軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

661:霧の先の住人

予想外といえば予想外な展開に、思わず眼を瞬かせる。

悪魔ではないと考えていたが、このような場所に暮らしているのは、精霊などの女神の眷属の可能性が高いと予想していたのだ。

この少女は先ほどからの視線の主ではないようだが、やってきた方向からして無関係ということはないだろう。

見た感じ、こいつはただの人間――つまり現地人であるが、その生き残りがこの先に暮らしているということか。

であるならば、俺たちを警戒するということも分からなくはない。

現在悪魔によって制圧されたこの北の地で、隠れながら住まうということがどれほど難しいことなのか、考えるまでもない話だ。

(しかし、また随分と特徴的な姿だな)

あからさまに中華風な服装である。

この辺りの地域はそういう文化ということなのか、別の理由でもあるのか。

聞いてみないことには分からないが、何にしろ理由もなく現地人と敵対するわけにはいかない。

できれば色々と情報を聞き出したいところではあるが、さて果たして会話に応じて貰えるものかどうか。

「なあお前さん、少し話を――」

――聞かせて貰ってもいいか、と。そう問いかけるつもりだった。

だがその言葉を続けるよりも早く、少女は俺の懐まで一気に飛び込んできたのだ。

握り締められた拳は、こちらの顔面を打ち抜かんとしている。

そのスピードは申し分なく、確かに鍛え上げられた一撃であった。

「手荒い歓迎だな」

打法――流転。

こちらの顔面へと繰り出された拳に、そっと左手を添える。

その攻撃を逸らしながら後方へと引っ張り、俺は半身になりつつ少女の足の間に右足を差し込んだ。

「ほびょっ!?」

上下逆さまになって何やら素っ頓狂な声を上げた少女は、そのまま勢い余って地面に突っ込み、ゴロゴロと回転したのち木に激突して動きを止めた。

軽く転ばせるだけのつもりだったのだが、勢いが付き過ぎていたようだ。

それだけ攻撃にしっかりと体重が乗っていたということでもあるのだが、まさか初対面の相手に全力で殴りかかってこようとは。

「問答無用で殴りかかってくるとは、随分なご挨拶だな」

「い、いたた……な、何が? 何が起こったんデス?」

「……ふむ」

上下逆さまになったまま混乱している様子の少女、コルーの姿に、思わずそう呟く。

チャイナドレス風な衣装でひっくり返っているため大層扇情的な姿になっているが、それはさておき。

気になるのは、己の攻撃がどのように捌かれたのかを理解していない点だ。

あれほどの速さ、鋭さを兼ね備えた攻撃を放てる――それだけの実力を有していながら、どうやって攻撃を防がれたのか理解できていない。しかも、先程の攻撃に対して受け身も取れていなかった。

