作品タイトル不明
664:北へと向けて
はっきりとした目的が立てられたのであれば、後は悩む必要もない。
その日は一日中魔物を狩り続け、成長武器は再び★9に戻すことが可能な状態にまで持ち込むことができた。
後の解放分は、目的地にたどり着くまでに稼ぐことができるだろう。
武器は普段通りにフィノへと預け、俺たちはマップを広げて相談をすることとした。
「山脈を越えなきゃならんというのが面倒なところだな」
「それに加えて、向こう側はエインセルが支配してますからね。そこが怖いところです」
不滅の剣、ティエルクレスの亡霊。かの女騎士が出没するのは、エインセルが支配する東側の領域のさらに北に位置している。
勢力図から察するに、恐らくそのレーデュラム跡地はエインセルによる支配は及んでいない。
それがティエルクレスによるものなのかどうかは分からないが、少なくともティエルクレスとの戦いの最中に悪魔の邪魔が入る可能性は低いだろう。
それは不幸中の幸いと言えるかもしれないが、移動が危険であることに変わりはない。
「問題は、どうやって山脈を超えるかだな。方法は三種類だが」
「飛び越えるか徒歩か……あと一つは何?」
「迂回するか、ってことだ。まあ、これはちょっと面倒だが」
飛び越えるというのは分かりやすい。セイランやペガサスに乗って、山脈を飛行して乗り越えるということだ。
スピードという点で考えれば、最も効率の良い手段であるだろう。
懸念点としては、目立ちやすいことと、飛行状態で魔物と闘わなければならないことである。
慣れてはいるものの、やはり俺たちはあまり飛行状態での戦闘は得意としていない。
ついでに言えば、倒した敵の素材を回収することが困難だというのも面倒な点だ。
地上まで落下した魔物から素材を回収するのも一苦労である。
「でも、徒歩ってどうするんですか? 通り抜けられるところがあります?」
「よく見てみろ、こことかだな。街道が通っていた痕跡があるだろう」
地図に描かれている、街道が山脈まで続いている痕跡。
この先には、恐らく山を越えるための山道が残されていることだろう。
徒歩で越えるというのは、これを活用するという方法だ。
メリットとしては、やはり戦い易さと素材の回収だろう。地上の方が十全に武器を振るえるのは言うまでもない。
多少道が悪かったとしても、シリウスを先行させれば木々を薙ぎ倒して進むことができるだろうし、障害にはなり得ない。
未知のルートを通るだけに、相応のリスクはあるだろうが――それでも、無難に通り越せるだろう。
「で、迂回っていうのは――山脈が途切れるまで北上してから東に向かう感じですよね?」
「そうだな。まあ、正直これは選びたくないが」
迂回ルートはその名の通り、山脈を迂回して目的地に向かうルートとなる。
当然ながら、移動距離は最も長い。それだけ長い時間を要することになるだろう。
逆に、通る道は全て平地であるため、移動そのものは簡単だ。
複雑な道を通る必要もなく、足場の心配をすることもなく、確実に目的地まで到達することができるだろう。
「どれもメリット、デメリットはある。だが、もう一つ考えなきゃならんのは、大公の反応だな」
「山脈自体がアルフィニールとエインセルの支配領域を隔ててますし、ちょうどその隙間を通るように移動したいですよね」
「いずれ戦う相手であるにしても、今刺激するわけにはいかないからな」
ドラグハルトの出現により、大公級との戦いは目前に迫っていると言っても過言ではない。
アルフィニールと戦う可能性は高いが、まだ詳細は明らかになっていないのだ。
この状況では、どちらの大公も刺激しないに越したことはない。
つまり、できるだけ山脈に沿うような形で移動することがベストとなる。
「山脈を超えた場合にも、迂回する場合にも、とにかく麓付近に沿って移動する必要がある。できるだけ、悪魔とは遭遇したくないな」
「仮に見つかっちゃったらどうします?」
「その時は倒すしかないがな。報告を持ち帰られる方が面倒だ……そういう意味では、エインセル側の方がリスクは高いな」
エインセルは、悪魔たちを軍隊のような形で統制し、支配している。
兵器まで用いて軍として戦うその戦法は、末端の悪魔たちですら兵士として扱っている可能性を否定できない。
そして末端の兵士であろうとも、何かあればエインセルまで報告が届きかねないとも言える。
