作品タイトル不明
768:融解せし愛の檻 その29
シリウスが狙ったのは、アルフィニールの上半身が生えている巨大な肉塊であり、その上半身の方は狙っていなかった。
確実に軌道からは逸れていたし、そもそも直撃していたならば千切れ飛んで然るべきだ。
そうであるにもかかわらず、アルフィニールの体には傷跡が刻まれ、そこから血が噴き出していたのだ。
この現象は紛れもなく、シリウスの攻撃が有効であったという事実を示していた。
「シリウス、クールタイムが終わり次第《 不毀の絶剣(デュランダル) 》を連発しろ! 消費は構うな、幾らでも使え!」
ようやく見つけた有効な攻撃手段、活かさない手は無い。
そしてその考えは、戦場を支配する者達にとっても同じであったらしい。
『総員に通達します。《空間魔法》、《時空魔法》を使用可能なプレイヤーの皆さんは集合を。パーティ配分を再調整し、これらの魔法による攻撃をメイン攻撃手段として使用します!』
アルトリウスの案は単純だ。空間攻撃系のスキルが通用するなら、それをダメージソースとして使用するという作戦である。
シリウスの攻撃ほどの破壊力は無いだろうが、継続的にダメージを与えるには十分だ。
そして、それへの対応として化け物を差し向けられたとしても、今の規模ならば『キャメロット』には十分に対処可能。
今度こそこちらがイニシアチブを持ちながら戦うために、アルトリウスは早急に攻撃態勢を整えてゆく。
『ふむ。余にはあまり慣れぬ攻撃手段ではあるが――こうか』
一方、ドラグハルトは独自に攻撃を繰り出していた。
驚くべきことではあるが、どうやら自力で空間攻撃を放つことができるらしい。
ドラグハルトの周囲に弾丸として形成された黄金の魔力は、放たれると共に虚空へと弾痕を生じさせながら消失した。
流石に、刃としての性質に特化したシリウスほど使い勝手は良くなさそうだが、ドラグハルトの魔力で放つなら十分すぎる破壊力となることだろう。
『ふ、ふふふ……っ! 本当に、素敵だわぁ』
それらの攻撃に晒され、これまでとは違い確かなダメージを受けた様子のあるアルフィニールは、しかしそれでも余裕を崩してはいなかった。
むしろ楽しくなってきたと言わんばかりの笑みを浮かべながらその手を振るい、薄紫の魔力を斬撃へと変えてドラグハルトへと放った。
対し、ドラグハルトは黄金の魔力を滾らせ、鋭く強靭な爪を以てアルフィニールの一撃を相殺する。
血が飛び散る様子から、やはり多少はダメージを受けてしまっている様子ではあるが、ドラグハルトなら受けきれるものであるらしい。
(しかも即座に回復してやがるな。金龍王と同じ、聖属性だとでも言うつもりか?)
悪魔のくせに聖属性というのはいかなるものか。
まあ、事実として回復に優れているという点は納得しなければならない。
とにかく、ドラグハルトは放置していても特に問題は無いだろう。
むしろ、反撃に注意しなければならないのはこちらだ。
まだ《時空魔法》持ちたちは攻撃を開始していないし、アルフィニールからの注目も薄い状態である。
だが、攻撃を開始すれば、当然奴は反撃してくることだろう。先ほどのような規模の攻撃となると、受け止められる者は限られてくるし、対策は必須だ。
「……まあ、あいつなら何とかするだろうがな」
懸念はあるが、アルトリウスならばそこまで心配する必要は無いだろう。
問題は、攻撃手段に欠けているこちらである。
(シリウスの尾を魔法で強化しておく程度はともかくとして、こっちはどうやって対応するかだな)
俺や緋真など、空間に対しての攻撃手段を持たない面々は、周囲に湧き出る雑魚に対処しておくしかない。
《奪命剣》を使えば多少は相手のリソースを削り取れるかもしれないが、やはり空間攻撃ほどの有効打にはならないだろう。
問題は、特に高い攻撃力を持つ成長武器の使い手が、空間に対しての攻撃手段をあまり持っていないことだ。
特に高い攻撃能力を持つ俺たちが、その性能を発揮しきれないことは大いに不利であるし、膨大なリソースを保有するアルフィニールを削り切るには必要不可欠だ。
ならばどうするべきかと、ひたすらに思考を巡らせ――シリウスが二度目の《 不毀の絶剣(デュランダル) 》を放ったのは、ちょうどそのタイミングだった。
「グルァアアアアアアッ!!」
化け物たちを踏み潰しながら前に出てきたシリウスは、群がってくる化け物を蹴散らしながら尾の刃を振るう。
