軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 閑話 推薦状

「まだ見つかりませんか?ここに来ている若い貴族だと思われるのですが」

「すみません。まだ誰かわかっておりません」

大司教から自然と溢れるプレッシャーに鬼教官『ゼニス』は俯いていた。相手の迫力が凄すぎる。いや、ゼニスが勝手にプレッシャーを感じているだけかもしれないが、それも無理からぬこと。

大司教はこの国で最も信仰の厚い『激情神の教え』を教え広めている組織のトップである。教えの信仰者数は3000万人を越えると言われており、その影響力はヘンダー伯爵家にも劣らない。

今回の秘密の来訪も伯爵含め極少人数にしか知られていない。

そんな大人物が自身を急かして来るのだ。プレッシャーを感じるのが自然だった。

「しかし、なぜ名乗り出ないのでしょう。彼の行いは素晴らしきものです。この話を聞いたとき、彼こそが真の教えの実践者であると思いました」

「はあ……。確かクラウス様の名前を使い、女性を助けたんでしたっけ。大司教様がたまたまその一部始終を見ており、感動なさったと」

ゼニスは考え込む。少し違和感を覚えるからだ。

「その通りです。彼には我らが教えの信徒になって貰います。いずれは迷い彷徨う民を導く指導者に育て上げたい。彼にはその資質と資格があるのですから」

幹部として育て上げたという意向があると。

「……今更ですが、ここにいる者ではない気がしています」

「なぜ? 状況を考えるに、この合宿に参加している者で間違いないと思いますが」

「お言葉ですが、大司教様は貴族の子供がどういうものか理解しておりません」

少し怯えながらゼニスは意見を述べた。

大司教は表情を崩さず、続きを促す。

「やつらは甘やかされて育ち、はっきり言って性根が曲がっています。自身の手柄でなくとも手をあげる連中です。その証拠に既に3人も自分だと名乗って来たでしょう」

「……ふむ」

実際、その件は自分がやったと既に3名も嘘をついて報告に来ている。

大司教がその時の詳細を尋ねると、全員質問には答えられなかった。雰囲気も声の感じも違い、偽物だと判明するのにそう手間はかからなかった。

「それなのに、手柄をあげた本人が未だに名乗り出てきません。これはすなわち、ここにいないからです。今回集まった連中も似たようなものです。特権意識に染まり、自分を特別だと思っている。合宿でそこのところを叩きなおしてやるつもりです」

「なるほどな……」

大司教は残念そうな表情を見せ、俯き目を閉じた。

少し間を開けて、最後の頼みだと口にする。

「どうしても諦めきれないのだ。なぜ名乗り出ないのかはわからないが、本当に長年切望した私の後継者候補なのだ。……なんとしても見つけ出したい。適当な理由をつけて金を出すと伝えてくれ。偽物が増えるだろうが、全部審査しよう」

「大司教様がそれで良いと言うのなら……」

ゼニスは絶対にここにいないと決めつけているが、こんなに真摯に頼む人を突っぱねるわけにもいかない。

「さっそく明日の朝から伝えましょう」

「ああ、待っているよ」

「どうか、あまり期待せずお待ち下さい……」

いないとは思っているものの、任された仕事はキッチリと行うのがゼニスという男である。

朝食で集められた合宿生たちを前に、大司祭から頼まれていた件を告げる。

「すまない。皆聞いてくれ。昨日の今日でまだここに慣れないだろうが、少し大事な要件だ。全員揃っているか?」

皆背負っているものがあるので例年通り誰も逃げ出してはいないが、アーケンが手を挙げた。

「ハチがいないみたいっしょ」

ハチ……。

そういえば、掃除当番の罰を与えていた。この場にいないということは、真面目に仕事をやっているようだ。

待つか考えてはみたが、いやいや。あれはない。初日から悪さを起こすあのハチに限って……。うん、ない!

「ああ、あいつは大丈夫だ。ここにいるみんなだけで聞いてくれ。二日前だな。街中でクラウス様の名を出して女性を救ったやつがいると話だだろう。大司祭はその行いに大層感動している。名乗り出れば金まで出してくれるという羽振りの良さだ。なぜ黙っているのかは知らないが、悪い話ではないことはこのゼニスが保証する」

今度こそ名乗り出るだろうと思ったが、やはり出なかった。

やはりそうだ。

結論は、この場にはいない、ということになる。

大司祭様はがっかりするだろうが、鼻からいないと思っていた。

自分の考えが正しいことが証明されたのだ。

「まあいないなら仕方ないよな。大司祭に再度伝えておく」

言い終わったときに、ふとハチのことが頭を過った。

完璧な仕事をきたすなら、ハチの答えも確認するべきだ。しかし、首を横に振る。

「いやいやいや、あれはない。あれだけはない」

自分を納得させるように、ぼそっと呟くゼニスだった。

訓練が始まった頃にはハチも戻ってきていた。朝食の後に指定した掃除個所を確認すると、まるで新品に作り替えたかのようにきれいになっていた。

驚きのあまり触ってみるが、やはり新品っぽい。

もともと日が当たっていない場所なのでそれほど劣化していなかったのか?とか思ったが、答えは出ないままだった。

そしてやってくる地獄の訓練。

毎年、貴族の子弟たちが自身こそ伯爵様から認められた存在だと鼻高々にやってくる。しかし、それは真実ではない。

人の才能とは、スキルや魔臓才能値からだけでは見えてこないものがある。これはかつての賢者が残した言葉から来る教えである。芽が出るかもしれないという可能性に駆けて、見込みのありそうな連中をあつめているだけであり、開花するかどうかはこちらも全く分からない。

