軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

109話 パパは貴族だぞ

大鍋は仕事の最後らしい。

むむむっ。これは予想外。

インターンシップとは、言葉こそなんか横文字を並べて格好いい感じを出しているが、要はただ働きだ。

侮るなよ! 世界の仕組み!

この俺がタダ働きなんてしてたまるか。

出すもの出しな。

何も金じゃなきゃダメって話はしていないんだ。大鍋だしな。ほーら、辺境調査隊隊長さんよぉ、ジャンプしてみな。その懐に美味しい食材でも隠してんじゃないのか?

という険悪な雰囲気にはならず、差し出された保存食がとても美味しかったため、辺境調査隊にやって来た俺は非常に上手くやれている。

若干不安はあったが、すんなりと馴染めた。

しっかりと食わせて貰ったんだ。仕事は真面目にやろうと思う。

「お前、本当に上手く馬を乗りこなすよな? 結構なじゃじゃ馬なのに、お前にだけは素直だ」

先頭に出て、隊長の隣に並び道中の景色を楽しんでいると話しかけられた。

安馬だったからね。いっちばん安いのを、しかも値切って借りた。それも30分も。馬屋には正直申し訳ない気持ちはあったが、インターンシップ用に渡された予算を、馬を借りる前に王都食べ歩きで8割を使い切った。

信じられるか? 俺も自分のお腹に聞きたい。たまには自重してくれないかと。

しかし、胃袋先生は自重を知らず。俺の体は縦にも横にもそれほど大きく成長していないにも関わらず、なぜだかひたすらに食を求める。

このエネルギーは一体どこへ行っているのやら……。魔力が食べて、なんか魔力の総料が増えていたりしたら嬉しいが、そんな都合の良い話がある訳もない。

そういえば、もう長いこと魔力量の測定をしていないな。どこかで実家へ帰る機会でもあったらやってみたい。外で魔力測定をするととんでもない費用を請求されることになるのだ。

「この子、気持ちがよく荒れて乱暴者に見えますが、本当は臆病な子でして。俺も根は臆病者なので、多分気が合うんでしょうね」

小物同士波長があうのだろう。それに馬のレンタル代はケチったが、馬のえさ代はケチっていない。

リンゴ好きと聞いていたので、バッグには100個ほどリンゴを詰め込んでおいた。残りは50個ほど。餌付け済みである。ちなみに、30個は俺が食べた。

「臆病者は辺境調査隊なんて職場体験先に選ばないし、隊長の俺の隣に堂々と並んで話したりもしないんだがな」

それは致し方ない。

みんな仕事があって、地質や動植物の調査までしているが、俺には特に何も割り振られていない。自然と暇になり、馬に乗っているだけなのも退屈なので、なんか先頭に来てしまった。

辺境調査隊のみんなは気の良い人ばかりだ。鍛えられている人達ばかりで、実力故の余裕があるのだろう。

以前、盾持ちたちと接した時にも似たものを感じた。強い人、実力者、大物、彼らってなんか心にゆとりがある。

「遠出って、気持ちがいいですね。これなら1か月間無事にお世話になれそうです。そういえば、辺境調査隊は何をする組織なんですか?」

そうやって問えば、隊長が訝しげに見つめて来た。

なぜ知らないんだ? 言葉はなくとも、その視線はそう告げていた。

だって……大鍋が目的だったので……。仕事とか、あんまり興味が無くて……。

「今年はまともなのが来てくれたと期待してたんだが……まあいい。説明してやろう。辺境調査隊の仕事は、簡単に言ってしまえば、ただ一つだけ」

「もしかして、大鍋?」

「違う。全然違う」

後ろから馬を少し走らせて、隣にやって来た美人さん。

副隊長の女性が代わりに告げる。

「“黒い魔力”について、はっきりさせること」

「あっ、おまえー。俺が今から説明しようと思っていたのに」

副隊長に横取りされて、隊長殿は少し不機嫌だ。

笑う副隊長。少し肘で小突く隊長。二人で仲の良いやり取りをする。

なんだか、楽しそうに話し込んじゃってからに。おやおや、二人はもしかしてそういうご関係ですかな?

