軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

077:悔恨

軍曹との食事は、予想通り俺や軍曹の昔話で盛り上がることになった。

まあ、言ってしまえば暴露大会だ。軍曹が俺をからかうために下らない過去話を持ち出し、俺がそれに対抗して部隊の連中の馬鹿話を語る。

四年程度の付き合いであったというのに話題が尽きることも無く、気付けば料理が無くなるまですっかり話し込んでしまっていた。

「何て言うか……ちょっと、意外ですね。先生が、先代様以外にそこまでムキになるなんて」

「確かに、シェラートの人付き合いはちと特殊だよなぁ」

「……そうか? 自覚は無いが」

軍曹がしみじみと頷きながら零した言葉に、俺は眉根を寄せて問い返す。

正直な所、そう言われても実感はない。面倒ごとを避けるために態度を変えることこそあるとはいえ、俺は基本的に他人に対するスタンスは変わらないつもりだ。

隣で聞いているルミナもあまりよく分かっていないのか、ジュースの入ったコップを両手で持ち上げたまま首を傾げていた。

そんな俺たちに対し、軍曹はにやりと笑いながら声を上げる。

「お前さんは、戦える人間相手にだけ距離が近くなるタイプだろ」

「あん? どういう意味だよ、そりゃ」

「そのままだっつーの。シェラート、お前、戦えない人間は自分より下だと――いや、この言い方はちと聞こえが悪いな。要するに、庇護の対象だと思ってるだろ」

「……まあ、確かにそうかもしれんな」

言い方は悪いが、俺が戦えない人間を低く見ているというのは否定できないだろう。

だが、それは彼らを蔑ろにしているわけではない。ただ単に、戦えないならば後ろに下がっていればいい、という考えを抱いているだけだ。

戦うのは、戦える人間の仕事だ。戦えない人間が前に出てきても、それは両者にとって何の得にもならない。

そんな俺の考えを読み取ったかのように、軍曹は視線を細めて俺のことを見つめていた。

「だから、お前さんは戦える人間を……戦場を生き抜いた相手を尊重する。そこまで来てようやく、対等な人間だと認めてるってわけだ」

「……先生って、ホント価値観が現代向けじゃないですよね」

「ほっとけ馬鹿弟子」

色々と言いたいことはあったが、これに関しては反論してもそれを話の種に軍曹にからかわれるだけだ。

文句は酒と一緒に飲み干して、深々と嘆息を零す。

それに、今の評価は紛れもない事実だろう。特に自覚はしていなかったが――成程確かに、他人を見る目としては歪んでいると言わざるを得まい。

思わず自嘲的に口元を歪め――ふと、気付く。俺を見つめる軍曹の瞳の奥に、どこか悔恨にも似た感情が込められていたことを。

(悔恨、か――)

その感情には、心当たりがある。

恐らく、俺と軍曹が抱いているのは同じ記憶だろう。

軍曹や緋真の言う、俺の他者への価値観――いつからそうだったかなど覚えていないが、もしもそれが後から生まれたものであるとすれば、それは間違いなくあの時が起点となっているだろう。

彼の部隊と行動を共にし始めてから、数度目の戦場。ある意味では、俺にとっての始まりとも言える戦い。

――初めて同部隊から戦死者を出した、あの日のことを思い返す。

(アンタと二人きりで飲んでいたんなら、その話でも良かったんだがな)

