軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

076:戦友

殺気を感じ取った瞬間、俺の体は即座に戦闘態勢へと移行する。

こちらへと届いた鋭い気配に、俺は即座に反応して小太刀による居合を放っていた。

方向は横合い、こちらの頭へと突きつけられようとしていたそれに、俺は下から掬い上げるような一閃を叩き付ける。

その一撃は、短めの 銃身(・・) を下から叩き、天井へと跳ね上げていた。

(銃だと――!?)

この 世界(ゲーム) にそのような武器があるなど、聞いてはいなかった。

だが、その動揺が体に現れることは無く、俺の体は即座に最適な行動へと向けて動き出す。

即ち、銃を持った相手に対する肉薄だった。

「し……ッ!」

「ぬ――――!」

斬法――柔の型、流水・無刀。

迎撃のために跳ね上がってきた膝を横へと受け流し、相手のバランスを崩しながら脇腹へと小太刀の切っ先を振るう。

だが、相手はそのまま冗談のように体を回転させながら回避すると、下から掬い上げるような蹴りを放ってきていた。

舌打ちと共に、その一撃を左手で受け流し――その瞬間、するりと伸びてきた手が俺の左腕を掴もうと迫る。

捕まれば腕をへし折られるだろう。俺は咄嗟に身を引きながら小太刀を手放し、太刀に手を掛けて――その男へと、半眼を向けていた。

「アルトリウスの言っていた、部隊の人間とやらが誰なのかと思っていたが……まさかアンタだったとはな、『軍曹』」

「ははははっ! 腕を上げたようじゃねーか、『シェラート』!」

「だからその あだ名(ニックネーム) は止めろって言っただろ」

体勢を立て直し、改めてこちらへと向き直ったのは、金髪の大男だ。

丸太のように太い腕や足、引き締まった筋肉質な肉体。それは正しく、鍛え上げられた軍人の佇まいだ。

年齢的には既に60を超えていた筈なのだが、この姿を見るにまだまだ元気な様子だった。

今の挨拶代わりの組手も終わりのつもりなのか、軍曹は既に戦意を見せていない。

どうやら、今回の抜き打ち試験はこれで終了とでも言うつもりらしい。俺は嘆息交じりに構えを解き、床に落とした小太刀を拾い上げていた。

「お父様、敵ですか!?」

「……お知り合いですか、この人?」

とは言え、いきなり攻撃を受けたこともあり、緋真たちの警戒は未だに抜けていない様子であったが。

刀に手を掛けた少女たちから剣呑な視線を向けられ、軍曹は参ったとでも言うように笑いながら、武器を仕舞ってホールドアップしてみせる。

この肝の据わった男のことだ、この程度では動揺するはずもないか。

「おっと、済まんなリトルガールズ! 俺はこの通り、我らがサムライボーイの知り合いさ」

「誰がボーイだ、誰が。んで、なんでアンタが――国連軍の第二十三前線小隊の隊長殿が、日本のゲームで遊んでるんだ? 前線に居座るために昇進蹴りまくってたくせに」

「そりゃまあ、引退したからな! どこで余生を過ごそうが、俺の勝手だろう?」

その言葉に、俺は僅かに目を見開き――その後、嘆息を零していた。

フォーカスして見れば、キャラクターネームはSergeant、要するに軍曹である。

どうやら、引退したくせに昔の気分が抜けていないらしい。

彼は、国連軍のとある部隊における小隊長……かつて、俺とジジイが行動を共にしていた部隊を率いていた男だ。

指揮能力、判断能力、戦闘能力――どれを取っても一級品であったのだが、どうにも上との折り合いの悪いタイプの人間だった。

挙げている戦功も実績も十分すぎるモノであったというのに、上官に喧嘩を売るわ昇進試験をすっぽかすわで階級を上げることも無く、ひたすら軍曹の階級で前線に居座り続けていたのだ。