歳は二人とも30代くらいに見える。ひゅーひゅー、良ければこの小物が恋のきゅーっぴとでもやりましょうか? 矢を射るのは結構得意ですよ。安全な箇所からチクチクするのは、小物の特技の一つですので。

「黒い魔力か」

「おや、それも知らないのか? まあその年齢なら知らなくても無理はない。貴族の坊ちゃんは温室育ちだからな。知っている人物がいても、本で読んだことがあるくらいだろうさ」

という感じで侮られたが、俺は当然知っている。

あの、黒い魔力。

傍に近づくと、身の毛のよだつ不思議で恐ろしい魔力。体の底から、これはやばいって全力で警鐘を鳴らして来るものだから、一度直に接してしまうと二度と感覚として忘れることがなくなる。

魔獣との戦い。そして、入学試験の時、森で出会った魔物もその黒い魔力を纏っていた。たぶん、一生忘れることのできない感覚なんだよな。

「知っていますよ、そのくらい。学生だからと、馬鹿にしないで下さい。魔獣が使う魔力でしょう? 美人さんの前だからって、格好つけてからに」

知識マウントか? ええ? 良い格好しようってか?

そんなんだったら、きゅーっぴと辞めちゃおうっかなぁ。どうしようかっなぁ。俺の機嫌、損ねていいのかなぁ。

「ははっ。こりゃ大きく出たな。魔獣だなんて」

隊長殿は愉快そうに笑っていた。

「魔獣も確かに黒い魔力を持っているらしいが、そんな大それた存在には一生遭遇しないだろうな。情報封鎖がされていたが、王城に勤める出世コースの友人のコネで少し聞いた。数年前、辺境の子爵領で魔獣が出たらしい。それをリュミエール王子が討ったんだとさ」

ああ、なんかそんなこともあったなと思う。

小物のくせに、いろいろ巻き込まれちゃう体質だからな。偶然居合わせたんだよね。随分と昔のことに感じられる。

多分、時代の大きな流れのほんの隙間に、小物は入りやすいんだろうね。毎回すっと挟まって、大きな流れに巻き込まれちゃう。あの魔獣事件のときもそんな感じだった。

「あそこは最強の盾持ち部隊もいる土地だ。リュミエール王子程のお方と、最強の盾持ち。魔獣っていうのは、そんな大物たちが相手にするものだ。憧れるのはわかるが、残念ながら辺境調査隊に来るような成績の生徒じゃ、一生縁がないわな」

ははっとまた愉快に笑い、慰めるように肩をぽんと叩かれた。

それは俺にとってむしろ嬉しい言葉だ。

魔獣との縁なんて、もう二度と持ちたくもない。王子や盾持ちに任せておけって言葉には、心から同意します。

「めったに現れるものじゃない。現れても俺たちが相手にするようなものじゃない」

「でも隊長、その魔獣戦には、とある少年が深く関わっていたと聞いています。10歳前後の」

「んあー、噂で良く聞くあれか。人の口に戸は立てられぬというが、情報が捻じ曲げられるというのもよくある話。聞けば、歳の頃は10歳。どうせどこかの貴族様が自分の息子に箔をつけようとして、デマを流したのだろうさ」

「うーん、でもあの魔獣討伐戦、変なところが多いんですよね。王位継承のために頑張ったリュミエール王子は、魔獣討伐以降、むしろ情報を広げないようにしているし。魔獣討伐なんて目出度い事、大々的に宣伝して、国民の支持を得るための道具にしたらいいのに」

美人の副隊長さんは鋭いお人らしい。

うーむ、その少年というのが俺のことなので、なんとも気まずい会話だ。余計な口を挟まないに越したことは無いだろう。

「リュミエール王子は実力でいずれ王位を引き継げるお方だ。きっと魔獣戦の被害が大きくて、あまり誇りたくないのだろう。俺は一度直にあの方に接したことがあるが、あれは本物の化け物だよ。間違いなく魔獣はリュミエール王子が討った。そう確信しているね」

「それは私も疑わないですけど……うーん。ハチ君はどう思います?」

え、ここでわたす?

なにも思いませんよ?

