作品タイトル不明
654:女神と魔王の約定
戦いの後、俺はアルトリウスに声を掛けられ、早速ドラグハルトの件について相談することとなった。
異常事態と言えば異常事態。まさか、悪魔がマレウスから――それも公爵級第一位の一派が離反することになるとは。
アルトリウスどころか女神ですら想定していなかったであろう事態に、プレイヤーは未だ混乱の最中にある。
そんな中、俺たちがアルトリウスに呼び出されたのは、アドミス聖王国にある『キャメロット』の拠点であった。
その奥にある部屋は、聖女ローゼミアのために誂えられた一室。用事次第で国内を転々としているローゼミアが、普段暮らしている場所でもあった。
「まさか姫さんから直接の呼び出しとはな。流石に珍しい」
「申し訳ありません、クオン様。緊急だったものですから……」
「いや、責めてるわけじゃない。むしろ、渡りに船だったさ」
久しぶりに見た聖女ローゼミアだが、以前よりは調子が良さそうだ。
とはいえ、今の彼女の表情は深刻そのもの。あまり雑談に興じている場合でもないようだ。
今は少しでも情報が欲しい。聖女たるローゼミアがそれを持ってきたということは、情報の出所がどこなのかなど考えるまでもなく自明だろう。
「……女神様より神託がありました。アルトリウス様とクオン様に、この神託をお伝えしたいと思います」
「やはり、そうでしたか」
ローゼミアは、女神の言葉を聞くことができるが故に聖女となった。
その能力そのものは、アドミス聖王国が壊滅した今であっても失われていない。
とはいえ、ローゼミアが問いかけて答えてくれることは稀で、大体は女神の方から一方的に言葉を伝えられるだけらしいが。
(実際のところ、どういう仕組みなんだろうな)
俺やアルトリウスは、女神という存在の正体を知っている。
彼女は、この 箱庭(サーバ) を管理する権限を持つ存在だ。
元は人間だったらしいが、今現在どんな状態になっているのかは定かではない。
実際、 箱庭(サーバ) の管理者権限を持つということは、その内部においては神の如き力を持つと言っても過言ではないのだろう。
そんな存在から直接連絡を受け取れるというのは、システム面から考えるとどのような仕組みとなっているのか。
気にはなるが、そのような裏事情を知らないローゼミアには意味のない質問だろう。
「それで、女神様からはどのような神託を?」
「公爵級第一位の悪魔、竜心公ドラグハルト。その存在について、女神様は魔王との約定を交わされました」
「約定……? ふむ、まあそういうこともあるか」
元々、女神と魔王はルールに則った上での戦争を行っているのだ。
互いに不文律があり、その範囲内で相争う形となっている。
魔王のことは心底気に入らないが、そういう律儀な部分については助かっていることもまた事実だ。
「約定の内容について、お教えいただけますか?」
「はい、勿論です。女神様と魔王は、共に竜心公の行動には関知しないことを決定されました」
「あん? ドラグハルトを放置するってことか?」
「結果的にはそうなるかと」
疑問符を浮かべた俺の問いに、ローゼミアは小さく頷いて答える。
女神も魔王も、積極的にはドラグハルトを止める行動はしないということか。
あの悪魔の勢力は、両方の陣営にとってメリット、デメリットのある存在だ。
女神にとっては、言うまでもなく魔王と大公を討とうとしているという点。
そして魔王にとっては、龍王と女神の力を狙っているという点。
どちらにとっても認めがたく、しかし得られるメリットも無視しづらい、何とも厄介な第三勢力である。
「女神様の御心を推し量ることをはできませんが……とにかく、積極的に竜心公を討伐されるつもりは無いようです」
「ふむ。正直、あまり放置すべき相手でもないと思うんだがな。あれは、かなり危険な相手だぞ?」
「恐らく、互いに監視する形で、能動的な行動が取りづらい状態なのかと。ドラグハルトも、あえてそれを狙っていたのかもしれませんね」
「……確かに、奴にとって最も都合がいい展開か」
この状況において、最も大きなメリットを享受しているのは、紛れもなくドラグハルト当人だろう。
何の障害もなく、奴自身の目的とする行動を取ることができているのだから。
この流れを狙っていたのだとしたら、大層な状況判断能力だ。
