作品タイトル不明
933:黄昏の戦場
達人級の技量を持つ敵。それを倒したタイミングから、周囲の環境に変化が生じた。
突如として、空が夕暮れの色へと変化したのだ。
「……これは」
「随分、はっきりした変化が出てきましたね」
これまでの単調とした道行とは異なる、明らかな変化。
周囲を見渡せば、荒涼とした大地が広がっていることに変わりはないが――周辺には、砕けた武器の破片や血痕が飛び散っていたのだ。
それは紛れもなく、戦によって刻まれた痕跡。
死体だけが残らぬ、おびただしいまでの死の足跡が、そこには延々と残されていたのだ。
「トリガーは、さっきの敵を倒したことだろうが……いったい、どういう意味があったんだかな」
「わからないですけど、これで目標が見えてくるんですかね?」
「方向はここまでので合っていると思うんだがな。後は……」
そう口に出しつつ、周囲をぐるりと見渡して観察する。
数えきれないほどの戦の痕跡。どれほどの人間が斃れたのか、想像することもできない。
だが、きちんと観察すれば、ある程度の傾向を掴むことはできた。
「向こうの方が、痕跡は多そうだな」
ある程度の当たりをつけて、その方角を指差す。
周囲に散らばる破損した武器や、血の痕跡。それらの数がより多くなっている方角に、何かがいるのではないか。
確証はないが、変化があるとすればその方角だろう。
「とりあえず、今まで通り進むしかないってわけですか」
「ある程度、方角が分かりやすくなっただけでも助かるんじゃない?」
立ち止まっていても何かが変化するわけではない。
視線を交わした俺たちは、再びあたりをつけた方向へと向けて歩き出した。
折れた槍や、砕けた剣。果たして、どれほど激しい戦いがあればこのような痕跡は残されるのか。
そして――これが、第四の大公とどのような関係にあるのか。
全くもって謎は謎のままであるのだが、それが明らかになるのかどうかは期待せずにおくこととしよう。
「先生……さっきの敵、師範代の皆さんと同じぐらいの実力でしたよね?」
「そうだな。だが技量は高いが殺気は剥き出しだ。あいつらなら、何とか勝てると思うぞ」
それなりに苦戦はするだろうが、勝てない相手ではないだろう。
そして、それは緋真についても言えることだ。
こいつも、今や達人級の領域に足を踏み入れて来ている。
スキルを用いればその中でもいいところまで食い込めそうではあるのだが、今は純粋な剣のみの実力が求められるのが辛いところか。
純粋な武術のみでも達人級には届いているだろうが、今の緋真はそこに一歩踏み入れた程度だ。
そういう意味では、動きが分かりやすくなっている先ほどの敵は、ある程度拮抗した実力の相手となるかもしれない。
「挑んでみたいか?」
「……正直、興味はありますよ。でも、今は攻略の方が優先ですし」
「まあ、それはそうなんだがな」
正直、勿体ないとは思ってしまう。
達人級の、それも初見の相手と戦える機会はそうそう存在しないのだから。
緋真にとってはちょうどいい訓練になるかと思うのだが、彼女の言う通り攻略が優先だ。
先行きが不透明なこの状況では、一つでもダンジョンを攻略して先に進むための目途をつけたい。
「でも、周囲がここまで変わったなら、何かしら敵にも変化があるんじゃないかしら?」
「あり得るな。もうちょっと単調じゃなくなれば――」
そう声を上げようとした瞬間、俺とアリスは即座に同じ方向へと視線を向けた。
刹那――アリスへと向けて飛来した矢を、左手で掴み取る。
アリスの方を向いていたため一瞬反応が遅れてしまったが、何とか間に合ったようだ。
「っ、ありがと!」
「油断はするなよ、まだ来るぞ」
どうやら、弓使いの達人がいるらしい。
流石に、これは俺も経験のない相手だ。中々に興味深い敵もいたものである。
遠距離ではあるが、敵の姿は捉えた。まずは距離を詰めなければ、一方的に攻撃を受けるだけだろう。
歩法――烈震。
前のめりに倒れるようにしながら地を蹴り、その人影の方へと向かう。
相手から見れば、俺の接近はすさまじいスピードであるだろう。
しかし、奴は的確に、走る俺へと向けて鋭い一矢を放ってきた。
歩法――影踏。
その一撃を、僅かに横に逸れて躱す。
回避しなければ、俺の額を穿っていただろう。それほどまでに正確な射撃であった。
小さく笑みを浮かべながら餓狼丸を振るい、続け様に飛来したもう一つの矢を弾き返す。
「しッ!」
姿が明確に見えてきた、これまでと同じように仮面で顔を隠した人物。
姿はこれまでと変わりはないが、氷のように冷たく研ぎ澄まされた殺気が印象的だった。
先ほど相対した相手よりも、殺気を隠しながらの攻撃ができている。
それは、このエリアに来たことによる変化なのか。或いは、達人級の敵次第のバリエーションなのか。
わからないが――この変化は、中々に愉快なものであった。
斬法――剛の型、扇渉。
広く振るう、接近しながらの一閃。
その一撃を、弓使いは大きく後退しながら回避し、同時に矢を放ってきた。
その一撃を首を傾けて躱し、再び地を蹴ってその身へと肉薄する。
それと共に、掬い上げるように放つ一閃。下段から迫るその一撃を、弓使いはその弓で受け止めた。
「ほう……!」
見れば弓は金属製で、しかも鋭い刃のように研がれている。
近距離では刃として振るうをことを前提とした造りであった。
見たことのないその武器に興味を惹かれつつも、近距離を保ったまま刃を振るう。
斬法――柔の型、刃霞。
跳ね返るように軌道を変えたその一閃。
弓を振り回した男はその一撃を受け止め、更に右手ではダガーを抜き放つ。
牽制か、あるいは必殺の手段があるか――どちらにせよ、その攻撃を許すつもりはない。
「おおッ!」
斬法――剛の型、白輝。
力強い踏み込みが地を爆ぜさせ、その体勢を僅かに揺らす。
その程度で体幹を崩すほどの甘い相手ではないが――それでも、ほんの僅かながらに隙ができた。
それと共に、神速の一太刀が弓使いの肩口へと襲い掛かる。
弓使いは、弓とダガーを交差するようにその一撃を受け止めて――受け止めきれず、餓狼丸の刃が男の肩口へと食い込んだ。
「――――!」
しかし、それでも尚、男の殺気は尽きてはいなかった。
攻撃を受け止められたが故に、完全に相手の体を両断することはできず、胸の半ばで餓狼丸の刃が止まる。
死に体でありながらも、男はそのままダガーの刃をこちらへと向け――俺は、餓狼丸の柄から手を放しながら相手へと肉薄した。
「――いい殺気だ」
打法――破山。
下から救い上げるような衝撃を、相手の胸へと向けて叩き込む。
踏み込みによって地は爆ぜ割れ、その全ての衝撃を打ち込まれた男は、肺と心臓を破壊されてその場に崩れ落ちた。
消滅と共に地面に落ちた餓狼丸を拾い上げ、残心と共に息を吐きだす。
「……まさか、死を悟って相討ちを狙ってくるとは」
先ほど戦った相手よりも、鋭い殺意だった。
そのような相手も出現することに驚愕と歓喜を抱き――同時に、そこに残されていたものに眼を瞬かせる。
今の男が消えた、その場所。そこに突き立っていたのは、これまで見てきた破損した装備とは異なる、明らかに新品の剣であった。