「魔獣なら、俺が討ったよ」

「は?」

「え?」

「なーんて、小物なら堂々と自慢して言って回るでしょうね。大物のリュミエール様にとって、今更手柄の一つや二つ、わざわざ触れ回る必要もないんでしょうよ。魔獣討伐に成功して当たり前なんですよ。我々庶民の感覚で推し量っても無駄です」

「ははっ。それもそうだな。安馬に乗るハチ。王立魔法学園から嫌われる辺境調査隊。そんな俺らにゃ、天の上にいるお方たちの気持ちはわからないか」

「そういうこと」

「なーんだ。一瞬、謎の少年がハチ君なのかと期待しちゃいましたよ」

「こんな小物のどこにそんなものを感じたんですか? 俺が魔獣を討伐していたら、たくさんお金を貰って今頃バターをパンの隅々まで塗りたくっているところです」

バターは高いからね。真ん中らへんにだけ丁寧に塗っちゃう。夢は溢れるくらい、パンにバターを塗りたくることである!

「ふふっ。調査ではたまに大きな牧場にも行きます。そういうところでは作り立てのバターを分けて貰えたりもするので、その際にはハチ君の夢をかなえてあげましょう」

「ありがとうございます」

副隊長さんは美人なだけでなく、性格まで良いらしい。バターをくれる人に、悪い人はいない。

辺境調査隊の仕事は黒い魔力を解き明かすこと、か。

そりゃそんな人たちがいるのも当然だよな。

魔獣はそんな高頻度で出現しないとはいえ、一度出現すると酷い場合は万を超す人の被害や、街や地方丸ごと壊滅。数十年は住めない土地となり、多大なる被害を引き起こす。

しかも、魔物の被害も毎年国中で起きている。

その原因かどうかはわからないが、彼らが共通して持っているのが黒い魔力。それの専門調査機関があってもおかしくはない。

といっても、成果はあまり上がっておらず、しかも予算もそれほど多く振り分けて貰えないため、この組織は人気の職場ではない。優秀な人材を常に求めているが、なかなか集まらないんだとさ。世界を救うかもしれない組織なのに、世知辛いね。

手がかりもなかなか集まらず、上からのプレッシャーもある。

「ええ? 予算を毎年与えているのに、何も成果がない? これは一体どういうことだね?」

みたいな感じで、大臣から詰められるらしい。

「ぐふふふっ。そうだ、良いことを思いついたよ。来年度の予算が欲しければ、君のとこの美人副隊長さんをワシに差し出し給え。そうしたら予算を倍にしてやろう。王立魔法学園の生徒も斡旋してやるぞ? どうかね?」

ああ、これは俺の想像です。悪徳大臣の勝手なイメージ。

俺みたいな小物が大臣になってしまったら、多分そんなことしちゃうんだろうなぁ。そしてバレてざまぁされる未来がありありと見える。

人には人に相応しい地位がある。過ぎたる権力は、小物の身を滅ぼすから気を付けるが良い。

「今回は、黒い魔力の反応があった村への調査がメインだ。といっても、この調査は空振りが多い。そういった場合は……」

「大鍋の材料を集めつつ、周辺地域の人々の手助けですね。魔物退治とか」

「おっ、察しが良いなハチ。馬に乗れるだけじゃなく、話も出来る。しかも、ちょっとは頭も使えそうじゃねーか。これで魔物と戦える実力もあれば、正式にうちで引き取ってやってもいいぞ。王立魔法学園を卒業したらうちに来い。あそこ出身なら、うちでは出世コースだぞ」

出世コースか。

今のところ、とても心地の良い職場だ。

だが、しかし。

俺が職場に重要視していることは、居心地の良さではない。給料の高さは少し大事だが、それも決め手にはなり得ない。やりがい? 馬鹿な、それも関係ない。俺が将来の職場に求めるのは……。

「大鍋が美味しかったら考えておきます」

これでしょ。これしかないっしょ。

「じゃあハチの進路は決まったな。うちに決まりだ」

そんなに!? そんなに美味しいの!? 隊長殿、着いていって良いんですか?

