作品タイトル不明
670:臨界融点
『《MP自動超回復》のスキルレベルが上昇しました』
『《奪命剣》のスキルレベルが上昇しました』
『《見識》のスキルレベルが上昇しました』
『《ワイドレンジ》のスキルレベルが上昇しました』
『《三魔剣皆伝》のスキルレベルが上昇しました』
エルダーミスティックトレントが倒れると共に、周囲の霧は急速に晴れていく。
まだ多少残ってはいるが、先に進むには困らない程度の状態だ。
期待していたほどの強敵ではなかったが、それなりに経験値稼ぎにはなったはずだ。
そんな中、若干煙を上げている緋真が笑いながらこちらへと戻ってきた。
「いやー、ビックリしました」
「そりゃこっちの台詞なんだがな」
少し煤けた姿の緋真があっけらかんと上げた声に、思わず半眼を向ける。
《臨界融点》――自傷ダメージが発生するスキルであるとはあらかじめ共有していたが、まさかあそこまで派手な爆発が発生するとは。
一応、使用者以外の仲間にはダメージを与える判定は無いようであるが、それでも目の前であの爆発が発生したら驚かざるを得ない。
「削れたHPは四分の一ってところか……軽減してそれなんだよな?」
「《炎身》を発動した状態での火属性に対する耐性ですね。素で属性耐性を持っていたらもうちょっとマシだと思いますけど」
「流石に喰らいすぎか? いや、威力を考えれば順当な消費なのか」
「私のは反動ですけど、それ言い出したら先生の方が《練命剣》でHP使いまくってるじゃないですか」
その指摘には反論の余地はなく、思わず視線を逸らしてしまった。
場合によってはHPを八割近く消費していたりもするので、それに比べれば大した出費ではないだろう。
とはいえ、《臨界融点》のクールタイムは長いため、《練命剣》ほど気軽に使えるスキルではないようだが。
「ちなみにですけど、間近で爆発したからこのダメージってわけじゃないですからね? 普通に魔法を撃っても同じ結果になります」
「自分が起こした炎に巻き込まれたからってわけじゃないのか」
「それだったらもっとダメージを受けてると思いますよ、流石に」
緋真の攻撃力を考えれば、その通りではあるのだろう。
しかしそうなると、どのような状況で使ったとしても、四分の一程度はHPを消費することになるということだ。
《夜叉業》の影響でHP回復の手段が限られる緋真には、中々厳しい条件になるかもしれない。
まあ、《夜叉業》まで使うような状況であれば成長武器を解放しているだろうし、その場合は火に対する耐性も、回復手段の数も変わってくる。
その辺のバランスについては追々確認していけばいいだろう。
「で、アリス。そっちの使い勝手はどんなもんだったんだ?」
「ええ、まあ大体想像通りの使い方ができたわ」
いつの間にか姿を現していたアリスは、少し満足そうな表情で首肯する。
スキルを手足のように使うには、イメージした通りの使い方ができるかどうかが重要だ。
そういう意味では、《光神の槍》はアリスにとって使い勝手のいいスキルだったのだろう。
「私が欲しかったのは武器の射程でしょ。でも、長い武器を振り回せるかと聞かれたらそうでもないし」
「まあ、それはそうだろうな」
アリスの場合、武器の扱いという意味では、別段上手くもなんともない。
真っ直ぐと刃を突き刺すことさえできれば何とかなるのだから、その辺りの技術は必要ないのだ。
むしろ、アリスにとって重要なのは相手に接近する技術であり、それに関しては本人も自覚があるため、リアルでも真剣に訓練に勤しんでいる。
ともあれ――単純にリーチのある武器というだけならば、アリスにとっては価値あるスキルではないのだ。
「突き刺してから射程を伸ばすの、中々便利だったわ」
「……それが狙い通りとはいえ、えげつない攻撃だな」
防御力無視を使えば、相手の防御力に関係なく刃を突き刺すことができる。
その上で《光神の槍》を使うことで、相手の体内を一直線に貫くことができるのだ。
人間相手であればそのような攻撃は必要ないだろうが、大型の魔物や悪魔相手には大きな効果を発揮することだろう。
