軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

897:暗躍の刃

クオン達が内部防壁を乗り越えたちょうどその頃、アリシェラは都市内部にて作戦行動を続けていた。

彼女としては業腹ながら、ファムという女の指示を受けた上での行動である。

アリシェラとしては、その言葉に従う義理などないという思いが正直なところだ。

しかしながら、先んじて作戦に従事することになったクオンの足を引っ張ると言われてしまえば、無視することもできない。

何故クオンがファムという女を警戒し、その上で認めているのか、それを改めて実感することとなってしまった。

(まともに接触したのは前回の一件だけなのに、もう私の琴線を把握しているのよね)

思わず舌打ちを零しかけるが、そうすれば通信を繋いだままのファムへと聞こえてしまう。

それは何となく負けた気分になるため、アリシェラはその舌打ちを飲み込みつつ、悪魔に支配された街の中を走り続けた。

さっさとこの依頼を片付けて、クオン達に合流する。アリシェラの中にある考えはただそれだけである。

「……目標地点に到達」

『ええ、お疲れ様ぁ。そこに仕掛ける札は分かっているわよねぇ?』

「さっき貰った図の通りでしょう。分かってるわよ」

口から零れかけた舌打ちを我慢しつつ、アリシェラはインベントリからいくつかの紙を取り出す。

それは、ファムが手ずから作成した呪符と、この街全体を示す簡易的な地図であった。

その地図の八箇所には、札を設置する場所と順番、そして種類が示されていた。

ファムの扱う魔法は呪詛術――基本的には、敵にデバフを与える魔法である。

そしてこの魔法は、事前に行った準備が大掛かりであればあるほど高い効果を発揮するという性質があった。

これが、そのための準備であることは、アリシェラも十分理解している。だからこそ、それがクオンにとっての助けになると信じて、こうして協力しているのだ。

「……」

『うふふ、不満そうねぇ』

「分かっているなら黙っていなさい」

だが、有能だからといって相容れる理由になりはしない。

正直なところ、彼女はアリシェラにとってどこまでも相性の悪い相手であった。

しかし、そんなことは知ったことではないと言わんばかりに、ファムは一人で話し続ける。

『疑問に思っていることは分かるわよぉ。本当に、大公級相手にデバフなんかが効くのか、って話よねぇ』

「……」

図星の一つを突かれて、アリシェラは沈黙する。

標的となる相手は、大公級悪魔エインセル。当然ながら、その能力は他の悪魔とは比べ物にならないものだ。

それは、デバフに対する耐性でも同じことであり、普通ではそのようなスキルは通用しない。

いくつかの状態異常を扱うアリシェラだからこそ、その難しさは実感していた。

「……状態異常にしろ、デバフにしろ、耐性無視が無ければ大公級に通じるとは思えないわ」

『ええ、それはその通り。まず通じることはないでしょうねぇ』

それらの扱いという一点については、呪詛術を使うファムの方が専門であろう。

その上で、二人の意見は一致していた。通常の手段で、大公級にそれらを使うことはできない。

アリシェラ自身、通じるとしたら《闇月の魔眼》程度であると考えていた。

しかし、ファムはそれを承知の上で、この作戦を決行している。

その理由が何なのか、アリシェラには掴み切れずにいた。

『ところでアリスちゃん? 大公級ってどんな存在なのかしらぁ?』

「……急に何の話?」

『さっきからの話の続きよぉ。あれらがどんな存在なのかは、もう知っているのでしょう?』

「ええ、マレウス・チェンバレンのAI、でしょう」

ファムの言葉に、アリシェラは眉根を寄せながらも肯定を返す。

MALICEの首魁であるマレウス・チェンバレンが最初に生み出した四体のAI。

大公級悪魔とは、それらが悪魔という役割を背負った存在である、と。

だが、それがいかにデバフの話に繋がるのか、アリシェラには理解ができなかった。

しかし、ファムは話の続きであると告げながら、言葉を紡いでゆく。

『では、大公級同士の違いとは何かしらぁ? 具体的には、アルフィニールとエインセルの違いだけど』

「アルフィニールと、エインセル?」

ファムの問いに、アリシェラは眉根を寄せる。

違いを上げようと思えば、幾らでも出てくることだろう。