「じゅるり」

「涎が垂れてんぞ」

おっと、失礼。

「まあ、実際。俺みたいな小物は人気の無い、こういう寂れた職場が似合っていると思います。一応、もっといい条件のところも探してはみますが、うーん、無い話じゃないですね」

「だーれが寂れた人気のない職場だ」

ふてくされる隊長殿。自分でも言ってたくせに。まあ、俺が更にしょぼい職場っぽくしちゃったけど。

「凄い職場なんだぞ、辺境調査隊ってのは。実際、黒い魔力については徐々に判明してきている。そうだ。王立魔法学園のヘーゼルナッツ博士とも協力関係にある。知っているか?」

「名前だけは。美味しそうな先生だなって記憶しています」

「関りはないか。今、世界中で黒い魔力についてもっとも詳しい方はあの人だろうな。この期間中に会えると良いのだが。彼の話を聞けば、随分と理解が深まることだろう」

「大鍋にしか興味がないので結構です」

「あっ、てめー! 本音が出たな!」

ぎくっ。

傍で笑う副隊長。

他の隊員たちの方たちも愉快に笑っている。

とてもいい雰囲気だ。

来る前は少し不安があったが、俺は初めての職場体験である辺境調査隊にうまく馴染めたみたいだ。やはりここは小物にぴったりの職場らしい。何より、人が良い隊員たちが集まっているから優しく受け入れてくれたのだろう。ありがたいことだ。

それから調査をしながら、数時間進んだ。

王都からかなり離れた場所にある、丘を越えた先にある村に到着。目的地となる、黒い魔力を観測した地点だ。

閉鎖的な村の雰囲気。丸太のような柵で覆われている。近づいてみると、ただの丸太ではない。角材を組み合わせ、要所には石積みを混ぜた堅牢な造りで、簡易ながら城壁の雰囲気を漂わせている。

門の上には見張り台があり、無言の衛兵が弓を携えてこちらを凝視していた。

普通なら声を張り上げて確認するはずだが、彼らはただじっと見つめるだけ。人を迎えるというより、外からの侵入を監視している目だった。

中からは確かに生活の音が聞こえる。荷車が石畳をきしませる音、井戸の滑車が軋む音。だが奇妙なことに、笑い声や呼び声はほとんど混じっていない。

数百人が暮らす村にしては、不自然な静けさ。

「ここだな、今回強大な黒い魔力を観測した村は」

隊長の確認に、ずっと道中手に装置を持っていた隊員が頷く。黒い魔力の測定器らしく、魔道具造りのエリートさんが作ったものらしい。

この仕事が終わったら、俺も一台貰えないだろうか? 分解して遊んでみたい。

もともと歓迎されるとは思っていなかったらしいが、この村はどこか異常だ。

見張り台に立った衛兵たちが弓から手を放さず、こちらを睨みつける。

どう見たって、俺たちは夜盗の類じゃない。王都からやって来た正式な組織だとわかるはずだが、それでも警戒は解いてくれない。

「我々は辺境調査隊。黒い魔力について、この村付近から異常な量が計測された。辺境調査隊の任務に則り、こちらの村を調査したい。揉め事はこちらもごめんだ。どうか、素直に協力して欲しい」

隊長殿が呼びかけるが、むしろ見張りたちに余計な緊張を強いるだけ。

ピリピリとした雰囲気が、自然と俺たちを沈黙させる。なーんか、嫌な感じだね。

「いつもこんな感じ?」

「いいえ、今回の村は特に酷いわね。ごめんね、ハチ君。折角の職場体験なのに、数年に一度レベルの修羅場になっちゃうかも」

副隊長殿とこっそり話した。事情を説明してくれる。

どうやら、辺境調査隊にはそれなりの権力があるらしいのだが、王都から離れれば離れるほど、その影響力は薄れる。

黙って従うのが大抵らしいが、数年に一度は反抗して戦いになるケースもあるのだとか。そのため、辺境調査隊の面々は身体強化などの訓練をしている。戦闘向けのスキル使いも揃っている顔ぶれ。人材不足というわりには、スペシャリストが集まっていたりする。量より質という訳か。

ただ大鍋を食べに来たのに、ちょっと予想外な展開だよ。

争って大鍋に使う食材を分けて貰えなかったら困る。

顔を見上げていると、見張り台に登場した少し年老いた男性が見えた。

杖を頼りに立ち、こちらを見下ろす。

「悪いが、協力できることはない。即刻、我が村から立ち去るが良い」

「そうは行かない。我々には黒い魔力について調査する義務がある。そして、強制的に村に立ち入ることも、国王の名のもとに許されている。辺境とはいえ、王都圏にある村なら我々の権限を知らないはずはない」