だがこれは、緋真やルミナに聞かせるような話ではない。

胸裏に秘めておくべき、過去の出来事だ。

俺は苦笑と共にコップを置き、言葉を返していた。

「まあ、部隊の連中とは修羅場を潜り抜けた仲だったからな。軍曹と同じく、戦友と呼べる連中だよ」

「くくく、丸くなったなぁ、あのサムライソードよりキレてたブレードボーイがよ」

「アンタはその余計な茶々を入れる癖を直さんと、その内孫娘に嫌われるぞ」

「はっはっは! 残念だったな、シェラート! お前を話のタネにするだけでグランパは可愛い孫娘に大人気って寸法だ!」

「……アンタ、俺がその当人だってバラすなよ、絶対」

何気に押しの強い伊織のことだ、それを聞いたら絶対に押しかけてくるに違いない。

彼女は、侍というものに対して夢や希望を抱いている様子だった。

だが、俺や軍曹が経験したのは、それとは程遠い地獄のような戦場だ。

あんなものは、女子供に聞かせるような話ではない。

その辺りは軍曹も同じ意見なのか、苦笑交じりに小さな樽のような形状のジョッキを掲げながら首肯していた。

と――その時、耳に聞き覚えのある電子音が響いていた。

「ん……あ、先生、フィノからですよ」

「ほう、伊織の装備も完成したわけか」

「ほほう? 伊織に装備を頼んでたわけか、そりゃ待たせちゃ拙い! 行ってやれ!」

にやりと笑いながら、軍曹はそう口にする。

どうやら、伊織の趣味に配慮しているようだ。彼女は時代劇好きの和装好き、俺たちを和装で着飾ることを楽しみにしているだろう。

元々軍曹は仲間に対する配慮のできる人間だが、孫に対しては更に随分と甘くなっているらしい。

まあ、食事も終わっていたし、今は暇潰しに駄弁っていただけだ。近況についても交わしたことだし、そろそろお開きにするのもいいタイミングだろう。

「分かった、俺たちはそろそろ失礼させて貰おう。また今度、酒でも飲もうか」

「おう、いつでも大歓迎だぜ」

軍曹の笑みにこちらも頷き返し、彼の差し出してきた手を握って――俺は、僅かに目を見開いていた。

そのまま軍曹の瞳へと真意を問えば、彼は僅かながらに首を縦に振る。

「……お前たち、先に出てくれ。少し話をする」

「え? はぁ、いいですけど……」

「じゃあ、先に出て待っていますね、お父様」

俺の言葉を了承した二人は、若干首を傾げながらも店の外へと足を運ぶ。

その気配を追いつつ、俺は握手から外した手を握り締め、軍曹へと真意を問いかけていた。

「……それで、何の用だ、軍曹」

「用事は そいつ(・・・) だけだがな。まあ、一つ問いたいこともあったし、ちょうどいいさ」

「質問か、何を聞きたいんだ?」

そう問い返すと、軍曹は溜息を吐き出しながら瞑目していた。

何か、聞きづらいことなのだろうか。そう考えて警戒しつつ言葉を待てば、彼はゆっくりとその口を開いていた。

「ソウ。お前が、悪魔と戦っている時の動画を見た」

「ああ、あれか。動画を公開したいって言われたんで、許可したが……それがどうかしたか?」

「お前……あの頃と、変わっていないんだな」

軍曹のその言葉に、俺は思わず苦笑する。

ああ、確かに、彼ならばそんな感想を抱くだろう。

あのゲリュオンを倒した時の俺は――まさに、あの戦争の時の心境と重なっていたのだから。

「お前はまだ後悔してるのか、ソウ。あの時のことを――」

「……後悔と言われると、それは違うとしか言えんよ、軍曹。俺はあの時のことを後悔はしていない」

「……そうなのか?」

「これを語ったことは無かったか。あの作戦では、確かに犠牲者が出た。少なくない被害も出た。だけどな、軍曹……あの時の判断は間違いではなかったし、あの時の行動は間違いなく最善だった」

あの部隊で、初めて戦死者を出した戦い。

事前準備をして、状況を確認し――その上で、俺たちは窮地に陥った。

まさか、作戦が開始してから偽装した援軍が現れるなど、想像もつかなかったのだ。

だが、俺たちはあの窮地を切り抜け、その上敵の指揮官を仕留めることにも成功したのだ。

そして――その代償として、俺たちは二人の仲間を失うこととなった。

「奴を仕留めなければ俺たちは脱出できなかったし、その後の判断が間違いだったとも思わない。俺たちは最善を尽くして、それで得た結果がアレだったというだけだ。あの場にいたのが今の俺だったら、と思うこともあるが……それは意味のない仮定だよ」

「だが、お前がああなったのはあの時からだろう?」

「……そうだな、それは否定しない」

俺は後悔しているわけではない。

軍曹が抱いている悔恨と、俺が抱いている感情は別のものだ。

俺は、ただ――

「――怒り狂っていたんだよ、あの時」

「……お前が、か? 俺にゃ、いつも通りの冷静さに見えたがな」

「自己制御は久遠神通流にとって必須だ。怒り狂っていようが、剣筋を乱すことはない。だが――あの時俺は、生まれて初めてという程の強い怒りを抱いていた」

許せなかった、認められなかった。

友が凶弾に倒れたことが、倒れた者たちへ、奴らが罵声を浴びせかけたことが。

嗚呼――今思い返しても、はらわたの奥底が煮えくり返る。

「あの塵のような連中の意味の分からん主張も、嬉々として襲い掛かってくるあの表情も――あのクソ共の存在そのものが、ただひたすらに癇に障った。あのテロリスト共の存在そのものが認められなかった。あのクズ共が……息をして、笑っていることが――俺には、耐えがたい冒涜に思えた」

