軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

079:戦の前に

イベント開始十分前――ゲーム内の時間で言えば、三十分前か。

ゲームにログインした俺の視界に飛び込んできたのは、慌ただしく駆けまわるプレイヤーたちの姿だった。

どうやら、イベント開始に備え、東西南北の門へと向けて配置を進めているようだ。

イベント開始まであまり時間も無いし、俺もさっさとアルトリウスと合流することにしよう。

「っと、先生! 今ログインした所ですか」

「あん? 何だ緋真、まだ行ってなかったのか。お前、先にログインしていただろう」

「一言挨拶するために待ってたのに、何て言い草ですか、もう!」

こちらに声を掛けながら駆け寄ってきた緋真は、俺の言葉に対して憤慨した様子でそう告げていた。

しかし実際に、緋真がログインしてから俺が入ってくるまで、そこそこ時間がたっていた筈なのだ。

ずっとここで待っているのは、流石に時間の無駄というものだろう。

それに関しては緋真自身分かっていたのか、小さく溜め息を吐き出すと、半眼を浮かべながら声を上げていた。

「消耗品の買い出しをしてここに戻ってきましたから、そんなに時間のロスはありませんよ。まあ、あんまり必要なかったかもしれないですけど」

「ほう? そりゃどうしてだ?」

「エレノアさんですよ。あの人、東西南北に小さなクランハウスを一時的に借りて、そこでアルケミックポーションの生産販売を開始したんです」

「アルケミック……《錬金術》のポーションとかいう奴か。まさか補給線の構築までやり始めるとはな」

確か、安価で素早く量産できるのが売りのポーションだったか。

成程確かに、門の傍にそれがあれば、イベント中に回復アイテムが尽きてもすぐに補給可能だろう。

《錬金術》のポーションであれば、素材さえあれば素早くアイテムを生成可能であるという話だし、エレノアの資金力ならば素材の収集も楽だろう。

イベント前の追い込みとやらで、素材も大量に集まっていたようでもあるしな。

「イベント価格だとかで割引してましたけど、当然売れまくってましたよ。発想がコンビニですよね、あれ」

「ああ、駅前のコンビニの発想か……」

人が集まる場所に、便利に使える店舗を置く。

使い古された発想ではあるが、その効果の高さは歴史が保証しているだろう。

機会があるかどうかは分からないが、使えるタイミングがあったら顔を出してみるとするか。

「まあいい、お前は北に向かうわけだな?」

「はい。先生とご一緒できないのは残念ですけど……」

「録画で見るしか無かろうよ。ま、このゲームの中なら、機会はまだある筈だ」

その言葉に、緋真は苦笑交じりに頷く。

今更不平不満を口にしたところで仕方あるまい。既に戦場は決まっているのだ。

「じゃあ、先生。ご武運を」

「お前もな、しっかりやれよ」

軽く緋真の頭を叩き、俺はさっそく東側へと向けて出発する。

こちら側へと向かうプレイヤーには、他と比べて、鎧姿のプレイヤーが多いようにも思える。

その意匠は一部共通しており、どうやらアルトリウスが装備していた鎧を元にしているようだ。

つまるところ、あの青と銀のカラーリングが、『キャメロット』に所属している者たちの証ということだろう。

俺はそんな様子を観察しながら、従魔結晶よりルミナを呼び出していた。

「おはようございます、お父様」

「ああ、調子は良さそうだな。今日が本番だぞ」

「はい! お任せください、お父様」

ルミナは昨日の内に、装備の具合を含めて一通りの動きを確認している。

驚いたことに、教えていた動きについては、もう殆どが実戦投入しても問題ないレベルにまで上達していた。

まさか、この短い期間の内にそこまで練度を上げるとは、俺としても驚嘆せざるを得ない事態であった。

とはいえ、今の状況においてはそれも好都合、存分にその力を発揮してもらうべきだろう。

「お父様、昨日のお話では、悪魔共に正面から斬り込むということでしたが」

「ああ、その通りだな」

「……本当に、可能なのですか?」

不安げに問いかけてくるルミナの様子に、思わず苦笑を零す。

無理からぬ反応であるとは思うが、今更その方針を変えるつもりは無い。

何しろ、それこそが久遠神通流の本懐であるからだ。

「ルミナ、お前には教えていなかったが……久遠神通流が無双たる所以は何だと思う?」

「え? それは……」

「いかなる攻撃をも捌き斬る柔の型か、防御を固めようと撃ち貫く剛の型か。或いは、近接において一手で敵を殺す打法か、相手を幻惑し隙を生み出す歩法か――」

「……それら全て、ではないのですか? 優劣など付けられるものではありません」

「いい回答だな、どれかを選んでいたら叱っていた所だ」

久遠神通流の術理に、優劣などない。その全てが、一つの理念の下に成り立っているのだから。

だが――それらの根幹をなす技術はまた別に存在する。

それこそが、久遠神通流の神髄。森羅万象の境地を目指しもがき続けた先人たちの、一つの答え。

「久遠神通流にとって最も重要なのは、自分自身の制御だ」

「制御? ごめんなさい、お父様。よく意味が――」

「お前が経験した中で言うならば、重心の制御がそれに含まれる。己自身の肉体を、そして精神を掌握し、自在にコントロールすること……それこそが、久遠神通流が境地を目指す中で編み出した、術理とも異なる肉体制御法だ」