隊長殿も引かない。

仕事だし、責任感もあるのだろう。

「黒い魔力を放置していて良いことは無い。我々のことは厄介だろうが、きっと村にとっても調査すべきことだ」

「……必要ない。帰り給え」

話が進まない。

隊長殿も引かないし、村長らしき老人も門を開ける気はないらしい。

はー、仕方ない。

ここは、俺の出番みたいですね。大鍋のためにも人肌脱ぐ必要がある。

馬を前に進める。

「ちょっ、ちょっとハチ君!?」

驚く副隊長さんを無視して、隊長殿の横に並んだ。

「俺の名前は、ハチ・ワレンジャール! 立派な家名からわかるように、貴族様だ!」

堂々と名乗った。

田舎の貧乏男爵家。この辺境の村よりも田舎だぞ。夏はここより倍くらい蝉が元気だ。

「貴族のハチ・ワレンジャールが、門を開けることを要求する。俺のパパは、領地を持つ貴族様だ!」

なぜ小物の俺がこれだけイキれるのか。

それは貴族だから!

小物だが、腐っても貴族!

彼らは平民の村人。

俺がイキリ散らかす数少ないチャンスなのだ。

貴族界では「やべーレ家のテオドールさんが来たぞ! 道を開けろ!」みたいな下っ端だが、平民には強い。

ふふっ、これが小物よ! 下にはとことん強く出れる! これイズ小物!

「姉は、あの天才ワレンジャール姉妹。今や王都にも名を轟かす美人双子の大物貴族よ!」

「わっ、ワレンジャール姉妹じゃと!?」

こんな村にまで、我が姉たちの勇名は轟いているらしい。ていうか、俺が名乗った時点でワレンジャール家って気づいて欲しい。

凄まじいよ、本当に。姉さんたちは一体どこまで大きくなってしまうんだ。そして、俺はその度、一体どれほどのおこぼれを貰えてしまうんだ。なんというお得な人生。

「……今回はとんでもない大物が来てしまったようじゃ。仕方ない、門を開けい!」

「しっしかし、村長……」

「構わん」

村長の言葉に、衛兵たちが弓を収める。

渋々と言った感じで、門が開かれた。

全く歓迎はされていない。

門を潜った先には、憂鬱そうな表情を浮かべた村人たちが、家々の窓からこちらを覗いていた。

「やたらと視線を感じるな。じめっとした嫌な視線だ」

隊長殿も感じているらしい。

それでも調査のためと、村へと入って行く。

見張り台から降りて来た村長は、こちらを拒否する視線を向けてくる。

「調査が終わったら、早々に立ち去るが良い」

「もちろんです。しかし、今回測定された黒い魔力の発生源が特定できるまでは、簡単には引き返せません。村の外に天幕を張り調査を続けます。数日間、下手したら数週間かかることもあり得ます」

「……ふん」

何か言いたげだが、ニチャーと権力を盾にした俺のネチネチ笑顔と目があった村長は、その場から逃げるように離れていった。

やはり権力。権力は全てを解決する!

俺ももっと権力が欲しかったでござる。

「よくやったハチ。あんなに格好悪い口上で、こんなスムーズに行くとは驚いた」

「はいよ」

こういうのは得意なんです。

「みんな、そういう訳だ。村人たちにあまり負荷をかけないように、早々に原因を特定してここを去ろう。それが皆のためだ」

村人のためでもあるし、辺境調査隊のためでもあるという訳だ。

俺もこんな陰湿な場所からは、とっとと名産品だけ貰って去りたいので仕事に協力する。

黒い魔力の測定装置を預かり、使い方も教わる。装置にはメモリがついており、黒い魔力が濃い場所では針が大きく右に振れるんだとさ。

今日は村の内部の調査だが、原因がわからなければ明日からは村周辺の調査になる。範囲は……わからないが結構広いよなぁ。

なるほど、こりゃ大変な仕事だ。辺境調査隊、どうやら今後も人気のない職場になりそうです。

測定器を持って村の内部をうろうろしてみた。

俺の使い方が間違っているのだろうか?