「……ソウ、お前は」

「だから、全ての怒りを刃に乗せた。奴らを殺すこと、ただそれだけに己を最適化させた。奴らを殺し尽くすまで、決して止まらないことを誓ったんだ」

軍曹が、俺が変わったと主張しているのは、それが原因だろう。

否定はできまい。俺はその時、初めて『殺すために』剣を振るったのだから。

「……あの怒りは、まだ俺の中で燻っている。こいつはきっと、死ぬまで消えることは無いだろう」

「悪魔を相手にした時のお前の様子は……それが原因、ってわけか」

「奴は戦う人間を冒涜した。それがどうも、あのクソ共を彷彿とさせたんだろう。悪魔って種族は、どうにもそういう性質があるらしい」

告げて、俺は笑みを浮かべる。

戦場から離れ、平穏な暮らしに戻り――けれど、どこか違和感を拭えない自分がいた。

俺の根幹である、ジジイに対する挑戦こそ続けられていたが、何かが足りないと感じていたことも事実だ。

そして、その答えが今、この 世界(ゲーム) にある。

「悪魔を殺し尽くす。奴らが命を冒涜するならば、悉く斬って捨てる。怒りを晴らすためでも、満たすためでもなく――俺が、俺自身をそう定義したからだ」

あの戦争の続きだ。久遠神通流の理、その神髄を以て奴らを叩き潰す。

それこそが――俺が新たに見つけた、俺自身の目標なのだ。

そんな俺の結論を聞き、軍曹は深く溜め息を零していた。

「……そうかい。これも計算の内だって言うなら、恐ろしいこった」

「軍曹? 何を言ってる?」

「何でもねーよ。とにかく、お前の考えは分かった。健全とは言えねぇが……ははっ、お前なら大丈夫だろうさ」

「また根拠のない自信だな、軍曹」

「なぁに、根拠ならあるさ――」

軍曹は右手の親指を立て、とんとんと己の胸を叩く。

四年間、何度も目にしてきた彼の癖を目にして、俺は苦笑と共にその先の言葉を口にしていた。

『――俺の勘だ』

台詞を重ねて、俺たちはにやりと笑い合う。

例え怒りに身を焦がそうと、こんな下らないやり取りを大切に思う心まで失うことはない。

――俺たちは、あの四年間を駆け抜けた戦友なのだから。

「アンタの勘はよく当たる。俺もしばらくは大丈夫そうだな……じゃあな、軍曹」

「おう、活躍を期待してるぜ、シェラート」

「当然だ、期待して見ていればいい」

後ろ手にひらひらと手を振って、俺は飲み屋を後にする。

そして、緋真たちが待つ通りへと出る前に――あの握手の時に手渡された、小さな紙切れに目を通していた。

「…………」

書かれていたのは、部隊所属時代に使っていた暗号文。

一見何の変哲もない言葉の羅列にしか見えないその中から、俺は込められた単語を読み取っていた。

「……あ、先生! もう、遅いから呼びに戻ろうかと思いましたよ」

「済まんな、ちと話し込んじまった。『エレノア商会』に向かうとしよう……ああ、緋真。済まんが、火を出してくれ」

「え? えっと……【ファイアトーチ】」

俺の要請に、緋真は首を傾げながらも拳大の火の玉を発生させる。

俺はその火に対し、手に持った紙切れを近づけていた。

瞬く間に燃え上がった紙切れは、すぐさま燃え滓となって黒い残骸のみを地面に残す。

それを見下ろして、緋真は再び首を傾げていた。

「何ですか、それ?」

「ただのゴミだ。ほれ、さっさと行くぞ」

笑みと共にそう告げて、緋真の背中を叩き、俺は先に待つルミナの方へと歩いていく。

――その胸中で、読み取った単語を反芻しながら。

(World、Secret……それに、Miniature……Garden、か。世界、秘密……箱庭。一体何を伝えようとした、軍曹……?)

このような形で寄越した言葉である以上、面と向かって問うことはできない。

一体、彼は何を掴み、何を伝えようとしたのか――俺は、一体どうするべきなのか。

先の見えぬ答えに、俺は胸の内で思考を巡らせ続けていた。