軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111話 専門家チーム

「ふぁー」

天幕から出て、全身を伸ばしながら朝日を浴びる。

半分野宿みたいなものだったけれど、たまにはこういうのもありだ。

街の喧騒からは程遠い緑豊かで静かな朝。優しい朝日が目に入ってきて、言いようのない快感を覚える。

「ウィルバート隊長も鳥を扱えるんですね」

天幕から離れた場所で、鳥から伝書を受け取る隊長に向かって話しかけた。

猛禽類の脚にメモを結びつけると、それっ、と掛け声をかけて空へと羽ばたかせていた。鳥の扱いに手慣れている様子。どこかの獣臭い教師を連想させる。

「おう、ハチ。鳥は、連絡手段によく使うからな。目覚めが良さそうだ」

「とても良いですね。昨日は疲れましたので、おかげでぐっすり眠れました」

「頑丈なやつめ。それよりも、喜べ」

何事か? と思っていると、受け取ったばかりのメモを開く。

何が書かれているのか読む前に、本人から説明があった。

「魔獣らしき存在の正式調査が決定した。専門家チームが組まれ、王国側が力を入れてくれるらしい。一旦この件は辺境調査隊の手を離れ、我々は危険から解放されたという訳だ。流石に、あのレベルの脅威相手に隊員たちを巻き込むのはどうかと思っていたから、良い報告が来て喜んでいたところだ」

「随分と隊員思いなんですね」

「そりゃな。だてに隊長やっている訳じゃないさ」

なるほど。これはだてに副隊長殿から好かれている訳じゃないと。ふむふむ。これがモテる秘訣ですか!

「俺は魔獣と戦う者たちに敬意を示している。彼らは皆英雄だ。けれど、魔獣を恐れる者たちを無理に戦いに向かわせるなんて考えはない。戦えない者のために、俺みたいなのが日々訓練しているんだからな」

「そんな格好良いセリフは俺の前じゃなく、隊員たちや、特に副隊長殿に聞かせてあげてください。人望ポイントが上がりますよ」

「ふふっ、お前は計算できるタイプだったのか。あまり、そうは見えないがな」

俺はめちゃくちゃ計算高いタイプですよ?

危険からは真っ先に逃げ、美味しい話には真っ先に飛びつく。小物とはそういう生き物です。

「でも、本当に朗報ですね。大鍋が目的なので、魔獣調査は全面的にお前たちに頼んだ! とか連絡が来たらどうしようかと、すこーしだけハラハラしていました」

「そんなやつは普通、ぐっすり眠れないんだけどな」

それはそう。

本当に一瞬だけハラハラしていた。一瞬だけ。その後すぐにやっぱり考えるだけ無駄なので、すぐに寝た。そして大鍋の夢を見た。

隊長と話し込んでいると、隊員たちも起きて来た。

俺たちの嬉しそうな様子に、何事かと尋ねて来る。

ウィルバート隊長が俺にした説明をすると、皆が同じようにほっと胸を撫でおろした。やはり少し不安に思っていたらしい。

それも無理はない。俺は一度本物の魔獣と遭遇していることもあって、あの底知れぬ恐怖にほんの少し耐性がある。辺境調査隊のみんなは訓練された人達だが、あればかりは実際に遭遇して耐性をつけないと慣らす方法がないだろう。それほどの根源的な恐怖。

辺境調査隊の仕事はあくまで黒い魔力の調査であって、魔獣の対処ではない。そこを明確に区別した今回の対応は、凄く満足いくものだ。

「という訳で、我々はもう踊るだけで良いみたいです」

隊長からの報告をまとめるとそういうことだろう。

魔獣の調査は王国側が組織した専門家チームが担当する。魔獣は黒い魔力の源泉みたいな存在なので、その調査が専門家チームに任されるとなると、辺境調査隊の仕事は専門家チームの仕事の結果後ということになるだろう。

今回辺境調査隊が動くきっかけになった強大な黒い魔力。その原因が林の中で遭遇したあれだということは皆薄々気づいている。

ということは、やはりあれが何かが分からない限りは辺境調査隊の仕事は進まないだろう。

専門家チームが調査し、その結果が魔獣だったとしても、魔獣じゃなかったとしても、きっとそれは1か月後くらいに判明することだ。その頃には、俺は職場体験を終えて学園に戻っている。

ふふっ、つまりはやることは終わったも同然。

となると、小物はもう踊るだけよ!