伯爵からはとにかく厳しく鍛え上げろとだけ言われているので、毎年彼らの鼻をへし折ってやることにしている。結果が出ずとも、これがきっかけで大人しくなり、立派な貴族になってくれれば御の字だ。

今年も厳しくいこうと厳しい言葉を並べる。

9割が顔色を悪くし、吐き出す者、失禁しだす者も現れる。

急激な環境の変化。俺からの罵倒。目の前に聳え立つ崖。これらがあわさり、毎年合宿生を絶望へと叩き落す。

その中でも動揺しないやつも当然いる。毎年いるんだ。肝の据わった連中が数人。

ローズマルの地からやって来た噂のアーケン。

こいつは当然ビビっちゃいない。それどころか、初日が楽過ぎたと口にしていた。大したものだ。

そして同様してないメンツに、なんとハチもいた。むっ。

やけに目に付く小僧だ。

あまりタフなタイプではなさそうなのに、全く怯みも恐れもない。

まあ、流石にあの天才姉妹の弟なだけはあるか。

そして、何を思ったのか、自分の為になりそうにないことを申し出始めた。

申し出はこうだ。

自分とは違い、希望せずこの場に来させられている人もいる。だから、やる気が出るように何か褒美を寄こせというのだ。

意外と仲間思いなのか、それともただ欲張りなのか……。

その申し出に面白さを感じたのと、今朝の凄すぎる掃除への褒美として交渉を受け入れた。

全く、不思議と目立つ男だ。

ちょうどいいタイミングだったので、告げておく。歴代の最高タイムを。

縁があるのがまた面白いのだが、歴代最高タイムはハチの姉二人だ。

伯爵のタイムこそ最高だと告げているが、あれはフェイクだ。偽のタイム。伯爵様は、その絶大なる権力とは裏腹に、それほど優秀な方ではない。それを随分と気にしているようで、昔からこうして自分を盛る癖がある。

俺からすれば、伯爵は他人の才能を見つけ出すのが上手な方で恥じる必要などないのだが、本人はバリバリの出来る系を目指しているのでどうもギャップを感じて辛いようだ。

なので絶対に破られない伝説の崖登りタイムが生まれてしまった。

実際はワレンジャール姉妹が一位だが、残念ながらそれは教えてやれそうにもない。

訓練の開始を告げ、一足先に飛竜に乗って到着を待つ。

ワレンジャール姉妹が異常なだけで、例年であれば大体10分前後で一位が到着する。あまり急がずとも大丈夫だが、そこは仕事だ。

まっすぐ頂上まで飛び、到着を待った。

記録装置を見ると、3分ほど経過している。7分ほど暇にはなるが、まあ景色を楽しむにはちょうどいい。

少し近くでガサゴソと音がしたが、人が登ってきている訳もない。石でも落ちたか?誰かに当たっていなければ良いのだが、当たってもそれは仕方ない。それが運命だ。

なんてことを考えていると、ヒョコっと顔を覗かせた者がいた。

ああん!?

「ハチ、なんでお前がここにいる!?」

そういう特訓であるにも関わらず、なぜいるのかと尋ねてしまった。

しかも記録装置を見ると、ちょうど伯爵様の偽タイムを更新している。

……あり得ない。あり得ないことが起きている。

当然、真っ先に不正を疑ったが、飛竜を使った自分が今し方到着したばかりである。不正ですら、あり得ない速さだ。

ワレンジャール姉妹が6分台で登り切ったとき、俺は少し落ち込んだ。この世には、本当に理解の追いつけない天才がいるんだと現実を突きつけられた感じがして。

けれど、この悪ガキのハチは、4分台だ。天才の姉たちより2分も早く登り切り、伯爵様が考えた絶対に破れないであろう偽タイムまで更新してきた。

不思議と、俺は笑った。ゲラゲラとは笑わなかったが、顔に笑みが浮かんだのが分かる。

不思議とこの小僧から目が離せない。

天才を目にして、一度自分の可能性をあきらめかけていた俺に、この小物だと思っていた小僧が魂を燃え上がらせにやってきた。

ここにいる連中は俺と同じ、魔臓才能値の大したことない連中だ。それなのに、天才の姉たちより早く登って来た。どうやったかのは知らない。けれど、ハチが教えてくれた気がした。この世に不可能はないのだと。

小物のハチか……。いいや、超大物のハチ。俺はこいつのことを忘れないだろう。

こういうことはあまり好きではないのだが、この日の訓練が終わってから、俺は自然と書斎に足を運んでいた。

手紙を書くのはいつ以来だろうか。長年世話になった恩師へと綴る一枚。

その手紙にはこう記されていた。

『先生お久しぶりです。お元気でしょうか。あまり気の利いた話も出来ませんので、用件だけをお伝えします。近く、あのワレンジャール姉妹が王立魔法学園に入学し、そちらも忙しくなることでしょう。私もあの姉妹を指導した日々を懐かしく思います。初めこそ、その規格外な存在に戸惑いましたが、今ではどれもいい思い出です。けれど今回伝えたいことは、ワレンジャール姉妹の弟についてです。姉妹に隠れて小物と思われている男ですが、非常に面白い男です。2年後、そちらに向かうと思います。不出来な私とは違い、きっと先生のことを楽しませてくれるでしょう。彼の名前はハチ・ワレンジャール。この名をお忘れなきよう。それでは先生、御達者で。ゼニスも変わらず日々精進に励みます。

王立魔法学園 学長 グラン・アルデラミン様へ 弟子ゼニスより』