軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

920:再会

俺がその光景を目にしたのは、金龍王の浮遊島に到着したまさにそのタイミングだった。

一人の男が、手に携えた刃で、ドラグハルトの胸を貫いている。

だが、その光景よりも、俺はその男自身の姿に対して驚愕を抑えきれずにいた。

その姿が、何よりも見知ったものであったが故に。

「おい……何でアンタがここに居やがる、クソジジイ」

「ったく……お前はいつでも肝心な時に一歩遅ぇな、バカ孫よ」

こちらを振り返ることも無く刃を引き抜き、崩れ落ちかけたドラグハルトは咄嗟に一歩踏み出してその身を支える。

たった一度、胸を貫いたその傷。本来の悪魔であれば余裕で耐えたであろうそのダメージに、しかしドラグハルトは一歩も動けずにいた。

状況は理解できないが、これだけは言える。ジジイの刃を受けてしまったなら、その相手に生存の術はない、と。

「……馬鹿な。余の核を、ただの一撃で」

「そりゃ、狙ったからなぁ。避けさせやしねぇさ」

「その業は、魔剣使いの……!」

久遠源十郎――我が祖父にして、久遠神通流の先代師範。

俺に久遠家の当主の座を譲って以降、どこぞに姿を消していたはずのクソジジイが、そこにいた。

見間違える筈もないし、ジジイ以外にこんな芸当ができるはずもない。

エインセルと同じ力を得たドラグハルトを、ただの一撃で下すことなど――真に『唯我』を操ることができる、この男以外には。

「何だ、孫よ。そんなに俺の真似事をしてたのかぁ?」

「……否定はしないさ。そいつらを斬るのに、最も有効だったからな」

「ふむ。ま、それも事実だな。何しろ、この俺の剣だからな」

胸を抑えるドラグハルトの身からは、力が零れ落ちていく。

驚嘆すべき光景だった。プレイヤー全てを出し抜き、悪魔たちの力を結集して、あの大公ヴァルフレアすらも上回った――あの竜心公ドラグハルトが。

小汚いジジイの刀一振りで、その命脈を断たれようとしているのだから。

ドラグハルトは、俺とジジイの姿を見比べ、驚嘆に目を見開く。

「そう、か。貴公は、もう一人の英雄の……」

「仰々しい言い方だなぁ、このデカいのは。ただの棒振りが得意なだけの人斬りに、英雄もクソもあるものかよ」

「魔王め……そのような、奥の手を残していよう、とはな」

ドラグハルトの身は、少しずつ崩壊を始めていた。

経緯は見れていないが、状況は理解できてしまう。このクソジジイは、次元断ちの刃でも使ってドラグハルトの核を破壊したのだろう。

本気になったジジイは、全ての刃に『唯我』の性質を乗せることができる。

このジジイの剣は、避けることができないのだ。故に、防ぐか受け流さねば、必ず斬られることとなる。

それこそが、この久遠源十郎が最強の剣士たる所以であった。

「……よもや、このような結末になろうとはな」

深く、長く、ドラグハルトは吐息を零す。

そこに込められた感情はあまりにも深く、複雑に絡み合い、読み切ることはできなかった。

感じ取れるのは確かな悔恨と――そして、酷く不釣り合いではあるが。

「――魔剣使いよ。貴公に、後を託すしかないようだ」

――それは、希望とでも呼ぶべき祈りであった。

そのような言葉と感情を向けられるとは思わず、目を見開いて息を呑む。

言うまでもなく、俺たちとドラグハルトは相容れぬ敵であったはずだ。

この戦いの直前まで俺たちを追い詰め、破滅をもたらそうとしていたドラグハルトは――勝手に、こちらに後を託そうとしているのだ。

「好き勝手しておきながら、更に勝手なことを言うもんだな、オイ」

「魔王を討つ――ただ一点、そこに関してのみ、我らの目的は共通していた。それは、今も変わらぬ筈だ」

「……」

否定はできない。そこに向かうまでの道筋には看過できない断絶はあったものの、最終目的だけは共通していた。

だからこそ、大公との戦いにおいては共同戦線を張ることができたのだから。

そして、道が完全に分かたれた今でさえ、その結論だけは変わらぬままだ。

故にこそ、ドラグハルトはそう告げる。俺たちを、同じ終着点へと導くために。

「今や、それを成し遂げられるのは貴公だけだ。理解できるであろう?」

「……ジジイ、テメェのせいか」

半眼で睨み据える俺に対し、ジジイは無言で肩を竦める。

この様子は、後で話すということだろう。

問い詰めたいことはいくらでもあるのだが、今はドラグハルトの言葉に耳を傾けるべきか。

――今、このタイミングが最後のチャンスであろうから。