刃自体の攻撃力が爆発的に向上した《 不毀の絶剣(デュランダル) 》は、大型の個体すら意に介さず真っ二つにする威力を持っているのだ。
化け物の群れごと空間を真っ二つに裂いたその一閃は、一瞬の後に元へと戻り、アルフィニールの体に深い傷を刻み込む。
――その気配に、ふと思いつくことがあった。
「先生、私はシリウスの援護に回ります。先生は――」
「ああ、俺もそっちに合流する」
「え? でも、先生ならむしろそのままあっちに向かった方が……」
そう言いつつ、緋真が指差したのはドラグハルトが戦っている場所だ。
アルフィニールの正面を陣取りながら真っ向から撃ち合うその戦い方は、普段の俺のそれに近いものだろう。
普段であれば俺もそうしていただろうが、生憎とアルフィニール相手には有効な手とは言えない。
目の前に飛び出していったとしても、囮として動き回る程度しかできないだろう。
しかも個にして軍と言えるアルフィニールが相手の場合、その囮もどれだけ意味があるのかは疑問が残るところだ。
「俺が囮になってアルトリウスが動きやすくなるならまだしも、アルフィニールが相手じゃそこまでの効果すら期待できんからな。それより、確かめたいことがある」
「先生はシリウスの援護ってわけじゃないんですか?」
「ああ、正直しばらくは攻撃に参加できんかもしれん。周りに寄って来た化け物ぐらいは片付けるがな」
「はぁ……分かりました、了解です」
緋真も察してはいないようだが、それは仕方あるまい。
この感覚は、今は俺やジジイにしか感じ取れないものだろうからな。
ともあれ、やるべきことは決まった。緋真と共にシリウスが暴れている方向へと移動しながら、道を塞ぐ化け物の群れを切り伏せていく。
歩法――陽炎。
幸いと言うべきか、アルフィニールの視線はドラグハルトに釘付けにされている状態で、強いて言えば残りはシリウスに向いている。
俺や緋真といった存在を脅威とみなしていない点には若干の不服を感じるが、好都合であることは否定できない。
つまり、こちらを狙っているのは自動的に湧き出てくる化け物の群れのみであり、それさえ迎撃できていれば後はフリーの状況なのだ。
「《オーバーレンジ》、『奪淵煌牙』」
「【紅桜】!」
生命力の刃を形成し、その周囲に漆黒の渦を発生させる。
チャージが長いテクニックではあるが、緋真の放った火の粉が連続して爆発を起こし、迫ってくる化け物の群れを押しのけたため距離的な余裕はある。
そして押しのけられた化け物たちが再び距離を詰めるよりも早く、《奪命剣》によるチャージは完了した。
斬法――剛の型、中天。
直接斬るわけではない以上、小細工は必要ない。
真っ向から振り下ろした漆黒の渦は、地面の生命力をも削り取りながら正面へと向けて直進した。
実体のない黒い渦が逆巻く姿は静かなもので、正面に立つ化け物たちの生命力を、その防御力に関係なく吸い上げて枯らしていく。
これで多少なりともアルフィニールの体を削ることができるならいいのだが、砂漠からシャベルで砂を掻き出したところで焼け石に水だ。
やはり、もっと有効な手立てを取る必要があるだろう。
そう考えながら化け物が消し飛んだ道を一気に駆け抜け――俺と緋真は、シリウスの近くに到着した。
「よし、到着……それじゃあ先生、こっちは適当に暴れてきます!」
「ああ、こっちは少し集中が必要だ。悪いが、任せるぞ」
「はい!」
俺から離れて駆けていく緋真の背中を見送って、俺は近くで暴れているシリウスの姿を見上げる。
その戦いに巻き込まれない程度の距離は保っているが、俺が近付いて来たことには気づいたらしく、一瞬だけこちらに視線を向けていた。
シリウスの周囲では光の群れが飛び回っており、どうやらルミナが精霊たちを召喚しながら援護を行っているようだ。
アルフィニールの注意はシリウスにも向いているだろうが、ルミナの援護があるならば問題は無いだろう。
ともあれ、俺は俺の仕事をしなくては。未だ掴み切れていない感覚を、己の手に手繰り寄せなければならないのだ。
――けれど。
『さあ、もっと深く。私と貴方たちは、一つになるのよ……第三層――侵食』
俺たちが動くよりも早く、アルフィニールは新たな局面を開始してしまった。
ずしりと、体が押し潰されるような不快感――その感覚に歯を食いしばり、俺は舌打ちを零したのだった。