手は素晴らしい家のお嬢さんだ。いずれこの父に感謝することになろうぞ。カトレアとランの活躍が噂で広まっており、縁談が多く舞い込んで来ていることは皆知っておろう。ハチ、お前はそのおこぼれに預かることになったのだ。子爵家の三女だが、由緒正しきローズマル家のご令嬢だ。これ以上ない縁談だと思って良い」

我が家は小さな街を統治する弱小男爵家だ。

そんな我が家が子爵家の三女を嫁に貰える。それも優秀な姉二人に隠れた味噌っかすみたいな息子なら超儲けものだろう。

子爵家との縁も深まり、めぐりめぐって俺が子爵家の領地を任されることにでもなろうものなら両親は笑いすぎて顎が外れることになるだろう。

子爵家も俺なんかに娘を渡したくはないだろうが、姉二人は優秀過ぎて子爵家では手が出ない。ならば、せめて誰にも相手にされないであろう俺を捕まえに来たか。なんと賢い戦法だろうか。

そんな道具として使われているこの身だが、ご心配は要らない。

「ありがとうございます!父上!」

この感謝の言葉に、真っ先に驚きの表情を見せてきたのが双子の姉だった。

いつもわがまま放題だった弟が、二人もまだ実感の湧かない将来の縁談に満面の笑みを浮かべてお礼言っているのだ。

たしかに不気味だ……。

「……ハチ、良いの?」

「はい!」

カトレア姉さんの言葉に快諾する。

貰えるものは貰っておけ。それは物に限らない。嫁もタダで貰えるなら貰っておけ。しかも子爵家のご令嬢と来た。これ以上ない物件だろう。ひゃっほー。

こちとら、前世は嫁探しで本当に苦労した。

婚活や結婚相談所にいくらお金をつぎ込んだことだろう。大の節約家の俺でなくても、この苦労は二度と味わいたくないものだ。

しかもそれでようやくゲットした恋人も、節約生活に嫌気が去って出ていってしまった。その時、大事なことを学ばせて貰ったよ。節約は自分の楽しみでやるものであって、他人を巻き込んだり押し付けてはならないと。

そんな俺の苦労に、ようやく出会いの女神様が微笑んだのだろうか。なんとほとんどかかわりのない優秀な姉たちのおかげで、いいとこのご令嬢を許嫁に貰えることになったのだ。買ってもない宝くじに当たった気分である。これが感謝せずにいられようか。いや、無理だ。サンキューと叫ばせてくれ。

「サンキュー!!」

「……ま、まあハチが良いなら良かった。これで唯一の憂いも無くなったな。わっははは、我が家は安泰ではないか。優秀過ぎる二人の娘に、ローズマル家の娘を貰えた息子。ふむ、皆杯を取れ。乾杯しようぞ」

酒を飲む年齢でもないので、クロンから貰った大好きなマグカップを掲げてともに祝った。

家族と久々に会えて、しかも姉のおこぼれも貰えた。最高の夜じゃないか。

一家団欒を楽しんでいると早くも夜が更けた。父と母がまだ飲み続けているので、先に食事の席をはずそうと思って部屋に戻る途中。重なった声で呼び止められた。

「「ちょっとこっち来なさい」」

後ろから姉たちが近づいてきており、呼び止められたのだ。

大恩あるお二人だし、そもそも姉上なので無視はできない。どうしたのかと尋ねながら振り返った。

「「ふーん」」

一通り俺を観察した後、カトレアとラン姉さんはお互いの顔を見合わせた。

「ランどう思う? 見た目こそ可愛らしい弟だっけけれど、今は中身までなんか可愛いわね。あの憎たらしい性格はどこへ行ったのかしら」

「同意ですわ、カトレア。これじゃまるで別人みたいですね」

凛々しいカトレア姉さんと、慎ましいラン姉さん。口調こそ違う二人だが、言っていることは同じだ。

げっ、勘の鋭い二人。伊達に優秀だとか騒がれていないな。

ここで奇声でもあげて逃げ出せば、やっぱりあいつは変わらず変なやつだったなとなって丸く?収まりそうではあるが、今後のためにも取りたくはない手段である。

「へへっ。クロンの教育のおかげですよ」

「クロンって誰かしら?」

「知らないわ」

二人にクロンのことを紹介しておいた。面倒見がよくて、マグカップをただでプレゼントしてくれるとても羽振りの良い人である!