「ともあれ、取ったスキルはどちらも狙い通りの効果だったか」
「ですね。もう少し検証は必要だと思いますけど」
「私はスキルの組み合わせかしら。攻撃のタイミングを見極めないと変な方向に伸びそうだし」
切っ先の方向に攻撃が飛ぶというのは、少しズレただけであらぬ方向に飛んで行ってしまう。
慣れれば便利かもしれないが、すぐに使いこなすのは難しいことだろう。
まあ、戦う機会はこれから幾らでもある。先に進む間に、それぞれ確認しておくこととしよう。
「さて、それはそれとして……ここからどう進むかだな」
「登って来た時と同じじゃないの?」
「それでもいいんだが、降りるのは一気にやってしまってもいいかとも考えてる」
どこで峠越えをするかが分からなかった登りと異なり、下りはどこに降りればいいかが分かっている。
そもそも、別に街道まで降りる必要もないため、途中で着陸してそのまま北に向かってもよい。
魔物の出現パターンも、この辺りではそうそう変わらないだろうしな。
「素直に蛇行する道を辿らず、直線で山を降って、平地になったら着陸してそのまま北上。ある程度木々が残っている辺りで地上を移動したいところだ」
「悪魔には見つからないように、ですか。まあ、この辺りじゃ出てくる魔物もあんまり変わらなさそうですしね」
「トレント共じゃ大した稼ぎにはならんからな。エルダーがいくつも出てくるならまだしも」
「いや、それはそれで面倒だと思うけど」
まあ確かに、《三魔剣皆伝》を手に入れられていなかったら、倒すのにかなりの時間を要していた可能性がある。
あんな魔物がその辺で平然と出て来られては、普通のプレイヤーが通ることが困難になってしまうだろう。
果たして、霧の中で戦っていたらどれほど厄介な敵だったのだろうか。
一度体験してみたい気もしなくはないが、恐らく相当な時間の無駄となってしまうことだろう。
「まあいい。それで、どうだ?」
「別にいいと思いますよ。あんまり効率よく稼げる敵ってわけでもないですしね」
「私も賛成。正直、戦いやすい相手でもないし」
弱点部位の分かりづらいトレントと、ちょこまかと動き回る小型の敵は、アリスにとってはあまり面白くはない相手か。
まあ、動かないためスキルの的にするのはいいのだが、退屈であることは事実だ。
尤も、霧を出すお陰で周囲にこちらの姿が悟られづらくなるメリットもある。
どの辺りまでミスティックトレントが生息しているのかは分からないが、悪魔の目を欺くことには利用できるだろう。
「……そこまでトレントに期待するものでもないか。よし、それじゃあさっさと平地まで移動するとしよう」
「一応は低空移動ですよね?」
「まあな。何だかんだ、木材は役に立つだろう」
エルダーミスティックトレントの素材を回収しつつ、緋真の言葉に頷く。
あまり効率の良い相手ではないとはいえ、マイナスになる要素はない。
積極的に探し出して狩る必要はないが、見かけたら切り倒していけばいいだろう。
「よし、それじゃさっさと移動するぞ。多少は稼げる狩場に辿り着けることを期待しよう」
「主目的そっちじゃないですよね? まあ、寄り道しながらなのは別にいいんですけど」
目的地にたどり着くまでには、まだ結構な距離を移動する必要がある。
上空を全速力で進めばかなりの短縮にはなるだろうが、今は別に急ぎの用件があるわけではないし、のんびり進んでもいいだろう。
と、そこでふと思い出したように、セイランの背に跳び乗っていたアリスが疑問符を浮かべた。
「そういえば、他の人たちに行き先を伝えてないと思うけど、大丈夫なの?」
「一応、メールではざっくりとは送ってあるぞ。それに、緊急の用件があれば通話を飛ばしてくるだろうさ」
まあ、いきなり俺が出なければならないような要件など、そうそう出てくることはないだろうが。
多少の問題ならばアルトリウスたちだけでも十二分に対処できるだろうからな。
ともあれ、目的地はまだまだ先だ。寄り道を楽しみながら向かうとしよう。