軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

080:戦端開くは剣鬼の咆哮 その1

――黒い軍勢が、地響きのような足音を響かせて接近してくる。

数を数えることも億劫になるような軍勢は、ただこちらへの敵意と殺意を滲ませながら接近してきていた。

対し、こちらは二人。正確には、後方にある都まで下がれば多くの味方はいるだろうが……生憎、そんなところで悠長に待っているつもりは無かった。

「お父様、やはり無茶です! 下がった方が――」

「何馬鹿なこと言ってる。これほどの機会、そうそうあるもんじゃねぇぞ」

抜き放った太刀を肩に担ぎ、下がらせようとする 仲間(ルミナ) の声に対してそう返す。

嗚呼、全く――こんな機会を、得ることができるとは思わなかった。

この現代の世で、合戦の空気なんてものを味わうことができるとは。

ゲリラ戦の火事場とも違う、己の命と敵の血肉が交じり合うような戦場。

――俺が、求めて止まなかったものだ。

「くくっ、あの馬鹿弟子には感謝せんとな。まさか、こんなに楽しい戦いを提供してくれるとは思わなんだ」

今はこの場にはいない、己の直弟子の姿を思い浮かべ、俺は再び笑いを零す。

本当に愉快極まりない。今度、しっかりと礼をしてやらねばならないだろう。

多少ならば無茶な頼みも聞いてやらないでもない。それほどまでに、俺はこの状況に歓喜していた。

「さぁ、始まりだ。よく見ておけ、我らの剣が――久遠神通流がいかなるものであるのかを」

「……ッ」

抑えきれぬ戦意に、後ろから息を飲む音が聞こえる。

けれど俺は軍勢から目を離すことなく、笑みと共に太刀を構えていた。

全ての始まりは数週間前、弟子が持ち込んできた一つの提案。

――その時のことを、俺は笑い出しそうになるほどの高揚を抑えながら思い返していた。

あの日、明日香がこのゲームを勧めてこなければ、このような気分を味わうことは無かっただろう。

合戦への高揚と、悪魔共への殺意、そして燃え上がるような怒り。

まるで、かつて戦場を歩んでいた頃のような感覚だ。体の内側から燃え上がるように、けれど思考だけは冷たく研ぎ澄まされてゆく。

目の前の敵を殺す――ただ、それだけのために己を最適化させてゆく。数多の敵を斬り、屠ったあの日に近づき、そして超えるために。

「そして……必ず、アンタを打倒するために」

この場にはいない、己の目標へと向けて小さく呟き――その瞬間、ガラン、ガランと巨大な鐘の音が響き渡っていた。

それはベルクサーディの内側、王城の辺りからだろうか。

焦燥をもたらす、緊急を告げる鐘の音。肌を震わせるほどの巨大な音は、全ての方角に響き渡ったことだろう。

そしてそれと共に、俺たちの舞台の幕が上がる。

『ワールドクエスト《悪魔の侵攻》を開始します』

後方で、雑多な歓声が上がる。

正式にサービスを開始してから、初の大規模なイベントだ。待ち望んでいた者も多いことだろう。

だが、悪いが足並みを揃えてやるつもりは無い。全力で引っ掻き回してやるとしよう。

《強化魔法》を発動し、俺は敵の陣容を見据えて眼を細める。

「お父様……っ!」

焦るルミナの声。近づいてくる悪魔の足音は、既に震動として感じ取れるほどのものだ。

距離にして数百メートル程度。あと数分としない内に、奴らは王都まで到達することだろう。

奴らも既に俺たちの姿を捉えているのか、無数の敵意が俺の身に降り注いできていた。

その真っ只中で――俺は、口角を笑みに歪める。

「――――」

大きく息を吸う。

足を大きく開き、拳を強く握り締める。

そして――体の中にある総ての熱を、全力で解き放つ!

