軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

938:剣は折れて

ジジイの影は崩れ落ち、跡形もなく消滅する。

後に残されたのは黄昏の戦場ただ一つ。そこには、俺たち以外の何者の姿も残されてはいなかった。

餓狼丸を納刀し、小さく溜め息を零す。

満足できる結果であるとは言い難いだろう。本来であれば、ああやってジジイと相対した場合、もっと様々な駆け引きを要求されるはずなのだから。

まあ、『唯我』を再現できないこと自体は納得できるのだが。何しろ、俺でさえ完全には再現できない絶技なのだから。

「終わった……んですかね?」

「大公本人が出てこないのであれば終わりだろうよ」

とはいえ、それは流石に無いとは思うのだが。

大公をこの 箱庭(サーバ) に呼び込むためには、大量のリソース確保が必要であった。

今この状況で、もう一度それだけのリソースを確保することは不可能だと考えられる。

尤も、ジジイの天狼丸から徴収できるのであれば話は別だが――流石に、ジジイから何かを奪うような真似ができるとは考えづらかった。

「その様子もなさそうだし、ここのエリアはこれで終わりなのかしら?」

「恐らくはな。そういえば、あの剣は――」

刻まれていた文字を確認するため、もう一度例の剣をインベントリから取り出す。

しかしその瞬間、剣は半ばから折れ、その切っ先は地面に真っすぐと突き立っていた。

それはまるで、墓標であるかのように。

「……武器の残骸が死体と同じだって言うなら、これがその大公の結末ってわけか」

折れた剣の刀身に、刻まれた文字を見出すことはできない。

恐らくは大公の武器であったと思われるこの剣は、他と同じようにその結末を晒すこととなった。

その姿に目を細め、俺は折れた剣の柄を突き立った切っ先の前に置く。

合っているかはわからないが、これを死体に見立てているのであれば、相応の礼儀は見せておくべきだ。

たとえそれが、理解しがたい感性の持ち主であったとしても。

「っ!?」

刹那――強い風が戦場を覆うように吹きつけ、俺は咄嗟に目を細めた。

そしてそれと同時、周囲の気配が再び変化する。

燃えるように赤い黄昏の戦場は消え去り、ただただ延々と広がる荒涼とした景色へと。

青空に覆われたこの場所は、恐らくは俺たちが最初にやってきた場所であった。

「……戻ってきたのか」

「あのどこだかわからない場所を歩いて戻れと言われたらどうしようかと思ってましたよ」

「まあ、それは確かにな。進むのはまだしも、戻るのは難しかった」

俺も、先ほどまでいた場所がどのあたりなのかは全く分かっていなかった。

歩いて戻るのは正直不可能だと考えていたため、帰還のスクロールを使うことも考慮に入れていた程だ。

その辺りは存外に親切な仕様だったことには安堵しつつ、エリアの出口へと向けて歩を進める。

うちの門下生たちの姿は見えないが、恐らくこのエリアで楽しんでいるのだろう。

「結局、俺たちがあの場所までの一番乗りだったのか」

「達人級と戦うとなると、そうそう簡単には進めませんよ。師範代たちのパーティぐらいじゃないですか?」

「そうだな……あの偃月刀の奴と戦ったら五分五分ぐらいか」

あれはかなりの実力だった。師範代たちの技術に匹敵していたし、相性にもよるが五分程度になる可能性は高い。

まあ、あれに勝てたとして、その先にいるのがジジイとなるとそう簡単にクリアはできないだろうが。

たとえ『唯我』を使えなかったとしても、剣士としての実力は間違いなく高かった。

師範代たちには荷が重いボスであっただろう。

「まあ、とりあえず戻るか。流石に、少し疲れたからな」

面白い相手であったとはいえ、達人級の実力者との連戦は相応に消耗する。

まあ、スキルが使えなかったためシステム的には全く消耗していないのだが。

しかし、剣の訓練にはいいのだが、スキル成長的には全く旨味のないエリアであった。

スキルを全く使用できないため成長はできないし、パッシブスキルについてもその効果が発揮できるのは一部だけだ。

