作品タイトル不明
651:風の歩む先、凍れる城塞あり その38
緋真がデルシェーラの目に刃を突き刺すと共に、収束した炎が爆発を起こす。
そのダメージに、動きを止めていたデルシェーラも反射的に眼を押さえながら仰け反った。
最大限に強化された一撃に加え、【 灼楠花(しゃくなげ) 】による状態異常の付与。
強制解放(リミットブレイク) によって強化されたその力は、公爵級悪魔とて完全に防ぎ切れるものではない。
アリスの魔眼によって無防備になっていたなら、それは尚更だ。
「――勝機」
セイランに合図を送り、ルミナに目配せをしながら、勢いよく空を駆ける。
俺の合図を受けたルミナは上空へと駆け上がり、そして周囲へと分散させていた戦乙女たちを集合させた。
彼女らは上空にて魔法陣を展開、その中心にいるルミナは右手を掲げ、その刻印を輝かせていた。
「《ワイドレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
斬法――剛の型、輪旋。
ルミナの行動を目にした俺は、できるだけ広範囲に広がるように【咆風呪】を放ち、空を舞うバイアクヘーたちを巻き込んだ。
威力が落ちている今の餓狼丸では、その一撃でバイアクヘーたちを落とすことはできない。
だが、それでもこちらに注意を引くだけならば十分だった。
『おのれ――――人間、が――――!』
地上では、顔面を押さえていたデルシェーラが殺意を滾らせている。
左手はシリウスによって押さえ込まれ、左目は閉じている状態だ。
眼球が潰れるまでに達したかは知らないが、少なくとも左目を使うことはできないだろう。
しかし、その状況で尚、デルシェーラは諦めていない。着地した緋真を右手で叩き潰そうとし――眼前に、アリスが姿を現した。
たとえ体が小さかろうと、目の前に現れればいやでも注意は引かれることになる。故に、デルシェーラは緋真よりも先に、目の前のアリスに対処することとなった。
――体中に赤黒い紋様の浮かび上がった、彼女のことを。
「無茶をする……いや、人のことは言えんか」
読んで字のごとく、波のように押し寄せてくるバイアクヘーたちの魔法攻撃。
それらを紙一重で回避しながら旋回し、バイアクヘーたちを一ヶ所に集中させていく。
あまり周囲の様子を観察している余裕は無いが、デルシェーラの手に握り締められたアリスは、それでも 強制解放(リミットブレイク) の効果によって死ぬこと無く留まり続けているようだ。
通常ならば即死している筈のダメージを受けながら、それでもデルシェーラの指へと黒い刃を何度も突き立てている。
不意打ちを行わないアリスの攻撃では殆どダメージなどないだろうが、殺した筈の相手が元気に動いているという現状には、デルシェーラも困惑せざるを得なかったようだ。
もう一度握り潰そうとし、次いで凍り付かせて砕こうとし――それでも、アリスは変わらず動き続ける。
(あれはまぁ、意味が分からんだろうな、そりゃ)
結局アリスを倒し切ることは諦めたのか、デルシェーラは彼女の体を地面に叩きつけ、再び緋真へと標的を変える。
が、あいつはとっくの昔に退避した後。デルシェーラがアリスに気を取られている内に、俺たちは揃って攻撃のための準備を整えたのだ。
地面に叩き付けられながらも、何事もなかったかのように起き上がったアリスは魔法による転移でその場から退避し――全ての準備が完了した。
「――ルミナ!」
「大いなる精霊王よ、偉大なりし女神よ! 我ら戦乙女の戦列をご覧あれ! 災いの風に、今こそ裁きの鉄槌を!」
全ての魔力を解放した、ルミナの持ち得る最大の一撃。
それは、天高く掲げたルミナの刃に収束する、天をも裂かんばかりの巨大な光の剣であった。
戦乙女全騎による強化と制御、それによって極限の一撃と化したその一閃は、デルシェーラの巨体すら頭上から唐竹割にせんと、大上段から振り下ろされる。
――その軌道を横切るように、俺はセイランを一気に加速させた。
「ついでだ、まとめて消し飛べ」