逆にこれまで大量の悪魔を生み出し続けてきたアルフィニールの場合、一体に見つかれば延々と仲間を呼ばれかねない。
それはそれで異常を察知される可能性があるし、速攻で倒し切らなければならなくなるだろう。
「……どっちにしろ面倒だな」
「できるだけ悪魔に見つからないように、っていうのは分かったけど。どっち側で北に向かうかよね」
大公を刺激しないように移動する関係上、そうしても山脈に沿って北上し、東に方向転換して向かうルートになる。
その場合、山脈のどちら側を通って北に向かうかが重要となるだろう。
要は、エインセルとアルフィニール、どちらに見つかる可能性を考えるかということだ。
元より、どちらもリスクとしては高いと言える。だが、今後の戦いを考える以上、ティエルクレスの素材を手に入れることは必要不可欠だ。
避けられないリスクであるならば、どちらを取るべきか――
「……エインセルだな」
「いいの、クオン? 敵としては、そっちの方が危険なのよね?」
「ああ。全体としての脅威度は、やはりエインセルの方が高いと言えるだろう。だが、奴は思慮深い。安易な行動は取らない可能性が高いんだ」
エインセルは危険な相手であるが、これまでの傾向から考えて、そうそう安易な動きはしないと予想できる。
仮に俺たちの存在を察知されたとしても、安易に手を出してくるとは考えづらいのだ。
その最たる要因は、他でもないドラグハルトの存在である。
「大公たちは、まず間違いなくドラグハルトの離反を知っているだろう。そして、自分たちが真っ先に狙われていることも理解している筈だ」
「その状況で異邦人を攻撃してきたら、ドラグハルトに背中を見せることになるってことですか?」
「無論、二面作戦を選択する可能性はあるだろうが――ドラグハルトは、そこまで軽視していい相手ではない。エインセルも、それは理解しているだろう」
大公からすれば格下かもしれないが、それでも公爵級の頂点。
大公級と比較しても、個として引けを取らない実力があると考えられる。
それに加えてあのカリスマ性だ。他の公爵級二体を従えているだけあり、配下にも精鋭が揃っていることだろう。
そんな存在が狙ってきている状況で、エインセルがこちらに集中してくるとは思えない。
アルフィニールもそこまで軽率な行動を取るとは思えないが、信頼度という点ではエインセルの方が高いのだ。
「まさかあの野郎の存在が役に立つことになるとは思わなかったが……」
「そういえば、そのドラグハルトはどうしたんでしょうかね?」
「さてな、そう簡単に情報は手に入らんだろうよ」
手が無いこともないだろうが、さすがに容易な方法ではない。
その辺りは、アルトリウスの手腕に期待することとしよう。
「とりあえず、今回は奴のことについて気にする必要はない。まあ、配下まで含めると分からんが」
「ああ、あのレヴィスレイトとかいう悪魔?」
「ドラグハルト抜きで対面したら即座に斬りかかってくるだろうからな、あれは。単独行動はしないでいてほしいもんだが」
ドラグハルトに心酔しているらしいあの女悪魔とは、正直出会いたくはない。
ドラグハルトならばこの状況で俺たちと直接の敵対はしないと断言できるが、レヴィスレイトについては何とも言えないのだ。
まあ、あの様子ならばドラグハルトの傍に付き従っているだろうし、そもそも拠点がどこにあるかも分からないので、気にするだけ時間の無駄であるとも言えるが。
「まあとにかく、方針としてはできるだけ早い段階で山脈を越え、エインセルの領地側を山脈に沿って北上することになるわけだ」
「それで、山脈の越え方はどうするの?」
「そうだな……山道の上空を低空飛行するのがいいかと思う」
「成程、飛行と徒歩のいいところ取りってことですね」
飛行によるスピードを維持しながら、倒した魔物の素材も回収しやすい。
戦いづらさはあるだろうが、場合によっては着陸して戦うことも可能。
まあ、思い切り飛び越えるより時間はかかるだろうが、それでも徒歩よりは圧倒的に早く通り抜けることができるだろう。
ついでに現在位置も見失いづらいため、道に迷うこともないはずだ――まあ、これはマップがあるためあまり心配していないが。
「中々に道は長いから、明日の内に到着できるかどうかは分からんが――とにかく、程々に注意して進むとしよう」
方針を決めて宣言した俺の言葉に、緋真とアリスは少し緊張を滲ませながら、それでも笑みで首肯したのだった。