作品タイトル不明
678:森の中の獣
ネコ科の肉食獣というものは、総じて運動能力が高い。
身軽で素早く、それでいて力は強い。一度くらいつけばそうそう離れることなく、相手の息の根を止めるまでその喉笛に食らいつこうとする。
尤も、自然界で人間を襲おうとするような肉食獣はそう多くはないため、俺も直接戦ったのはゲームの中だけなのだが。
ともあれ、こいつは見た目からすれば大型の虎のようなものだ。若干手足は細いが、その分だけ鋭い刃のようなものが生えている。
攻撃能力は決して劣るものではないだろう。
(さて、魔法は使うのかどうか――まずは小手調べか)
ゆっくりと、音もなく動きながら距離を測るサーベラスビースト。
ところでサーベラスとはケルベロスの英語読みになるのだが、何故ネコ科の動物でサーベラスなのだろうか。
いや、サーベルタイガーと掛けていることは分かるのだが――
「――っと」
グルグルと歩いていたサーベラスビーストが、ほとんど予備動作もなく攻撃を開始する。
尤も、動作はなくても筋肉の動きはある。その予兆で、どのような攻撃を仕掛けてくるかはある程度想定できるものだ。
斬法――柔の型、流水。
こちらへと向けて振るわれた腕、そこから生えている刃を、餓狼丸の刀身で受け流す。
大型の獣であるため、その攻撃は非常に重い。受け流すにしても重さに逆らわないようにしなければ難しいだろう。
横に退避しながら攻撃を受け流し、しかしこちらが反撃するよりも早く、素早い動きでその場から退避した。
その動きは、横から攻撃しようとしたセイランの一撃を完全に回避するほど。どうやら、俺たち全員の動きをしっかりと把握しているらしい。
「一匹で出てくるだけはあるみたいですね」
「そのようだな……随分と身軽で機敏だ」
着地際を攻撃しようとしていたのは緋真も同じだったようだが、出鼻を挫かれた形だ。
流石に、あれだけの高レベルの魔物というだけはあるらしい。
そのサーベラスビーストであるが、あの邪魔な突起物が生えている割には、木々の間をすいすいと縫うように移動している。
少しでも引っかかれば動きが鈍りそうなものなのだが、何とも器用なことだ。
「当たり前だが、相手に有利なフィールドだ。行く手を潰せ」
「……成程、了解です」
俺の言葉に、緋真は不敵な笑みを浮かべる。
自由に動かれれば、それだけ相手に有利な展開となってしまうだろう。
相手の行動を制限し、移動先を分かりやすくすることで、こちらに有利に働かせる。
相手の強みを潰すことこそが、戦いの上で単純かつ重要な要素だ。
「なら、光よ!」
「グル……ッ!」
俺の言葉を聞いていたルミナが、光の魔法を放ってサーベラスビーストの前方で炸裂させる。
魔法の攻撃力に加えて、眩い光による目潰しだ。堪らず、サーベラスビーストは直進を諦め迂回する様に動きを変える。
その瞬間、嵐を纏うセイランがサーベラスビーストへと肉薄した。
黒く逆巻く風を纏い、その強靭な前肢を獣の巨体へと向けて叩き付け――インパクトの寸前、その攻撃が何かに阻まれるように魔法が消散した。
「何だ……!?」
勢いの弱まった攻撃は、サーベラスビーストに届き切ることなく空を斬る。
今、一瞬だがセイランの攻撃の勢いが弱まった。まるで何かに阻まれ、それを突破したかのような動きに見えたが――ここから見ていた限りでは、その正体を掴むことはできなかったのだ。
(魔力の動きはあった、何らかの魔法だ。属性は地だったが――)
気にはなるが、細かく分析している暇はない。
セイランの攻撃を躱したサーベラスビーストは、体勢を立て直してセイランへと反撃しようとしているのだ。
攻撃をした直後のセイランに、それを回避し切れる余裕があるかは微妙なところだろう。
無論、それを黙って見ていることもない。即座にカバーに入るのは、動きやすいサイズに縮んでいるシリウスだ。
鋭い牙と爪、その攻撃を受け止めるため、セイランとの間に割って入る。
「ゴアアアアッ!」
「グルッ!?」
しかし、それに怯むこと無くサーベラスビーストは腕を振るい――触れてもいない筈のシリウスの体が揺れた。
僅かに見えたのは、シルエットのようなもの。重量のあるシリウスがそれだけで崩されるようなことはなかったが、それでもシリウスの体を揺らすほどの衝撃はあったらしい。