こちらを貫こうとした氷の弾丸を《蒐魂剣》で掻き消し、俺とセイランは紙一重でその一閃を潜り抜ける。
そして――俺たちを追っていたバイアクヘーたちは、光の刃を躱しきれずにまとめて蒸発することとなった。
眩い光と魔力の気配に、デルシェーラは防御のために魔力を収束させ――
「――ここに復讐は完遂せり」
『ッ――――!?』
拡散して空を舞った赤黒い光が、デルシェーラのHPを大幅に削り取り、その魔力の動きを阻害した。
アリスの成長武器、ネメの闇刃の 強制解放(リミットブレイク) である『 復讐神の宣誓(ソング・オブ・ネメシス) 』。
受けたダメージを数倍にして返す、防ぐ手立てのない凶悪な一撃だ。それによって体力を削られたデルシェーラは、全身からバイアクヘーを出現させ――
「はあああああッ!!」
白輝の如き一閃で振り下ろしたルミナの光剣が、それらをまとめて消し飛ばした。
体力を大幅に削り取られ、絶えずバイアクヘーを生み出しながら――それでも、デルシェーラは止まっていない。
残りのHPは四分の一程度、最後の最後まで追い詰めて、それでもこの怪物は止まらない。
『まだ、だ――――まだ、私、は――――!』
デルシェーラはあろうことか、自ら左腕を斬り落とし、シリウスの拘束から逃れる。
それによって噴き出た血からは再び大量のバイアクヘーが出現し、最早蝗害の如き光景ですらあった。
瀕死に陥りながら、それでも尚、デルシェーラは右腕だけで体を起こし――瞬間、空が星空へと姿を変えた。
「我が 真銘(な) を告げる――」
響き渡るのはアルトリウスの声。眩く輝く聖剣が、仲間たちの魔力すらも受け取りながら、煌々と歌うようにアルトリウスの声を響かせる。
その脅威は、デルシェーラも理解しているのだろう。残った右目だけを動かし、眩く輝く聖剣へと視線を向ける。
あれを発動させれば己は敗北する。この悪魔は、それを理解しているのだ。
故に、他の存在の攻撃など、気に掛けるはずもない。全力で、アルトリウスの攻撃を阻止しようと動くのだ。
――横から飛び込んできたのが、金髪の女狐でなければ、の話だが。
『――――ッ!? 女狐、が――――!』
己に大きな痛手を与えた、人間の悪意の象徴と言わんばかりの存在。
デルシェーラも、その存在を無視することはできなかった。
アルトリウスの脅威を知りながら、それでも反射的にファムの姿を右目で追い――その姿が歪んで、燃え盛る緋真へと変貌した。
『幻術――――!?』
「術式解放――燃え堕ちろ、【緋牡丹】!」
巨大な爆炎が叩き込まれ、デルシェーラは殴られたように顔を仰け反らせる。
強力な一撃ではあるが、致命傷には届かない。そんな攻撃であっただろう――本来であれば、だが。
「我ら、果てなき道を歩む旅人。行き先が霧に閉ざされようと、我らの天に導きの光あり」
聖剣の光が、星々を光の線で結びつける。
現れるのは、天を覆う魔法陣。これまでの攻撃全てを凌駕する、悪魔を滅する一撃だ。
「いざ、未来への道を拓け――」
『ッ、ァ、ァア――――!』
デルシェーラが手を向け、無数のバイアクヘーたちがアルトリウスの元へと殺到する。
だが、パルジファルたちを始めとした多数のプレイヤーに護られたあいつの元には、到底辿り着けるものではない。
そして――星の光は、空の全てを染め上げた。
「『 光輝湛えし導きの星(エクスカリバー) 』ァァアアッ!」
聖剣は振り下ろされ、光は巨大な柱となってデルシェーラの巨体を飲み込む。
その中にありながら、それでもデルシェーラは右手を伸ばし――その体は、指先から塵となって崩壊していく。
しかし目を焼かんばかりの光の中にありながら、それでも赤く光る瞳は大きく見開かれてアルトリウスを見つめていた。
『――――人間』
二重に響く、デルシェーラの声。
それは、降り注ぐ轟音の中にありながら、それでも不思議と、遮られることなく耳に響く。
『嗚呼、私は――――その、表面しか――――』
それは嘆きか、或いは納得か。
そのどちらもを滲ませた声を零し、光の中でゆっくりと紅の目を閉じて――その身は、塵となって崩壊したのだった。