久遠神通流合戦礼法――火の勢、鬼哭。

「 殺(シャ) アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

――その刹那、全ての音が止んでいた。

悪魔共が地を踏みしめる音も、異邦人たちの歓声も、あらゆる生き物が発する音が瞬時に消え去る。

ざり、と――静寂に包まれた戦場に、俺の足が地を踏みしめる音が響く。

その音は、どこか耳に痛いほどに響き渡り……俺は白目が真っ赤に染まった眼で、視界を占める敵の全てを睥睨していた。

四つある合戦礼法の理、その内、最も攻撃的な合戦礼法こそが鬼哭だ。

原理としては威圧、即ち『気当たり』に近い。殺意、敵意、悪意、害意――『お前を殺す』という意志そのものを全力で高め、咆哮と共に解き放つことで、あらゆる敵の動きを制限する。

同時に、絶叫と共にアドレナリンを大量に放出し、極度の興奮状態を作り上げる。

それによって起こるのは、運動能力の向上と痛覚の軽減。肉体が壊れる一歩手前まで己の身体能力を高め、超人的なスペックを発揮するのだ。

「久遠神通流、クオン――」

太刀を蜻蛉の構えへ。

広がった瞳孔で悪魔共の姿を捉えながら、俺は前へと踏み出していた。

「――推して参る」

歩法――烈震。

踏み込んだ一歩にて、トップスピードに乗る。

俺の咆哮に動きを止めた悪魔共との距離はおよそ三百メートルほど。

その程度の距離であれば、十秒程度で肉薄できる。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

斬法――剛の型、扇渉・親骨。

僅かに旋回させた一閃に、前進の勢いの全てを乗せる。

その僅かな手元の動きで大きく翻った一閃は、軍勢の先頭にいた三体のスレイヴビーストを一刀の下に斬り伏せていた。

そして、それでも消化しきれない一閃の勢いを、体を回転させることで次なる一撃の原動力とする。

打法――旋骨。

放ったのは、回転の勢いを全て乗せた肘打ち。

それによって、両断され宙を舞っていた猿型の魔物の上半身は、血を撒き散らしながら後方へと吹き飛んでいた。

歩法――跳襲。

「――《生命の剣》ィ!」

宙に赤い軌跡を描いた血に紛れるように、俺は地を蹴り宙を駆ける。

吹き飛んだ猿の上半身は、後方にいたレッサーデーモンに衝突し――

「ガ――――!」

「よう、死ね」

――俺は、その頭を鷲掴みにしながら押し倒し、その首を斬り落としていた。

そして、そのまま地面を一回転して受け身を取り、その刹那に再発動した《生命の剣》で周囲を一回転に薙ぎ払う。

瞬間、赤と緑の血が撒き散らされ、俺はその雨の中で残心と共に立ち上がっていた。

「くく、ははは……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

嗚呼、愉快極まりない。

操られた獣の群れが、出来損ないの人型をした悪魔共が――揃いも揃って、何を怯えているのだ。

これだけの数がいるというのに、まるで動くことができていない!

「どうした、そんなものか! 何もできないならそのまま死ねェッ!」

醜く歪んだ豚のような首を左手で握り潰し、更に前へ。

慌てたように、或いは反射的に動いたレッサーデーモンがスレイヴビーストを盾にしようとするが、一歩後退したその時には既に刀のリーチまで飛び込んでいた。

「《収奪の剣》ッ!」

一刀にてレッサーデーモンを斬り伏せ、《生命の剣》で削られたHPを回復する。

そのまま、盾にされようとしていた牛のスレイヴビーストに突きを放ち、その内臓を抉っていた。

絶叫を上げながら崩れようとする牛から刃を抜き、血を振り払う。

そしてその角を掴みながら跳躍し、俺自身の体重全体を掛けて体を持ち上げ、己自身を支点にして相手を投げ飛ばしていた。

打法――流転。

放り投げられた牛の巨体は、そのまま落下してレッサーデーモンとスレイヴビーストを押し潰す。

そして俺はその死体を足場に、更に前方へと向けて跳躍していた。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

