作品タイトル不明
854:遊撃と破壊工作
率直に言ってしまえば、俺たちが請け負った作戦は単なる時間稼ぎに過ぎない。
エインセルが本格的な攻撃態勢を整えるまでの時間を稼ぎ、こちらが動けるだけの余裕を確保することが目的だ。
正直に言って、そういった受け身にならざるを得ない状況というだけでもかなりの不利といえるだろう。
その不利を、致命的な状況にしないことこそが、今回の作戦なのである。
(大公級を相手に、不利な状況からスタートせにゃならんというのもな)
胸中で呟き、眼下の光景を確認する。
エインセルの軍勢は、途中からいくつかのグループに分かれながら、こちらのエリアに向かってきているようだ。
軍曹の読み通り、前線拠点を何ヶ所か構築しようとしているのだろう。
山脈を越える必要があるためその足は鈍く、山越えがやり易いエリアもそれほど多くは無いため位置の特定は難しくない。
だが流石に、その全てを俺たちだけでカバーすることは不可能だった。
(いくつかは道を崩して通行止めをするとは言っていたが、それは地属性魔法であっさり突破できちまうからな……向こうの世界より便利な手段があるとそれはそれで困る)
山道を塞ぐこと自体はそれほど難しくはない。
だが逆に、それを撤去することもまた容易になってしまう。
多少の足止めは可能だろうが、効果的な手段とは言えないだろう。
どうしたものかと眉根を寄せるが、そうそうすぐに効果的な手段など思いつくものではない。
今はただ、今できることをできる範囲でやって行くしかないのだ。
「というわけで……まずは、あの隊列への襲撃だ」
「いきなり飛ばしていきますね」
俺たちが担っているのは、そんな山越えのエリアの一角だ。
最も山越えが容易いであろう、山間の谷間のようになっているエリア。
高さもそう大したものではなく、また道幅もそれなりに広い。
更に言えば、俺たちの拠点にも比較的近い場所――エインセルにとっては、確保したい要衝の一つだろう。
その谷間を超えようとしている悪魔の集団は、やはりあの戦車、サイの魔物をメインとした部隊であった。
「……多くはデーモンだけど、前と違ってアークデーモンやグレーターデーモンも多い。しかも、全てが武装してるわね」
「個人携行の火器は……多少はあるようだな。やはりグレネードランチャーか」
どうやら、アレがエインセルの軍の標準装備であるらしい。
誤射、誤爆のリスクが高いため、標準装備として使うものではないと考えているが……やはり、通常の弾丸は製造できないのだろうか。
連中がどのような制限を受けているのかは不明だが、回避が難しいという点ではこちらの方が厄介かもしれない。
前回遭遇したような設置型ではなく、小型の弾頭を撃ち出す携行銃器。
爆発物とはいえ、取り回しが良くなった武器はかなり厄介だろう。
「あれがエインセルの主力部隊なのか、或いはまだまだ隠している手札があるのか……いや、後者だと思っておいた方がいいだろうな。とにかく、まずは連中を潰す」
「方法は?」
「シリウスを小型化して潜ませ、奇襲して後続部隊と分断する。その後、前と後ろから攻撃を加えて前方の部隊を殲滅、道を破壊して一時退却だ」
後続からも攻撃を受けることになるシリウスはそれなりにダメージを受けるだろうが、今のシリウスならば十分に耐えられるはずだ。
俺の指示を受けたシリウスは小型化した状態で森の中を進み、息を潜めて合図を待つことになる。
念のためルミナを付けておけば、倒されるということは無いだろう。
「攻撃開始の合図はセイランの攻撃からだ。派手にやって構わんぞ」
「クェエ」
《一番槍》のスキルを持つセイランは、初撃の攻撃力が非常に高い。
今のセイランならば、あのサイであろうとも一撃で破壊することができるかもしれないのだ。
出鼻を挫き、後方へと合図を送るには、十分すぎる攻撃であると言えるだろう。
セイランが敵を混乱させたら、俺たちが続いて襲撃を仕掛ける。
多少の広さがあるとはいえ、砲撃が十分な効果を発揮できない至近距離。
壊滅させることは不可能でも、その足を止める程度のことは難しくないだろう。
「よし……頼むぞ、セイラン」