技量が妙にちぐはぐなように思える。まるで、動かぬ的を相手に長い間訓練を続けてきたかのような――

「……はっ!? よ、よくもやりマシたね!?」

「素直に殴られる理由もないんでな。それより、暴れない方がいいぞ」

「そうね、刃が刺さっちゃうかもしれないから」

「――ッ!?」

バタバタと暴れながら起き上がろうとしたコルーであったが、間近から聞こえた声に、片膝を突いた状態の姿勢で動きを止めた。

いつの間にか、耳元に息がかかるほど近くに、刃を突きつけたアリスの姿があったからだ。

少々やり過ぎかとは思うが、問答をする間もなく攻撃を仕掛けてきた相手に対しては上品な扱いだろう。

実際には刺さないようにとアリスに目配せをしつつ、俺はコルーへと向けて声をかけた。

「俺たちは異邦人、女神の使徒と呼ばれる存在だ。この近くの都市を占拠していた悪魔を倒し、周辺まで進出してきた。この辺りに来たのは調査が目的だ」

「悪魔ではないことは見ればわかりマス! デスが、ここに侵入してきたことは事実でしょう!」

「刃を向けられてるくせに元気だな……別に進入禁止の看板も張り紙も無かっただろうに。それで入ったことを咎められても、はいそうですかとも言えんさ」

実際、ここに入ってくることに何ら制限はなかった。

まあ、トレントたちという邪魔はあったのだが、だからといって足を止める理由にはならない。

方向感覚を失って奥まで入り込んでしまった、と言えなくもないが。

「まあとにかく、現地人のお前さんと敵対する意思はない。生き残りがいたことについては、素直に喜ばしいことだ」

「むぅぅぅ……!」

さて、不満そうではあるが、とりあえず敵対の意思がないことだけは伝わったようだ。

とりあえずアリスには刃を退かせ、コルーを立たせる。

立ち姿からも分かるが、やはりよく鍛えられてはいるようだ。しかしながら、この辺りで生きるには力不足に感じることも事実。

やはり、この少女を保護するような実力ある存在がいるのだろう。

恐らくは、先程からこちらを観察している視線の主こそが――

「――――ッ!?」

「先生!」

まさに、その瞬間だった。こちらをじっと観察していた視線、それが一気に強まったのは。

否、強まったのとは違う――明確に感じ取れるような距離まで、一気に近付いたのだ。

かなりの距離があったはずの存在が、今は明確に察知できる距離にまで接近している。

緋真も気づくことができたのは、先程からその気配に集中していたからこそだろう。

まるで、転移してきたかのような異常な移動。いかなる手段によるものかは知らないが、何かしら特殊な魔法かスキルを有した存在に間違いないだろう。

「ひっひっひ、そこまでにしておいておくれ、お若いの」

「あっ、カエデ様!」

視界の悪い霧の中、まるで散歩でもするような軽い足取りで現れたのは、一人の老婆であった。

コルーよりカエデと呼ばれた、その人物。老齢でありながら背筋はピンと伸びており、また重心に一切のブレが無い。

木々の間を歩きながら足音どころか物音一つ立てぬその姿は、現実離れした映像のように思えた。

中華風の胴着の上に柿色の布を巻きつけた老婆は、皺くちゃな顔を柔和に歪めながら声を上げる。

「失礼をしたようだねぇ、異邦人の若人よ」

「……あまり手荒な真似はしたくなかったんだが、突然攻撃されてはね」

「そうさね。ま、殺さないでおいてくれて感謝するよ」

しばらくこちらのことを観察していて、コルーが攻撃する際も止める気はなかった。

こちらがそれを把握していることを、この老婆も察知しているようだ。

それを含めての謝罪ということなのだろう。中々にいい性格をしているババアだ。

が、そんな事情には全く気づいていないのだろう、空気の読めないコルーが威勢よく声を上げた。

「失礼デスよ異邦人! この方はカエデ様、神仙たる仙術の頂点なのデスから!」

「お前は相変わらずお馬鹿だねぇ、コルー。喋り過ぎだよ」

「あ痛ぁ!?」

刹那、一瞬のうちにコルーの背後に移動したカエデが、彼女の頭をどつき倒す。

地面をのたうち回る彼女には同情するつもりは無いが――今の移動は流石に驚いた。

神仙、仙術の頂点。つまりは仙人、今のは仙術の縮地というやつだろうか。

先ほどの転移も、それによるものだろう。

「仙人、か。うちの門下生は地仙になったと言っていたが……神仙とはな」

「ひっひっひ、ただの種族の違いに過ぎんさね」

どうやら、マトモに話すつもりは無いようだ。

小さく嘆息し、改めてカエデの姿を観察する。

彼女は間違いなく、達人級の実力者だ。超常の種族ということではなく、現地人の一人としての実力者――その分類で考えると、これほどの実力を感じたのはオークス以来だ。

本気で戦えば勝てるかもしれないが……興味はあっても、控えるべきだろう。

「……色々と話を聞かせて貰いたいんだが、可能か?」

「居候の不始末もあるからねぇ、話ぐらいは構わんさ。おいで、若人ら」

そう言って、彼女は何ら気負った様子もなく歩き出す。この霧の中ですら、一切迷いなく。

その様子に、俺たちは思わず顔を見合わせ――他に手掛かりもないと、そのまま彼女の後に続いたのだった。