ダメージを受けないように立ちまわっていたし、MPも消費していないため回復系のスキルはほぼ働いていなかっただろう。

クリア後もこのエリアを継続的に使用できるのかどうかは不明だが、あまり使いすぎるのも良くないだろう。

門下生たちにはクラン内のメッセージを送りつつ、この第四のエリアから脱出する。

その瞬間――周囲でたむろしていたプレイヤーの視線が、一斉にこちらへと集まってきた。

注目を浴びるのはいつものことであるのだが、視線の種類が少々違う。

そのことに困惑しつつ周囲の様子を見渡して、俺はふと、中央の門に変化が生じていることに気が付いた。

「……成程、クリアしたことはバレバレだったか」

今、俺たちが出てきた第四の門。

そこから伸びた光の線が地面を伝い、幾何学的な文様を描きながら中央の門へと接続されていたのだ。

そして、中央の門に開いていた四つの穴、そのうちの一つに光が灯っている。

どうやら、俺たちの攻略によってこの変化が生じたらしい。

「あー……まあ、先行してクリアするのはいつものことだし、そこまで驚くようなことでもないんじゃない?」

「まあ、そうだがな。しかし、パーティ単位での攻略ではなかったことは幸いだったな」

先に進むために、全てのパーティが四つのエリアを攻略しなければならないとなると、正直先に進める者はほぼ存在しなくなってしまう。

俺たちも、四つすべてに対応しなければならないとなると、かなりの時間を要することになっていただろう。

そうなるとジジイも独自に動き出しかねないし、こういった仕様であったことは幸いだった。

アルトリウスたちも一つぐらいは攻略するだろうし、俺たちももう一つぐらいクリアできれば先に進むことができるかもしれない。

「とりあえず、いったん休憩するか」

ダンジョンの前からは離れ、この広場の隅の方に移動して腰を下ろす。

幾度もの達人との戦いは、俺の血肉になるのと同時、精神的な疲労は否めなかった。

スキル的にはこのまま継続して挑戦できるだろうが、しばし休んで心を落ち着けたいところだ。

同時、先ほどの達人との戦いを思い返したくもある。

その場その場の判断に間違いはなかったか。そして、振るう術理にブレは生じていなかったか。

雑に戦い、その結果を反省せずにいては意味がない。己を高める良き機会を大切にしなくては。

「……さっきのダンジョン、後からも入れるといいですね」

「同意するが、師範代たちが入り浸りそうだな」

緋真の言葉に、苦笑しつつそう返す。

確かに、訓練のためには非常に良い場所であった。

もし、あれほどの達人と何度も戦えるのであれば非常に都合の良い場所だ。

スキルの成長にはならずとも、確かに何度か挑戦したい場所ではあった。

まあ、それについては期待せずにおいた方がいいだろうが。

「それで、次はどこに挑戦するのかしら?」

「エインセルの所は、アルトリウスたちが――というか軍曹が対応しているから、俺たちが手出しをするのは二度手間だ。つまり、他の二箇所どちらかだな」

つまり、アルフィニールの能力を再現したと思われるエリアか、或いはヴァルフレアのダンジョンらしいダンジョンか。

アルフィニールはある程度能力が判明しているため、対応はしやすい方だろう。

一方で、ヴァルフレアの方は純粋な意味で難易度が高い。

強力な敵が出現するダンジョンは、どれほどの深さであるかも定かではないのだ。

「どちらにするべきか……何か意見はあるか?」

「そうですねぇ……」

「その話題、俺たちも混ぜさせてもらってもいいか?」

と――視線には気づいていたが、少し離れた場所にいたプレイヤーがこちらへと話しかけてきた。

その姿を目にして、僅かに眉を跳ねさせる。

彼の姿に見覚えはある。あまり話したことはないが、顔見知り程度の相手ではあった。

「アンタは、『剣聖連合』の……」

「皐月森だ。悪いが、ちょっとだけ話をさせてほしい」

しばらくぶりに顔を合わせた有名クランのリーダーは、真剣な表情でこちらへとそう告げたのだった。