「クェエッ!」
鋭い声と共に、セイランは大きく翼を羽ばたかせる。
紫電が迸り――雷光へと変貌したその身は、瞬時に空へと舞い上がった。
地上から立ち上る雷光の姿に、悪魔たちもまたすぐさま異常を察知する。
その動きは素早く、連中が良く訓練されていることを示していた。
だが、たとえ態勢を整えることができたとしても、それに反応できるかどうかはまた別の話だ。
空を駆けた雷は、紫電の軌跡を描きながら悪魔たちの列へと急降下する。
奴らもグレネードランチャーを構えるが――生憎と、目視した時にはもう手遅れだ。
「ケェエエエエッ!!」
隕石の如く墜落してきたセイランの一撃は――周囲へと紫電の雷光を迸らせ、半ばにいたサイを粉砕し消し飛ばした。
周囲を蹂躙する雷は、周りにいる悪魔たちを例外なく打ちのめす。
その破壊力はすさまじく、周囲にいた悪魔たちを黒焦げにするだけでなく、それらが持っていた弾薬に引火して誘爆させた。
断続的に爆発が巻き起こる戦場は、まさに地獄のような様相であった。
「グルァアアアッ!」
セイランの合図を受け、シリウスもまた戦闘を開始する。
森の中から姿を現して本来の大きさを取り戻したシリウスは、容赦のない突進でサイの魔物を吹き飛ばす。
シリウスの体格は、鎧に覆われたサイよりも更に大きい。
全てにおいて上位互換と言えるその力は、重量に優れるサイすらも容易く蹂躙してしまった。
そして、シリウスはその巨大な体格を武器に、悪魔の部隊を後続から切り離すことに成功する。
「よし、前段階は完了だ。行くぞ!」
状況を確認し、俺と緋真も混乱する戦場へと飛び出す。
アリスは姿を隠しているが――まあ、それはいつものことだ。
セイランの攻撃で大きく混乱している戦場は、俺たちの参戦にも気づいた様子ながら、その対応ができていない。
どうやら、指揮系統に混乱が生じているようだ。
(集団での行動を訓練されてはいる、が――個人での対応訓練は十分じゃないか)
グレーターデーモンならともかく、ただのデーモンたちにはそこまでの技量はないらしい。
ならば、まずは混乱に乗じて数を減らす。
そのためには――
「《オーバーレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
振り下ろした餓狼丸から、黒い風が溢れ出す。
周囲の景色を覆い尽くすその黒い風は、悪魔たちの視界と体力を奪い去る。
その混乱に乗じ、俺は最も近場にいた悪魔へと餓狼丸の刃を振るった。
多少は夜目が利くとはいえ、暗闇の中で俺たちの姿を捉えることはできないだろう。
「面倒だし、まとめて吹き飛べ!」
次いで放たれる、緋真の炎の魔法。
通常であっても強力な魔法だが、この場にいる敵の多くはあまり強力ではないデーモンだ。
つまり、総合的な体力はあまり高くはなく、更に【咆風呪】によって体力を削られている。
その状態で、緋真の魔法を受けきれる筈もない。その一撃は、デーモンのみならずアークデーモンの体力すらも削り切ってみせた。
「グレーターデーモンは――対処は要らんか」
数が少ないグレーターデーモンは流石に堪え切れたようではあるが、これについては俺が手を出すまでもない。
暗闇の中、姿を消した彼女が仕事を仕損じる筈もないのだから。
故に、俺が対処すべき相手はそちらではなく――
「……ご主人様がいなくなっても動くか。よく訓練されているようだな、デカブツ」
【咆風呪】も、緋真の魔法も耐えきったサイの魔物。その巨体へと、俺は即座に肉薄した。
この状況でも戦意を失っていない魔物は、接近した俺の気配に気づき体当たりを仕掛けようとする。
巨体による突撃を受ければ流石に無事では済まないが、生憎とこちらが近付いてから動き始めたのではあまりにも遅い。
「《練命剣》、【命輝練斬】」
収束した生命力は黄金の軌跡を暗闇の中に描き、掬い上げるようにサイの首の下から突き刺さる。
鎧に覆われていない首の下、そこから喉笛を食い破り、血管を骨を裂いてその命を奪い取った。
横倒しに倒れるサイの死体から退避しつつ、暗闇の内部へと再び身を躍らせる。
撤退するまでに、可能な限りの戦力を削り取ってやるとしよう。