軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

143話 領地を贈ろう

なんていうか……ノエルとの感動的な再会は素晴らしいものだったのだが、それの後は意外というか……結構あっさりとしたものだった。

飛び込んで来たノエルを抱きしめて、クルクルと何度も回った。嬉しさに任せて、ただただこの時間の幸せを存分に全身で味わい尽くす。

ノエルを下ろしてやると、その顔は随分とスッキリしたもので、逆に少し驚かされた。

泣き崩れるパターン、怒るパターン、その他いろいろ想定していたのだが、まるで二日ぶりくらいの再会の御様子のノエルにこちらが少し戸惑う。

あ、あれ?

「ノエル、また会えて嬉しいよ。でも、なんていうか……ノエルは全然平気そうだね」

「もちろんですよ。誰よりもハチ様にお会いしとうございましたが、それでも私は誰よりもハチ様の理解者です。ハチ様が死んだという噂を信じるはずがありません」

やっぱりこっちが泣いちゃいそうだ。

俺はなんていう素晴らしい婚約者を持っているのだろう。姉上たちの助言に従い、まっ先にノエルの元に戻って来たことは正しかったようだ。ありがとう、姉さんたち。

「絶対にまた会えると思って日々を過ごしておりました。ほーら。またこうして会えたでしょう?」

「そうだね。全部ノエルの言う通りだ」

思えば、ノエルはいつだって俺のことを信じてくれていた。

なんでなんだろうな。彼女には、少しだけ先の未来が見えているのかもしれない。ちょっとだけ明るい未来が。

それならば、もしやこの小物の将来にも少しばかり期待しても良いのでは? という明るい気分にもさせてくれるのだから、ノエルというお人は本当に素晴らしいお方だ。

「ハチ様は、私がめそめそと泣いて出迎えた方が嬉しかったですか?」

そんな訳ないな、とすぐに思った。

やっぱりノエルの手のひらの上だ。

「いいや、最高の出迎えだよ。ノエルのいつも通りな笑顔を見られて、俺は今最高に気分が良い」

「そうでしょう。ノエルは誰よりもハチ様の理解者なのですから」

少し誇らしくしている。

俺のことに詳しいだなんて、なんの自慢にもならないと思うのだが、彼女が嬉しそうならそれでいいや。

「手紙、全部読んだよ。姉さん達から受け取ったもの、戻る道すがら全部読んでみた。ノエルらしい、素敵な内容ばかりだった。手紙のおかげで会えなかった数年を感じさせない程、ノエルのことを知っているよ」

「とても嬉しいです。カトレア様とラン様に感謝をお伝えしなければ。お二人とは先に再会なさったんですね」

「うん。あの二人だよ? 世界の果てにいようと探しされるよ」

「ふふっ、違いないですね」

やはりノエルも同じイメージらしい。

規格外の天才が二人、しかも息ぴったりなんだもん。なんだって可能だよ、あの二人が力を合わせれば。

「でも世界を旅するんだってさ。次に会えるのはいつになるだろうか?」

自由の代名詞みたいな二人だ。それこそ数年会えないなんてことも普通にあり得そうだ。そう考えると、もっと二人との時間を大事にすればよかったかもしれない。ちょっとだけ寂しくなった。

「心配しなくとも、必ずまた会えますよ。寂しがるよりも、二人との再会を楽しみに思うことにしましょう」

「……ノエルらしいや」

考え方ひとつで随分と気持ちが違うことを教えてくれる。

馬鹿な婚約者がいなくなった間も、彼女はこうして待っててくれたのだろう。なんと偉大なことか。

姉さんたちがやたらと高く評価するノエル、俺は彼女の偉大さの片鱗しか知らない可能性が出て来た。

小物の嫁、小物とは限らず。そんな格言を残させて頂く。

んで、もう一つ意外な出来事があってさ……。まあこっちは別に嬉しくないんだけど。別に嬉しくなんかないんだから! みたいな感じじゃなく、本当に嬉しくない。

観劇のフィナーレと俺たちの再会に盛大な拍手を送ってくれていた観客たち。協力してくれた一座の皆にも感謝を伝えたいと辺りを見回すと、人垣を割って走って来る人物がいた。

その顔を見間違えるはずもない。

瞳から溢れる大粒の涙。鼻から溢れるドロドロの鼻水。気品に溢れたその服装とアクセサリーに反して、感情剥きだしてやってくる。

ステージ上まで上がってくると、走って来た勢いそのままに俺の胸へと飛び込んで来た?

おもっ!?

「うおおおおおおお、心の友よぉ!!」

誰?

誰が心の友だって?