「大鍋に、踊りってお前、本当に騒がしいのが好きなやつだ」

やれやれといった感じで隊長はあきれるが、責める気はならしい。

さっきも言ったように、隊長は魔獣と戦う者を英雄視しているが、戦わない者を軽視している訳ではない。

覚悟ある者には栄誉を! 覚悟ない者には踊りを!

俺は踊りを~取る!

「それが仕事みたいなものですので」

「ったく、正直なやつめ」

軽口を叩くのもここまで。

朝食を摂り、その後は少し急ぎみにこの場を離れる。

引き続き他の村を巡って魔獣の情報を探るみたいだし、間接的にサポートは続くらしい。何よりも、ここの村長には嫌われているからね。早いところ発った方が、お互いのためである。

そうして忙しく動き回っていると、村長が村人数名を引き連れてやって来た。

隊長と何かを話し込んでいる。

お互い持っている情報の交換だろう。こちらは昨日見た魔獣らしき存在。そして隊長は隊長で、村長から情報を引き出したいだろう。あの人が一番、何か知っていそうだしね。

そんな様子を遠巻きに観察しているのは、村長が大量に食材を持って来てくれているからだ。

我々が去るから、そして昨日お礼も込めて、食材を分けてくれるのだろう。

ぐふふふっ。つまりは、あれが大鍋の材料になるものだ。辺境で採れた新鮮な食材か。一体、あの麻袋の中にはどんなものが入っているのだろうか? オラ、ワクワクすっぞ。

「ねえ、お兄さん」

「ん? はい?」

服の裾を引っ張られて振り向いた。

頭一個分俺よりも身長の低い少女がいた。

その痩せており、三日くらい寝ていないかのような病的な顔つきに存在を忘れる訳もない。林に強烈な黒い魔力が出現したとき、一緒に連れて行って欲しいと懇願した少女だった。

「君は……」

「昨日会ったね、お兄さん」

あの時、馬に乗せてくれなかったよね? まるでそんなことを主張するかのような視線。いや、俺の思い過ごしか。

なんか、申し訳ない気持ちになる。

「村長はなにも話してくれないの。あなたたちは昨日、林で何を見たの?」

……虎です。詩人になれなかった虎。

「黒い魔力を纏った魔物かな。まだ良く分かっていないんだ。でも大丈夫だよ。専門家チームが編成されて、詳しい調査が入る。すぐに解決されると思うよ」

嘘は言っていない。

魔獣らしき存在だけど、わざわざそんなことを言う必要も無いだろう。あくまで予想だし。

取り敢えず、わかっていることだけを伝えた。

「……それだけ?」

それだけってなに?

ジト目で見られても何も出ませんけど!?

嘘は言ってないし? ええ、それだけですわよ。おほほほっ。

「お兄さん、これ。村の名産品の『ウマシビ茸』。旨味が強く煮込み料理に最適なの。ただし三本以上食べると笑いが止まらなくなり、その後丸一日寝込む。しかも中毒性が強く、村の子供は一度は中毒になって寝込むのが通過儀礼になっている」

「はい?」

何を言っているのか分からなかった。

「希少なものだし、危険性もあるから村長は村の外には出さない。けれど、これをお兄さんにあげる。絶対に気に入るよ」

薬物の取引みたい!

「あ、ありがとう……」

戸惑いながらも受け取ろうとする。正に大鍋におあつらえ向きの食材ではないか。

掴もうとした瞬間、すっと手が引かれた。

「だから全部話して……欲しかったら、全部話して」

なるほど。

少しは頭が働くようだ。

門外不出の村の名産品をやるから、林の中で見た真実を述べよってか?

相手は魔獣かもしれないし、俺が見た光景はさらに異様なものだった。

そんなこと、たかが茸の一つで喋れる訳――!