久遠神通流の術理は強力かつ対処も難しいのだが、それはあくまでも攻撃手段の一つに過ぎない。

森羅万象の境地というものは、ただ攻撃を繰り返しているだけで辿り着けるようなものではないのだ。

それ故に――久遠神通流にとって、本番と呼べるものはその肉体制御法なのだ。

「それこそが、久遠神通流合戦礼法。たった数人で数百という人間を縊り殺したと謳われる、自己制御の技法だ」

「お父様は、それを扱えるのですね……!」

「ああ。今の時代だとこれを使う必要性がまるで無いから、すっかり廃れちまっていたがな……俺とジジイぐらいだろうな、全てを扱えるのは」

いや、正確に言うならば、俺も全てを扱えるわけではない。

何しろ、その合戦礼法の最後の技法こそが、ジジイの辿り着いた境地――森羅万象の境地なのだから。

久遠神通流に伝わる術理において、俺が使えないものはそのただ一つのみ。

いつか辿り着くと誓った、劔の境地である。

「滅多に使うもんじゃないからな、緋真にも見せてやりたかったんだが……こればかりは仕方ない。お前は存分に見学していけ」

「っ……はい、お父様!」

何やら随分と嬉しそうな様子のルミナに苦笑しながら、俺は視線を前方――見えてきた、東側の門へと向ける。

既に大勢のプレイヤーが集まり防衛準備を整えているそこは成程、確かに鉄壁の布陣となっていることだろう。

と、その門の前に立つ、大柄な男の姿が目に入る。見覚えのある金髪の男は、同様に俺の姿を発見したのか、さわやかな笑みを浮かべてこちらへと足を進めていた。

「お待ちしておりました、クオン殿」

「アンタは……ディーンだったか。わざわざ到着を待っていたのか?」

「ええ。マスターがお待ちです、どうぞこちらへ」

昨日の会議で顔を合わせていた、戦闘部隊の部隊長である男、ディーン。

大剣を背に装備したその男は、しかし見た目とは裏腹に丁寧な物腰で、俺とルミナを門の内部へと案内していた。

ベルクサーディの城壁はかなり分厚く、その内部には兵士たちが入り、警備を行うような構造となっている。

その分厚さもあって、門自体も二重構造だ。これを破壊して通るのは中々骨だろう。

俺たちは、そんなもんの内部に設置された扉から階段を上がり、城壁の屋上部分へと案内されていた。

そこに立っていたのは、周囲のプレイヤーたちに指示を飛ばしている一人の青年――

「マスター、クオン殿をお連れしました」

「ああ、ありがとう、ディーン。それと、お待ちしていましたよ、クオンさん」

「そちらこそ、調子が良さそうで何よりだ、アルトリウス」

相変わらずの美貌で周囲を魅了している青年は、しかしその自覚も無いように俺たちの方へと微笑みかけていた。

周囲の状況を確認すれば、それぞれのプレイヤーたちが迷うことなく、己に割り振られた役割をこなしている。

やはり、この統率能力は流石の一言だ。尤も、あれだけの啖呵を切ったのだから、この程度はこなして貰わねば困るのだが。

「さて、予定に何か変更はあるのか? あろうがなかろうが、俺がやることに変わりはないが」

「大丈夫ですよ。予定通り、僕は貴方の行動に合わせて行軍します」

「そりゃ何よりだ。それで――」

ちらりと、視線を城壁の向こう側――広い平原と、その先に広がる山の裾野の方へと視線を向ける。

その遥か彼方には、確かにこちらへと向かってきている黒い影の群れが存在していた。

距離がありすぎるため全容は見えていないが、それでもかなりの数だ。恐らく、四桁に達していることは間違いあるまい。

その圧倒的な数に、しかし口元を笑みに歪めながら、俺はアルトリウスに問いかけていた。

「敵の様子はどんなもんだ?」

