作品タイトル不明
850:再接触
山脈の東側、エインセルの支配領域。
その山の麓付近、平地に近いエリアに着陸した俺たちは、そのまま周辺での狩りを開始した。
出現する魔物は依然とそれ程差は存在しない。基本的には、あの猿共が多い状況であった。
あれこれと多彩な手札を用い、更には罠まで使ってくるためそこそこ退屈はしない相手だ。
経験値もそれなりに得られるし、レベル上げにも悪くはない。
尤も、主目的はそこではないのだが。
「ようやっと《神霊魔法》のレベルが上がったか」
「あと一つですか。次のレベルアップの後ぐらいですかね」
「どの程度期待できるのかしらね?」
果たして、節目のレベルを迎えたレアスキルはどのような変化を見せてくれるのか。
まあ、期待を裏切られても複雑な思いをするだけだし、あまり気にし過ぎない程度がちょうどいいのだろうが。
ともあれ、本来の目的であるレベル上げもそれなりに進められている。
しかし、もう一方の目的はあまり芳しくない状況であった。
「悪魔の方は反応が無いですね」
「こちらのことを発見していない、ってことは無いと思うんだがな」
一応、エインセルの悪魔たちは周囲を哨戒していたはずだ。
にもかかわらず、今のところこちらに攻撃を仕掛けてこようとする様子はない。
それどころか、監視の目すらも感じ取ることはできなかった。
奴らは俺たちを完全に無視しようとしているのだろうか。或いは、何か作戦でも練っている途中なのか。
何も反応が無いと、こちらとしても対応に困るところである。
「せめて監視でもしていれば、こちらとしてもやりようがあったんだがな」
「この間、それをやって捕捉されたから、何か別の方法にしているんじゃないの?」
「……ちょいとやり過ぎたか?」
監視の方向に向かってシリウスのブレスをぶっ放したり、転移魔法で直接乗り込んだりとやりたい放題だった。
それだけのことがあれば、悪魔側としても警戒して然るべきだろう。
しかし、こちらに知覚できない方法で監視されているとなると中々面倒だ。
隠したいものは隠したまま動かざるを得なくなってしまう。
(まあ、《獄卒変生》については使わずにここまで来ちゃいるが……)
しかし、あのスキルの習熟はこちらとしても行いたいところではあるのだ。
ずっとこの状況が続くというのも、正直困るところではある。
ただのレベル上げで終わってしまっては勿体ないし、何とかしてローフィカルムの反応を見たい。
「どうしたもんかね……もう少し東に出てみるか?」
「流石にエインセルと直接やり合いかねないことはやめた方がいいんじゃ」
「それはそうなんだがな……しかし、このままやっていても状況は変わらんだろう」
監視されているにせよいないにせよ、悪魔側からのアクションをこちらが把握できなければ意味がないのだ。
であれば、向こうも姿を見せざるを得ないような状況にしていくしかない。
それで悪魔側から攻撃を受けた場合には――まあ、対処せざるを得ないだろうが。
「他に思いつく方法もないし、やるだけやってみるとするかね」
「いいんですか? エインセルを刺激するようなことをしちゃって」
「既に喧嘩は売ってる状況だからな。中途半端なスタンスで時間を浪費する方が問題だ」
ローフィカルムの出現で、こちらは身動きを封じられた状態にある。
だが、このまま時間を浪費していれば、エインセルかドラグハルトのどちらかに有利な状況へと傾くことだろう。
エインセルは元よりそのように動いていたようであったが、正直あまりこちらに都合の良い流れとは思えない。
どちらかに傾いた頃には、俺たちにとって致命的な状況になっている可能性もあるだろう。
どのような選択をするにせよ、いつでも動けるような状況にしておくべきなのだ。
「というわけで、向かうは東だ。正直、エインセルの支配領域は調査が進んでいないし、調べられるところは調べていくぞ」
「『キャメロット』の人が潜入してるとは思うんですけどね」
「あまり情報が入ってきていない辺り、本当に調査が難しいんでしょうね」
東の方角へと足を向けながら、エインセルの支配領域に関する情報を確認する。
高高度からの調査で、ある程度の地理だけは判明しているものの、それぞれの地域の性質なども不明な点は多い。
だが、エインセルの悪魔たちの戦闘スタイルから、奴らが何かしらの生産拠点を用意している可能性は高いだろう。
それぞれの拠点を破壊することができれば、相応にエインセルの軍事力は落ちることになるだろうが――
(それを容易く赦すような大公ではない、か)
時間をかけて良いのであれば、何とかしてそれぞれの拠点を破壊し、エインセルの弱体化を狙うべきだろう。
だが、ローフィカルムがいるとなれば話は別だ。
ある程度自由に動き回れる公爵級など、拠点攻撃にはこれ以上ないほどに厄介な相手である。