再び、咆哮。全力の殺気を込めたそれは、見渡す限りの悪魔共の動きを制限する。

これこそが、久遠神通流が戦場で恐れられた理由。

どれだけの数がいようとも、俺たちを前にする恐怖に打ち勝てねば意味がない。

俺の感覚が捉えている全ての敵の喉元に、この刃の切っ先を突きつけているイメージを叩きつけながら、ただ前へ。

斬法――柔の型、釣鐘。

「しッ!」

空中で体を捻り、上下逆さまになりながら回転する。

それによって放たれた一閃は、二体のレッサーデーモンの首筋を斬り裂いていた。

噴き出す緑の血を背後に、着地した俺はそのままさらに体を前に倒しながら地を蹴る。

勢いを殺さない。慣性を、ベクトルを、全て次なる攻撃への力へと変える。

斬法――剛の型、穿牙。

「《生命の剣》ッ!」

眼前の相手の心臓を穿ち、そのまま前へと前進する。

長大な刀身をそのままに、貫通した刃で背後のスレイヴビーストも穿ち、刃を捻ることで傷を抉る。

そのまま俺は刃を抜き放ち、吹き上がる血を浴びながら、左手を横合いへと伸ばしていた。

俺が突如として眼前に現れたことに驚愕していたのだろう。棒立ちしていたその首に、俺は口元を笑みに歪めながら伸ばした腕で握り締める。

「ガ、ギィ……!?」

「どうしたァ……随分と、景気の悪いツラじゃねぇか」

左腕のみでその体を持ち上げながら、俺は太刀に染みついた血を拭い取る。

俺の左手の指は悪魔の首にめり込み、緑の血を噴出させている。

俺はにやりと笑みを浮かべ、悪魔の喉笛を頚椎ごと握り砕き、その死体を乱雑に投げ捨てていた。

「テメェらが始めたことだ……人間に、俺たちに喧嘩を売ったのはテメェらだろう。なァ……」

ゆっくりと、前に進み出る。それだけで、周囲の悪魔共は一歩後方へと後退していた。

スレイヴビーストたちは地に伏せ、少しでも小さくなろうとするかのように震えている。

「だったら――少しは根性見せてみろや、塵屑共がアアアアアアァッ!!」

打法――槌脚。

殺意の咆哮と共に、俺は地面を強く踏みしめる。

その瞬間、地面は罅割れて陥没し、周囲に強く衝撃を走らせていた。

爆発のような轟音が響き渡り――その瞬間、悪魔共の恐怖は臨界に達した様子であった。

『――――――ッ!!』

様々な種族の悲鳴が交わり、奇妙な音となって周囲に満ちる。

俺の眼前にいた魔物たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように踵を返し、尻尾を巻いて逃げ出していた。

しかし、ここは戦場。ぎっしりと陣を敷かれているわけではないにしろ、立ち尽くす者たちの密度は高い。

自然、押しのけるように逃げる悪魔たちは縺れ合い、もたもたと無防備な背中を晒すことになる。

――そこに突き刺さったのは、上空から降り注いだ閃光の槍だった。

以前よりも精緻な造形で形成された魔法は、複数の悪魔共を貫いて地面に縫い付ける。

その様子に口笛を吹き、俺は己の背後へと声を掛けていた。

「ようやく来たか、ルミナ」

「……お父様が急ぎ過ぎなんです。けれど、これは……」

「言った通りだ。久遠神通流の力、間近でしっかりと見ていけ」

「……はいっ!」

恐怖はあるだろう。ルミナの表情は、硬い緊張で強張っている。

けれど、ルミナはこの状況に対して、後退の選択肢を挙げようとはしていなかった。

興味か、或いは覚悟か。まあ、それはどちらでもいい。

重要なのは、こいつがこの場の経験を生かせるかどうかだ。

「お前は迎撃と回復に専念しろ。アルトリウスが到着するまで、色々と見せてやる」

袖口で刃を拭い、太刀を納刀する。

それに次いで両腰へと手を当て、俺は二振りの小太刀を抜き放っていた。

普段はあまりやるものではないが、折角の機会だ、楽しませて貰うとしよう。

「さぁ……精々逃げ惑え、塵芥共ォオオオッ!」

胸裏を焦がす赫怒の熱量を吐き出しながら、俺はルミナを伴って、悪魔共の背中へと襲い掛かっていた。