「斥候からの報告では、およそ三千、と言った所ですね。敵の陣容は殆どがレッサーデーモン、そしてスレイヴビーストという種族です」

「初めて聞く名だな。レッサーデーモンとやらは悪魔のようだが……スレイヴビーストってのは?」

「悪魔に使役された魔物のようですね。名前は一括りにされていますが、種族自体はかなり色々な魔物が揃っています。まあ、この周囲で出現する魔物が大半のようですが」

「……成程な」

いかなる方法であるかは知らないが、悪魔共は魔物を使役しているらしい。

俺も使っている《テイム》のスキルが思い浮かぶが、あれは魔物に強制する力はない。

何かしら、悪魔共が使える独自の能力と考えた方がいいだろう。あのゲリュオンも、アンデッドを操っていたことだしな。

「そして、敵陣ですが……見ての通り、軍としての動きはできていないようですね」

「烏合の衆だな。純粋に、数に任せての力押しか……レッサーデーモンとやらはそんなに強いのか?」

「《識別》のレベルでは20ですね。弱いとは言えませんが、強いとも言えない。そんな所でしょう」

個別で見ると、あまり面白い相手ではなさそうだ。

だが、問題は相手が多数であるということ。以前の蟻の時もそうであるが、数というものは純粋に強力だ。

レベル20の敵が多数で攻めてくれば、間違いなく危険であると言えるだろう。

だが――

「……お前さんにとっては、容易い相手だな。だからこそ、俺に合わせるというのはあまり利口とは言えないが」

「確かに、そうかもしれませんね」

今回は、こちらも数で対処している。

純粋な数量では劣るだろうが、多数対多数の戦いに持ち込めば、質で勝るこちらが負ける道理は無いだろう。

わざわざ、俺のような劇物を持ち上げる必要などない。

だが――アルトリウスは、それでも変わらず、どこか得意げな笑みを浮かべていた。

「けれど、成功すれば最も高い効率を見込めます。ハイリスク・ハイリターン、いいじゃないですか。勝負をするなら、それぐらいでないと」

「くく……成程な」

アルトリウスの言葉に笑みをこぼし、俺は彼の隣を通り抜けて城壁の際に移動していた。

確かに、俺が宣言通り奴らを斬り抜けて、アルトリウスがそれに合わせられるならば、最大の効率を見込める可能性は高い。

それをあえて望もうと言うのであれば、こちらとしても否は無い。

ならば、全力を尽くしてやるとしよう。

「ルミナ、こっちに来い」

「はい、何でしょうか、お父様――えっ?」

首を傾げながら近づいてきたルミナの手を握る。

突然のその動きに、ルミナは目を丸くして硬直していたが――次の瞬間、その表情は一気に引き攣ることとなった。

何故なら、俺がいきなり城壁から飛び降りていたからだ。当然、手を引かれたルミナも一緒に壁から落下し――

「っ――先に言ってください!」

――ルミナの背中に光の翼が出現し、落下の勢いが即座に軽減される。

そのままゆっくりと外壁の外に着地した俺は、くつくつと笑いながら宙に浮かぶルミナの頭を撫でていた。

「悪いな、間に合わなかったら自力で受け身を取っていたさ。いい反応だったぞ?」

「……全くもう」

唇を尖らせるルミナの様子に再び笑みをこぼし、俺は前方へと向けて歩き出す。

ちらりと、後方の城壁にいるアルトリウスへと、視線を向けて。

「覚悟が決まっているならそれでいい、始めるとしようか」

張り上げてもいないその声は、恐らく彼に届いてはいないだろう。

けれど、こちらの意図は伝わっているはずだ。少し引き攣った、けれど不敵な笑みを浮かべたアルトリウスは、すぐさま周囲のメンバーへと向けて指示を飛ばし始める。

その姿を背に、俺はルミナを伴って、ゆっくりと戦場へ足を踏み出していった。