経歴だけを見れば非常に面倒なタイプの問題児であるのだが、その実力は紛れも無く本物であり、また部下たちからも高い信頼を置かれていた。

俺自身、彼の部隊と行動を共にしていたおかげで、効率的に作戦を遂行できていたという実感がある。

たった四年であの戦いを終えられたのも、彼の存在があってこそだろう。

そんな人物であるのだが――

「……引退したのは、あの時の傷が原因か?」

「まあなぁ。杖突かなきゃ歩けなくなっちまったし、流石にあれ以上は前線にいられなかったからな」

「だったら素直に昇進を受けとけば良かっただろうに、何で軍を辞めてるんだよ」

「はっはっは! 俺のことを目の敵にしてる連中の下で働けってか? そりゃねーぜシェラート!」

「だからそのあだ名は止めろ」

一応は真面目な話のつもりだったのだが、このおっさんにとってはただの笑い話であるらしい。

彼の態度に対し、俺は思わず半眼を向けながら嘆息を零していた。

最後の戦いとなった、二年前の作戦。

その作戦で、軍曹は俺とジジイを突入させるために重傷を負った。

俺たちが帰国する時になっても面会はできぬままで、結局メッセージを残して帰ることになったのだが――まさか、このような形で再会することになるとは。

「……まあ、なんだ。再会できて嬉しいよ、軍曹」

「おう、俺もだ。ま、立ち話もなんだ、どっかで飯でも食いながら話をするとしようぜ」

満腹度も若干減っているし、たまには携帯食料ばかりではなく、普通の料理も食べてみたい。

俺としても、軍曹の提案に否は無かった。

「お前たちはどうする? 何かやりたいことがあるなら行ってもいいが」

「えっと……先生の昔のお知り合いなんですよね? でしたら、ちょっと話を聞いてみたいです」

「でしたら、私も。お父様のお話でしたら、是非聞かせてください」

「おう、いいぜいいぜ! こいつの話だったら何だってしてやろう!」

「……おかしなことを話すなよ、軍曹」

まあ、恐らく言っても無駄だろうが。

嘆息しつつ、俺は高笑いする軍曹の後に続いていた。

* * * * *

「よーし、乾杯だ! 昔の礼だ、今日は奢っておいてやるぜ」

「そーかい。だったらまぁ、遠慮なく」

このおっさんのことだ、以前の借りをこれでチャラにするつもりなのだろう。

まあ、俺も昔のことをいつまでも引きずっておくのはいい気分とは言い難い。

これで手打ちとするならば、それはそれでいいだろう。

「しかし、随分と奥まった場所にある店だな」

「けど、その割には結構繁盛してますよね。穴場の美味しい店、って感じです」

「おうおう、そうだろう? 苦労して見つけた甲斐があったってモンだ」

「食べ歩きでもしてたのかよ、アンタは」

昔はそんな食道楽ではなかったと思ったのだが、軍を辞めて暇になった結果の趣味か何かだろうか。

或いは――あの時の後遺症で、食事制限でもかかってしまったか。

何にせよ、このゲームの中でなら、何を飲み食いしようが現実に影響はない。

ある意味では、ちょうどいい趣味であると言えるだろう。

「しかし、ゲーム内での酒は初めて飲むな……」

「リアル程じゃねぇが、そこそこ行けるぜ? ぶっ倒れるなよ、シェラート?」

「そこまでは行かないっての」

「ホントかぁ? おいリトルガールズ、こいつなぁ、初めて酒を飲んだ時はぶっ倒れたんだぜ? ははははッ! クールなサムライボーイが、顔を真っ赤にして椅子ごとバターンとな!」

「ぶっ飛ばすぞザル野郎! 酒を飲んだことも無い人間にいきなりテキーラを寄越しやがったのはどこのどいつだ!」

宴会の雰囲気に飲まれていたとはいえ、無警戒に酒を呷ってしまったのは失敗だった。

まさか、あの時のネタで隊員たちに何年も弄られることになろうとは……ぶん殴って記憶を飛ばしてやろうと考え、実際何度か実行したものの、結局記憶の消去には成功していない。

嘆息しつつ、俺は注文していた酒を呷る。どうやら、現実の家庭でも作れるような果実酒であるらしい。

ホワイトリカーがあれば簡単に作れるようなものではあるが、この世界の中でもその程度の技術はあるようだ。

「……で、軍曹。軍を引退したってのは、まあ分からなくはないが……それが何で日本に来て、しかもゲームをやってるんだ? しかも、あの頃の話をアルトリウスに明かしやがって」