「我らの目的に配慮せよ、などと妄言を吐くつもりはない。我らは、結局のところどこまでも敵同士だ。しかし――」

「……魔王は、マレウスだけは、俺の手で必ず殺す。ドラグハルト、お前の言葉など知ったことじゃない」

「ああ、それでよい。それだけが、余の望みだ」

半ば拒絶にも近い俺の言葉に、しかしドラグハルトはそれでも満足した様子で頷いた。

ドラグハルトが安堵の吐息を零すと同時、その体の崩壊が加速する。

心臓を破壊されながら、ここまで気力で喋っていたようなものか。

塵と化して行く身体で空を見上げたドラグハルトは、周囲に聞かせるつもりもない小さな声で呟いた。

「済まぬな、ローフィカルムよ。後のことは任せるぞ」

その一言を最期に――公爵級の頂点たる悪魔、竜心公ドラグハルトは、まるで冗談のように呆気なく消滅したのだった。

しばし呆然と、奴が消えた空間を見つめ、状況と感情を整理する。

エインセルを倒してから、あまりにも大きく状況が変化してしまった。

最悪の一歩手前にまで近づいてきていたが、どうやら首の皮一枚は何とか繋がったらしい。

しかし――

「それで、もう一度聞くが……何だってアンタがここにいるんだ、クソジジイ」

「こっちはこっちで仕事をしてたんだよ。そっちの、竜一郎の孫と同じ仕事をな」

竜一郎――逢ヶ崎竜一郎か。

ジジイは箱庭計画における例のプロジェクトの被験者であったため、顔見知りであったとしても何らおかしくはない。

だがまさか、俺の知らないところでそんな真似をしていようとは。

「アルトリウス」

「いえ、僕も知りませんでした。情報を規制されていた? いや、むしろ……」

どうやらアルトリウスにも初耳の情報であったらしく、一人考え込んでしまっている。

アルトリウスたち現場のメンバーには、契約上の理由からある程度情報を絞っているという話だった。

それに関連しているのか、あるいはもっと別の動きがあったのか。

ともあれ、このクソジジイはアルトリウスの関知しない場所で動いていたということだ。

「……いえ、今は確認が先決。源十郎様、とお呼びしても?」

「おいおい、堅ッ苦しいなぁお前さん。知り合いの孫にそんな畏まられちゃ、ジジイの立場がねぇってもんだ」

「は、はぁ。では、源十郎さんと……貴方が、東の大陸で大公の一体を討ったというのは事実ですか?」

以前に聞いたアルトリウスの話からすると、コイツはジジイに対しても大きく恩義を感じていると思われる。

それ故の呼び方だったのだが、当のジジイはまるで気に入らなかったようだ。

呼び方はともかくとして、ジジイはアルトリウスの言葉に躊躇いなく頷く。

「おう、事実だな。だが、結局のところ相討ちでよ……倒れたところを、マレウスに捕らえられちまったってわけよ。残念ながら、今はあの女の使い走りって状況だ」

「おい……デカい口を叩いておきながら、随分と無様を晒してるじゃねぇか」

「こっちにはこっちの事情があんだよ。皺腹掻っ捌いて終わりってわけにもいかんさ」

頭を掻きながらそう告げるジジイに、小さく嘆息を零す。

今のジジイは、マレウスの尖兵になっているということだ。

正直なところ、これは脅威であると言わざるを得ない。

ただ倒されるために用意されたゲームのボスやMALICEと違い、久遠源十郎という男はどこまでも勝利に貪欲だ。

殺し合いとして相対した場合、この男がどれほど恐ろしい存在であるかは、誰よりも俺が良く知っていた。

「ま、とにかくだ。四体の大公は倒れ、悪魔たちも最早立ちはだかる力は無いだろう。魔王マレウスへの道は、これで開かれたってわけだ――最後の門番である、俺を除いてな」

「……立ちはだかるかよ、クソジジイ」

「北の果てに来な。最早、障壁に道を遮られはしない。この世界への移住、その契約を果たそうとするのなら……最後の障害を乗り越えて、マレウスに刃を届かせてみな」

その言葉の直後、ジジイの背後に銀色に輝く砂時計が現れる。

時空の精霊――いかなる経緯かは知らないが、コイツはジジイに協力しているらしい。

精霊が魔力を放つと共に、形成された力はジジイの体を包み込み――その姿は、一瞬にしてかき消えてしまった。

後に残ったのは、静寂に包まれた浮遊島。急激に……あまりにも急激に変化した状況に、俺たちは現実を飲み込み切れずにいた。

『――グランドクエスト《人魔大戦》が進行します』

『――グランドクエスト《人魔大戦:フェーズⅡ》を達成しました』

『――グランドクエスト《人魔大戦》が進行します』

『――グランドクエスト《人魔大戦:フェーズⅢ》を開始します』

けれど、世界は止まる筈もなく。

俺たちの戦いは、最後の局面へと転がり落ちて行ったのだった。