(もしも拠点に近付いてローフィカルムが出てくるようであれば、奴の活動方針はある程度判明する。出てこないのであれば……ある程度、拠点を調査させて貰うとしようか)
どちらに転んでも、こちらにはメリットのある状況だ。
無論、相応のリスクを飲み込む必要があるが、挑戦する価値はある。
「一番近い拠点はこっちの方角で合ってるんだよな?」
「マップには表示されてないから分かりづらいですけど……そうですね、そっちで合ってるみたいです」
「上空からの情報だけじゃ、何があるのかよく分かってないのよね?」
「そうだな。兵器の製造か、弾薬の製造か、はたまた例の戦車用のサイでも捕まえているのか……」
何をしているにしても、その拠点を破壊できればエインセルの軍事力を落とすことに繋がる。
確保する必要はない。徹底的に破壊して、再生までに時間がかかる状況にしてしまえばいいだけだ。
正直、確保よりはそちらの方が圧倒的に楽ではあるが、エインセルもそれを許す筈がない。
俺たちが近付くだけでも、何かしらの反応を示す筈だが――
「何にせよ、俺たちの接近を許す筈が無いだろうよ」
「――そこまで分かっているなら、見せびらかすような真似をするんじゃあないよ、悪ガキ」
唐突に、魔力の気配が出現する。それとほぼ同時に現れた魔女の姿に、俺は息を呑むと共に笑みを浮かべた。
想定通りにローフィカルムを引きずり出せたことへの歓喜、そして転移するまで全くその気配を掴めなかったことへの戦慄。
その両方をない交ぜにし、いつでも餓狼丸を抜けるように鞘へと手を添えながら、俺は真っ直ぐとローフィカルムに向き直る。
「随分と早いご登場だ。もう少し近付いてから来るかと思ったんだがな」
「そりゃ、お互いにとって都合が悪かろう――エインセルが見逃せる範疇を超えるからね」
「……お互いにとって、か」
帽子の下で、ローフィカルムは薄く笑みを浮かべている。
正直、この手の相手に腹芸で勝てるとは思えないし、話すならアルトリウスか軍曹がいて欲しいところなのだが――今はそうも言っていられない。
知るべきことは分かり切っているのだ。そのヒントは、既に提示して貰っている。
「アンタの目的は、単純な拠点の防衛だけ。逆に言えば、拠点に手を出さなければ反撃はしてこない――エインセルとの義理を果たしたとは、そういうことだな?」
「ついさっき思いついた、ってところかね。アンタは行き当たりばったりに動くが、獣のような直感がある。面倒な手合いだよ」
「……肯定と受け取っておくぞ」
ローフィカルムの動きに気付けたことは単なる偶然であるため、こちらもその言葉を否定することはできない。
しかし、うちのご隠居衆でも相手にしているような感覚に、思わず顔を顰めることとなった。
帽子の下から凍った月のような瞳を覗かせるローフィカルムは、先を促すようにこちらを見つめている。
その意図の全てを把握することはできないが――やはり、この悪魔からはこちらに対する敵意や殺意を見出すことはできなかった。
「アンタはエインセルと協力関係にあることは間違いない。だが、積極的な攻撃行動に出るつもりは無いんだろう?」
「都合のいい考え方だね。希望的観測の域を出ないよ?」
「間違っているなら、こんな距離のある場所で止める必要は無かっただろう。お互い、建設的に行くべきじゃないか」
「全く、張り合いがないね」
やれやれと嘆息するローフィカルムに思わず眉根を寄せるが、それに対する悪態が口を突いて出るより先に、緋真が一歩前に出た。
目の前の公爵級悪魔への警戒心は残しながら、それでも引くことなく声を上げる。
「貴方は……どうして、エインセルに協力しているんですか?」
その緋真の問いかけに、ローフィカルムは視線を落とし、しばし沈黙した。
彼女の反応に、俺は目を細めて様子を探る。これまでの皮肉気な軽口ではない、明確な反応。
その理由に、何か重要なファクターがあるということか。
しかし、ローフィカルムは軽く溜め息を吐いて、その場で踵を返してしまった。
「……ここから先へは進まない方がいい。そうすれば、儂も対処せざるを得ん。だが――」
「――エインセルの本丸だけを狙うなら、アンタは手出しをするつもりは無い、か?」
「ああ、それは約束するとしよう。儂が護るのは、エインセルの座す都以外だよ」
知りたかった、知るべきだったその疑問に対する、明確な回答。
嘘を吐いている可能性は排除しきれないだろうが、それでも方針を見出せただけでもありがたい。
ローフィカルムは魔力を励起させ、再び転移しようと呪文を展開する。
そして、彼女の姿が掻き消える、その間際。
「何故肩入れするか、ねぇ……哀れじゃあないか。たった独りになってしまった、あの孤独な王が」
一言、それだけを言い残し、去って行ったのだった。