「こっちに来た理由は単純だぜ? 俺の娘夫婦がこっちで暮らしてるからだ。お前さんの話も聞いていたし、引退後はジャパンで余生を過ごそうと思ってたのさ」

「あー、確かに娘がいるって話は聞いてたか」

このマッシブなおっさんから娘を貰っていくとは、中々度胸のある旦那である。

しかしまぁ、悪い感情を抱いている様子もないことだし、夫婦仲は良好なのだろう。

「ははは、実は孫もいるんだなぁ、これが! 可愛いぜ、うちの孫娘は!」

「孫がいるような年になってまで前線ではしゃいでたのかよ、アンタは」

「おいおい、はしゃぎっぷりに関してはお前に言われたくねーぞ、シェラートよ。つーか、俺の可愛い孫娘の作った服を着てるくせによぉ……羨ましいんだよお前、おーん?」

「……はぁ!? いや、アンタの孫って……伊織がアンタの孫だと!?」

流石に予想もしていなかった繋がりに、俺は眼を剥いて聞き返していた。

だが、軍曹の表情はいたって本気、どうやら嘘ではないらしい。

緋真もこれには驚いたのか、目を丸くして軍曹のことを見つめていた。

「おう、その通りだ。俺がゲームを始めたのも、孫の影響がそこそこでかいな。まああの子は、お前やサムライマスターの話をしていたらすっかりサムライ好きになっちまって、ずっと和服を作ってるもんで……結局一緒にはプレイしてねぇけどな」

「……あの日本かぶれはアンタの影響かよ」

俺には似合わねぇんだよなー、などと呟いている軍曹へと半眼を向ける。

予想だにしなかった繋がりではあるが、そう言われれば納得できなくもない。

しかしまぁ……人生、どう繋がっているか分からないものだ。

「えっと……その、聞いていいですか?」

「おお、シェラートの弟子、つまりは 久遠神通流師範(クドウ・マスター) の弟子か。いいぜ、何でも聞いてくれ!」

「……まさかあのクソジジイ、それの意味まで教えてたんじゃねぇだろうな」

引きつった表情で見つめれば、軍曹はにやりと笑ってサムズアップを返してくる。

よし分かった、あのクソジジイは次に会った時に必ず殺す。よりにもよってそのしきたりを軍曹に漏らすとは……!

緋真自身、その立ち位置の意味をよく分かっているのか、顔を紅潮させて俯かせながらも言葉を続けていた。

「えっと……さっきから先生のことをシェラートって呼んでますけど、どういう意味なんですか?」

「ああ、そりゃうちの部隊で使ってたコールサインさ。サムライマスター……こいつの爺さんが決めたんだがな」

「普通のコールサインにすりゃいいところをあのクソジジイ、面白がって自分のことを修羅1とか付けやがってな。当然、俺がそれに続く修羅2になったわけだが――」

「当時の俺たちにゃ、日本語の発音は難しくてなぁ! シュラートゥ、シェラートゥとか言ってるうちに、シェラートになったってわけだ」

「な、成程……あれ、それだと先代様は?」

「……あのクソジジイは、結局サムライマスターで通しやがったよ。俺の方はすっかり妙なあだ名が定着していたがな」

他にもリトルサムライだのサムライボーイだのブレードニンジャだの……外国人は何でああも侍とか忍者が好きなのか。

というか、忍者要素は無かったと思うんだが、どこから出てきたのか。

とにかく、あそこは軍にしてはやたらとノリのいい連中ばかりが集まっていたのである。

事あるごとに『ジェラートを奢ってやろうか』とからかってくる連中に関しては一通り張り倒しておいたが。

当時のことを思い返し、深々と嘆息した俺に、緋真は何やらきょとんとした視線を向けていた。

「……何だよ、緋真」

「あ、いえ……その、先生がそんな風に、遠慮のない感じで話をしているのが何だか新鮮で……」

「そうかぁ?」

「そうですよ。お二人は……友達、なんですね」

杯を傾けつつ、俺は緋真の言葉を反芻する。

友達、友達か。確かに、その言葉は決して遠いものではないだろう。

だが、ただ友達であると表現するのは、何か異なる気がする。

俺と軍曹の関係は、恐らく――

「……戦友、って所かね」

「あぁ、それがしっくり来るんじゃねーかな」

横目に視線を合わせて――互いに苦笑交じりに口元を歪ませる。

あの地獄のような戦場を駆け抜けた仲間たち。決して一言で語り尽くせる関係ではないが――きっと、それが最も正しいのだろう。