「まあ、今更上の決定をどうこうできるわけでもないし、こちらはこちらでどう動くかを考えにゃならんか……アルトリウス、その辺はどうなんだ?」
「とりあえずは、ドラグハルトの動きを監視します。こちらの動きは、それ次第になるかと」
「先手は打てんか」
「動いたとして、こちらを有利にできる状況ではありませんから」
俺の言葉に、アルトリウスは軽く肩を竦めてそう返す。
確かに、雑に行動を決めても状況を好転させられるわけではないか。
とはいえ、座して見ているだけというのも性に合わないし、レベル上げに各地を巡る程度はしておくつもりだが。
「ドラグハルトは、恐らく大公を狙って動き始めるでしょう。順当にいけば、アルフィニールを狙ってくるかと」
「まあ、何もせずにいるということはないだろうが……その場合はどうするんだ?」
「どこを狙うにしても、同じ大公を狙うことになるでしょうね。ドラグハルトが敗北するならいいですが……勝利した場合、大公の持つリソースをドラグハルトに独占されれば、こちらは詰みかねません」
アルトリウスの言葉に、納得して頷く。
公爵級第一位の力を持つドラグハルトに、大公級のリソースを奪われれば、その時点で金龍王を上回ってしまう可能性がある。
そうなれば、奴は金龍王の力を奪いに行き、そのまま女神への攻撃を仕掛けてくるだろう。
それはこちらとしては避けねばならない事態だ。
「つまり僕たちは、ドラグハルトと競い合いながら大公級と戦う必要があります。ドラグハルトやアルフィニールが、それに対してどのように動くかは……全くもって不明ですね」
「……面倒だな。どうにも対応が難しい」
「ええ、ですが同時にチャンスでもあります。要するに、ドラグハルトの戦いにこちらも参戦する形で挑めばいいので」
「タイミングを合わせるだけでいいのか?」
「そうすれば、ドラグハルトは大公のリソースを独占できなくなりますから。ドラグハルトの強化を防ぎ、かつ大公を討ち果たす、最も効率の良い方針かと」
つまりアルトリウスは、ドラグハルトを一つの戦力として利用しようとしているのだ。
無論、多少はドラグハルトを強化してしまうことになるだろうが、俺たちとリソースを奪い合う形でなら極端な強化にはなり得まい。
まあその場合、どのタイミングでドラグハルトを討つのかが問題になるだろうが――そこは状況次第で前後することになるだろう。
「とにかく、こちらでしばらくの間、ドラグハルトの動向を監視します。動きがあれば、またお伝えしますので」
「そりゃ助かるが、どうやってあんな連中を監視するつもりだ?」
「ええ、まあ……その辺が得意な方に、ちょっと」
珍しく言葉を濁したアルトリウスが、ちらりとローゼミアの方を盗み見る。
対するローゼミアは良く分かっていないようだが、その反応で何となく想像はついた。
大方、あのクソビッチを使うということだろう。今回は特に、あの女の悪辣さを再確認させられるような戦いだった。
とはいえ、奴の仕事は確実だ。必要となる情報も、きっちりと集めてくることだろう。
「……了解だ。俺はとりあえず、成長武器を育てるための素材探しを目指すことにする。ドラグハルトにしろ、大公にしろ、俺たちはまだまだ力が足りん」
「ですね。僕たちの方でも、その辺りのことは調べておきます」
デルシェーラのことは、ある程度安定して討伐することができた。
しかしそれは、街一つを罠としたファムの策により、奴のHPゲージを一本奪い去っていたからこその安定だ。
奴が万全な状態で、最初から全力で襲い掛かってきていた場合、果たしてそれを打ち破ることができていたかどうか。
倒した公爵級は二体――まだまだ、先は長いのだ。
「頼んだぞ。それと姫さんも、今回は助かった。あのクソ……じゃない、ファムの奴が随分と迷惑をかけたとは思うが」
「ふふ……いえ、私も望んだことですから。アルトリウス様の、皆様の力になりたいと」
「んなことを言ってると、あの女は遠慮なく酷使してくるからな。程々にしとけ、程々に」
こちらも助かった手前、その努力を否定することはできない。
その辺りもあの女の嫌なところだ。そんな人間の悪辣さこそが、悪魔を討ち取ることができた要因だと考えると、何とも皮肉な話であるが。
思わずため息を零しながら、俺はローゼミアの部屋を後にしたのだった。