「人の腕を見た。たぶん女性の腕だ。虎のような黒い姿をした魔力。その中から腕が飛び出して、俺の首を掴んだ。人とは思えない力……でも女性の声だった。俺はあれをただの魔物騒動だとは思わない。魔獣かもしれないと王国に報告している最中だ」

言っちゃうんだよねー。事細かに。覚えていること全部。知っていること全部。

まあ、俺くらいになると、このくらいは普通に情報を漏らす。

「あの人、なんて言ってたの!?」

食いつくように興味を示した。やはりこの子は何かを知っているみたいだ。

「たしか『お前の中に魔獣と神を見た』だったかな? 大きくは違わないと思う」

「……え? お兄さんももしかして……いいや、そんな訳ない」

首を振って、何かを否定する。

その通り。俺は小物ですが、それ以外の何物でもありませんよ?

「ありがとう、お兄さん。やっぱりお姉ちゃんだ。お姉ちゃんはまだ、止まらないんだね」

「お姉ちゃんってのは……」

「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。ずっと前、お姉ちゃんは村にいたの。……私ね、毎朝起きると頭の中に声がするの。『姉を止めろ』って声が。その声がするたび、私は強い義務感に苛まれる。ねえ、こんな話、おかしいと思う?」

頭の中に声か……。確かに可笑しいが心当たりもある。

「それはまるで……」

いいや、辞めておこう。言いかけたが、止めた。こんな不気味なことを言うのは、違った場合、彼女に失礼だ。

首を傾ける少女。彼女に俺の考えは伝えなかった。

「ウマシビ茸ありがとう。せいぜい楽しませて貰うよ」

「ちょっと待って。はい、これも」

麻袋ごと手渡してくれる。

中に入っているのは、いろんな香辛料だった。乾燥させて、丁寧に処理されている。

「ウマシビ茸と相性抜群だよ。お姉ちゃんのこと教えてくれたから、そのお礼」

「お、おう……。この恩は忘れないよ。俺は危ない目に遭ったら逃げるし、面倒なことには首を突っ込まない主義だが、食べ物の恩は忘れないと誓っている。必ずな」

「うん。じゃあ覚えておく。そして、ウマシビ茸が絶対に美味しいことを約束するよ」

そりゃ朗報だ。

少女ともう少しだけ話して、お別れした。辺境調査隊が村を去る時が来たからだ。全員が馬に跨り、次の村を目指す。

ゆっくりとした進行。少し気になって振り向くと、村長とあの少女は既に村に入っていなくなっていた。

不思議な体験をした村だった。……もう来ることも無いだろう。

そこから移動すること1日。我々は次の村へと到着する。

そこでは、嘘みたいに歓迎された。

前の村で味わったすんごい陰湿な拒否感とは違い、その村では村人総出で出迎えられて、泊る家まで確保してくれる程の大歓迎。

何事かと隊員たちに聞くと、むしろこちらのパターンも結構あるらしい。

こういう少し利便性の悪い村は人の行き来も少ない。

村周辺の魔物が出ようものなら、内部でどうにか対処する他なく、しかも一般人にとって魔物の対処は非常に困難。

王立魔法学園の生徒が当たり前のように使用する身体強化も、こんな辺鄙な村人たちにとっては神の御業にも思える程の凄い所業らしい。

まだ日が出ているうちに、村人から報告のあった魔物退治を辺境調査隊が請け負うこととなった。目撃情報があった場所へ向かうと、確かに魔物が数体いた。

辺境調査隊のものの見事な連携で魔物を葬り去った後、村へ戻ると今度は英雄のごとく凱旋気分を味わわせてくれ、夜にはお祭りを開催してくれるまでに至る。

簡単な魔物を退治するだけで、こんなに致せり尽くせりとは。ちなみに、魔物退治では、俺は何もしていない。隊長の配慮もあって、ずっと見学だけさせて貰っていた。

辺境調査隊の実力は本物なので、手助けなんて全く必要なかったので、ハナホジーしながら呑気に見守っていたものだ。

働かざるもの食うべからず。ただし、小物は除く。である。

また素晴らしい格言が出来てしまった頃、夜の祭りに備えて踊りの練習をしていた。村に伝わる精霊様をおびき寄せる踊りがあるらしく、それを事細かに習っていた。踊りは得意だ。奇跡的な才能の持ち主と言っても過言ではない。

そして来たる夜のお祭り。

辺境調査隊、気のいい村人たち、その前で精霊を呼ぶ踊りを全力で踊る。

これがっ! 俺のっ! 本領をっ! 発揮する場所よっ!

