作品タイトル不明
895:雨の中を
降り注ぐ榴弾の雨の中を、隙間を縫って駆け抜ける。
広めの通りの中央を走るのはシリウス。そして、その両脇を俺とアンヘルがカバーする形だ。
正面にいる敵はシリウスに任せてしまっていいだろう。放たれる攻撃を無視して踏み潰してしまえば済む話だ。
しかし、道の両脇にいる悪魔はそうもいかない。俺たちや、後ろにいる緋真たちを狙って攻撃してくるのだ。
こいつらについては、俺たちが対処する必要があるだろう。
「シェラートのドラゴンは相変わらず優秀ですね!」
「だろう? 頼りになる仲間だ」
的がでかく、目立つ。ただそれだけで、敵の視線を集めることができるのだ。
勿論、目立ちすぎるというのも一長一短ではあるのだが、今この状況においては俺たちへの攻撃を引き受けてくれている。
敵本陣への前進という目的を果たすためには、攻撃を受けながらも止まらないという能力は非常に優秀だった。
それは、エインセルが定めたであろうルールの影響下にあるからこそ、より顕著であるとも言える。
「しっかし、後続の進みが悪いですねぇ」
「被弾を恐れるようになったことで、味方の足が鈍っている。それもエインセルの思惑だろうさ」
「回復できないって言うのは面倒ですね」
まあ、攻撃の被弾を恐れるというのは当然のことではある。
それが回復できないとなれば、足が鈍ってしまうのも当然だろう。
この状況下において、それでも変わらず前に進めているのは『キャメロット』の部隊ぐらいなものだ。
それも優秀なタンクがいるからこそであって、彼らが脱落してしまえば『キャメロット』とて足を止めざるを得ないだろう。
それほどまでに、エインセルの能力は厄介だ。
(だが――どうして、そんな能力なんだ?)
一方で、その点の疑問は残ったままだ。
回復阻害ということなら理解できる。というか、そちらの方がより厄介だった。
一切回復できないとなれば、俺たちでも一時退却を余儀なくされていただろう。
だが、エインセルの能力は外傷の回復阻害に留まっている。HPそのものの減少については、あまり制限していないのだ。
だからこそ、俺は《練命剣》を使っても回復できるし、戦闘能力を落とすことなく戦うことができているのである。
(そこまでの能力を持つことはできなかった、ということか? だが、それにしても妙に中途半端な……)
完全なる回復阻害を無条件で付与できるとなってしまったら、それは完全な反則だろう。
女神も魔女も、そこまでは許可できなかったという可能性も考えられる。
だが、外傷のみの回復阻害、それに急所ダメージの増幅には、他の意図があるように思えてならなかった。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
歩法――陽炎。
降り注ぐ榴弾を回避し、お返しに生命力の刃を放つ。
奴らの攻撃は相変わらず、こちらに手傷を与えるためのものだ。
榴弾の直撃を受ければ、その部分が吹き飛ぶだろう。だが、回復が制限されている今、それを治すことはできない。
一撃で殺し切れなくても構わない。こちらが行動不能になれば、それでいいということだ。
そして、それを成し遂げる方法は、言うまでもなくグレネードランチャーだけではない。
「土の地面ですよ、シェラート」
「わざわざ石畳を引っぺがしたのか? 全く……シリウス、前方をまとめて薙ぎ払え!」
「グルァアアアアアッ!!」
俺の号令に従い、足を止めたシリウスがブレスを解き放つ。
止めようと攻撃が集中するが、言うまでもなくその程度でシリウスが怯むはずもなかった。
放たれる衝撃波のブレス。それは、前方を余すことなく蹂躙し――土の地面の上では、断続的な爆発が巻き起こった。
「うわ……あれ地雷ですか?」
「足止めが目的なら、まあ当然やるだろうな。踏んだら足が吹き飛ぶし、外傷を回復できない状況では致命的だ」
果たして、《 再生者(リジェネレイター) 》を持つ俺ならば欠損した足を再生させることができるのか。