ちょちょちょっ。鼻水も涙も、全部俺の服で拭っちゃってるからね、これ。

おそらく歓迎されているだろうから悪い気はしないが、まさかノエルに続いて飛び込んでくるのがクラウスだとは。

彼には追放された身だと思っていたのだが、取り巻きを追放されて、友に昇格していたらしい。時間の経過は偉大なことだ。なんか知らんうちに次期伯爵様のご友人ポジションに成り上がってしまった。

「クラウス様、親友のハチ・ワレンジャール、ただいま戻りました。なにやらお困りごとがあると伺い、居ても立っても居られずやって参った次第です。」

困りごとなんてあるかどうか知らんが、クラウスのことだ。多分あるやろ。ついでに親友にまで昇格させておいた。隙あらば全部頂いていく、これが小物流だ。

一座の観劇に参加させて貰って、遠くからノエルのことをずっと伺っていた。その時に近くでチラチラ見えていたクラウスの姿でようやく「あ、あいつもいたなぁ」くらいの記憶だったのだが、あたかもクラウスのために戻ってきたように装う!

くくっ、バレなかったらええねん。こういうのは。

「うおおおおお、やっぱりハチだ。僕にはハチしかいないんだ。ずっと君に助言を貰おうと思っていた。どいつもこいつも使えないやつばかりで! ハチならきっと答えを出してくれるんじゃないかって!」

……あかん。思ったよりも困りごとが大きそう。

普通に帰ろうかな?

ノエル連れてとっとと実家の方に戻ろう。うん、それがいい。

「クラウス様、順序を間違いました。まずは婚約、おめでとうございます。実はこのハチ、その祝いでやって来たんです。そうでした、そうでした」

「なんと! 領民や、高貴な方からも多くの祝いを貰ったし、グラン学長からも祝いが届いている。しかし、親友からの祝いがなんだかんだ一番嬉しいよ」

いいえ、ビジネスフレンドですよ。今月のお友達料まだ頂いておりませんよ? サブスク式なんで支払いが滞るとサービスも自動解約になりますので、お気を付け下さいな。

「でしょうね。俺もノエルとの婚約式典の際には、クラウス様からのお祝いがきっと一番嬉しいはずです。観劇も楽しまれたようですし、贈り物は成功でしたね。では、俺とノエルはこれ以上目立ってもあれですので、退散致しますね」

ノエルの手を引いて、厄介な場所から逃げようとすると、同時に二つの声が上がった。

「待ちな!」

「待った!」

1人はクラウス。もう一人はというと、劇団の女座長の声だった。この数日お世話になってたんだよね。

煙管を手にして、ステージの上、梁の部分と柱にもたれかかって月を眺めているようだが、意識はちゃんとこちらに向いている。

見上げるとずっと見える場所にいたらしいのだが、みんな今その存在に気づいたようだった。

「誰ですか?」

ノエルの質問に答えることにする。

経緯も話すと少し長くなるのだが、まあ端折り端折り話していこうと思う。

「助けて貰った劇団の座長殿だ」

港町アサギリであれだけ路銀を稼いだというのに、なんと俺はそうそうに行き倒れになってしまっていた。理由は路銀が尽きて、空腹に苦しんだから。何と言うことか。一か月も持つと思われた俺の路銀は、1週間で尽きてしまったのだ。

それでもノエルに早く会いたいという思いを優先して旅の足を急いでしまった結果、路肩に無様に倒れる結果となってしまった。なんという不甲斐なさ。反省しております。今後は計画的に食料の量を計算して食べます。

そんな俺を拾ってくれたのが、今回の婚約式典に招待された旅の一座であった。ご厚意で拾って貰い、食べ物を分けて貰い、風呂にまで入らせてくれた。なんと親切なお人たちか! と思ったのも一瞬のこと、腹いっぱいになった俺を見て、あの女座長が悪い顔を浮かべて目の前に現れた。

「あんた、あたし達旅の者の大事な食料をそれだけ食べて、まさかすんなり帰れると思っちゃいないだろうね?」

え、えええええ……。

ようやく気付いたのだ、俺はとんでもなく高くつく『ただ飯』を食べたのだと。

払えるものも持っていなかったし、実家は四捨五入すると平民に入れられかねない小物貴族家。それでもやんごとなき高貴な知り合い(ノエル)はいますよー、おほほほほっと示唆する。だからもう少し食べさせてくださいなぁって交渉してたら了承された。

その約束を失念していたが、いよいよ徴収のときが来たらしい。

素敵な観劇の主人公もやらせて貰ったし、ここは父上にお願いして相応の褒美を取らせようと思う。高くつくとは思うが、いずれ父上に補填するので許して頂けるだろう。

「まさかやんごとなき高貴な知り合いというのが、あのクラウス・ヘンダーだったとはね。恐れ入ったよ、ハチ。さて、支払いの時間だよ。あんたに貸した分、随分と利子が膨らんでいるよ? どう返して貰おうかね」

「貸しだと? いかにもケチな連中が考えそうなことだ。貴族にたかろうだなんて、良い度胸だ。約束を貴様らの命事消し去っても良いのだが、今日は大事な婚約式典で、親友とも再会できて気分が良い。要求をとっとと言え。支払ってやる。僕はハチとまだ話すことがあるんだ」

クラウス!?

