作品タイトル不明
662:隠れ里の神仙
カエデと呼ばれた老婆は、コルーを伴ったまま、迷う様子もなく霧の中を進んでいく。
その背を見失わぬよう後に続きながら、俺は彼女へと向けて声をかけた。
「この霧は魔物が生み出していたものだったようだが……アンタは襲われないのか?」
「あれらがどこにいるかは把握しておるでな。避けることもそう難しくは無いのさ」
昔からこの辺りに住んでいるが故の知識、ということか。
思えばコルーもトレントたちを避けて俺たちの元まで来たようだったし、不可能な話ではないということか。
聞いておきたい気もするが、それは彼女たちにとっての防衛の肝であるだろうし、そう簡単にはいかないだろう。
「ここの魔物たちまでも含めて、住処を護るための仕組みというわけか」
「ひっひっひ、物は使いよう、ってぇことさね」
まあ、魔物である以上は倒しても再出現するのだろうが、あまり倒すべきではないということか。
折角の貴重な現地人の機嫌を損ねるわけにもいかないしな。
ドラグハルトの影響もあるが、知らなければならないことは山ほどある。
隠れて暮らしている以上、あまり周囲の状況に詳しくはないかもしれないが――何にせよ、貴重な情報源だ。
「この辺りが悪魔に襲撃されなかったのも、この霧による影響か?」
「それもあるだろうねぇ……とはいえ、これはただの小細工。公爵級辺りなら力技でどうにかしてしまうさね」
「……その割に、デルシェーラは手を出しては来なかったんだな」
「単なるトレントの群生地としか思われていなかったのさ。知られた上で隠れることは難しかろうが、知られていなければ簡単な話さ」
確かに、納得できる話だ。ここまで隠れ続けていたが故に、カエデたちは難を逃れたということだろう。
驚異的な実力を持っているだろう彼女であるが、流石に一人で公爵級に挑むのは分が悪い。その選択は妥当なものであるだろう。
(この辺りの戦いがどんなものだったのか、全く分からんからな……)
早期に悪魔によって滅ぼされた北の地。
高い実力を持つ者が多かった分、悪魔共はより力を入れてこの地を侵略したのだろう。
果たしてどの時点で公爵級が出現したのかは不明だが、それほどの戦力差をひっくり返すことは、この婆さんにも不可能なはずだ。
事情を知らない俺たちには、自分たちだけを救う判断をしたこの人物を、追及する資格などありはしない。
そのおかげで、俺たちは生き残りの話を聞くことができるわけだからな。
「さて、そろそろ見えてくるよ」
「む……まだ霧に包まれているが?」
「すぐそこさね。ほれ」
促されるままに足を踏み出し――唐突に、霧に包まれていた視界が晴れた。
日の光が差し込むようになったそこに見えたのは、長い石段の続く山門だ。
どうやら、この先が彼女たちの住まう隠れ里であるらしい。
「外の人間が来たのは久しぶりだね。さ、おいでなさい」
そう告げたカエデは、ひょいひょいと軽い足取りで石段を登っていく。
こちらのことを一度じろりと睨みつけてきたコルーもそれに続き、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「思ったよりあっさりと到着したな」
「まあ、来られたことはいいんじゃないですかね……」
「罠の可能性は?」
「無くはないが……ここまで来た以上は、引き返す選択肢もないさ」
シリウスを最小サイズに変えさせ、石段を登り始める。
流石にシリウスを登らせると石段が傷だらけになるか砕け散るため、こいつはその横の山道を登らせることになってしまうが。
まあ、足そのものが鋭いスパイクのようなものであるし、坂道を登ることにも困りはしないだろう。
そうして石段を登って行った先で見えたのは、広場の先にある寺院であった。
あまりそう言ったものの様式に詳しくはないが、掃除は行き届いていて清潔感のある、静謐な雰囲気を持つ場所である。
「へぇ……この世界にも、この様式の建物があるんですね」
「さて、誰がどう考えてそんなものを造ったのかは知らんがな」
文化は大きく異なるとはいえ、この 箱庭(サーバ) を作ったのもかつての技術者たちだ。
この世界をどのように構成したのか、詳細な手順など知りもしないが、俺たちの世界にあるものを流用していたとしても不思議ではない。
まあ、建物の様式だの、設定面を気にするのは俺たちの仕事ではない。
