軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

682:忘れ去られた過去

――何が起こったのか、理解することはできなかった。

視界に走ったノイズと、断続的に途切れる周囲の音。

それと共に、目の前に移る光景は、まるですり替わったかのように変貌していた。

一部破壊されながら、それでも風化の痕跡は見えない外壁と門、未だ石畳を残している都市前の道。

そして――逃げ惑う人々と、それを追いかける名状しがたい姿の怪物。

黒と藍色、そして黄色。形状は何とも表現しがたい軟体の生き物だったが、粘液に包まれた柔らかそうな体の下からは、鎌のように鋭い前足が二本飛び出し、地面を引っ搔くように進んでいる。

その化け物が狙っているものが何なのかは、考えるまでもなく明白だろう。

「訳が分からん、が――やることは単純だ!」

歩法――間碧。

強化を施しながら、強く地を蹴る。

驚くべきことに、あのウミウシのような化け物からは、《見識》による情報を得ることができなかった。

これが現実ではないから、はたまた何か別の要因なのか。

その辺りはさっぱり不明ではあるが、とにかくあれが人を襲う化け物ならば止めるしかない。

蠢く怪物から人々は逃げ惑い、こちらの方へと向けて走ってくる。

その間をすり抜けるように走り抜け――化け物の目の前で、小さな子供が親の手を離し転倒した姿が目に入った。

「ちッ……《練命剣》、【命輝一陣】!」

子供を庇おうと抱きしめる親、そして諸共に薙ぎ払おうとする化け物の腕。

一瞬でもその動きを止めるため、俺は生命力の刃を解き放った。

黄金の一閃は化け物の顔面……らしき突起へと迫り、化け物は反射的に腕で顔を庇う。

腕で防御された【命輝一陣】は大したダメージは与えられなかったようだが、奴がこちらの攻撃に反応することだけは確認できた。

「さっさと逃げろ! 『生奪』!」

幸いというべきか、この場にいる化け物は一体だけ。

こいつさえ引き付けておけば被害は出ないだろう。

他の場所は分からんが、今はこいつだけに集中すればいい。

ともあれ、柔らかそうな化け物の体へと刃を振り下ろすが、ぬるりとした感触が腕に伝わる。

《練命剣》で強化しているにもかかわらず、内部まで刃が通らなかったのだ。

(粘液……刃が通り辛いのか!)