お前、めっちゃ羽振り良いですやん。まさかこの借りの支払いをしてくれるなんて! 今月のお友達料の方はもういいからね。これの支払いでそっちのサブスクも更新しておくからね。

「これは、これは。流石は偉大なるヘンダー伯爵家の御嫡男ですな。では、うちらの要求をお伝えしましょうか。折角こんな大物と知り合えたんだ。無茶な要求の一つでもしてみようかね。……そうだねぇ、『領地』、なんて請求してみようか」

「領地だと?」

おいおい。

冗談でも笑えないやつですよ。駆け引きする相手は、本当に恐ろしい大物ですよ!

……けれど、ステージの幕を提げた梁の部分に座る女座長の表情は、別に冗談を言っていなさそうだった。

まじ?

「……ふん。小さく、それも不毛な領地であればくれてやる。それでよいか?」

「あら、言ってみるもんだね。定住の地があれば、うちらはなんだって構わないさ。伯爵家から頂いた領地を侵害しようとする愚か者なんていないだろうし、願ったり叶ったりさ」

「要件が済んだなら、とっとと消えろ。僕はハチとゆっくり話したいのでな」

「はいよ、我らがクラウス様の言う通りに。約束はしっかり守って貰いますよ」

女座長は梁の上から飛び降りると、速やかにステージから消え、片付けを行っている一座のみんなへと加わって行った。

え、ええ……。

領地って、言えば貰えるんですか? ごま擦って、クラウスの足と胸もついでにもみもみしてようやく貰えるものだと思っていたんですけど!? 流れに任せて俺もついでに言ってみようかな。

そうしたら、普通に貰えたりして……。

「ついでだ、ハチ。それにノエル嬢。ノエル嬢とは過去に少し揉めたこともあるが、それは忘れることにしよう」

はっ、とノエルの顔を見た。

クラウスと揉めたの!?

俺の驚きが伝わったのか、少しいたずらっ子みたいに微笑んだノエル。こっこわい者知らずなのか!?

そりゃ俺もクラウスには追放されちゃったけど、揉めたっていうのとは違うしなぁ。小物の嫁、本当に小物に非ず。という格言も残しちゃう。あんた大物すぎるよ、ノエル!

「君たちにも領地を授けようと思う。ワレンジャール家とローズマル家は長く我がヘンダー家に尽くしてくれている。その両家のご子弟、ご子女がいずれ結婚するのだ。その前祝いに領地を分けることを、父上も反対はしないだろうさ」

たっ、頼まずとも貰えたああああ。

え? 今日のクラウスどうした? 羽振りの良さが限界突破していないですか?

これが、大物ってやつですか……。恐るべし、クラウスという男。

友達サブスク、1年に延期しときますね。

「さっきのケチな連中にくれてやったとは違う。豊かな土壌を持った土地で、海風も吹き付ける、夏冬共に快適な素晴らしい土地だ。きっと気に入ると思う。僕もバカンスであの土地にはたまに行くんだ」

俺は、気づけばクラウスの手を取っていた。

「クラウス様!!」

「良いんだ、親友にこのくらいしてやれないでどうする。さっきも言ったが、我らは先祖の代より繋がりもある。それに今代でそのつながりはかつてない程に濃くなった」

「クラウス様!!!!」

あかん。クラウスのこと好きになりそう。

唐突に夢が叶ってしまった。

環境の良い豊かな領地を頂き、そこで小さいけれど、清潔で居心地の良い屋敷を立てて、静かにノエルと暮らしていく。領民を大事にして、ジジイになるまで平穏に暮らすのだ。それが俺の夢。

そんな素敵な夢が、クラウスの御機嫌一つで叶ってしまった。

「ノエル、聞いたか? 早速、屋敷を建てる計画を建てよう。どんな屋敷がいい? 外壁は? 部屋数は? 海の近くは塩害があるかな?」

「ハチ様、私はハチ様と一緒ならどんな屋敷でもかまいませんよ」

「それもそうか。俺もノエルがいれば、確かにどんな屋敷でもいいかも」

では、これで。

俺とノエルは将来の計画を立てる必要があるからねー、と逃げ出さそうとしたが、当然そうは問屋が卸さない。

「ちょっと待った! ハチ、まだ僕の相談が終わっていないぞ。領地は伯爵家に隣接する土地だ。これから、僕たちは一蓮托生。是非、領地の未来に関わる重大な相談に乗って欲しい!」

とほほほ。そうですよねぇ。

気づかないふりしていましたが、ただほど高いものはないとさっき思い知ったばかりです。きっととんでもない相談をされるんだろうなぁと、今からドキドキハラハラしていますよ。