『MT探索会』の連中ならば、頼まれずとも勝手に調べ始めることだろう。
尤も、カエデがあいつらを許容するのかどうかは知らないが。
「ようこそ、我らの隠れ里へ。お客さんは随分と久しぶりだね」
「お招きいただき感謝する。まあ、そちらからしたら俺たちは招かれざる客だろうし、長居するつもりは無いが」
「なぁに、気にする話でもないさね。お前さんたちのお陰で、ある程度緊張も解けたからねぇ」
言いつつ、カエデは俺たちを寺社の中にまで招き入れてくる。
今のところ、周囲にはコルー以外の気配は無いようだが、他にも誰かしらは暮らしていることだろう。
そんな中でシリウスとセイランを置いておくのは少々不安があるが、こいつらは中に招き入れるわけにもいかないため、建物の脇で待機させておく。
先ほどは霧の中だったためあまり確認していなかったのか、コルーはシリウスの姿に驚きを隠せない様子だ。
今は小型になっているとはいえ、ドラゴンはドラゴン。それも真龍となれば、そうそうお目にかかれるような存在ではない。
観察するぐらいならばシリウスも気にしないであろうし、これに手を出すほど馬鹿でもないだろうから、とりあえず放っておくが。
(変に注意すると余計に手を出しそうだからな……)
先ほどからの印象で、コルーはどうにも行動力のあるタイプの馬鹿のように思える。
触るなと言っておくと逆に触りそうであるし、変に刺激しない方がいいかもしれない。
そこはむしろカエデに注意しておいてもらいたかったのだが、彼女は特に何かを言うつもりは無いようだ。或いは、彼女も俺と同じ考えなのか。
小さく嘆息し、一応シリウスに暴れぬように言付けしてから、俺は靴を脱いで建物の中へと足を踏み入れた。
そのまま招かれた広間にてカエデと対面しつつ、刀を外し横に置きながら声を上げる。
「改めて、俺はクオン。こっちは緋真とアリシェラだ。残りは俺のテイムモンスターだな」
「あの戦いは覗き見していたでね。お前さんたちのことは知っているよ」
近場であんな戦いが起こったのだから、確認していない方が不自然であると言える。
どの程度こちらの情報を掴んだのかは分からないが、少なくとも悪印象は持たれていない様子だ。
「よくぞ、あの悪魔を討ってくれたね。あれが近くにいたおかげで、こちらも身動きが取れず困っていたのさ」
「一応、感謝は受け取っておこう。俺たちだけの戦果というわけではないけどな」
「ひっひっひ、お前さんたちの戦果が誰よりも大きいのは事実さね」
どうやら、本当に良く観察していたようだ。
若干のやり辛さを感じながら、俺は改めて彼女へと告げる。
「最後まで観察していたのであれば知っているかもしれないが、公爵級悪魔第一位の一派が魔王の勢力から離反し、独自に動こうとしている。おかげで、こちらも安易には動けなくなっている状態だ」
「ああ、見ていたとも、知っているよ。それで今は、様子見をしつつできることからの対応、といったところかね?」
「概ねその通りだ」
問題は、そのやれることの具体性があまり見えていないところであるが。
成長武器のレベルを元に戻すため、そして俺たち全体を強化するための狩場。
また、成長武器を次の段階に進化させるための素材探し。
問題解決には程遠いが、やっておきたいことはいくつもあるのが現状だ。
頭の痛い問題であるため、アルトリウスに丸投げするのも気が引けるが――正直、俺たちにはやれることが無いというのも事実だ。
「公爵級悪魔のこともある。出来る範囲なら儂らも手伝いたいところではあるが……生憎と、ここを離れるわけにはいかんでね」
「それは構わないさ。俺たちに口出しできることじゃない。多少話を聞かせて貰えればそれでいいさ」
まあ、アルトリウスほど事情に通じているわけではないため、聞けることは今気にしている点ぐらいなのだが。
後は仙術についてだろうか。巌が身に着けていたし、何かしらイベントが発生する可能性はあるだろう。
「この老いぼれの話を聞きたいというなら答えようじゃないか。何が聞きたいんだい、お若いの」
「そうだな……俺は『不滅の剣』という二つ名を持つ魔物を探している。ティエルクレスという名前らしいが、何か知らないだろうか?」
個人的には最も頭を悩ませている問題である、ネームドモンスターに関する情報。
ダメで元々、何かしらのヒントがあれば重畳だと思いながらの問いかけに対し――カエデは、鋭い眼差しでこちらを見つめ返してきたのだった。