軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

653:竜心公の提案

不覚ながら、俺はしばらく、ドラグハルトの発した言葉の意味を飲み込むことができなかった。

どうやら、それはアルトリウスも同じだったらしく、驚愕に眼を見開いてドラグハルトの顔を見つめている。

だが、対する黄金の悪魔は、それを受けてもただ穏やかな笑みを浮かべるのみだ。

やはり、今の言葉はただの冗談ということではないらしい。

「……つまり、お前は魔王を裏切るというのか」

「然り。余は、あの者に王たる資格があるとは考えていない。故の叛逆である」

その言葉を聞いて、確信する。

ドラグハルトは本気だ。本気で魔王に――マレウス・チェンバレンに反旗を翻し、あの魔女を討とうとしている。

この会談は、そのための提案の場ということだろう。

だが、一つ確信していることは――

「それは同盟の提案、ということですね?」

「然り。余の勢力と貴公ら異邦人、その同盟である」

この悪魔は、決して誰かの下に着くということはないだろう。

こいつが発している王者、覇者としての風格は、決して俺たちの下に付くことをよしとするものではない。

むしろ、俺たちを配下にすると言い出さなかっただけ驚くべき事態だと言えるだろう。

悪魔がどのように生まれるのか、まだよく分かってはいないのだが、こいつは間違いなく生粋の王者だ。

未だ思考回路は理解の埒外だが、尋常な相手ではないことだけは確信を持って言える。

「では、聞かせてください。何故貴方が、魔王に反旗を翻そうというのか」

「言葉の通りではあるが――よかろう、互いの理解を深めることにも意味はある」

ドラグハルトは、アルトリウスの質問に対して鷹揚に頷き、紅茶を口にする。

実に様になっている仕草だが、その雰囲気に圧倒されぬよう、改めて気を引き締めつつ言葉に耳を傾けた。

「貴公らは、我らの存在と奴らとの関係、それは既に知っていることだろう。しかし、魔王がこの世界に目を付けたのは、比較的最近のことだと言える」

「……魔王だけではなく、大公もですか」

「いつから、というのは言うまでもない。貴公だ、英雄よ。貴公が英雄となったからこそ、奴らはこの世界に目を付けた」

その言葉に、俺は思わず舌打ちを零した。

どうやら、マレウス・チェンバレンは俺やジジイを過大評価するだけではなく、おかしな方向に執着しているようだ。

「マレウスと、四体の大公……それまでは貴方がトップであり、人類の脅威であり続けた」

「魔王という存在、我らの創造主の存在そのものは知っていた。しかし、それがあのような魔女であるとは、思いもよらなかったがな」

ドラグハルトは唾棄するようにそう告げる。

マレウスが後からしゃしゃり出てきた、となればドラグハルトが気に入らないのも当然だろう。

しかし、この男の逆鱗に触れたのは、ただそれだけということではあるまい。

「あの魔女は、我が戦争を穢した。我らと貴公らの戦争に横から顔を突っ込み、盤面を好き勝手に荒らしている。ああ、赦せる筈もあるまい」

「……成程、利害の一致と」

「然り、その通りだ。故に余は、貴公らと共にこの手で魔王の勢力を討ち滅ぼしたい」

まあ、お互いこれまでのことは水に流して一緒に頑張りましょう――などと言われても納得も信用もできる筈がない。

利害が一致したというのであれば、それはまだ理解できる落としどころではあるだろう。

尤も、それはただ理解はできるというだけの話であるが。

「成程、僕たちで協力して大公と魔王を討ち、その後に改めて戦争をしようと」

「その通りだ。さて勇者よ、貴公は異邦人たちの軍勢の代表と言えるだろう。貴公は、この提案をどう考える」

「それは勿論、考えるまでもないことです」

ドラグハルトの視線を受け、アルトリウスは背筋を伸ばしながら続ける。

この圧倒的な存在感を前に、それでもにこやかな笑みを浮かべながら。

――ドラグハルトの目から視線を外すこともなく、彼は言い放った。

「――お断りします」

その言葉に、周囲がしんと静まり返る。

アルトリウスは笑みを浮かべたまま、そして対するドラグハルトも表情を変えぬまま。