切断程度なら何とかなることは実証済みなのだが、消し飛んだ手足まで再生できるのかは微妙なところだ。
「というか、ここの外には無かったのか?」
「ありましたよ、結構広範囲に。ただ、やっぱり門の前に集中していたみたいで、外壁側はそれほど多くありませんでした」
「まあ、普通はあんなところの壁が突然崩れるなんて思わないでしょうからね」
緋真とアンヘルの言葉に、成程と頷く。
街の外では回復阻害の効果は無かっただろうが、それでも地雷というものは足止めに有効だ。
馬鹿正直に門を破ろうとしていたら、その脅威を存分に味わうことになっていただろう。
エインセルの戦い方は実に堅実だ。だからこそ、奇策に頼った今の状況は上手く嵌まっていると言える。
だが――
(こちらは奇策に頼ったんじゃない、頼らざるを得なかったんだ)
今の状況は、確かにこちらの狙い通りであると言えるだろう。
ドラグハルトの想定外の行動を含めれば、想定以上にいい展開で進んでいるとも言える。
しかし、その上で――未だ、俺たちは不利であると言わざるを得なかった。
「……よし、再度進むぞ、シリウス」
「グルッ」
鼻息と共に魔力の残滓を噴き出して、シリウスは再び地響きを立てながら進行を再開する。
その巨体を見上げつつ、俺は顔を顰めたまま舌打ちを零した。
エインセルの展開した回復阻害の効果は、俺たちを徐々に蝕んでいくことだろう。
あらかじめ知っていれば対抗策も準備できたかもしれないが、今この状況下で即座に対応とはいかないものだ。
エインセルは、正攻法で防衛しながら、少しずつ俺たちを削って行くだけでいい。それだけで、奴は有利な状況となるのだから。
「……そう考えて、いたんだろうがなぁ」
恐らく――というか間違いなく、ドラグハルトの攻撃はエインセルにとって予想外だっただろう。
外壁と内部防壁を貫き、城館までもを破壊した極大の一撃。
本体に直撃させていればエインセルとて無事では済まなかったであろうそれを、都市の攻略のために使用したのだ。
エインセルの予定は、大きく崩れたことだろう。
(ドラグハルト達は崩れた壁を乗り越えてやって来るだろう。エインセルまで一直線だ。少しずつ消耗させるという作戦は使えなくなった)
ならば、エインセルはこのまま手を拱いているのか?
断言できるが、それはあり得ないだろう。奴は必ずや、何かしらの手を打ってくるに違いない。
それが何なのか、どのような手を打ってくるのかは全くもって不明――アルフィニールもそうだが、大公の能力など想像すらできない。
この状況では、こちらが有利などとは口が裂けても言えないだろう。
「何にせよ、まずはエインセルの面を拝むところからか」
近づいてきた内部防壁の姿を見上げ、そう呟く。
頑丈な防壁に加え、バリスタや大型グレネードランチャーなどの装備。
見れば、いつだかの輸送襲撃で発見された短距離砲のようなものまで備え付けられている。
単純な攻撃だけならシリウスも耐えられるだろうが、例のトリモチについては流石に困るのだ。
ここから先は、安易に進むことはできないだろう。
「ドラグハルトはもう先に進んでいるんだ、ここで足を止めちゃいられない」
俺たちの後ろには、アルトリウスたちを始めとしたプレイヤーの面々が続いている。
俺たちが足を止めることは、プレイヤーの軍勢全ての足を止めることに他ならない。
ならばいかにして、あの防壁を攻略するか。
流石に《 不毀の絶剣(デュランダル) 》の一撃だけでは壁を破壊しつくすことはできないし、その射程まで近づけば集中砲火を受けることになる。
ブレスも強力だが、あの規模の壁を破壊することは困難だろう。
成長武器を解放すれば破壊も可能だろうが、同じく射程距離の問題で接近が困難。
さて、であればどのように対処するべきか――
「ならば……そろそろ、切り札の一枚でも見せてやることとしようか」
――従魔結晶を取り出し、俺は笑みと共に小さく呟いたのだった。