ふぉおおおおおお!

全力を見せてやるぜ!

と、人生を謳歌していたのに、少し観衆たちが静かになった。この村も木の柵で覆われているのだが、どうやら外部から来客があったらしい。

一晩泊めて欲しいと交渉していると村人たちの話声から情報を得た。

気の良い村人たちだ。来客数人を断る訳もなく、その人たちは入って来た。

驚きの人物だった。

「おやおや、これは、これは。辺境調査隊もこちらにいらしていたか」

「そちらは……ヘーゼルナッツ博士にイレイザー先生! 専門家チームというのは、お二人のことでしたか」

「いや、ヘーゼルナッツ博士のことだな。俺はただの護衛だよ。最強だからね、こういうことをよく頼まれる」

ウィルバート隊長が駆け寄って、俺の踊りを邪魔した者たちを出迎える。

シルクハットを深々と被った神の目を持った男、イレイザー先生。そして、長旅だというのに白衣を着て、丸メガネをかけただらしない雰囲気の細身の男ヘーゼルナッツ博士。2人とも王立魔法学園の教師だが、ヘーゼルナッツ博士とは初めて会った。

まさか隊長殿と知り合いだったとは。

「んあ? 隊長の後ろで踊っているあれは……」

「ああ、うちで預かっている王立魔法学園の生徒さんですよ」

「って、ハチじゃねーか!」

ふぉっふぉっふぉっ。イレイザー先生を無視して踊り続ける。

関係ねー。俺の踊りは誰にも止められねー!

今夜は心のままにブラザーソウル!

「なんでまた、主席のあいつが辺境調査隊に……。おっと、すまみません、ウィルバート隊長。そのー他意はなくてですね……」

「いいえ、構いませんよ。うちには毎年碌なのが来ませんので、なんとなく扱いはわかっています。それよりも、ハチは主席なんですね。あの王立魔法学園で主席か。それには、大変驚きました」

「意外でしょう。あいつ間抜けな感じなのに、実は優秀なんですよ。超意外ですが」

俺のいないところで、シルクハットマンイレイザーが好き放題言いやがる。

けれど、かんけーねー!

俺は村の中心で踊りながら、愛を叫ぶだけ!

今夜、このステージは、誰にも譲らねー!

踊り奉行、ここにあり!

ふぉおおおおお!

「主席か……主席! 本当になんで、ハチみたいな子がうちに」

「あいつの考えはわかりませんね。どうせ食べ物に釣られたんでしょうよ」

「そんな、流石にそれは無いと思いますが……。ハチ、あいつ……何か大きな目的でもあったりするのか?」

これはシルクハットマンイレイザーがあっているが、肯定も否定もしない。

だって、俺は踊っているから!

心に任せて、体を弾ませろ!

「あいつは魔獣とか神以上に良く分からんやつです。それよりも我々は例の魔獣らしき存在について話し合いましょう」

「はい、それもそうですね。ではお借りしている家がありますので、あちらへ」

真面目な話し合いが行われるかと思った。しかし、立ち止まる一人の男。

「あの子がハチか……。今回魔獣らしき存在に気づいたっていう……」

丸メガネを身に付けたヘーゼルナッツ博士がこちらを伺う。

「へー、ハチね。あの子とは語らうことが多そうだ。……私も躍ってこよう」

「なんで!?」

戸惑うイレイザー先生。

ステージに上がって来たヘーゼルナッツ博士が、その退屈そうな外見とは裏腹にオリジナルのステップを披露する。

……やるな!

踊るやつは皆仲間。

初対面だが、その日、俺とヘーゼルナッツ博士は夜通し踊り明かしたのだった。

こやつ……できる!