たまに凄く反応したかと思えば、また反応が小さくなる。

うーん。後でみんなに聞いてみようと思う。

てっきり、一度振れたら、ずっとぴぴぴっ! ボカン! 馬鹿な、黒い魔力量53万だと!? みたいな感じだと想像していたのに。

それにしても、この村にやって来る途中で感じていたのだが、村はかつてかなり発展していたらしい。寂れた街道の跡もあったし、村は今こそ空き家がちらほらあるが、つまりは、昔はもっと人が住んでいたわけだ。

それにしても……。

数百人規模の村なのに、子供の声が少ない。またまともに子供を見ていない。家から嫌な視線を向けてくるのは、どれも大人ばかりだ。

井戸もあるが、今は誰も使っていない。

喉が渇いたので水を汲もうとしたが、どうやら枯れた井戸らしかった。

一瞬装置がとんでもなく振れたが、またすぐに収まる。予算が無さ過ぎて、測定器が馬鹿になってんじゃないのか?

時間があったら、俺の修理スキルで見てやるかな。

しばらく調査をして、村全域の調査が終わった頃、辺境調査隊は合流した。

「みんな、どうだった?」

「装置が反応したり、急に静かになったり。こんな反応は初めてです」

どうやら、みんな俺と同じ状態らしい。下手なものを掴まされた訳でも、装置が古すぎるって訳でもなかった。

「うーん……」

少し俯いて、何か考え込む隊長殿。

「こりゃ、長い調査になるな。経験則だが、こういう時は決まって、でかいトラブルがある」

隊長殿の言葉に、辺境調査隊の面々が少し冷や汗を流す。

「隊長のこういう予想は結構当たるからね。ハチ君、ごめんね。こんなタイミングで職場体験だなんて」

「いえいえ、トラブルは慣れていますから」

ほんと、慣れっこなんで。でも好んではいないんですよね。

だから、気まずいけど……あのー、出来れば俺だけ帰ってもいいですか?

そんな気まずいことを言い出そうと思った時、村の外の林から爆発音が聞こえた。辺境調査隊の黒い魔力の測定機が一瞬にして最大値を測定する。

おおっ……。これは……。

とっ、トラブルやー!

「皆、装備を整え、馬に乗れ。現地へ赴く。全員、いつ戦闘が起きても良いように心の準備を」

隊長殿の言葉に、皆の顔つきが変わる。

俺も装備を整え、馬に跨った。

「ハチ!? お前はあれだ、うちの正式な隊員ではない。村に残れ。悪いが、これはやばいぞ。何が起きているかはわからんが、やばいってことだけはわかる」

「俺も王立魔法学園の生徒なので。足手纏いにはならないと思いますよ。お供します」

「……わかった。ったく、ほんと今年はアタリの生徒を引いたみたいだな。ハチ、やっぱりお前は辺境調査隊に来るべきだ。向いてるよ」

「そうですか」

まあ、いかにもやばそうな場所に行きたい訳じゃない。

一人村に残されてみろ。

さっき、俺の父は貴族だぞ! 姉は大物だぞ! とイキリ散らかしてたガキが一人ボッチになってみろ。

村人にボッコボコにされちまうぞ。

そんなチャンスは与えない。林の方もやばそうだが、この陰湿な村も十分ヤバい。俺には王都方面に帰るしか助かる道はないが、残念ながらそれを言い出せるタイミングでもない。

馬を走らせようとした時、村の門を潜って少女が一人、飛び出してきた。

この村に来て、初めて見た子供だ。

俺より4,5歳年下。8歳くらいだろうか?

痩せており、目にはクマがある。栄養状態が悪いというより、単純に病気か何かに見える。

「あっあの! 私も連れて行ってください」

「できない」

隊長が速攻で拒否する。

辺境調査隊の仕事がどれほど危険なものかは俺も知らないが、たぶん今回のは危ない。無関係な子供を連れていく理由はないよな。

「お姉ちゃんかも……。私も行きたい!」

「お姉ちゃん?」

誰もその意味を理解できなかった。

ほとんど無視するように、隊長殿が走り出す。隊員たちも馬を走らせて後を追った。

後は俺だけだと思ったのか、馬の前に立ちはだかって、尚懇願する。

「お願い。あなたの馬の後ろに乗せて!」

顔色の悪い少女はしつこく頼み込んでくる。なんなんだろう、彼女は。

けれど、悪いが俺も彼女を連れていくことはできない。

「なんとこの馬、一人乗り用なんだよ。だから悪いけど、お嬢さんは乗れないんだ」

ニチャー。

今日二度目のねちっこい笑顔を浮かべて、少女をかわして馬を走らせた。

後ろからずっと見つめて来る視線。

あの子は一体……。