互いの答えなど、最初から分かっていたと言わんばかりに、二人の気配は変わることが無かった。

思わず、小さく嘆息し――雷のような速さで剣を抜き放った、レヴィスレイトの兜を餓狼丸の一閃で弾き飛ばす。

「――――ッ!」

「躾のなっていない犬だな、ドラグハルト」

「ふむ。それは失礼した。レヴィスレイトよ、卿は余の顔を潰しに来たのか?」

「く……ッ、申し訳ありません、公よ」

いつの間にか立ち上がっていた俺の動きを捉えられなかったのだろう、レヴィスレイトは憎悪の篭った視線でこちらを見つめている。

白い短髪と青い瞳――黙っていれば怜悧な女騎士なのだろうが、どうにも頭に血が上りやすいようだ。

流石に、直接ドラグハルトに止められればそれ以上は動けないようだが。

とはいえ、こちらも俺がインターセプトしなければ、アルトリウスを斬られていたことだろう。

ドラグハルトも、俺が止めると思って手出しをするつもりは無かったようだったからな。

この程度は防げて当然、とでも言うつもりなのか。

「改めて勇者よ。この提案、貴公らにとっても渡りに船であった筈なのだがな?」

「ええ、普通に考えればその通りでしょう。しかし、貴方は『魔王を討つ』と主張した。曲がりなりにも、貴方たちにとって造物主である魔王を」

「その通りだ。大公を排除するだけでは足りぬ。魔王を討たねば、戦いに決着はつかぬだろう」

「それ自体は肯定します。しかし、貴方は知っている筈だ。知りながら話をしなかった――魔王を討つためには、女神の力が必要であることを」

アルトリウスの言葉に、俺はレヴィスレイトに意識を割いたまま目を見開いた。

ただの設定的な面の話ではない―― 権限(・・) が足りないと、アルトリウスは言っているのだ。

「魔王を追い詰め、僕らにトドメを刺させるという話なら理解はできる。ですが、貴方はあくまで、己の戦いとして大公と魔王を討つと宣言した……ですが、貴方にはそれは不可能な筈だ」

「……」

「魔王は侵略者ではありますが、女神と同等の権限を持っています。彼女の権限ならば、たとえ公爵級の悪魔だろうと、指一本で消し去れてしまう。そして、魔王を傷つけることもまた不可能――それを為すためには、別の権限が必要だ」

女神とは、この 箱庭(サーバ) の管理者だ。この世界を自由に制御できる権限を有している。

対し、MALICEである悪魔と、それを生み出したマレウスは、全く別の 箱庭(サーバ) の管理者と捉えることが可能だ。

奴に対して女神の持つ権限は及ばないし、逆に女神の権限に対してマレウスの力は干渉できない。

故に、通常の手段ではドラグハルトには魔王を討つことはできないと、アルトリウスはそう指摘する。

「貴方に魔王を討つ手段は限られている。貴方は――」

「――金龍王を討ち、女神をこの手で滅ぼし、取り込む。その力を支配し、魔王をも撃ち滅ぼす。貴公の懸念通りだ、勇者よ」

誤魔化すことなく、ドラグハルトはそう口にする。

アルトリウスが提案を蹴った理由を理解した。

これは流石に、協力などできるはずもない。

「僕らは女神の力によってここにいる。そういう 契約(・・) ですから。僕らに、彼女を裏切るという選択肢はない。貴方が、貴方の戦争にこだわっている限り、僕らに協力の道などないのです」

「道理であるな。しかし、だからと言って余の道に変わりはない。貴公はどうする、勇者よ。余を討つために動くか?」

「最終的には。しかし、僕らは互いに利用価値がある――そうでしょう、竜心公」

不敵に笑い、目を反らすこともなく、アルトリウスはそう告げる。

その言葉に――ドラグハルトは、呵々大笑と笑い声を上げた。

「フハハハハハッ! ならば、余と貴公は競争相手だ。余は大公を討ち、そのリソースを以て女神に挑む。防ぎたくば、余よりも早く大公を討つことだ!」

告げて、ドラグハルトは席を立つ。

そして紅のマントを翻しながら、周囲にいる 異邦人(プレイヤー) すべてへと向けて力強く告げた。

「勇者には断わられたが、余は変わらず門を開いている。我が軍門に降るというなら、いつでも来るがよい。貴公らを歓迎しよう!」

ざわつく周囲の様子に、ドラグハルトは満足げに頷く。

そして、彼はそのまま光に包まれ、二体の部下と共に姿を消したのだった。