能力も、戦い方も、何もかもが違っているのだから。

しかしながら、ファムが話しているのはそのようなことではないだと、アリシェラも理解していた。

果たして、何を告げようとしているのかと、アリシェラも耳を傾ける。

『アルフィニールがどのように生まれたのか。そのバックボーンは、イベントみたく演出されていたわよねぇ?』

「……ええ、ただの異常な女の話だったけど」

『一言で言ってしまえばそれだけなのだけどぉ、あの無秩序な肉の塊――いえ、その性質を持つAIが生まれた経緯としては、納得のできる話だったでしょぉ?』

アリシェラは、それに思わず沈黙してしまった。反論の言葉が思いつかなかったのだ。

あのような経緯を経たからこそ、際限なく膨れ上がる肉の塊が生まれた。

それは確かに、アリシェラにも理解できる流れであった。

「そうね、アルフィニールのバックボーンと、それによって生まれた能力は繋がっているのでしょう。でも、それがエインセルとどう関係してくるの?」

『勿論、エインセルとアルフィニールの性質は異なるものでしょう。生まれた経緯が異なれば、有する能力が異なるのも当然だわぁ』

アリシェラの懸念に対し、ファムもまた同意する。

アルフィニールの能力がそのバックボーン故に生まれたものであるならば、エインセルも同様の可能性は高い。

しかし、エインセルのバックボーンが分からない以上、その能力を類推することも不可能だった。

更に言えば、結局デバフの話とどう繋がるのかも分からない――アリシェラは、内心で毒づくようにそう呟く。

しかし、ファムはそんな彼女の内心を見透かすかのように話を続けた。

『けど、マレウス・チェンバレンのAIが生まれた経緯からして、彼らの性質がある程度似通ったものであるとは考えられるわぁ』

「……箱庭のリソースを食い尽くして生まれた、四体のAI」

『そう、つまり――彼らは、無尽蔵にも思える大量のリソースを内包してはいるものの、私たちと同じ存在であるとも言えるんじゃないかしらぁ?』

――ファムの言葉に、アリシェラは息を呑んだ。

大きく変貌してしまっているとしても、根本にあるものは同じ、AIとしての情報構成。

アルフィニールを観察し続けた情報から、ファムはそう結論付ける。

『シェラートがアルフィニールを倒してくれたおかげで、ある程度の性質は把握できたわぁ。大公級にも、核となる部分が存在していることもねぇ』

「けど、あれはそうそうできるものなのかしら?」

『彼ならやるでしょう。どちらかと言えば、問題なのはそれを当てられる状況にできるかどうかってところねぇ』

ファムが見せた無類の信頼に、アリシェラは思わず顔を顰める。

しかし、それを口にすることはないまま、その先の言葉を待った。

『アルフィニールは、基幹AIに対して大量のリソースを付与した状態だった。これは、他の大公も同じでしょうねぇ』

「……なら、違いは?」

『有するリソースの使い方、或いは……』

そこで、ファムは言葉を切る。

彼女らしからぬ歯切れの悪い様子に、アリシェラは首を傾げた。

しかし、ファムはその先の言葉をかけることは無く、元の話を続ける。

『……アルフィニールは、自分が取り込んだものを怪物という形で切り離して使役することができたわねぇ。それじゃあ、エインセルは?』

「兵器を使って……いえ、それは」

『そう。彼は、己が内包する大量のリソースを使わずに戦っているのよぉ』

エインセルが兵器を製造しているのは、彼の知識によるものであり、保有するリソースには関係が無い。

であれば、エインセルの能力はどこにあるのか。

底どころではない、末端すら力を見せていない事実に、アリシェラは思わず戦慄する。

『使う必要が無いのか、使えない理由があるのか。そこに、エインセルという存在の肝があるわぁ。だって、そんな有り余る力を使っていないのだからねぇ』

「確かに、それは不自然だけど……だったら、どうするというの?」

『そうそう、デバフと状態異常の話ねぇ。まあ要するに、その使われていない、或いは温存されているリソースにどう対処するかということになるのだけど……そうねぇ、貴方にはこれらの札の効果だけは説明しておこうかしらぁ』

事ここに及んで秘密にするつもりかと、アリシェラは眉根を寄せる。

しかし――ファムの発した説明に、彼女は呆然と表情を失うことになるのだった。