軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

669:霧の巨木

曲がりくねった道を登った先、山の頂上と頂上に挟まれた、山間のなだらかな地帯。

傾斜が緩くなったことを足の裏で感じながら、俺たちはあえて徒歩でその領域へと足を踏み入れた。

そこは、そこそこに面積のある広場となった平地。

本来であれば、山越えをする際の休憩地点となる場所だったのだろうが――その広場の中心には、巨大な樹木が一本、こちらの行く手を阻むように屹立していた。

「ふむ。どう見る?」

「まあ、普通に考えてボスですよね」

「普通に敵の反応が出てるわよ」

呆れを交えたアリスの言葉に、思わず苦笑を零しながら、改めて周囲の状況を確認する。

広場となっているこのエリアには、障害物らしい障害物はない。

ある程度の木々はあるものの、遮蔽物として使うには心もとない程度の太さしかなかった。

そんな広場の中央にあるのは、通常であれば樹齢千年を超えているのではと思えてしまうほどの巨大な樹木。

アリスの見立てからも分かっているが、あれはこの周囲一帯を支配している魔物だろう。

「順当に考えれば、ミスティックトレントの上位種だろうが……どうだ?」

「エルダーミスティックトレント。貴方の考えている通り、上位種のようね」

「やはりそのままか……さてと」

餓狼丸を抜き放ち、強化を施しながらゆっくりと広場の中へと足を踏み入れる。

その途端に、中央にそびえていた巨木は、風も無いのにざわざわと無数の枝葉を揺らし始めた。

それでいながら、葉が落ちてくる様子もない。巨大な生物が蠢こうとする、不気味な気配だ。

更にはその直後、周囲が濃い霧に包まれ始める。その濃さは、カエデの隠れ里を覆い隠していた霧とほぼ変わらないほどの濃さであった。

「予想通りだが、面倒なことをしてくれる」

「先生、対処できるんですよね?」

「多少見づらくはなるがな。攻撃性のない霧なら、こちらとしても都合がいい」

巨木のざわめく音は、周囲が霧に包まれても聞こえてくる。

このまま戦闘すると、酷く視界が悪い中で強力な魔物と戦うことになってしまうだろう。

それに、正面だけではなく周囲にも蠢く気配が存在している。

恐らく、他にも通常のトレントや、セブンスターズのような別種の魔物も出現しているのだろう。

正直、相手のフィールドであるこの状況での戦闘は、中々に厳しいと言わざるを得ない。

しかし――

「こいつを覚えられたのは僥倖だったな――《ワイドレンジ》、『破風呪』!」

斬法――剛の型、輪旋。

《ワイドレンジ》にて最大限に射程を強化した【咆風呪】に、《蒐魂剣》を纏わせて解き放つ。

それも、できるだけ広範囲に広がるようにしながらだ。

先ほど検証した、《蒐魂剣》を組み合わせた【咆風呪】の性質は、ミスティックトレントと戦う場合にとても都合がいい。

奴らの霧は魔法でありながら攻撃性が無い。つまり、少しでも攻撃力を維持していれば、《蒐魂剣》で魔力に変換することが可能なのだ。

その結果どうなるかといえば――薄く広く、広範囲に広がった【咆風呪】によって、霧が分解され続けるという結果になる。

「よし、さっきよりは見やすくなったな」

「ちょっと靄があって暗いですけど、十分見えますね」

とにかく広範囲に広げることを意識して放った【咆風呪】は、攻撃性自体は低くなっている。

当然ながら、黒い霧を放つことになるため視界は薄暗くなっているのだが、それでも前方が一切見えないような濃霧ではない。視界の確保はこれで十分だろう。

それに加えて、奴の霧を使った攻撃そのものを無効化でき、更に少しずつではあるが相手のHPを奪うことができる。一石三鳥というわけだ。

だが、それをこちらの攻撃と認識したのか、トレントはすぐさま攻撃行動へと移行した。

「行くぞ。通常種と何が変わってるかは分からん、注意しろ」

「分かってますよ」

「……トレントって急所が分かりづらいのよね」

注意深く散開し、囲むように移動する。

【咆風呪】によって若干ながらHPを削られたエルダーミスティックトレントは、顔のような形の洞を歪ませながら魔力を滾らせる。

瞬間、地面からはいくつもの木の根が、槍のように突き出しながらこちらへと殺到してきた。

攻撃方法自体は通常のトレントと変化はない。しかしながら、その数と太さは段違いであった。

「槍衾とは、景気がいいこった」

とはいえ、攻撃自体は単純にこちらを狙ってきているため、ランダム性も少なく避けやすい。

その軌道を正確に見極めながら、俺はあえて前へと足を踏み込んだ。

