軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

842:罠と遭遇

『レベルが上昇しました。ステータスポイントを割り振って下さい――』

木々の深い場所に入り込んだことで、魔物と遭遇する回数も多くなり、ようやっとレベルが一つ上昇した。

レベル140――ようやっと大台に乗った状況であるが、ここは新たなスキルは取得せず、控えに回していたスキルを戻すに留める。

新たなスキルを取得しようにも、特に当てもない状況なのだ。

《 不毀の絶剣(デュランダル) 》のような、空間を断ち斬るスキルでもあるなら話は別なのだが、流石にそこまで都合よくはいかない。

むしろ、エルダードラゴンの爪で似たような効果を得られただけ、幸運だったと考えておくべきだろう。

ともあれ、今は特に取得するスキルの当てもないため、大人しくサブスキルを元に戻しておくに留めておこう。

「さて……向こうはどう出るかね」

頭上を見上げながら、そう呟く。

今のところ、俺たちを監視する視線は感じ取れない。

果たして、連中は俺たちの監視を継続する気はあるのかどうか――まずは、その出方を窺うことになるだろう。

別段、俺たちは複雑なことをしようとしているわけではない。

ここが広大なフィールドである以上、完全に死角になるような位置を探すことは不可能だ。

だが、監視可能なポイントが少ない位置自体は存在しているし、その中で極端に監視しやすい場所もある。

俺たちが選んだのは、そんな場所のあるポイントだ。

木々が多く、視線が通り辛い森の中では、俺たちの動きを把握することは難しい。

自然、敵がこちらを監視しようとすれば、それが可能なポイントはいくつかに絞られることとなる。

(これはあからさまな誘いにも近い。乗ってくるかどうか、だな)

少し考えれば、あちらも俺たちの狙いに気が付くだろう。

エインセルならば、その程度は容易に想像がつくと考えられる。

その上で、こちらの思惑に乗って監視を続けるのか、或いは俺たちの監視は諦めるのか。

これまで接してきたエインセルの動きを考えると、後者の方が可能性は高いようにも思えるが。

「そういえば先生、この辺りでエインセルの悪魔を見かけなくなりましたよね」

「ん? そうだな、拠点を落とされたから撤退したんだろうが……まあ、いつまでも黙ってはいないだろうよ」

俺たちが落としたものを含め、この山脈にあったエインセルの拠点は殆どを攻略している状態だ。

そこを利用していた悪魔たちは、当然撤退していることだろう。

無論のこと、ただ撤退したままで黙っている程、甘い相手であるとは考えづらい。

いずれ、採掘拠点を奪還するために、攻めてくることは間違いないだろう。

今の悪魔たちの監視は、それに向けた布石なのか。俺たちを監視することで、拠点を攻略するための算段を立てようとしている――そう言われれば、納得できる話ではある。

(まあ、結局のところはあの防御魔法と転移魔法が謎なままだが)