「「ふーん」」

また声をそろえた二人がお互いの顔を見合わせる。

「「私たちにも頂戴」」

「へ?」

何のことかと思ったら、食事の間中ずっと、俺の使っていたマグカップをかわいらしいと思っていたらしい。特に猫の絵がお気に入りだとか。

「赤」

「白」

どうやらご要望の色らしい。

「同じ形でいいの?」

「「うん」」

可愛いマグカップを欲しがるとは、二人も意外と子供っぽいところがあるじゃないか。

「クロンに頼んでみる!」

「「うむ」」

二人で俺の頭をなでなでして、満足したように帰っていった。

兄弟仲もこれでますますよくなったみたいだ。

2人のマグカップには何の絵を描いておこうか。熊とウサギ辺りにしておくか。

――。

少し癖っけのある茶色い髪の毛。切れ長の目とほほの真ん中に綺麗なホクロ。モチモチのお肌。将来イケメンになるであろう弟は、今はそこにまだ幼さが残っており可愛いことこの上ない。

ただし、それは見た目だけの話。

つい先日までは、この弟を『寝ている間だけ天使』とランと別名で呼んでいた。起きるとデビルになるのだ。

性格はびっくりするくらい悪く、使用人が何人もやめるほどの厄介者。伯爵の私塾に通って多くの貴族と関わってきたけれど、ハチもそこにいる厄介者たちと同じ。下手したらそれ以上の曲者だ。

ランと洗脳の本を買って読んだこともあったけれど、そうならずに済んで心底安心している。

どうやらクロンという優秀な使用人のおかげで、弟の性格はすっかり矯正されてしまったらしい。

我がままさも消え、癇癪を起すこともなくなった。

それどころか、驚かされたのは、あの縁談の話が出た日の行動。

私とランは魔力と魔法の才能に恵まれ、それゆえに多くの貴族から縁談が舞い込んで来ている。初めてその話が出たのは、ハチと同じくらいの年齢だった。私はあまりの驚きに泣いてしまい、ランは熱を出して寝込んでしまったのを覚えている。

それなのに、あのハチは喜んで受け入れたのだ。素直な返事に、感謝の気持ちまで添えて。

相手はあのローズマル家の娘だ。私とランは伯爵領に行ってようやく貴族の格というのを理解した。

父が自慢げにハチとローズマル家の娘との縁談を取ってきたと喜んでいたが、あれは父が正しい。

我が家みたいな小物貴族が、あんな家格の家の娘を許嫁に貰えるなんて奇跡みたいな話だ。

けれど、ハチにはわからないはず。外の世界も、貴族のしがらみも知らないのだから。

なのに、あの子は笑いながらお礼を言ったのだ。

感心したというよりは、純粋に驚いた。きっと癇癪を起し、暴れ出すと思っていたからだ。ランも同じみたい。弟の変わりように首をかしげていた。まるで別人みたいだ。

私たちが弟に興味を惹かれるのも無理はない。

あんなに大人びた姿を見たことがなかったからだ。寝ている間だけ天使のあの子が、今では目を開けていても天使に見える。

なんだか一人で声をかけるのが少し怖かったから、ランを見つめたら、ランも声をかけてみたくなっていたらしい。私たち姉妹は考えることがいつも同じだ。

自室に戻るハチを捕まえて、二人で話しかけてみた。

……やはりどこか雰囲気が柔らかい。

マグカップが欲しいと頼み込んでみれば、クロンに頼んで作ってくれるらしい。そっちも楽しみだけど、今はそれ以上に楽しみなことができた。

「ラン、今度帰って来た時はハチとの時間を沢山作っておきましょう」

「カトレア、同じことを考えていたわ」

私たちはいつも考えることが同じだ。