斬法――柔の型、流水。

思わず舌打ちを零しつつ、化け物が振るった横薙ぎの一撃を受け流す。

この体表を覆っている粘液が、刃の摩擦を殺してしまうのだ。

それによって、斬撃による攻撃のダメージを大幅にカットしているのだろう。

体の形状からして、あまり打撃が効くようにも思えないが……最も有効なのは刺突だと考えられる。

槍による攻撃ならば、コイツには相性がいいだろう。

「『命呪衝』!」

斬法――柔剛交差、穿牙零絶。

刃を振り切った体勢から、上半身の力だけで刃を突き出しつつ、刀身へと生命力を収束する。

生成されながら突き出される、黒を纏う黄金の槍。その一撃は、腕を振り切って体勢の泳いだ化け物の胴体、その中心へと突き刺さった。

踏みしめた地面が爆ぜ割れ、貫いた傷から青黒い体液がにじみ出す。

そして、化け物は声を上げることもなく、まるで溶けるようにその場で消滅したのだった。

「っ……気色悪い化け物だな」

刃に付着した粘液を振るい落としながら、思わずそう呟く。

正体も分からず、主張もない。死体すらも残らない。分かっていることは、ただ人間を襲おうとしていることだけだ。

先ほど襲われていた親子の方へと視線を向ければ、母親の方は命を拾ったことを理解して、ひとまず安堵した様子で立ち上がり――再び、視界にノイズが走った。

「な、に?」

気づけば、視線を向けていた先には何もなく、ただ石畳の痕跡が残るのみ。

振り返った先にあるのは、先ほど見ていたものと同じ、崩壊したレーデュラムの外門だ。

まるで幻であったかのように、全てが消えてしまったその光景。

ただ、手の中に残る感触だけが、薄気味悪いリアルさを伝えていた。

「……緋真、アリス。お前たちにはどう見えていた?」

「逃げてる人たちと、見たことのないモンスターでした。名前も調べられませんでしたけど……」

「あれって、話を聞く限りだと、過去の映像みたいよね?」

アリスの言葉に、無言で首肯する。

信じがたい話ではあるのだが、状況から考えてそう推察するしかない。

何が要因なのかは分からないが、俺たちはこの国に起こった過去の出来事を垣間見たということなのだろう。

思わず眉根を寄せながら、メニューを操作してクエストのウィンドウを確認する。

そこに記載されていたのは、確かに先程耳にした名であった。

「《悪夢の日、嘆きの清算》。イベントクエスト、か」

「亡国レーデュラムの過去を暴け、ですか。さっきみたいな光景を、他のところでも探していけばいいんでしょうかね?」

正直なところ、クエストのウィンドウから得られた情報は殆ど無かった。

だが、過去を暴けというのであれば、先程のような光景を他でも探す必要があるのだろう。

確かに、俺としてもこの国に起こった事態は気になるところではある。

調査するのもやぶさかではないが……さて、これがどのようにティエルクレスと繋がっていくのか。

レーデュラムの過去である以上、ティエルクレスの姿も見つかるはずだ。

騎士団長ティエルクレスに、果たして何があったのか。このイベントを通して、それも明らかになるのだろう。

「とりあえずさっきの化け物だが、斬撃系の攻撃はほぼ通じていなかった。有効なのは刺突だ」

「先生の攻撃でダメージがほとんど通らないんじゃ、斬るのはあんまり意味なさそうですね……魔法はどうなのか分かりませんけど」

「粘液のせいで刃が滑ったようだったし、粘液を蒸発させるだけの熱量があるなら通るかもな」

「……どっちにしろ、刺突なら問題ないのね。触りたくはないけど」

「スキルを有効活用できそうで、良かったじゃないか」

嫌そうに顔を顰めるアリスの様子に苦笑しつつ、街の方へと振り返る。

今までのアリスであれば、接近しなければ攻撃できなかっただろう。

しかし今であれば、《光神の槍》という便利なスキルを手に入れている。これがあれば、近寄らずともあれに攻撃することが可能だろう。

「とにかく、街を探索してみるしかなさそうだな。その間にティエルクレスが襲ってきたら……まあ、戦うしかないか」

「どうなのかしらね? イベントという形なら、一区切りつくまでは戦闘にはならないのかしら」

「さてな。分からんが、とにかく進めてみるしかあるまい」

現状では、イベントの中身が不明だ。過去の映像の確認と、襲い来る化け物との戦闘。

当時の人間の救助は……分からんが、助けておいて損はないだろう。

過去の映像である以上、その行為に意味は無いのかもしれないが――まあ、自己満足だ。

少なくとも、一般人が死ぬ光景を黙って見過ごすなど、俺の主義に反する行為である。

「目標があるわけでもないしな。とりあえず、適当に入ってみるか」

「いきなり襲ってこないといいですけど」

緋真の呟きには軽く肩を竦めつつ、街の中へと足を踏み入れる。

少なくとも、その時点でいきなり襲撃を受けるということはないようだ。

相変わらず、人も魔物もまるで気配を感じない、滅び去った廃墟の街。

だが、先程の光景を見た後では、その最後の日の様子を想像してしまう。

――果たして、先程俺が助けた親子は、現実にはどうなっていたのか。

(あの映像の中で何かをしたとして、現在が変わるわけではあるまい。だが――何か、意味はある筈だ)

これは、悪魔の関わるクエストではない。

女神が、この箱庭が用意したゲームとしてのクエストだろう。

ならば、何かしらの仕掛けが用意されている可能性は十分にある。

尤も、現状で何の情報も得られていないことには変わりない。

自分の足で、情報を稼ぐしかないだろう。

「鬼が出るか蛇が出るか……少なくとも気色の悪い化け物とは顔馴染みになりそうだな」

「あれ、顔どこなんですかね?」

益体も無いことを呟きながら、街の中へと歩を進め――大通りに差し掛かったその瞬間、再び視界にノイズが走ったのだった。