歩法――間碧。

こちらを貫こうと迫る木の根、その隙間を縫うようにしながら巨木へと向けて駆ける。

しかしそれに対し、トレントは頭上から刃のような木の葉を無数に降らせてきた。

個々の攻撃力自体はそれほどでもなさそうだが、流石にこれを受けると足を止めざるを得ないだろう。

しかし、来ると分かっている攻撃など、対処することは容易い。

「セイラン!」

「クェエエエッ!」

セイランが翼を羽ばたかせ、雷を伴う暴風を解き放つ。

その強烈な風圧によって、軽い木の葉は容易く吹き散らされ、また纏う雷がトレントの身を打つ。

目に見えるほどに大きなダメージとはなり得なかったが、それでも敵の攻撃を無効化しただけでも十分だ。

「《ワイドレンジ》、『煌餓閃』」

斬法――剛の型、輪旋。

トレントの攻撃を相殺した瞬間に、【煌命閃】に《奪命剣》を付与して振るう。

この組み合わせには、特殊な効果は表れない。単純に《練命剣》と《奪命剣》を組み合わせた時と同じく、与えたダメージの分だけ回復を付与し、HPの減少を抑える程度だ。

だが、多くのHPを消費する【煌命閃】のコストを抑えられるだけでも有用性は高い。

大きく旋回したその一閃は、エルダーミスティックトレントの顔面と思わしき洞に突き刺さり、そこに大きな切り傷を刻んだ。

『ォ――――ッ!』

それは声なのか、それとも単純な反響音なのか。

悲鳴にも思える音を立てながら、巨木はその身を震わせる。

しかしながら、その魔力は周囲に拡散するばかりで、こちらに対する攻撃の体を成していなかった。

(本来なら霧を操って攻撃するつもりだった、ってところかね)

以前にミスティックトレントと戦った際に見た、霧を操り刃と化す魔法。

本来ならば、それを使ってこちらに反撃してくるつもりだったのだろう。

しかし、それらの霧は全て、俺の【咆風呪】によって吸収されている。今まさに吐き出そうとしている、その霧すらもだ。

ひょっとしたら、トレントの持つ最大の攻撃手段を潰しているのかもしれない。

「つまり、相手が悪かったなってことだ」

「ガアアアッ!」

「視界が通ってさえいれば、恐るるに足りません!」

周囲の森から襲ってくる小型の魔物などは、全てルミナの魔法によって撃ち落されている。

周囲からの邪魔も入らないならばシリウスも気にすることなく、本来の大きさを取り戻した身体でトレントへと突撃した。

突き出してくる木の根や枝葉も無視し、その鋭い爪がトレントの体を削っていく。

その体力は中々に多い様子で、シリウスの攻撃を受けてもすぐさま倒れるほどのものではないようだ。

「――二人とも、弱点を付与したわ」

どこからともなく、アリスの声が聞こえる。

どこが弱点であるか分からないということで、アリスは《血纏》によってトレントの幹に弱点となる部位を付与したようだ。

であれば、後はそこに集中的に攻撃を仕掛けてやれば済む話だが――

「先生、あの攻撃を試してみます!」

「……了解、ちょっと下がっておく」

味方の攻撃には巻き込まれないとは分かっているが、果たしてどのような効果を発揮するかは不明だ。

俺は大きく後退し、それと入れ替わるように全身が燃え上がっている緋真がトレントへと向けて飛び込んだ。

降り注ぐ木の葉や枝をその身に触れるだけで焼き尽くしながら、緋真は赤く刻まれた刻印へと向けて刃を振るう。

「《臨界融点》――術式解放!」

《術式掌握》によって込めていた魔法が何かは分からない。

だが、強烈な魔法を込めたその一撃は、アリスの刻んだ赤い刻印へと向けて叩き込まれ――巨大な衝撃が、全身を叩いた。

「――――ッ!?」

咄嗟に後方へと跳躍、反射的に眼を閉じ耳を塞ぐ。

爆発が起こった後では意味が無いことは分かっているのだが、体に染みついた反射的な行動だ。

塹壕の近くに迫撃砲が着弾したかのような衝撃に思わず舌打ちしつつ状況を確認し――絶句した。

エルダーミスティックトレントの幹が、まるでクレーターのような痕跡で抉り取られていたからだ。

その爆心地にいたであろう緋真を探せば、少々離れた場所で全身を煤けさせながら膝立ちになっている姿が目に入る。

全快であったはずの緋真のHPは、どうやら四分の一程度が削れたようだ。

「……耐性が無かったらどうなってたんだ、あれは?」

とはいえ、トレントのHPがほぼ尽きかけていることは事実。

どうやら、弱点に対して弱点属性の攻撃を、最大限の威力で叩き込んだことが原因のようだ。

結果、程なくして叩き込まれたシリウスの尻尾により、巨体を誇っていたトレントは横倒しに地面へと崩れ落ちたのだった。