恐らくは、今のシルエットのようなものが、セイランの攻撃を受け止めたからくりなのだろう。
だが、シリウスならば余裕を持って受け止められる。攻撃を真っ向から受けてそれを確信した当のシリウスも、正面からサーベラスビーストへと向かって行った。
一方で、サーベラスビーストは相性が悪いと判断したのか、向かってくるシリウスを避ける様に動き始めていたが。
ともあれ、若干ながら時間は稼げるだろう。
「緋真、ルミナ、あれが何か分かるか?」
「すみません、私にはちょっと……」
「お父様、あれは恐らく砂……いえ、金属の粒による攻撃です」
見た目の情報だけでは緋真には判断できなかったようだが、魔法に詳しいルミナはある程度確信をもってそう断言した。
つまり、砂のように細かい金属の粒子。それを操り、攻防一体の武器として使っているということか。
目を細め、サーベラスビーストの動きに注視するルミナは、鋭い視線のままに声を上げる。
「魔力の残滓を辿っているにすぎませんが……体の両側、両前足の辺りに集中しています。まるで獣の大顎のような……」
「あの腕の刃を使って操っているのか?」
「触媒になっているのは、恐らくそうです。あの獣の魔力はあの刃に集中しています」
小太刀ほどのサイズの刃であるが、あれが特殊能力の元になっているのだろう。
地属性の魔法か。正直あまり相対したことはなかったが、このような使い方もあったとは。
吸い込んだらどうなるか分からんし、正直あまり近づきたくはない相手である。
「しかし、獣の顎とはな。サーベラスの名前の意味はそれか」
両腕から現れる不可視の顎。三つの頭があれば、確かにケルベロスのようであるだろう。
何とも面倒臭い代物であるが、しかし種さえ割れてしまえば攻略の糸口はいくらでもある。
とはいえ、相手も高レベルの魔物だ。そうチャンスの回数は多くはないだろう。
「合わせろ、一気に仕留めるぞ」
「了解です、お父様」
「中々チャレンジャブルですけど、やりますか!」
あの邪魔な魔法を片付け、その上で反撃を許さぬまま仕留め切る。
口で言うのは容易いが、かなり難しい作戦になることだろう。
それでも、成功すれば素早く片が付く。それは、今後移動するうえでも重要な要素だ。
強い敵を素早く仕留められれば、その分だけ多く稼ぐことができるのだから。
「《ワイドレンジ》、『破風呪』!」
サーベラスビーストがシリウスを避け、そこをセイランが強襲しようとした、その刹那。
俺は、広範囲を覆い尽くすように『破風呪』を解き放った。
生命力を喰らい、そして魔法を削る黒い風。それに包まれたサーベラスビーストは、防ごうとしたセイランの攻撃をマトモに喰らって後退することとなった。
「ガァアッ!?」
例の魔法で勢いを弱められると思っていたのだろう。
だが、《蒐魂剣》の効果を付与したこの靄の中においては、その力の半分も発揮することはできない筈だ。
セイランの攻撃を受けて体勢を崩したサーベラスビーストは、魔法を上手く操れなくなった混乱に動きを鈍らせている。
――その左後ろ足へと、一本の刃が突き刺さった。
「――足は潰したわ、クオン!」
突如として闇の中から姿を現したアリスは、毒を付与したその刃でサーベラスビーストの機動力を削る。
麻痺毒による攻撃を受けたらしいサーベラスビーストは、咄嗟に避けようとするも膝が崩れ殆ど移動できずに終わる。
その瞬間には、炎を纏う緋真が肉薄していた。
「ブッ、っ飛べ!」
爆ぜる炎が、振り上げの一閃と共にサーベラスビーストの腹部へと突き刺さる。
爆炎の衝撃は、サーベラスビーストの巨体すらも空中に押し上げ――身動きできぬその体を、ルミナの薙刀が地へと叩き落した。
中空に軌跡を残す白い光は、サーベラスビーストの体ごと地を砕き、その衝撃を存分に伝える。
魔法による防御が無ければ、サーベラスビーストはそこまで耐久力があるわけではない。
今の一連の攻撃で、ほとんどの体力は削れてしまっている状況だ。
「――むしろ、今のを受けて生きていたことに驚きだがな」
斬法――剛の型、輪旋。
重傷を受け、それでも抵抗しようと立ち上がった獣。
その首を【命輝練斬】の一閃で断ち斬り、ようやく戦闘は終了したのだった。