どうしても引っかかるのは、あの高度な魔法。

これまでのエインセルには無かったその技術は、新たな手札なのか、それともあの悪魔たちだけの特殊な何かなのか。

兵器を扱うという、ある種分かりやすい符号が見られなくなったが故に、混乱は避けられなかった。

今後の作戦のためにも、その正体だけは把握しておきたい。

とはいえ、このあからさまな誘いに乗ってくるのかどうか――

「……そう、懸念していたんだがな」

こちらへと向けられた意識を察知し、俺は思わずそう呟いた。

気配は離れているが、位置は分かりやすい。当初の想定通り、高所にある崖上に現れたようだ。

まさか、こうも想定通りに相手が動くとは思わず、逆に困惑してしまう。

「何か、逆に罠を仕掛けられてるんじゃないだろうな?」

「でも、放置しておくつもりもないんでしょう?」

「それはその通りだ。わざわざ来てくれたんなら、こっちからも挨拶せにゃならんだろう」

さて、果たして悪魔たちは、どのような思惑を以てここに現れたのか。

そして、どんな仕組みであの防御魔法や転移魔法を使って見せたのか。

連中を倒すことよりも、そちらの方が優先すべき事柄だろう。

距離は十分、【ムーンゲート】が届く位置だ。今ならば、崖上へとすぐさま転移することができるだろう。

「アリス、頼めるか?」

「了解だけど、方針は?」

「相手が道具を使っているなら、それを奪う。魔法を使っているなら魔法を破壊し、再発動する様子があるかどうかを確認した上で殺す」

どうせ話を聞こうとしてもまともに会話はできないだろう。

だからこそ、ここで確認するべきは単純な情報だけでいい。

奴らが何を使ってあの魔法を発動していたのか、それを知れるだけでも十分なメリットとなるのだから。

「了解、それじゃあ繋ぐわよ――【ムーンゲート】」

アリスの魔法発動と共に、目の前に銀色の魔力の渦が出現する。

【ムーンゲート】は、術者が始点と終点にポイントを設置することにより、その両端を一瞬で移動できる魔法だ。

尤も、それほど遠距離にポイントを設置できるわけではなく、しかも一度足を運ばないとならないため、使い所は少ないのだが。

しかし、視線が通る程度のこの距離であるならば、【ムーンゲート】の発動には一切問題は無かった。

「即座に戦闘だ、一気に行くぞ」

告げつつ、ゲートの中へと飛び込んでいく。

出口側であるゲートも出現しているため、悪魔も異常を察知している筈だ。

向こうがそれの対策をする前に、一気に決める。その決意を固めながら、俺はゲートの向こう側へと飛び出した。

目に入ったのは二体の悪魔。そして――夜空の如き紺色のローブを纏った、小柄な人影。

「――『生魔』」

――推定、爵位悪魔。そう判断した俺は、即座に地を蹴ってその人影へと肉薄する。

目深に被った三角帽子で人相は見えないが、間違いなく人間に近しい姿をしている。

銀の点が散りばめられたローブは、星々の輝く夜空を表しているかのようで、酷く神秘的な印象を覚える。

その首へと向け、俺は強く踏み込みながら刃を振るった。

斬法――剛の型、輪旋。

初見であれ、一切の加減は無い。

相手が無名の悪魔であろうと決めつけ、魔法による強化を施していなかったことは痛恨の極みだが、爵位悪魔といえど容易に受け止められるような代物ではない。

蒼と金の残光を描きながら振るう、渾身の横薙ぎ。その一閃は――

「何ともまぁ、素早い判断だね」

刃が首に届くよりも早く、発生した防御魔法に食い込む形で停止した。

即座に刃を引き、距離を取って構える。ここで爵位悪魔に――それも、俺の渾身の一撃を受け止められるほどの個体に遭遇することは想定外だ。

恐らくは侯爵級以上。しわがれた声は、その人物が老婆であることを示していた。

夜空を固めたかのような衣を纏うその老婆は、虚空から一振りの杖を取り出して、顔を上げる。

「相手が何者であるかを確かめることすらなく、いきなり殺しに来るとはねぇ……実に正しい判断だ。ここにいたのが儂でなければ、防ぐことはできんかっただろうよ」

「……何者だ」

つばの広い三角帽子の下、深いしわの刻まれた顔ではあるが、右が金、左が銀に輝く双眸は実に力強い。

明らかに魔法使いタイプの悪魔であるが、俺の攻撃速度に対応できた時点で並大抵の相手ではないだろう。

たとえ姿が老婆であったとしても、油断などできる筈が無かった。

俺が一切気を抜いていないことを理解したのだろう、老婆は笑みを深めながら杖で地面を叩く。

その瞬間、背後にいた悪魔共々、老婆たちは足元に広がった銀色の魔法陣に包まれた。

「自己紹介は、正面から顔を合わせた時にさせて貰うとしようかね。ここは退散させて貰うよ、哀れな英雄よ」

「――《蒐魂剣》、【破衝閃】!」

ただの攻撃では防がれる。故にこそ発動した《蒐魂剣》だったが、そのテクニックが形を成すよりも相手の動きの方が早い。

銀の光に包まれた悪魔たちの姿は掻き消え――俺の繰り出した突きは、ただ虚空を貫くのみに終わった。

思わず、舌打ちを零しながらも刃を降ろす。

爵位悪魔の存在という、貴重な情報こそ得ることはできたが……その実、具体的なことは何も分からなかった。

あの老獪な悪魔は、具体的な情報だけは完全に隠し通して見せたのだ。

「あの悪魔の目撃例は……無いだろうな」

「でも、侯爵級の上位か、或いは……公爵級もあり得ますよね、アレ」

公爵級悪魔――二体は俺たちが討ち、ドラグハルトを含めた三体は判明している。

先日のアルフィニールの戦いでは一体を討ち、判明していない公爵級は残り二体。

もし、あの老婆が公爵級であるならば――

「エインセルに、公爵級悪魔が与している可能性もある、か。ますます頭が痛い……ロクに情報を落とさなかったからな」

「けど、一つだけ分かることはあるわよ」

老婆が消えた場所へと足を進め、そう呟いたのはアリスだった。

彼女は周囲を見渡し、そしてこちらへと振り返って、確信と共に口を開く。

「あの悪魔、月属性だわ。恐らく、天月と闇月の両方よ」

その言葉に、思わず眼を見開く。

希少属性たる月属性魔法、その上位を二種とも習得しているというのか。

思えば、転移魔法については月属性には豊富だ。先ほどの魔法も、それによるものということだろう。

豊富な属性を有しているということは、あの悪魔が魔法のエキスパートであることの証明でもある。

引き出しの多い相手は、それだけ厄介だ。情報の少なさは、それに拍車をかけることだろう。

「……せめて、侯爵級であることを祈るしかないか」

情報はアルトリウスに渡し、月属性については情報を集めて貰わねば。

アリスですら、闇月の魔法をマスターしているわけではない。

これらの魔法に関して、判明する情報は決して多くは無いだろう。

嘆息と共に、俺はアルトリウスへの連絡を開始したのだった。